第110話「トレンチ・ラン」
風も音もない
極限の宇宙
ただ轟速だけが
塹壕を走る
導け
見えざる手よ
光の槍は
終点の小さな的へ
遊架――
宇宙に架けられた、自由への拠点。
星と星を繋ぐ橋。
小惑星帯という宇宙の鉱山に向かう最前線、人類の希望を乗せた星環。
その名の意味について、北斗星環群では親から子へそのように伝えられている。
ところが実は廃棄星環の由来は、『使えなくなった星環』よりも『使わないことにした星環』であることが多い。
遊とは、家を離れて、故郷でない地へ行くこと。
架とは、物をのせる台、そして2つの空間座標を物理的に繋ぐもの。
全星環大戦以前において、遊架の持つ役割は軍需施設であった。
その主な役割は、軍船を送り出す宇宙空母。
北斗星環群こそ、かつて隣接した星環群とともに豊富な鉱山を後ろ盾にして軍需産業に特化した星環群だったのだ。
全星環大戦という重すぎる教訓を経て、戦争手段としての軍事技術を捨て去って200余年。
10代近く世代交代した星環群連合では、富の偏在という大きく育った火種を抱えて、今、連鎖爆発のときを迎えようとしていた。
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
転げ落ちるような軟着陸。
遊架外壁に到達した『赤銅鏡』の様子を例えればそんなところだった。
減速することすら、恐怖だったのか。
無重力環境下で滅多なことでは起こりえない摩擦を利用し、かつ反作用で『赤銅鏡』が宇宙の塵にならないよう姿勢制御を行う大地。
外壁の凹凸に何度も手をかけて減速し、大きめの溝の凹みに身を隠すように膝立ちの体勢となることで、最終的に外壁に接触する位置を確保することができた。
あとは、炎城志朗、『轟焔騎』が来るのを待ち構えるばかり。
廃棄星環とはいえ、遊架は壊れてしまったわけではない。
いわゆる開店休業状態である。
星環内部であれば、まだ疑似重力は存在する。
重力環境下でこそ真価を発揮する拘束兵装を得意とする大地がなぜ外壁を第2ラウンドの場所に選んだのだろうか。
『轟焔騎』操縦室内。
炎城は『赤銅鏡』が遊架の外壁、中腹あたりに軟着陸したことを見届けた。
大地のようなアクロバットを真似するつもりはない。
炎城は外壁と平行になるよう軌道調整を行う。
「まだ、戦う気があるなら、喜ばしい」
星環外壁への強引な取りつきのせいもあって、外見だけを見れば『赤銅鏡』は満身創痍である。
炎城は重力のあるベイエリアかその奥に向かうものと予想していたが、大地が外壁をあえて選択した理由を考えてみた。
地球史で騎兵戦術が駆逐された理由はさまざまだ。
有刺鉄線、機関銃、ライフルの登場。
それらを活用した塹壕戦術も理由の一つであるが……
「まさか、星環の凹みを塹壕代わりにして
身を隠すことで吶喊を防ごうとしているわけではあるまい?」
炎城は星環外壁の溝にギリギリ接触しない漸近線の軌道をプログラムする。
騎士艇を補助AI誘導で軌道追従させつつ、微調整は自身がマニュアル操作で行う。
「200余年の星環騎士戦技術を、舐めるな!」
【平柱星環群、紫若(居住星環)】
観戦施設。
《200余年の星環騎士戦技術を、舐めるな!》
炎城の抑圧された怒声が満場の観客席のもとに届く。
――これだ。
臨場感を埋める最後のピースはこれだったんだ。
これが欲しかったのだ。
超高速で宇宙を駆ける星環騎士艇。
何年もかけて鍛え上げられた技術の応酬。
ギリギリをせめぎ合う度胸比べ。
時に自分の負けを認める潔さ。
今ここに、星環騎士の、試合中の生の声が届けられた。
かつてはお手本の星環騎士。
今は鬼気迫る破壊の王。
しかし、
炎城志朗もまた、自分たちと同じ人である――
時代の波に押し流される絶対王者の焦りが。
怒りが。
哀しみが。
声に乗って観客の胸に届く。
中央の立体モニターには、試合会場である遊架空域に設置されている複数の定点カメラから合成されたリアルタイム再現映像が流れている。
炎城の駆る『轟焔騎』が、漸近線の軌道を描きながら、『赤銅鏡』が身を潜めている溝まで降下した。
勢いは止めずにそのまま吶喊を仕掛けるようだ。
月牙鏟は、やはり火力の高い扇形の刃を先頭にして。
傷つけずに引っ掛けて抑え込む三日月刃は、出番なしか。
溝に身を潜めた『赤銅鏡』には、その溝に沿って迫ってくる『轟焔騎』の吶喊を躱す術は……
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『赤銅鏡』操縦室内。
危ねえな。
高瀬みたいなクレージーをかましやがって。
大地はとっさに月牙鏟の扇刃を十字受けで弾き、すぐさま『赤銅鏡』を後転させつつ、相手騎士艇腹部を足蹴にしながらの巴投げを敢行して難を逃れたのだった。
自らの吶喊力を利用されて投げ飛ばされた『轟焔騎』は、その勢いを殺さずに中空に飛び去っていく。
『またも……なんて足癖の悪い』
体勢を整え直したら、直に第二段の吶喊が来るだろう。
――こんな曲芸、何度もできそうもねえな。
あちらもご丁寧に反復しちゃくれねえだろうし。
ほんの一瞬、降参しようかとも思ったが、炎城の高圧的な物言いが大地は無性に気に入らなかった。
いちいち、癪に触る。
あんたといい、高瀬といい、
いっぱしの武道家気取りが鼻持ちならねえ。
歳食って、
焦って、
力任せに若い芽を潰して回って、
若い俺が、そんなに憎いか。
透けて見えてんだよ!
赤銅騎士団オペレーターチームのチャットからは何度も『落ち着け』と鋼谷の声が聞こえる。
落ち着け?
いつも通りだよ、俺は。
いつもいつも俺は……貧困層上がりだよ。
今だって騎士じゃねえよ。
作業員だった頃と、何も変わらねえよ!
扱いだって、根っこは何も変わってねえじゃねえか!
配置された場所が変わっただけ――
追い詰められて、大地の奥底の叫びが迸る。
そこに、上空にいる炎城から通信が入った。
『沖、まだ正気なら、俺の話を聞け』
何ひとつ違わない。
俺はただ、いつも通りここにいる。




