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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第九章 断裂する隆起、噴出する水蒸気
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第103話「醜い山猿の星」

 ああ


 僕はあのみっともない

 家鴨アヒルだったとき、


 実際こんな幸せなんか

 夢にも思わなかったなあ。


  翻訳:菊池寛

  ハンス・C・アンデルゼン

  『醜い家鴨の子』より




『ああ、大地さん。

 ご無沙汰しております。

 あの護身術の動画、

 ずいぶん話題になっていて、私どもも嬉しい限りです。

 きっかけは、何でも良いのです。

 知ってもらえなければ、

 伝えることさえ……』


『警察の逮捕術の向上?

 ええ、願ってもない。

 警察なら、公文書として許可を出した方がいいですよね。

 電信でよければ送っておきます。

 どうせなら、指導員を派遣しましょうか。

 私の実家に声をかけておきます。

 もしご希望であれば、道場の方に連絡をくだされば、ええ。

 こと指導にかけては、私よりも優秀なものが何人もおります』


『どうも、私は教えるよりも

 厳しいが先に立ってしまって……

 動画を見直しても、恥じ入るばかりですよ。』





 沖家。


 新兵装の構想が竹島の指摘もあって頓挫とんざし、大地がやけ酒を喰らって寝床についた翌日のこと。

 早朝に端末の呼び出し音が鳴ったので、誰かと思ったら白波だった。


 ――忙しいと思ったからメールで相談したんだけど。


 電話で回答があるとは思ってもいなかった大地だった。


 無事に白波十三郎しらなみ・とみおからの許可もりました。

 今から、瑞穂警察の鹿嶋さんのところに行ってきますよ。


 居間では希倫が切り分けたパンに炒り卵と炙った魚肉ベーコンの朝食を摂っているところだった。


「こんな朝っぱらから、警察へ行くの?

 お兄ちゃん、何をやらかしたの」


 まず俺が被害に遭ったとは考えないんだな。

 いや、真面目な話、用事は被害届でも自首でも事後出頭でもない。

 例の、動画な。

 警察でも使ってみたいって。

 白波の許可は今しがた貰えたんで、早速、警察にね?


「へえ、それなら、私の許可は?」


 確かに件の動画には、希倫はがっつり出演している。


 お前、警察にはいろいろお世話になってるよな?

 特に鹿嶋さんちの太朗さんには、親身に話を聞いてもらえたんだろ?

 許可うんぬんより、使えるものならぜひ使ってください、とお願いしてもいい立場だぞ。


 大地にそう言われると、希倫は言葉に詰まった。


 鹿嶋太朗絡みの話は、希倫には身につまされる話でもある。


 それでも、自分が映った動画の使用許可とは別の話なのだが……


 ――気がつく前にさっさと警察に行くとするか。


 大地はじゃあ、と手を挙げて自宅を後にした。





 瑞穂警察 第一警備課。


 老けました?


 大地の開口一番がそれであった。

 十年以上前の、貧乏長屋でのご近所さん。

 職務的な顔つきで大地を迎えた鹿嶋太朗は、苦笑するしかなかった。

 それでも鹿嶋は型通りの挨拶を終えると応接セットの方へ大地を案内した。


「動画の、資料としての使用の件ですが、

 出演者の許可まで先回りして取っておいてくれて、

 助かりました」


 早速、白波の方から許可の知らせが届いていたようだ。


 あれ?

 もしかして希倫の許可も持ってきた方が良かったかしら。


「ひょっとして、希倫ちゃんの方はまだなのかな?

 では、予定通り、私か……部下が貰いに行くよ」


 白波の許可取りは電信だけで済んだのに?


「白波くんのメールはそれ自体に

 スパイロックと本人証明までがっちり組み込まれた、

 まさに本物だったから。

 こんな厳重なセキュリティメールは、

 芸能人か政治家くらいしか使っているのを見かけないよ」


 わお、『スパイロック』

 改ざん不可、宛て先以外開封不可の超高級ソフトじゃないですか。

 ……高いけど、俺も買った方がいいのか?


「映像って権利が絡んでくると面倒だから、

 できる限りは本人に確認したいんだ。

 警察が訴えられるとか、洒落にもならないからね。

 それと、こっちが本当の理由かな。

 警察の雇用、全体的な男女比は均等に近いはずなんだが、

 うち……警備課はどうしたって男所帯だ。

 可愛い女性に会える機会なんて、

 100年勤めても巡ってこないものだから、

 その役目は今現在も奪い合いになっていてね」


 まあ、けいさつのかたなら、しんようしてますよ……


「相変わらずの妹大事シスコンぶりだな。

 大地くん同席必須なら、

 大地くんとの時間も合わせないとだな。

 でも君、忙しいだろ?」


 そこは、どうにかしますよ。


 ……ところで、あの動画って、

 警察でも欲しがる内容だったんですか。

 逮捕術とか、まさに被っている気がするんですけど。


 賓客扱いなのか、大地と鹿嶋の元にコーヒーが届けられた。


「いわゆる逮捕術のベースの一つは古武術だったりするね。

 警棒も空手のトンファーが源流とも聞いている。

 逮捕術に限ったことではないが、

 警察の技術は、何もないところから生えてきたわけじゃない」


 鹿嶋は大地にコーヒーを勧めると、自分も一口すすった。


「話が少し逸れたかな。

 『欲しがる内容』というのがいろいろ意味がある。

 動画内の技術が有用で取り込みたいかということなら、

 これは『はい』でもあるし『いいえ』でもある。

 正直に言えば、技術そのものは持っている。

 でも教材として今あるものより有用と思われる、

 そういうことだ」


 へえ。理合いの説明とかです?


「まさに。

 であるからして、逆に心配事でもある。

 この動画はすでに瑞穂中の知るところだ。

 それどころか北斗星環群を超えて流布していると思われる。

 特に解説つきの20分尺の動画なんだが、

 投稿から1週間の時点で50万回以上の再生。

 仮に北斗星環群の住民に限っても

 平均1回以上観られていることになる」


 大人気だね。


 他人事のように返す大地に、鹿嶋は頷いた。


「そう、大人気なんだ。

 このわかりやすい動画がね。

 つまり、この技術について見様見真似でも

 悪事に使われる場合を想定しておく必要があってね」


 ……俺、鹿嶋さんたちの仕事を増やしちゃいましたか?


 優しい笑顔を浮かべた鹿嶋はゆっくり首を横に振った。


「家族を守りたい大地くんを責めはしないさ。

 もちろん、互いにエスカレートしないでほしいとは願っている。

 私たちの逮捕術も使う機会がない方が、

 本当は良いんだ」


 ふと鹿嶋は机に目を落とした。


「私たちは……

 瑞穂の住民からさえ『山猿』『山育ち』と

 莫迦にされることがある……」


 ――『私たち』の意味がいきなり変わってませんか?

 文脈がおかしいですよ、鹿嶋さん?


 反論が浮かんだが、鹿嶋の真剣な面持ちに口を挟むのは何かまずいと感じた大地は押し黙った。


 残ったコーヒーを飲み干すと、鹿嶋は大地の手を取った。


「大地くん、

 君は……

 莫迦にされても努力を続けて、

 天に昇った『山猿の星』だ。

 私たちの希望だ。

 理不尽な差別に抗いながらも、人の痛みを理解できる……」


 ――いや、俺はそんな、

 『醜い家鴨アヒルの子』とか

 『よだかの星』みたいな

 寓話の主人公なんてものじゃなくてね……


 涙を滲ませる鹿嶋を前に、大地は返事しあぐねてしまった。

 やがて、鹿嶋は湿っぽくしてしまったねと謝罪した。


 ――黙っていなかった方が、良かったのかしら。


 ちょうど、訓練をしている班があるから見学していかないかと誘われたので、興味の湧いた大地はお邪魔することにした。





 瑞穂警察 訓練室。


 鹿嶋に連れられて訓練室に赴いた大地は、床が板張りでなく、タイル舗装やインターロッキングが張り巡らされていることに驚いた。


 うっわ、まるで外の道路みたいですね。


「そりゃ、そうだ。

 私たちは外で逮捕することが多いからね。

 屋内用の訓練なら、その辺の廊下でもできる。

 受け身を間違えても怪我をするし、

 暴漢役の力の逃がし方や押さえ方を間違えても怪我させてしまう。

 訓練であるが、本番と同じくらいに真剣に臨んでいるよ」


 うへえ、それをサラッと言える鹿嶋さんが怖いですよ。


 訓練をする者たちも、警備業務想定ということで警察の制服で臨んでいるようだ。


「今のメニューは『素手で暴れる相手を制圧』だね。

 凶器ありなら防刃服ありで見た目にも派手で面白いんだけど」


 警官役、暴漢役に対して、1対1、多対1と状況テーマを入れ替えて訓練するようだ。


 えーと、警官の方が1で暴漢が多ってのはやらないんですか?


「そういう場合は『逃げろ』だね。

 これもコツがあって、別の訓練があるよ」


 そうなんだ。

 あの、手錠を填める役って、前もって決めているんですか。


 大地のすぐ横までなだれ込んで、取り押さえられた暴漢役の手に手錠がかけられようとしていた。


「厳密には固めないね。

 実際、現場だと臨機即応だしね」


 締めでわちゃわちゃしないように優先順位は決めておくかな、と鹿嶋が訓練上での決まり事について補足してくれた。

 背中合わせにされた暴漢役の手首に、冷たい金属音とともに手錠が填められた。


 カチャリ。


 ああ、あれってラチェットだよね。

 一方向にしか回転しないように。

 よくできた仕組みだよね……


 昨日まで、竹島と毎晩のように散々この手の機構についてああでもないこうでもないと議論したものだった。


 手錠って、故障が少なくて、扱いやすくて、当然ながら再利用しやすい。

 そりゃ、警察の備品が使い捨てとか、市民が黙ってないもんな。


 見学する大地の姿勢が前傾に変わった。


「希倫ちゃんの護身術の動画に撮ってたくらいだし……

 ひょっとして大地くん、こういうの、興味あるの?」


 鹿嶋さんちの太朗さん。


 とっても真面目な警察官。

 部下に慕われる警備課の課長補佐。

 実は警察エリートの卵。

 そして、逮捕術が高じて合気道サークルを主催している人のいいおじ……お兄さん――




 そしてよだかの星は

 燃えつづけました。


 いつまでもいつまでも

 燃えつづけました。


 今でもまだ燃えています



  宮沢賢治

  『よだかの星』より

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