第112話「NITRO」
命運を賭けた戦場
合理を外れた人型
騎士道という狂気
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『轟焔騎』操縦室内。
「また、足蹴にしただと?」
巴投げをさせないための低空での吶喊だった。
それをまんまと逆手に取られて跳び越え、いや踏み越えられたのだった。
宇宙、
無重力環境下、
兵器にあるまじき形の、人型宇宙船。
早々に遠距離武器を封じられた星環騎士戦。
馬上槍試合を模した、互いの吶喊。
接近戦では小剣などの剣戟。
トップリーグの総合優勝には、星環群連合の大統領選出権が掛かっている。
厳しい生活を強いられている星環生活者の慰みという一面もあったろう。
ただ勝つだけでは、誰もついてこない。
大統領選出権の重み、星環騎士にそれを強いるのも筋違いと知りながら、『星環騎士戦とはかくあるべし』という騎士道が、機械的に勝敗のみを規定した星環騎士戦規則と乖離していくのもある意味必然の流れだったのかもしれない。
そもそも『人型』というのが、道具の理念から逸脱している。
便利に使うために合理的な形となるのが、道具である。
この形であるべし、から始まる道具がまともなわけがない。
ゆえに、
『脚部は飾り』
『頭部の存在意義が行方不明』
『腕はともかく、アタッチメントがあれば指までいらない』
それでも人型にこだわって。
だから、星環騎士道は歪んだのだ。
まともではない道具でも、
『脚があるなら、蹴ればいい』のだ。
ちょうど大地がそうしているように。
怒りと納得感で混乱していく炎城は、『轟焔騎』が操作通りに動いていないことにすぐに気付かなかった。
――左上腕部が何かに引っ張られている。
左上腕部あたりに異常がないか、モニターで拡大してみた。
手錠がはめられていた。
「……」
その手錠からはチェーンが延びていた。
その先には当然、『赤銅鏡』がいる……
炎城の脳裏に『轟焔騎』と『赤銅鏡』の公開データ、最大推力が浮かんだ。
スペック通りなら、『轟焔騎』が上だ。
絡むもののない宇宙へ釣り上げれば、繋がれた手錠とチェーンが逆に沖の『赤銅鏡』の動きを制限できると踏んだ炎城は、もう一方の腕で手錠を押さえながらスラスターを噴かして舞い上がった。
【平柱星環群、紫若(居住星環)】
観戦施設。
思わず笑顔になった大野間は、頬を叩いて真顔に戻した。
――やはり、大地くんは最高だね。
最強の騎士の一角である炎城相手に、自分の世界に引きずり込んでしまった。
『轟焔騎』は遊架外殻から飛び立った。
『赤銅鏡』と手錠で繋がったことを逆手にとって宇宙空間へ連れ戻すつもりだろう。
その『赤銅鏡』はどうするつもりなのだろう。
星環外殻に留まったとして、宇宙に引っ張り込まれるまでもなく無重力環境下であることに変わりはないのだ。
最大推力に劣る『赤銅鏡』でどのようにチェーンでの拘束を完成させるつもりなのか、大野間は興味を覚えた。
「しかし、手錠とは……考えたね。
出来るだけ簡易な仕組みで、
失敗してもやり直し前提で、
もちろん、無重力環境下でも稼働する」
相手のどこかに手錠リングが当たれば、慣性でラチェットの歯車を中心に回転する。
回転の勢いが充分であれば、手錠リングは連結部にはまり込んで、手錠部分の拘束が完成する。
吶喊が中心の星環騎士戦であれば、リングを当てさえすれば回転の勢いは充分すぎるだろう。
――この手錠、
この試合の行方次第では
星環騎士戦の歴史を根底から揺るがしかねないぞ。
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『赤銅鏡』操縦室内。
『轟焔騎』が宇宙空間へ飛び出すのを尻目に、大地は目当ての場所である外壁の凸部分に『赤銅鏡』の左腕部を向けて狙いを定めた。
手錠が電磁力誘導で打ち出される。
続くチェーンにも同じく電磁力で加速をかけていく。
――よし、完全にロックした。
手錠の直径で引っ掛けられる、お誂え向きの凸が近場にあったのは幸運だった。
承福鉄平との記憶の欠片。
『引っ張り込むには当然足場が必要――』
『異なる二点を絡め取れば――』
『星環騎士艇と比べて相当大きな質量……星環?』
【北斗星環群、和刻(工業星環)】
承知工業 研究棟。
承福鉄平はじめ、手を空けられた半数以上の社員や技術者が、大地と炎城の試合を観るために集まっている。
社長の裕次朗まで混じっている。
今まさに、『赤銅鏡』が『轟焔騎』という点と遊架という点を手錠とチェーンで結んだところだった。
《鉄平さん、バカバカしいって諦めるのは、
早かったでしょ?》
今回のようなフルオープンチャットマッチなればこそ。
顧客の声がほぼ直接に製造業者に届くのだ。
鉄平の脳裏に、かつて聞いた恩師・風鈴寺博士の言葉が蘇る。
『諦めるのは、違うじゃろ?』
鉄平は鼻を押さえると下を向いた。
伯父の裕次朗はさりげなく上着を鉄平の頭から被せた。
【平柱星環群、紫若(居住星環)】
観戦施設。
観客は星環騎士艇同士の綱引きに夢中だ。
「吊れーっ!」
吊ってもよい。
「千切れーっ!」
千切ってもよい。
沖大地、『赤銅鏡』の最後の足掻きを楽しんでいる。
その中でいぶかしげに顎を撫でる大野間。
「何で、炎城さんは綱引きに応じているんだろう?
落ち着いて手錠を外してもいいし、
普通に接近して、長物、月牙鏟で大地くんを仕留めてもいい。
ほとんど素手なんだしね?」
そこに遅まきながら隣の席に座る者がいた。
どういう状況ですかと大野間に訊ねてきた。
「ああ、ちょうど佳境に入るところです。
技と力が出尽くして、意地の張り合いに入ったんですよ」
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
沖アリーナ。
オペレータールーム。
観客席からの『引きつけろ』『逃がすな』の声援がここまで聞こえてくる。
滋野も附子島も苦い顔をしている。
鋼谷は叫び過ぎて喉を潰してしまったようだ。
状況は、よろしくない。
徐々に『轟焔騎』の大推力に吊られはじめている。
このままでは打つ手がなくなる。
「大地が、NITROを使っていない」
附子島が呟いた。
鋼谷には思い当たる節があった。
大地は目の前で杉原行成がニトロ機構を暴走させた爆発事故を一番間近で見てしまっている。
NITROとニトロ機構は別のもの。
イップスとまではいかないのかもしれないが、ここ一番で怯んでしまったのではないか。
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『赤銅鏡』操縦室内。
さっきから鋼谷からの指示が聞こえなくなった。
――どうすればいい?
手が、NITROを怖がって……
――ここまで来て、何なんだよ。
あとは起動するだけなんだよ……
ほかの操作は問題ない。
ただ、NITROに関してだけ手が震えてまともにコントロールできなくなる。
せっかく二点を固定できたというのに、このままでは『轟焔騎』に吊り上げられてしまう。
または『轟焔騎』か遊架に繋げたチェーンが千切られる。
そうなれば、正真正銘、打つ手がない。
歯軋りをするが、空しいだけだった。
《小僧!》
背筋が伸びる。
聞きなれた滋野の声。
竹島たちが緩んだら、即落ちていた雷の音。
ついぞ自分は気にならないと思っていたのだが……
《小僧!
NITROを使え!》
反射のように大地の手が動いた。
何試合も前から『赤銅鏡』に積載され、大地に無視され続けてきたNITRO。
それは『赤銅鏡』背面装甲の内部に仕込まれた予備出力ユニットから瞬間ピーク電力を追加供給し、短時間限定の驚異的な出力上昇を可能にする機構。
NITROが電磁モーターへかけた過剰な負荷により、フルオープンチャットの声が聞こえなくなるほどの轟音が操縦室に満ちていく。
爆ぜろ
NITROの咆哮
世界のすべての声を圧殺し
ただ一時の無敵を創り出せ




