第114話「色に染まらぬ風の強さよ」
互いの手首を噛む冷徹な銀の牙
引けば引くだけ食い込む軛
自由を得るために自由を奪う
二人が挑み
一人が得る
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『轟焔騎』操縦室内。
……炎城さん、炎城さん――
――どこかから、自分を呼ぶ声がする。
炎城は周囲を見回した。
そこで、炎城は自分が操縦室のシートに座っていることに気が付いた。
『……炎城さん、炎城さん』
何度も自分に呼びかけていたのは、オペレーターチームからの通信だったようだ。
すっかり見慣れた『轟焔騎』の操縦室。
なぜ今、自分がここにいるのだろうと炎城はいぶかしんだ。
これも、夢の続きなのだろうか。
「待たせた。どうやら気絶していたようだ」
通信のあちら側で安堵の声が上がっている。
それが聞こえるのも、フルオープンチャットマッチならではだ。
しかし、なぜ記憶が繋がっていないのか、炎城にはその原因が思い当たらない。
「状況を説明してくれ」
とりあえず、オペレーターチームに訊ねてみる。
わけのわからない回答か、まったく返事がないなら、まだ夢の中だろう。
寝床の中にいる自分を待つだけだ。
しかし、現実であればただちに状況を把握しなければならない。
星環騎士艇の操縦室の中で、騎士である自分が気絶しているなら、何らかの渦中にいる可能性が高い。
『……沖大地との試合中ということはわかりますか?』
――沖大地?
沖大地が誰なのか、炎城の脳裏ですぐに像が結ばなかった。
要領を得ない炎城の様子を危惧したオペレーターチームは、
『試合中です。
まだ意識が混濁しているなら、こちら側で試合放棄を申請します』
試合放棄――
その一言がカンフル剤となったのか。
炎城の頭の中に一気に記憶がなだれ込んできた。
そしてほとんど反射的に拒否を示した。
「何があった? まだ戦える。何があったかだけ、教えろ」
『遊架外殻に衝突してから、まだ2分も経ってません。
これは沖との綱引きの結果です。
『轟焔騎』の姿勢角の制御を損なったことが原因のようです。
月牙鏟は衝突の弾みで手元にありません』
遊架外壁部には重力はない。
つまり、どこかに引っかかってなければ、頼みの月牙鏟は宇宙のどこかへ漂ってしまったわけだ。
残るはサブウェポンの兜割というわけである。
『九時の方角から、まもなく来ます。
迎撃態勢をとってください』
幸運を祈る、とオペレーターチームからの言葉が届くと同時に、『赤銅鏡』が『轟焔騎』正面に現れたことを計器が示していた。
『赤銅鏡』操縦室内。
沖大地の記憶の欠片。
互いの首にチェーンを巻いたゴロツキが二人。
一人は勝鬨を上げ、もう一人は地面に突っ伏している。
それは、互いの手首や首を鎖で繋いで、逃げ場をなくした、最後の最後の決着のための喧嘩。
憎み合う者同士、許せない者同士を物理的に離れられなくしてしまう皮肉な決闘。
――お誂え向きに
左拳にチェーンを巻き取っていたのも何かの縁。
さあ、やろうか。
ところで……
チェーンデスマッチは、ご存じかな?
返事とばかりに『轟焔騎』が手錠をはめられた左腕を引っ張ってきた。
その『轟焔騎』を目の前にして、大地が舌打ちをする。
殴るには、地面を蹴らねばならない。
そして、遊架外殻には重力はない。
――また、やらかしてしまったか。
そのときだった。
オペレータールームにいる附子島の声が聞こえた。
『大地、ドッキングフックだ。
外殻に打ち込め。』
星環騎士艇に限らず、宇宙船舶にはベイエリアに係留するためのドッキングフックが備えられている。
かつては大地も、自身が操縦するデブリ除去作業船と星環との衝突を、ドッキングフックの目的外使用で難を逃れたことがある。
ただ、それはうまく星環外壁の凹凸にはまり込ませることができたからだ。
『外壁そのものは撃ち抜ける。
あとは、フックが外殻骨格に引っ掛かるように……』
大地に迷っている時間はなかった。
附子島の説明途中で補助AIに指示を出して最適な箇所に照準を合わせた。
「ドッキングフック、発射!」
大地の音声入力で『赤銅鏡』からドッキングフックが発射された。
ほとんど同時に『轟焔騎』が一気に距離を詰めてきた。
ここにきて、虎の子の腕部ニトロ機構を発動してきたようだ。
兜割を手にして。
距離が足りなきゃ、加速したって最高速に届かねえだろ?
星環騎士艇は、人の形を模倣している。
そして、人間と同様、脚部は腕部より長い。
星環騎士艇のボディは宇宙で戦うトップリーグであっても、歩くことを前提として踵が最も硬い。
大地は『赤銅鏡』の右脚を振り上げた。
カウンターの前方踵蹴りを喰らわされた『轟焔騎』は跳ね飛ばされた。
その場に重力があれば地面に転がったことだろう。
二機を繋ぐチェーンが伸び切り、再び距離を置いての対峙となった。
なあ、炎城。
喧嘩しようぜ?
ああ、俺が怖けりゃ、
その玩具を使っていいからさ。
炎城は大地の挑発に乗ってしまったのか。
『轟焔騎』が兜割をしまい込み、『赤銅鏡』に近づいてくる。
大地は緩んでいくチェーンを、今度は右の拳に巻いていく……
【平柱星環群、紫若(居住星環)】
観戦施設。
大野間の隣に座る騎士が呟いた。
「場末の、ゴロツキのやる喧嘩じゃないか」
育ちのいい大野間は大地の言う『チェーンデスマッチ』を知らなかった。
それはどのようなものか、と新しい友人に訊ねた。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
沖アリーナ。
観客席の一部が沸き返った。
「俺たちの喧嘩だ」
「お高くとまった炎城なんぞ、ぶん殴っちまえ」
立体モニターには、二機の星環騎士艇が、原始の人類と同様に殴り合うさまが映し出されている。
なんだこれはと眉をひそめていた観客もいた。
しかし、試合を観ているうちに変化が起こる。
さっきまで、大地が初めて吐露した心情に同調していた。
自分たちにも共感できることだった。
今、目の前で繰り広げられる拳闘は、高速で飛び交う騎士戦と違って、自分たちにも理解できる。
画面の星環騎士艇の動きに知らず知らず体の動きが同調していく。
『赤銅鏡』のパンチに合わせて、自分の腕が動き始める。
『轟焔騎』のパンチに合わせて、自分の肩が動き始める。
時を同じくして、紫若の観戦施設でも、同じ現象――攻守の状況は逆さまではあるが――が、拡がり始めていた。
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『赤銅鏡』操縦室内。
星環騎士艇越しとはいえ、大地もチェーンデスマッチは初体験である。
それなのに、何が大地を駆り立てるのか。
操縦室内は殴られるたびに轟音が響いている。
叩け。
叩け。
叩け。
大地は前傾姿勢になり、互いに足を止めての星環騎士艇同士の殴り合いにのめり込む。
さっきまでいくぶん冷静だったはずが、殴るごとに大地の興奮の度合いが高まっていく。
人類が最初に感じた恐れ、怒り。
それらを表現したものは、この拳ではなかったか。
(問)星環騎士艇には、なぜ手があるのか。
握手するためなら、
なぜ何度も争うのか。
(答)拳を握るため。
(問)星環騎士艇は、なぜ人型なのか。
わかりあうために人型であるなら、
なぜ幾世紀も争うのか。
(答)殴り合うため。
いつしか操縦席に響いていた轟音が止んでいた。
『轟焔騎』操縦室内。
装甲の上から殴られる轟音が、響いている。
炎城を襲う轟音は、耳から入ってくるだけではなかった。
胸から、背中から、足元から。
何度も何度も騎士艇そのものを揺らして、轟音が反響する。
その反響がさらに反響を呼んで。
チェーンデスマッチ以前に、炎城は星環騎士艇同士の殴り合い自体が初体験である。
学生の頃のシミュレーター訓練で、教官も承知の余興でボクシングマッチをした経験はある。
だが、それだけだ。
ある意味人類の英知である星環騎士艇を使って殴り合うなど、誰が真面目に考えるものか。
事実、『轟焔騎』の拳は『赤銅鏡』を十度は殴ったところで砕けてしまった。
いまだに殴り続けている『赤銅鏡』が、炎城には不思議だった。
迂闊なことに、大地が殴り合いに入る前に両拳にチェーンを巻いてグローブ代わりにしていることに気付けていなかった。
――何が起こっている?
自分の知る星環騎士戦ではない。
――耳鳴りが激しい。
反響する轟音で他の音が拾えない。
――オペレーターチーム、俺はどうなっているんだ。
何をすればいい?
操縦室内で響き続ける轟音、反響、残響が、炎城にかつてない強いパニックや精神的ストレスを引き起こしていた。
内耳が深刻なダメージを受け始め、平衡感覚はすでに喪失していた。
凄まじい音圧により外界と隔絶された炎城から、わずかに残っていた判断力が失われていった。
「ここから、出せ!」
たまらず炎城は『轟焔騎』を離脱させようとするが、逃げることは叶わない。
手錠とチェーンが、後退することを許さないのだ。
それでも半狂乱になって離脱しようと試みる。
サブモニターに補助AIが発する警告が表示されていたが、錯乱状態にある炎城には気に留める余裕がなかった。
《生体反応に異常。血圧、心拍数ともに異常値》
《操縦者に極度の緊張状態あり》
《操縦者に離脱の意志あり》
《星環騎士艇の離脱なし》
「ここから、離れろ!」
そのとき、試合終了のブザーが鳴った。
だが、すぐには炎城は聴き取れなかった。
高遠な理念や幾千万字の論理が衝突した果てに、結局、泥臭いただの殴り合いによって一応の決着を見ることになったのだった。
つまり、人類にはまだ、進歩の余地があるということ。
真理はどこか
正義はどこか
赤か
黒か
自由か
統制か




