第104話「弱者の義務、強者の責任」
えーと……
今日で賦役も終わりか。
人のためになるお仕事って
体のきつさも忘れちまうもんだな。
性に合っているのかも。
赤銅騎士団 事務所。
大地たちが炎城戦に向けた新兵装の最終設計の打ち合わせを終えた頃のこと。
附子島が瑞穂の星環維持団から戻ってきた。
お勤め、ご苦労様です。
久しぶりに事務所に出勤した附子島に対して、大地が丁寧過ぎる挨拶で出迎えた。
「止してくれや。
税金を支払ったようなもんだ。
これですっきり。瑞穂の住人になった証を貰えた気分だ。
無理を聞いてくれた滋野さんや白石マネージャーにも、
改めて礼を言わねえとな」
星環の維持は常設組織である星環環境維持隊が請け負っているが、彼らだけではどうしても人員が足りず手の届かない場所が出てくる。
そのため、瑞穂に限らず20歳を超えた住民は星環維持団に参加して生活環境の保持に努めているのだ。
期間は1カ月から6カ月までさまざま。参加者についても抽選、推薦、志願、他薦とさまざまだ。
附子島が今回参加したのは、瑞穂の外殻第一層の改装作業である。
外殻第一層は、かつてデブリ除去作業船『天保山轟』で大地が穴を開けたことのある場所である。
星環外殻第一層は、中に住む住人をデブリや隕石の衝突、太陽光の有無による極端な温度変化、そして人体に有害な宇宙放射線といった、過酷な宇宙環境から最初に守ってくれる役割を担っている。
そのため、第一層をはじめとする外殻は、強靭な素材であるチタン合金製の巨大なユニット構造の骨組みと弾塑性に優れ、粘弾性も併せ持つ銅合金製の交換式パネルで、損傷に対して迅速に交換できる仕組みになっている。
損傷した外装についてはユニット単位で取り外し、リサイクル工程へ送られる。
外殻骨組みに使われるチタン合金の材料の一つとなるチタンは、小惑星群鉱山で採掘することができる。それら小惑星群に最も近い瑞穂では、豊富なチタン鉄鉱資源を背景にレアメタルハンター業が発達してきた。
以前はチタン鉄鉱やチタン塩化物だけを輸出していた瑞穂だった。
風鈴寺《瑞穂の奇跡》弾博士が、安価かつ高効率の精製法を確立し、併せて精製施設の小型化に成功したことで、高純度チタンインゴットの大量生産が可能となった。
これにより原料供給地でしかなかった瑞穂は、高付加価値素材の輸出国へと転換し、星環や宇宙船艇の構造体に欠かせないチタン合金材料の供給地として経済的地位をじりじりと確立しはじめている。
――山育ち、山猿なあ……
先日に会った鹿嶋の嘆きと鼓舞を大地は思い返した。
地球の汚染状況監視と窒素採掘を担う蒼都星環群も差別が酷いってことらしいけど、命に関わる資源を握っている俺たちに何でこんな仕打ちをしようと思うんだろうね。
「おう、スシマ。お帰り」
整備班のボス、滋野さんの出勤である。
澪和騎士団の整備班長であった附子島が入団した当初こそ、どう接していいものか迷っている節はあった。
囲碁が共通の趣味であることがわかってからは、まるで竹馬の友のような付き合いである。
年齢を重ねてからでも、親友ってできるものなのね。
「そうでもねえぞ、坊主。
ざっぱな言い方になるが、働き始めた後、所帯を持った後、
どんどん親友ってのは作りにくくなるってのが、俺の実感だ。
たとえれば、宝石みたいなもんだ。
スシマ、どうだ?」
附子島は、さすがに宝石はどうなんだと苦笑を浮かべつつも首肯した。
滋野は照れるんじゃねえよとばかりに附子島の背中を叩いた。
「坊主と大野間の話は聞いてる。
面倒な御仁とも聞いてるが、大事にすることを、勧める」
じゃあな、と手を挙げると大地を置いて二人は格納庫に去っていった。
今日の予定は……
大地の個人端末の呼び出し音が鳴った。
佐祐倫専用のコール音である。
3コール以内に出ないと機嫌が一気に零下になるため、大地は反射的に最初の一音で反応する。
はい。おはよう。
今、どこにいるのかって?
ロッカールームだよ。
『今日は、朝から緩和ケア病棟への慰問って、
伝えてあったわよね?』
あの……
3分ください。
車庫に向かいます。
えーと、作業着に着替えちゃったので、
今から星環騎士服に着替えます……
緩和ケア病棟 放射線診療科入院患者階層。
ホスピスとも呼ばれる、終末ケア施設である。
星環外作業者の多い瑞穂では、事故などの原因で放射線をはじめとする宇宙線の大量被ばくにより、障害を引き起こす者が後を絶たない。
終わりのない吐き気、嘔吐、全身の脱力感。
末期になると白内障や白血病、がんなどを発症し、死に至る。
それらの、完治がもう見込めない患者さんを対象とした、不安や苦痛を和らげる支援を行う施設である。
病院の緩和ケア病棟では、医師や看護師、薬剤師などの専門スタッフがチームを組み、専門的かつ万全な医療ケアを提供している。
「沖!
本当に沖だ。
お父さん、沖が来てくれたよ」
まだ小さい男の子がはしゃいでいる。
付き添いの母親だろうか、その子を掴まえて『沖さん』と呼ぶように注意している。
父親らしき患者が、ベッドで半身を起こしながら大地に頭を下げた。
「どうも、すいません。
自分がこんなですから、躾がなってなくて……」
構いません。
俺だって、貧民層の長屋育ち。
躾がなってないのは、俺もそうです。
大地はカートを押す佐祐倫からチョコバーの詰め合わせを受け取った。
このところ、冠試合として招待された敵地に物販で持ち込んで人気を博したアイテムだった。
これ……俺が味を監修した、チョコバーです。
現場で慣れたやつより、ずっと美味しいと思います。
ご家族で、どうぞ。
大地の手売りということで物販コーナーには敵地であるにもかかわらずたくさんの人が集まり、そこで『お手頃価格で、食べれば残らない』ことで大いに受けたようだ。
そうして北斗星環群以外では馴染みの薄いチョコレート味であることが口コミで広がったのだ。
チョコレート戦略、いやチョコレート戦争の一環である。
大地たちが配っている詰め合わせは、レアメタルハンターが常備する非常食や瑞穂にありふれている携行食と一線を画すための贈答用のお菓子に寄せたもので、ある意味逆輸入に近い。
その患者はよく見えない目で、手さぐりながらチョコバーの詰め合わせを受け取り、何度も大地に礼を言うのだった。
緩和ケア病棟 小児科入院患者階層。
大地は階層に足を踏み入れたが、その先に進むことに躊躇を見せた。
「どうしたの?
トイレなら今のうちよ」
佐祐倫がどうするの、と大地の動きを促した。
どうしても、この先に行かないといけない?
渋る大地に軽いため息をついた佐祐倫は、カートを手放して大地の手を取った。
「私が変わって、大地くんがカートを押してもいいわ。
でも、この先にいる子どもたちが待っているのは、
チョコバーじゃなくて、大地くんなの」
どうしましょうか、と芝居がかったポーズをとる佐祐倫。
大地は足元を数秒ほど見つめて、思い直したのか、先に歩みを進めた。
病室の前に到着した時、佐祐倫が大地の腰のベルトを掴んで引き止めた。
なんだよ。ここまで来て引き止めるの?
大地を見下ろす佐祐倫の顔が険しい。
このところ、佐祐倫は身長差を活用することに慣れてきた。
こちらの言い分を大地に呑ませるルートは、どうやら物理的に上から話をすることのようだ。
佐祐倫自身の体験であったり、大地に言うことを聞かせる白石美月や希倫を見ていて気が付いたことだ。
その原因に思いを巡らせると、あまり良いものではなさそうなので、佐祐倫も使用を控えるようにはしている。
「落ち着いて、想像してみて。
子どもたちの、この手の病気は……進行が速いの。
半年も経てば、この階層にいる子どもたちは、
誰もいないかもしれない」
大地はそっぽを向いて黙り込んだ。
――だから、会いたくないんだよ……
語らずとも大地の声は聞こえてくる。
だが、佐祐倫もここで逃がすわけにはいかない。
大地を心待ちにしている子どもたちがいるのだ。
「子どもたちにとって、大地くんは英雄。
会えただけで、
完治して家に帰れるかもって妄想できる程度にはね。
だから……」
優しく、騙してあげて――
大地は遠くを見て、佐祐倫に3分待って欲しいと頼み込んだ。
人が涙をこらえて周囲に気づかれないようにするには、3分程度と言われている。
俺が味を監修した、チョコバーだよ。
美味しいのはもちろん、
食えば、百万馬力が宿るんだ。
だから、気を付けろよ。
病室を壊すんじゃないぞ。
ありがとう。
沖さん。
嬉しいな。
ここって、配信も自由に観られなくてさ。
ところで、沖さん。
有名人って、やっぱりいつもサングラスしてるの?
今日は、目が痛くてね。
明るいところだと、涙が止まらないんだ。




