第115話「テクニカル・ギブアップ」
星屑の果て
夜の影
鋼鉄を纏え
闇を断て
忘れじの雄姿
永久に
北斗星環群星環騎士戦凱歌 作者不詳
沖大地 VS 炎城志朗
(フルオープンチャットマッチ)
炎城志朗の降参により、沖大地が勝利した。
こうして、星環群連合中の注目を集めた一戦は決着した。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
沖アリーナ。
試合終了を告げるブザーに続けて館内に流れた大地の勝利宣言に、観客は一瞬静まり返った。
今、大地が戦っていたのは、生ける伝説、炎城志朗だ。
かつて瑞穂の住民たちには、ただ眺めるしかできなかった星環騎士戦トップリーグのヌシのような男とだ。
ブザーの意味を理解した者から、握りしめたままだった拳を天に突き上げた。
そして、それぞれが歓喜の声を上げた。
それから、観客たちが待ちに待った凱歌のお披露目の伴奏が、大音量でアリーナ中に流される。
この日のために、皆が諳んじてきたのだ。
2万を超える口から紡がれる歓びの調べ。
凱歌は八回繰り返され、アリーナは万雷の拍手で埋め尽くされた。
私設観戦施設。
誰とも知らぬ相手との、何度目とも知れぬ抱擁。
赤銅騎士団メインスポンサーの黒崎運輸の御曹司、赤銅騎士団の宴会部長でもある黒崎健吾もまた、歓喜の中にいた。
炎城時代の洗礼を受けて育った者たちの多くは、大地を信じてはいても炎城の勝利を疑えなかったのだ。
必殺の兵装を砕かれて、這う這うの体で遊架の外殻に逃げ込んでからも、高瀬長門を彷彿とさせる、さすがは炎城と唸ってしまう芸術的な吶喊を何度も凌いで、殴り合いの泥仕合に持ち込んでの大逆転勝ち。
何とも、胸がすく思いだった。
「山猿――っ、最高――っ」
諦めてしまった夢が、利子をつけて戻ってきた気分だった。
禁酒の習慣をあっさり破った健吾は、何本目とも知れぬ美酒の封を開けた。
普段どおりであれば、赤銅騎士団の面子に代わって祝勝会の段取りをしている健吾だったが、時間も何も忘れて飲みふけった。
沖アリーナ 関係者席。
とんでもないことになってきたな、と希倫は改めて思った。
今日の勝利で、大地の勝ち星は年度優勝した昨年度の12勝に並んだ。
今の時点で二桁勝利が大地しかいない。
今年度2位の礼文慎を大きく突き放し、今年度優勝はとうに確定していた。
今、話題沸騰しているのは第43期の総合優勝の行方だ。
今年度そして第43期の公式試合の開催日程は2回を残すのみとなった。
「お兄ちゃんの3年度は3勝、
4年度が12勝、
5年度が今12勝目だから、
第43期通算は、27勝か」
その前を行くのは通算28勝の礼文慎だけ。
大地の後につけているのは、通算25勝の館脇亀だが、今年度早々に殉職したため、公式の順位付けの際は除外の扱いになるようだ。
これに続く通算24勝の杉原行成は、重傷を負って星を伸ばせない身でもあるが、残る開催日程をフル出場できたとしても大地には届かない。
大地と礼文慎は、運命のいたずらというのか、この三年間で一度も対戦したことがない。
二人の勝ち星の差がわずか1つなので、この先に直接対決があれば、ひっくり返して総合優勝する芽があるのだ。
大地が欠場しない限り、礼文は試合参加申し込みを控えて逃げ切る算段ができない。
希倫は慣れてしまってサラッと口にしたが、大地の試合ペースと連勝数は異常である。
冠試合で招待されることが多かったとはいえ、通常年間10試合をこなし、そのうち6勝を挙げれば上等の星環騎士戦トップリーグにおいて、昨年度は12試合12勝、今年度は14試合ペースで現在12試合12勝だ。
「館脇亀の……ドコ騎士団だっけ?
サブの星環騎士であの勝ち星を引き継がないのかしらね。
他所ごとだけど、もったいないと思うな」
実際、赤銅騎士団にも大地のサブとして鋼谷琢磨がアドバイザーと兼任している。
隣にいた佐祐倫が希倫のその疑問に答えた。
「サブ騎士は、星環騎士戦興行でメインの騎士が出場できない場合の
穴埋め要員なの。
代理で出場したサブ騎士が勝利しても、
メイン騎士の勝ち星には加算されないわ。
単純に、そのままサブ騎士の勝ち星になるわけね。
それで、もしサブ騎士がいない状態でメイン騎士が欠場ってことになると、
興行に穴を空けてしまう。
その場合、騎士運は騎士団の方にとんでもない違約金を課してくるのよね」
――それがあったから、
白石マネージャーは大地くんが素人だと知りつつも、
強引に試合に送り出したのよね。
酷い話ではあるが、その無茶がなければ赤銅騎士団は遠からず倒産していただろうし、大地は星環騎士にはならなかっただろう。
当然、佐祐倫が赤銅騎士団のマスコットガール経由で秘書に収まることもなく、大地と巡り合う機会だって、たぶんなかっただろう。
――どうやら『赤銅鏡』の方もトラブって動けないみたいだから、
瑞穂に戻ってくるのは救助隊の頑張り次第だわね。
佐祐倫の脳裏に祝勝会を段取りしている従弟、黒崎健吾の姿が浮かんだ。
――無駄に待たせてもいけないし……
健吾に、ちょっと相談しておきましょうか。
従弟に電話するべく、佐祐倫が個人端末を取り出したときだった。
佐祐倫の個人端末のメール着信音が鳴り響いた。
どうやら、勝利者インタビューが終わった後の取材申し込みである。
――いつものマスメディアの面子は、
前もって時間帯を振り分け済よね。
どこから来たのかしらね……
「平柱プラネッツ?
対戦相手の御用報道機関じゃないの。
悪戯じゃないわよね?」
【平柱星環群、紫若(居住星環)】
観戦施設。
炎城志朗が、負けた。
かの騎士の敗戦を見るのは初めてではない。
降参したことも含めて。
試合の高揚感の後に訪れるこの寂寥感は、覚えがある。
しかし、一方でその寂寥感を押しのけて胸を満たしつつある、この妙な満足感は何なのだ。
中央の立体モニターに映る、倒れることもできず、漂い浮かぶ敗者。
そして、最後のパンチを空振りしたまま固まった勝者の姿はまるでフィスト・ポンプ(拳で主張するガッツポーズ)。
平柱の代表は負けた。
悔しいのだが……
この胸に渦巻く勝利にも似た達成感は……
代表が勝ったときのもの。
そうか、沖大地は、宇宙生活者、俺たちの、民衆の、象徴だった?
初めに幾人かが、勇気をもって、それでもおずおずと右拳を挙げた。
それを見た幾十人が、幾百人が、幾千人が、そして、観客のほとんどすべてが、右拳を挙げた。
俺たちの英雄を、俺たちの新たな英雄が倒したのだ。
雄姿を忘れるな。
炎城志朗を。
永久に称えよ。
沖大地を――
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『轟焔騎』操縦室内。
錯乱状態から回復した炎城志朗は、モニターに大きく映し出された敗戦裁定を見て、大きく目を見開いた。
「俺の負け、だと……
降参によって?」
唸りをあげた炎城は奥歯も砕けんばかりに歯軋りをしつつ、シートに後頭部を叩きつけた。
思いきり強く一度、強く一度、力なく一度。
――降参だと?
俺が?
いつ宣言したというのか。
そして炎城は大きく深呼吸をすると、こわばった体を伸ばすためにシートの背にもたれかかった。
――この俺を咬ませ犬にして、八百長だと?
どうしても敗戦裁定に納得のいかない炎城は、こめかみに手を当ててマッサージを繰り返した。
少し落ち着きを取り戻すと、騎士運への不服申し立てをどうするのか、段取りを頭でまとめ始めた。
――不服申し立てをするにも、まず現状の証拠保存だ。
炎城は身を起こして、メインモニターに映る信じがたい試合結果に再度目を向けた。
そしてふと目を向けたサブモニターを見て、炎城は再び目を剥いた。
《AI――ワレ、ソウナン、セリ。キュウジョ、コウ――》
「救助要請……だと?」
強過ぎる騎士だからこそ、失念していた――
星環騎士艇にはいくつかの安全装置がある。
操縦者の退避したいという意志と、騎士艇の動きに大きな乖離があるとき、補助AIは操縦者に現場からの退避意志を直接確認する。
そうして『深刻な事故が発生している』可能性が高いと判断される場合において、すぐさま救難信号を発した後、生命維持装置以外の機能を緊急停止するのだ。
この救難信号は星環騎士戦の試合中において、降参宣言と同等に扱われる。
30年以上前の学生の頃の授業に。
30年以上前の資格試験の問題に。
騎士同士の他愛ない莫迦話の中に。
ただ、現実の試合で見たことがなかった機能。
そして、錯乱していた状態の記憶が、断片的ながら炎城の脳裏に蘇ってきた。
『ここから、出せ!』
『ここから、離れろ!』
――俺は、逃げようと、していた?
状況をすっかり理解した炎城は、両の肩から力を抜きさり、シートに体を預けた。
――惨めな負けざまを晒す前に、止めてくれたのだ……
声にならないすすり泣きが、静かになった操縦室に響いた。
『赤銅鏡』操縦室内。
モニターに突っ伏した大地は、大きなため息をついた。
使い慣れないNITROが、悪さをしたのだろうか。
試合終了ブザーが興奮していた大地の耳まで届かず、動きを止めた『轟焔騎』を殴り続けようとしていた『赤銅鏡』だったが、すぐにパンチを空振りした格好でウンともスンとも言わなくなってしまった。
生命維持装置は無事なようで、シャボンシェルターで緊急脱出するほどでもない。
身動きのできない大地は、とりあえずオペレータールーム経由で騎士運に救出要請をしたのだった。
今日の試合は、最初から最後まで好事魔多しだった。
決まりそうなところで決まらなかった。
よく勝ちまで持ち込めたものだ。
その勝ちは炎城の降参のようだが、機械の故障ではなさそうだ。
本人が故障したのだろうか。
なあ、炎城のおっさん。
聞こえねえの?
フルオープンチャットマッチなんだろ?
都合が悪くなるとだんまりって、
高瀬のおっさんと同じじゃんか。
腹が減っちまってよ。
今日はうっかり続きだよ。
非常食のチョコバー、
控室に置き忘れたんだよ。
何か、食うものない?
おっと、いけねえ。
取りにいけねえや。
ずっと、静かだよな……
怪我でもしてんの?
ほら、痛いの痛いの、飛んでけ――
白雲の
立ち居る山の
とこしえに
君が御代をも
祈りつるかな




