第108話「レールスライド」
迷うことなく
まっすぐ滑り出す
どこかに摩擦を忘れたかのように
軽やかに
ゴールへと向かう
【平柱星環群、紫若(居住星環)】
観戦施設。
自分の試合を終えて紫若に駆け戻った大野間は、一般観客席での観戦となった。
炎城志朗とは同僚であり、その対戦相手である大地とも懇意にしている身としては、関係者席に座るのも味が悪い気がしたのである。
とはいえ、周囲の席には炎城志朗の支持者が大勢集まっているのであるが……
隣の席が空席だが、これは大野間が今日対戦した相手のものだ。
いつになく気が急くものだから、大野間はらしくもなく強引に勝負を決めてしまった。
相手の騎士艇は中破とは言わないまでも、自力帰投を禁じられ、回収を待つことになってしまったのだ。
――うまく、間に合えばよいのだが。
観戦施設の中央に名物MCが登場した。
そして、施設中に響き渡る馬の嘶き。
MCが片手を大きく掲げた。
それまでざわついていた会場中が、しんと静かになる。
間もなく、試合開始だ。
《俺は火の馬ぁ――》
MCは一拍だけ間を空ける。
《何度でもぉ、蘇るぅ》
観客の脳内では傷つき倒れた馬が、また立ち上がって走り出す幻像が流れる。
《この燃える血がぁ、あるぅ限りぃ》
MCが掲げていた腕を下げ、胸の前で拳を握った。
《我の名はぁ?》
ようやく観客の番だ。
『ホノオギ?』
観客は『お約束』として少し控えめにコールを返す。
《聞こえないなぁ?》
意地悪な声色で観客を挑発するMC。
『ホノオギ?』
観客は『お約束』として先ほどより少しボリュームを上げてコールを返す。
MCは大げさに地団太を踏んで悔しさを表現する。
《観客は、どこだぁ?》
はっきりと苛立った声でコールを要求する。
『ホノオギイイイイイイイ』
ここで観戦施設に詰めかけた数万人が割れんばかりの声で叫ぶのだ。
MCは満足げに何度も頷いている。
《聞こえたぁ、我を待つ声が、確かに聞こえたぞぉ》
それはまるで、地の底から響いてくる声。
恐怖の魔王の、覚醒。
だが、おどろおどろしい演出は、ここまで。
《行くぞー》
アップテンポなBGMが始まり、MCが一気に明るく、魔王から神へ昇り詰めるイメージで観客をリードする。
《我こそは?》
『ホノオギ!』
《ホノオギ?》
『シロウ!!』
炎城志朗。
それはかつての仇敵。
今は頼もしき破壊神にして守護神。
MCはおごそかにコールを締めるのだ。
《火はまた、昇り始める……》
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
沖アリーナ。
この一年、お預けだった地元開催。
待ちに待った時間が訪れる。
施設内の照明が落とされ、一筋の強力なスポットライトがMCを照らす。
《来たれ、瑞穂の奇跡よ――》
MCが静かに、観客に準備をしろと腕で合図する。
《我らが――》
MCの激しい唸り声に満場の観客も合わせる。
『大地――ぃ!』
沖ファン、
マニア、
フリークス、
フーリガン。
主義主張は違えども。
《大地ぃ?》
者ども、右拳を、天に掲げろ。
スタジアムMCが観客を挑発するように問い返す。
『沖――っ!』
《俺たちは?》
『北斗――!』
北斗の民の代表、沖大地を応援するのだ。
《そうだ、ここは、どこだぁ?》
『瑞穂――』
さあ、全身で瑞穂に生まれた喜びを示せ――
MCは両の腕を広げて、陶然とした笑みを浮かべる。
【北斗星環群、遊架(廃棄星環)】
『赤銅鏡』操縦室内。
試合開始のブザーが鳴った。
正面に位置する『轟焔騎』が盾を持っている様子はない。
引退を撤回後に復帰してからこちら、『完全攻撃型』を標榜しているらしく盾を使った試合がない。
そして大方の場合は、試合開始直後に猛スピードで接近して勝負を決めに……
――始まったわけですが、微動だにしませんね。
この時点で大地のプランが半分ほど、ご破算になった。
――まあ、そんなに甘くはないですよね。
『轟焔騎』は月牙鏟の扇形の刃の方を前にして構え直した。
熟練の者にかかると、受けては絡めとり、攻めては突き、刺し、払い、叩き、掬う、とやりたい放題の長柄武器である。
――扇形の方ということは、やる気満々ですかね。
意を決したのか、『轟焔騎』が加速を始めたようだ。
大地も電磁力スラスターでの回避準備を怠らない。
相手にこうまで落ち着いてこられると、新兵装はまだ控えた方がいいのかもしれない。
佐祐倫の情報を信じるのであれば、効果的に使える場面はここではない。
ここはあえて……
全力の電磁力スラスターで『轟焔騎』の吶喊軌道からギリギリ身を躱す。
いや、『轟焔騎』の月牙鏟の扇刃が、『赤銅鏡』の右腕のナックルガードに叩きつけられる。
吶喊の勢いを殺しきれず、ナックルガードは弾き飛ばされはしなかったものの、大きなひびが入って剥がれそうになっている。
それはパンチングナイフを支える土台部分。
今回はもう、右のパンチングナイフは使えない。
そうして生まれた一瞬の間隙。
まだ、動く。
剥き出しになった『赤銅鏡』の右の手が、そのまま月牙鏟の柄を掴んだ。
月牙鏟の柄に沿って滑るように『轟焔騎』の懐に接近する『赤銅鏡』。
柄に沿って、滑るように相手の懐に入りこむ槍術の『摺込み』。
そしてハンマースルー。
これはそれらの合成技。
……あんたは、武器を強く持ちすぎなんだ。
それは、腕部のニトロ機構まで駆使した必殺の一撃を放つための代償。
炎城の戦法では、今のように武器を押さえられると、次の手を打つまでに間が空いてしまう。
かつて杉原行成が炎城戦で見せた、盾を使っての白刃取りと同じ理屈。
大地は決定打を放つべく『赤銅鏡』の左腕を振り上げた。
風を追いかけて
風に乗って
風に追いかけられて
次の軌道を見つけて滑る




