第117話「箱の中身は神のみぞ知る」
これやこの
死ぬも生きるも分かれては
知るも知らぬも
猫の魂
【局道星環群、納兆(居住星環)】
――思い切って、ずいぶんと端の星環群まで来てしまった。
あともう一つ先まで進めば、あの沖大地の居る北斗星環群、端も端である。
宇宙で働くツテもなく、故郷を出た杉原行成とはいえ、さすがに沖の膝元で働く気にはなれなかった。
アテはなかったが、この局道星環群と北斗星環群との最短距離を繋ぐための大工事が近く再開されるとのことで、できる限り多くの宇宙作業経験者を求めていることは耳にしていた。
危険デブリ除去は、その名の通り危険と隣り合わせの作業であるが、宇宙船舶のちょっとした事故でさえ、空気漏れによる減圧や、乗組員の船外逸失、宇宙線被ばくといった危険にもさらされている。
早い話が――
義足、かつ頚椎捻挫のリハビリを終えたとはいえ少し足元がおぼつかない行成の様子は、危険デブリ除去作業員の応募を受理する側としては、割と見慣れた光景である。
「IDと作業艇の運転資格、確認が取れました。
それでは、健康診断を……
この表にある指定医療機関で、
明日の午前中までに受診をお願いします。
その結果を貰ったら、
就業時間中にこの窓口に提出してください。
この手続きが済みましたら、
念のため、操船シミュレーターで技術研修が……三日間、ですね。
こちらは、宿泊所を兼ねていますので……」
人の道に戻るのであれば、星環連絡バスの機長とはいわないまでも、乗務員を目指しても良かった。
しかし、行成が求めているのは単に『宇宙作業者』ではない。
星環騎士への、返り咲きである。
「大まかでしたが、こちらの説明は以上です。
杉原さん、なにか、質問はありますか」
特にありません、と行成は答えて席を立った。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
炎城戦の翌日から、取材や企画出演、それに加えて挨拶回りまであって、ろくに寝る暇もない大地であった。
依頼は瑞穂や北斗星環群内のマスメディアに留まらず、他星環群のマスメディアからもひっきりなしに面会依頼が舞い込んでくるのだ。
移動中の車中で寝る時間を確保する……べきなのだが。
取材もいいんだけどね……
隣にいる運転席の佐祐倫がどうしたの、と首を傾けて相槌を打つ。
秘書の佐祐倫にしても大地につきあっているわけで、やはり寝不足である。
運転補助AIがなければ、とっくに大地を乗せたまま反対車線に飛び込んでいるところである。
残り1カ月で2戦するんですよ、俺は。
十日も経てば、今度の試合が大地を待っている。
冠試合が続いたことの調整という名目で、やはり地元開催である。
他星環群であれば、移動に丸一日以上を要する場合もあることを考えれば、この終盤で救いではある。
試合明けから、丸3日ずっ―と、インタビューか莫迦キャラゲスト枠出演か挨拶回りじゃない。
俺はいつ試合の対策するんですか、
俺はいつ訓練するんですか、って話ですよ。
この3日、アドバイザーの鋼谷ともほとんど顔を合わせることができていない。
資料を送ってもらったり、取材の合間になんとか通信で議論、反省会、研究会を重ねてはいるものの……
ときどき、画面の向こうの鋼谷ではなくAIと会話している気になってくる。
――あ、俺、まだ炎城戦の反省と分析もまともに終えてねえじゃねえか。
あの失敗続きのイメージを引きずったまま、試合に臨むのは嫌だなあ。
そして、第43期5年度星環騎士戦の最終戦の組み合わせ発表は、早ければ明日である。
みんなで面白おかしく、『最終戦はきっと礼文慎。総合優勝をかけた大一番になりますって』とかじゃねえよ。
前期王者だぞ。
一番、強いんだぞ。
そいつとやるかもしれねえと思ってるなら、俺に準備させろよ。
礼文に負けろってか?
そもそもその前にある、今度やる再来週の試合だって準備不足で負けたら、礼文戦どころじゃねえじゃん。
そうなったら誰が責任を取ってくれるんだよ。
俺か?
俺なのか?
勝ちまくって、取材を受けている俺がわるいんですか?
一気にまくし立てた大地は、シートを思い切り倒して伸びをした。
――いっそのこと、今度の試合で、負けちまおうか?
ふと横を見れば、運転に必死な佐祐倫が、最初の相槌を除いて大地の愚痴を聞き流している様子が目に入った。
思えば、佐祐倫と行動を共にしているときに負けたことがない。
佐祐倫に掛かっている魔法が、大地が勝ち続けている限りかかっているものだとしたら――
ねえ、俺が負けても、一緒に……
佐祐倫の耳には届いていない様子だったので、大地は大人しく仮眠をとることにした。
つい口に出してしまったが、どちらの答えを聞いても信頼できない自分が居ると、大地にはわかってしまった。
大地にとって佐祐倫の気持ちは、シュレディンガーの猫。
傍から見れば『箱を開けて確かめろ』が正論で正解。
だが、往々にして当人には選べない選択肢である。
星環群連合全域で大地人気が沸騰しているまさにその頃、長らく星環騎士の象徴であった炎城志朗は、二回目となる引退宣言を発表した。
だが、そのニュースは喧騒の波に紛れて誰に触れられるでもなくひっそりと消えていったのだった。
大地VS炎城の結末は、図らずも星環文明の母体に決して小さくない亀裂を走らせた。
星環騎士戦が、星環群を取り巻く経済圏の代理人の戦う場から、強さそのものが民衆の信奉を生む希望としての星環騎士が活躍する場へとパラダイムシフトしていく。
大地を手に入れた人々の意志が、星環文明を飲み込もうとしていた。
禍つ箱
開けなば開けね
ながらへば
知らざることの
弱りもぞする




