第105話「冷たい方程式は翼を授ける」
笑顔の裏には
人には言えない情念が渦巻いている。
【平柱星環群、紫若(居住星環)】
不知火騎士団 格納庫。
炎城志朗は、シミュレーターの座席にもたれ掛かった。
大野間猛との模擬戦闘訓練。
このところ、勝ち星を重ね続けている大野間は、この模擬戦闘訓練での調子を上げている。
いや、調子を上げているどころではない。
炎城と大野間の星環騎士のキャリアの差は、ほとんど倍近い。
トップリーグに限定すれば、その差は実に四倍近い。
だが、現状ではそれに裏付けられた圧倒的な訓練時間と試合数、経験値で何とか大野間を振り切っているに過ぎない。
――ずいぶん面倒で、厄介な騎士になってきた。
勝ち筋を潰されて粘るだけの男ではなくなってきた。
今日のように、大野間に勝ち越されることも、もう珍しくない。
遠くないうちに、炎城は追いかける立場になってしまうのだろう。
炎城はシミュレーターから顔と腕だけを出して、大野間の勝利を称えた。
『後ろから迫る壁』
引退を取り下げて一からやり直しを図り、トップリーグを目指す自分のことを称して、大地をはじめとする若い層に向けて、そんなメッセージを放ったことはある。
だが、実際にはどうだ。
今まさに身近な若い風の唸りが、炎城のすぐそば、耳元を撫でているのを痛感している。
――恐ろしい。
自分が積み上げてきた星環騎士としての土台を、無邪気に突き崩していく大野間の才能がこんなにも恐ろしい。
「……大野間くん、上がりの時間なのに済まない。
気になるところがあるので、もう少し、詰めておきたい。
分析室の教官に、グレードⅢのAIと3回戦で……
8分後開始でと、伝言を頼みたい」
大野間はその場で前方にくるりとトンボを切って着地するや、いつものように大見得を切って、任せてくださいと明後日の方向へ言い放つと分析室に駆けて行った。
残された時間の中、今度の沖との戦いを通じて、何とか星環騎士戦に自分という存在を刻みつけたい。
炎城と時代とが、摩擦で軋みを上げている今が最後のチャンス――
【北斗星環群、和刻(工業星環)】
承知工業 開発工房。
新兵装の試作ができたとのことで、大地は実証実験に立ち会うことにした。
案内役はいつものとおり、承福鉄平である。
あれ、肩書き、変わりました?
「変わったというより、追加ですね。
エンジニアリーダーに加えて、新設された特殊開発部門主任。
もっとも私一人だけの部署ですけどね」
要は大地の新兵装などの御用聞きに役職名をつけたものだ。
あるいは、先触れもなくふらりとやってくる風鈴寺博士の抑え役。
「オンラインで同時視聴できるように、調整できましたのに」
んー、でも新兵装っていわゆる秘密兵器だからね。
出来る限り、気を使いたいじゃないですか。
「今日の実証実験は、和刻の外、
無重力環境下での動作確認実験ですから、
どのみち無線で映像は飛ばしてるんですよ?」
それでも、『外』に繋ぐ回線数が少ない方がいいでしょ?
鉄平は肩をすくめた。
この押し問答を進めた先の結論がどうあれ、すでに大地がここにいる事実は覆らない。
つまり、自分たちの気分以外の意味がない。
間もなく実証実験の開始時間だ。
鉄平は実験会場を中継しているモニターの見えやすい位置の椅子を大地に勧めた。
そして自分は実験結果を見逃すまいと、モニターのすぐ横に張り付いた。
「今回の新兵装、
以前の梯子ほどではないにせよ、構造は簡易なものです。
設計も、すでにある製品の流用で、目新しいものはありません。
どちらかと言えば、頑丈さとしなやかさ、
それから動作の信頼性を重視しました」
そこで鉄平は首を傾げてため息をついた。
「材料の吟味は……
風鈴寺博士から知恵というか、蓄積データをお借りしました。
ですから、かかった時間は
ほとんど試作品の製作期間と言ってもいいくらいですね。
ああ、そろそろ開始ですね」
そうして実証実験はつつがなく行われ、終了した。
「無重力環境下でも想定通り、
というか思いのほか、捕獲できたというか」
危険デブリ回収という業務があるように、無重力環境下で何かを捕獲しようという発想はないわけではない。
高速機動の応酬という星環騎士戦という場に持ち込むという前提でなければ。
「鎖や網のときと違って、
相手騎士艇が高速で移動しているほど、
ガッチリ捕獲する仕組みですからね。
さすがに成功率100%とは言い切れませんが……
このまま、製品版として進めても?」
ねえねえ、ここに置いてある機械、
このレーザー冷却って何?
レーザーなのに、冷やすの?
あいにく肝心の大地は、別のものに興味を持ってしまったようだ。
それは、風鈴寺博士の置き土産。
電磁波が物質に当たった際に生じる光圧を利用して、原子運動量を落とすことで対象の物質の温度を絶対零度近くまで下げる技術なのだが、それはつまり……
新型の『冷凍光線』発生装置。
風鈴寺博士の研究機関は、従来であれば小型乗用車くらいの大きさになる高出力な冷凍光線装置を携帯できるギリギリの大きさまでの小型化に成功したということなのだ。
物凄い成果である。
しかし相変わらず、何を目指しているのかがわからない研究所である。
――失敗した。
鉄平は後悔に駆られてこめかみを押さえた。
――こんな面白そうなものを出しっぱなしにしておくのではなかった。
沖くんでなくとも、興味を引かないわけがないじゃないか。
実際、風鈴寺博士にこの冷凍光線を見せられた鉄平自身の心も躍らされたのだから、大地が心躍らせるのも不思議ではなかった。
ただ、この冷凍光線、大変残念なことに、星環騎士戦に導入するには消すことのできない致命的な欠点を抱えている。
「大方の宇宙空間の温度は、ほとんど絶対零度に近いんです。
ざっくり、マイナス270度Cくらい。
当然ながら星環騎士艇は、
それを前提に自由に動き回っているわけでして……」
つまり、冷凍光線程度では、星環騎士艇には効きません。
――解散っ!
大地
『ねえねえ、鉄平さん。
この冷凍光線の実証実験、やってみない?
ここに、とても甘い蜜柑が4玉あるんだ。
これがシャーベットになれば、成功ってことでさ。
どう?』
鉄平
『300グラムくらいの水分と糖分として、
冷凍に必要な電力は、0.1kWhだったかな?
違う気もするけど、良いか。
これって、
100W電球を1時間灯すくらいのはずだから……
うん、実際に理論通りか、確かめましょう。
もちろん、芯まで冷凍できたか、チェックしなくては』




