第109話「羽根は捥げているか」
風を引き裂き
雲を追い抜いた
あの白銀のきらめきは
もう捥がれてしまった
両の翼をなくし
見上げる空は
あんなにも遠い
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
沖アリーナ。
勝負、あった。
少年はそう思った。
『赤銅鏡』が『轟焔騎』の吶喊攻撃を際どいところでくぐり抜けたのだ。
躱しきれずに右腕のナックルガードが捥げかかっている。
いつも薄氷を踏んでいるように見えて、そこからの沖のカウンターは絶品だった。
これはきっと予定通り。
そうだ、相手の長柄物を伝って……
出るぞ、必殺の左!
少年の左手が少し前席に遠慮しながら、前に突き出される。
その手が、途中で止まった。
中央の立体モニターには信じられない光景が映し出されている。
少年だけではない。
隣にいる母も、そのほかの会場中の観客たちも、どよめいている。
え?
ええ?
沖の、黄金の左が、止められている?
何が、起こっているの?
【平柱星環群、紫若(居住星環)】
観戦施設。
大野間は見た。
『赤銅鏡』の左腕部のナックルガードの隙間に、狙いすました兜割の一撃が吸い込まれていったのを。
――沖の生命線は、鎖でも網でもない。
パンチングナイフだ。
炎城志朗は断言し、その対策に大野間は徹底的に付き合ったのだ。
タイミング、角度。
炎城は反射で兜割をナックルガードの隙間に合わせることができるまでに反復し続けた。
次の瞬間、『赤銅鏡』の左のナックルガードに大きな亀裂が入った。
手首の捻りと返し。
『赤銅鏡』が月牙鏟を掴んでいるからこそ、無重力環境下でもてこの原理が正確に力を伝えきる。
超接近戦を前提としているこの戦法。
本来の思想は、肉を斬らせて骨を断つ。
今は、炎城は大地の肉だけを斬った。
「大地くん、君の戦法も
『肉を斬らせて骨を断つ』だったようだね」
中央の立体モニター上には、『赤銅鏡』の両腕のナックルガードが破壊されたことが示されていた。
「AIシミュレートでは、
大地くんは最も硬いナックルガードで、
吶喊を弾き逸らす選択をする可能性が高いと示唆されていた」
大野間は画面から目を逸らさない。
後ろ暗いところなどないからだ。
そして、親友がここで諦めないであろうことも。
必殺の兵装である、両腕のパンチングナイフが使用不可になっても、大地は生き残る道を探す。
そして、探り当てる。
炎城志朗が空に浮かんで僕らを導く星ならば。
沖大地は地上で輝いて僕たちを照らす星。
――なんて……
なんて、僕は恵まれているんだ。
大野間はどこかにいる尊いお方に感謝を捧げた。
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『赤銅鏡』操縦室内。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
ああ、畜生。
大地はフルオープンチャットマッチであることも忘れて悪態の山を築いた。
両腕のナックルガードをパンチングナイフごとスクラップにされた瞬間、蹴りを入れるような勢いで『轟焔騎』の腹部を踏み台にして跳んだ。
先の手だてがあったわけではない。
行く先を確かめたわけではない。
――距離を取るなら、中途半端はダメだ。
『赤銅鏡』の出せる全力で『轟焔騎』から距離を取る。
大地が知らず向かうその先は、北斗でただ一つの廃棄星環、遊架。
『轟焔騎』操縦室内。
『赤銅鏡』に腹部を蹴られたことで、相応の衝撃が炎城を襲っていた。
少し頭部を打ったのか、数瞬、目の前に火花が散った。
視界にモニターが映ったときには、正面にいた『赤銅鏡』を見失っていた。
『……炎城さん、立て直して。
沖が逃げる!』
「ぬかった。どこに行った?」
補助AIと連動したレーダーが遊架方面に向かう『赤銅鏡』の影を捉えた。
それとほぼ同時に
大地の苦悶が聞こえてきた。
『失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
失敗した。
……
ああ、畜生。』
そして、とんでもなく口汚く誰かを罵る声。
自分もまた遊架に向けて『轟焔騎』の移動を開始させた。
道すがら改めてサブモニターで『赤銅鏡』の被害状況を確認した。
潰したのはナックルガードとパンチングナイフ。
両腕部そのものは無事のようだ。
だから、トータルダメージとしてはさほど与えきれていない。
――まあ、いい。
一気に沖の切り札を両方とも排除できたのは僥倖だ。
使えば撃沈率10割という関節技が気にならないではないが、炎城にすればそうそう超接近距離まで詰めさせることもない。
星環騎士としての格闘能力には天と地ほどの差があるのだ。
「パンチングナイフという翼なしに、
さらにそこまで踏み越えられる度胸があるかな?」
『轟焔騎』と『赤銅鏡』の相対速度を見る限り、遊架到着後が第二回戦となるだろう。
――ベイエリアやその先の重力環境まで逃げ込まれたら面倒だな。
とはいえ、沖の性格を鑑みるに、
仮にこちらが多少謗ったところで、
自分に少しでも有利となれば行動を翻すことはなさそうだ。
差を縮めている間に、炎城は『星環外壁』『星環ベイエリア』『星環内部』の戦闘プランを再確認した。
「翼のない貴様に、隙など見せん」
『赤銅鏡』操縦室内。
どこに行くべきか。
選択できる残り時間は限られている。
まず何をするべきか、決めなくてはならなかった。
――パンチングナイフがない。
どうする?
――新兵装だけじゃ決めきれないぞ。
どうする?
――ナイフがない。
推力では負けている。
――重力が欲しい。
重力があれば……
鋼谷さんと開発中の『@@@』とか『@@@』が……
目的地を遊架ベイエリアにしようとしたそのとき。
大地の脳裏に高瀬長門に惨敗したときの記憶が蘇った。
『舞台を選んだつもりだったか?』
そして、さらによぎっていくさまざまな記憶。
承福鉄平との欠片。
『……口に出てました?』
風鈴寺博士との欠片。
『釣りをしてみないかね?』
理屈ではなかった。
大地が選択した戦場は……
遊架の外壁――
捥がれた翼の痛みを
祈りに変えて
重力と踊りはじめる
空を諦めたわけではない
私はこの地の上で
生きていくと決めたのだ




