第113話「Oh Hisse」
誰のためであってもいい
傷ついたその背中は
誰かの救いになってきた
誰かの盾になってきた
だから
胸を張れ
竹島健司との記憶の欠片。
電磁力での射出前提だったことから、当初案では手錠チェーンはすべて鉄製のものを使用することになっていた。
ただ、どうしても嵩張ってしまうために収納場所が悩ましかった。
いっそ『赤銅鏡』にマントを羽織わせて手錠チェーンを張り付けてしまおうかという投げやりな案まで出た。
しかし、またもふらりと現れた風鈴寺博士との雑談の中で生まれた、鉄製のナスカンとケブラーを交互に組み合わせるアイデア――丈夫で電磁力誘導可能なチェーン――の実用化により、一気にダウンサイジングと軽量化の問題が解決した。
そして、大網道具博物館で見かけた釣り糸を巻き取る道具からの着想で『赤銅鏡』にリール機能のある上腕部を取りつける運びとなった。
「万力鎖のときはお前の『回転させたい』って要望があったし、
四角網のときは射出後に展開する都合上、
事故の少ない前腕背側、肘のある方に取り付けてた。
今回のは、純粋に射出の電磁力カタパルトのみに絞った。
だから前腕屈側、手のひらのある方だ。
こっちにしよう」
「そうか、手のひらの方から撃ち出すってことは、
手でチェーンを掴みやすくなるのか」
「操縦者の負担は少ない方がいいからな。
射出の操作も簡単にしてある。
『人差し指』で狙いをつけたら、
前腕屈側を『上に』向けろ。
この2アクションが連動することで手錠を射出する。
止める時は『下』にしろ」
「凄え……なんかのヒーローみたい」
「大地、今頃なにを……お前は、ヒーローだよ」
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『赤銅鏡』操縦室内。
意識が一瞬飛んでいたようだ。
このうるせえ音は……
大地はメインモニターでNITROが起動していることを確認した。
新たな力を得た『赤銅鏡』は、期待に応えるべく遊架に繋いだ手錠チェーンを足場代わりに大推力で遠ざかろうとする『轟焔騎』を引き止めることに成功する。
チェーンを掴んでリールで巻き戻すだけじゃ、引っ張りが弱いな。
あちらの化学燃料が尽きるのが早いか、
NITRO用のバッテリーが空になるのが早いか。
……あまり、考えたくないな。
大地の脳裏に先ほど身を潜ませた溝が思い浮かんだ。
ま、いいか。
失敗しても、試さなくてもジリ貧で負けるだけだ。
試しに、やってみよう。
【平柱星環群、紫若(居住星環)】
観戦施設。
大野間は思い出したように足元の鞄からドリンクボトルと紙袋を取り出した。
そして、一人分を隣の騎士に差し出した。
「よろしかったら、どうぞ。
ボトルの中身は真水、
こっちの袋は、おにぎりが……5個だったかな?
具は海苔の佃煮の、いろいろアレンジです」
黒胡椒入り、
唐辛子入り、
紅ショウガ入り、
梅肉入り、
天かす入り。
相手はおずおずと受け取った。
「ありがとうございます。
食べる間もなかったので、大変助かるのですが……
その、えーと、いいんですか。
同僚の炎城さんと沖くんの試合、佳境っぽいんでしょう?」
大野間はニコリと笑った。
「だから、ですよ。
熱戦はご飯を食べながら、のんびり観る方が楽しいです」
どちらが勝っても嬉しい。
どちらが負けても悔しい。
なら、美味しいごはんをメインイベントに。
勝敗は、そのついで。
「承知しました。ご相伴に、あずかります」
周囲の観客席が騒がしい中、二人の騎士はかなり遅めの昼食を摂るのだった。
中央の立体モニターでは、大地の駆る『赤銅鏡』が新たな動きを見せていた。
その背面からはスラスターの炎が見えている。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
沖アリーナ。
関係者席。
立体モニターに映る『赤銅鏡』がスラスターの推力も借りて向かっているのは、どうやら先ほど身を潜めていた溝のようだ。
希倫は珍しく兄の大地がやっていることが予想できた。
上手く角度をつけて溝の壁に沿って立つことができれば、『轟焔騎』の推力を重力代わりにできる。
そうして『赤銅鏡』の下半身の力を、引く力に合わせようというのだろう。
希倫の予想どおり、溝に辿り着いた『赤銅鏡』は、ほとんど水平になるまで反った姿勢になった。
これで『赤銅鏡』自体が強い支点、そして力点になる。
屈伸運動を繰り返し、余裕の出たチェーンを両手で手繰る。
それは誰もが、学校でやった経験のある本当の綱引き。
周囲から聞こえる観客席の声が『オラァ!』『引けぇ!』という乱暴なものから、いつの間にか一つの掛け声に変わっている。
観客たちも昔を思い出したように、チェーンを引く動きに合わせて『オーエス』の掛け声を上げている。
希倫は頸を傾げた。
綱引きが有利になったのは、いい。
ただ問題は、その後の詰めの方だ。
現状を整理すると
『赤銅鏡』には、直接ダメージを与えられる兵装がない。
『轟焔騎』は、まだあの長柄物を持っている。
仮に、長柄物をどうにかかいくぐったとして、勝つイメージがわかない。
でも、勝てないとみれば、兄は早々に降参しそうではある。
結局、いつもの通りだった。
兄の戦い方は、わけがわからない……
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『轟焔騎』操縦室内。
余裕で吊り上げられるはずだった。
なにせ相手には、足場がない。
このような拘束戦術は、本来は重力環境で力を発揮するものなのだ。
しかし、徐々に劣勢になり、モニターに映される数値は機体が遊架外壁に少しずつ近づいていることを示している。
さらに、全力で推進しているがゆえに騎士艇のコントロールまでも難しくなっていく。
ムキになった炎城は、何としても振り切ろうとしてスラスターを噴かし続けてしまう。
これが星環騎士道における戦い方であれば、訓練通りに落ち着いた対応ができたのかもしれなかった。
「なぜ宇宙での引っ張り合いで、負けることがあるんだ……」
何度目かの雑念が混じる。
そうして、ついに微妙な操縦を誤った『轟焔騎』は錐揉み運動をはじめて姿勢角の制御が不能になった。
あとは、遊架外壁に引きずり込まれるのみ――
『赤銅鏡』操縦室内。
大物が釣れましたよ。
モニターには、コントロールを失った『轟焔騎』が引き寄せられるように遊架外壁に激突する様子が映し出されていた。
激突の衝撃で月牙鏟が『轟焔騎』の手から離れていく。
よし、上々だ。
大地はNITROを解除した。
操縦室内の轟音が止み、キーンと耳鳴りがする。
『轟焔騎』が墜ちたのは、そう遠くない場所だ。
このまま引っ張り続けるより、こちらから接近した方が早いと踏んだのだ。
大地は『赤銅鏡』を溝から這い出させると、その方角へ向かうためにスラスターを噴かせた。
その直後。
ガチン。
操縦室が揺れるほどの衝撃があった。
『赤銅鏡』の左腕から伸びたチェーンがいっぱいに伸びきっていたのだ。
もう一方を遊架外壁の凸部に繋げていたことを失念していたのだ。
大地は舌打ちした。
墜落したとはいえ、『轟焔騎』が戦闘不能であるメッセージは出ていない。
月牙鏟を拾うより先に『轟焔騎』の元に行かなければ、不利が生じるかもしれない。
回収の手間と時間を天秤にかけた大地は、さほど迷わず左腕の手錠チェーンを切り離すと、再度スラスターを噴かせた。
そして余していく右腕の手錠チェーンを、リールのドラムをくるくると回して巻き付けていく。
ガチン。
先ほどよりは小さいが、嫌な音がした。
ライン・ツイスト――リールに巻き取ったチェーンが絡まったようだ。
こうなると大地には手の打ちようがない。
仕方ないので、空いた左手に余したチェーンを巻き付けていく。
『轟焔騎』がいるのは、もうすぐそこ。
さあ、決着をつけよう――
命の残高が削られていく
逃げる路など
最初からないのだ




