第100話「明々白々(めいめいはくはく)、心開意解(しんかいいかい)」
沈黙。
それは拒否。
それは同意。
それは諦め。
それは躊躇い。
それは無関心。
炎城からの提案、フルオープンチャットマッチを受けるのか。
挑まれた大地は無視を決め込んでいるのに、世間が何度も同じ質問をしてくる。
余りに周りが騒がしいので、ついに大地は自宅に昨日から引き籠ってしまった。
沖家、居間。
ジャージ姿にアイマスクを着用してソファに寝そべっている大地。
向かいにはスーツ姿の佐祐倫が腰掛けている。
すでに昨日と今日だけで結構な数のスケジュールをキャンセルしてしまっている。
それに、週が明ければすぐに試合が控えている身の大地には、2つ先の試合のことで拗ねている時間は本来、ない。
炎城との対戦以前に、大地には片付けるべきことはたくさんあるというのに。
わざわざ試合中のすべての会話をフルオープンとか……
星環騎士や観客がどうしても知りたいと言うのなら、試合の後で公開すればいいではないか、と大地は思うのだ。
これだけ注目を集める試合だ。
どうせ、編集したものを何度も再配信するんだろ?
そこで俺たちの会話も載せるか、
テロップを追加するなりで済む話じゃないか。
「検討中ですってことにするにしても、何か発信しないと……」
炎城の戯言に、なんでこっちが必ず答えなきゃいけない空気になったのさ。
このフルオープンチャットマッチ。
炎城の支持者だけではない。
むしろ大地のファン、フリークス、フーリガン。
熱意が上がるほどに同調し、大地に受けろと呼びかけてくる。
『あんな一方的な要求、
飲んだうえでやっつけちゃってください』
『いつもの、
相手をこちらのペースに巻き込みたいだけで、
最後には受けるんですよね?』
『受けなければ、逃げたと思われる。
そんなの悔しい』
『いつ、どこで、誰の挑戦でも苦にしない。気にしない。
そんな瑞穂魂を見せてくれ』
『大地を舐め切ったあの老害を、あちらの策ごと振り回してくれ』
――俺の味方じゃねえのかよ。
なんで俺が受ける前提で話すんだよ。
それは己の理想を大地に重ねているがゆえ。
時に大地の思惑を無視してくるありがたくも迷惑な者たち。
玄関の呼び出しチャイムの音がした。
大地は動こうとしないので、佐祐倫がインターホンの応答に出た。
訪問者はよく知る人物と……もう一人、こちらも見覚えがある。
「ねえ、大地くん。お客様が来てるのよ」
公共料金とか税金じゃないなら、帰ってもらってよ。
佐祐倫は深いため息をついた。
「鋼谷さんと、あなたの良く知る人。
帰ってもらうにしても、あなたの口からそう言って。
……ここはあなたの家で、私はあなたの奥さんじゃないのよ」
何が大地の琴線に触れたのか。
ふてくされていた大地はアイマスクを引っぺがして、一瞬だけ佐祐倫の方を窺うと、脱兎のごとく玄関まで走り去った。
沖家の玄関先にいた二人の訪問者。
どちらもよく知る顔だったので、大地は挨拶をした。
のだが……
一人は、佐祐倫の言う通り、鋼谷琢磨。
赤銅騎士団のアドバイザー、実質は大地の騎士戦パートナー。
そして、もう一人が問題だった。
俺の顔を見るなり土下座とか、
どういうつもりなんだ、大野間?
いつもなら無駄にアクションの多い大野間が、ただ玄関の床に額を擦りつけている。
大地が立つように促しても、大野間は動かない。
困り果てた大地は鋼谷の方を見るが、肩をすくめるだけで助け船を出すつもりはないようだった。
たまたま二人が居合わせたのか、それとも鋼谷が連れてきたのかと大地は訊ねた。
「ちょうどお前のところに来ようと思っていたところに、
事務所に現れてな」
――えーと。つまり、一緒に来たと?
連れてきたのなら、何も言わずに伏せ続ける大野間の代わりに、その要件くらいは教えてほしいと大地は思ったが、鋼谷にその気はないようだ。
このまま大野間を放置しようかとも考えたが、便乗したやじ馬が家の周りに集まってきたら面倒だ。
……とりあえず、上がって。
大野間、俺に話があるんだろ?
……5つ数えても、そこから動かないなら、
警察経由で平柱星環群へ強制送還だぞ。
大地が言い終わるのが早いか、大野間はすくっと身を起こすと大地に抱きついた。
ほとんど胴タックルだったので、大地はその勢いで玄関に背中をしとどに叩きつけられた。
――まず警察を呼んでおくべきだった……
居間のソファに、大地が腰掛けている。
向かい合わせに大野間と鋼谷が並んで座った。
奥さんではない、と先ほど言い放った佐祐倫は人数分の紅茶を入れて戻ってきた。
そして、飲み物を配り終えると大地の横を開けさせて自分の場所を確保した。
平柱星環群から、わざわざようこそ。
「今度の試合会場が、隣の隣の星環群だったからね。
どうしようか迷ったけど、迷うくらいなら来てしまえって」
いつもみたいな通信だと、できない用事か?
大野間の要件の予想はついていたが、大地は惚けてみせた。
大野間は、いったん居合わせた面子を見回した。
大野間自身のほか、大地と元モデルの現・大地の秘書と元・星環騎士戦トップリーガーで現・大地のアドバイザー。
改めて問題がなさそうなことを確認すると、大野間は口火を切った。
「大地くんと、炎城さんの試合のことさ。
僕が口を出す話じゃないことは、重々承知しているよ」
大野間は誰に拝むでもなく手を合わせた。
……まず、聞こうか。せっかくはるばる来てくれたんだしな?
「ありがとう。
では、何から話そう……
といっても、
話題の『フルオープンチャットマッチ』のことなんだ。
確認だけど、大地くんが渋っているのって、
炎城さんが何か仕掛けてくるって疑っているから、
ということでいいのかな?」
小首を傾げてストレートに訊ねてくる大野間に、大地は思わず後ずさろうとしてしまった。
――その質問に答える気もないし、そもそもそんな義務はない。
大地はそう思ったが、口にはできなかった。
それは、画面越しでは伝わらない大野間の醸し出す不思議な空気。
大地はそれによく似た人物を知っている――
白石海月。
赤銅騎士団のデザイナーにして、いまや欠かすことのできない流通の妖精さん。
パーソナルスペースを侵食してくる笑顔。
警戒心を音もなく溶解する声色。
どんな場所でも、のほほんとしたマイペースでいつの間にかホームにしてしまう天然の強心臓。
――こいつ、海月さんと同じ能力者か……抜かった。
家に招き入れた時点で、大地の負けであった。
思えば、鋼谷さんもとっくに取り込まれていたのか。
自然に大野間に並んで座ったしな。
大体、2つ先とはいえ、
対戦相手と同じ所属の星環騎士を自宅に連れてくるはずないもの……
いくら悪乗りが過ぎる鋼谷とはいえ?
大地の勘違いである。
鋼谷が大野間と並んで座ったのは、居合わせた佐祐倫に遠慮しただけで他意はなかったのだ。
勝手な誤解により、大地が大野間に作ったはずの心の壁を、大地が自分で突き崩してしまうのだった。
「……そうか。答えにくいことを質問しちゃって、ごめんね?
それで、その大地くんが抱いている危惧なんだけど、
き……きゅ?
えーと、通り越し苦労?」
取り越し苦労のことかな?
たぶん、言葉に詰まった方は杞憂かな?
アクションこそないものの、いつもの大野間節であった。
語句訂正という名のツッコミをしてしまった大地は、もはや大野間の手のひらの上である。
それが大野間が意図したものでは、ないにせよ。
「僕は、大地くんに感謝している。
今年度、初勝利。
それから連勝。
君がどう思っていようとも、
トップリーグ全敗だった僕の突破口、
きっかけは君がくれたものだと理解している」
……お、おう。
余計なことをしちまったか、俺?
「謙遜しなくていいよ。
そもそも、あの時に君が命がけで救助してくれたから、
僕はここにいる。
一星環騎士としても、一人の人間としても、命の恩人だよ」
どう見ても本気の感謝に大地は、かすかに残っていた毒気を完全に抜かれてしまった。
毒を以て毒を制す、隣で佐祐倫がそう呟いて、鋼谷も頷いて同意した。
「炎城さんの提案を受けるかどうか。
それは大地くんが決めること。
そのことに異を唱えるつもりは、ないよ。
ただ、君の言葉を聞きたい人は、きっとたくさんいるよ。
僕がそうなんだから」
――なんだこれ。
3対1なのか?
いや、もう4対0だ、これ。
繰り返しになるが、大野間の話を聞こうとした時点で大地に勝ち目はなかったのである。
結局、大地は抗い切れず、炎城の申し出た『フルオープンチャットマッチ』について受け入れる声明をその場の面子で撮影する羽目になった。
幸いにも、今の沖家には大地のつたない声明文原稿案を整えることのできる祐筆が3人もいたのだった。
『こういう声明ってさ。一人称は『私』か『僕』の方が印象はいいよ』
『方便でいい。「フルオープンチャットマッチ」に足踏みしてしまう弱さを前に出そう』
『唇を噛み締めて、でも言わなきゃ。そういう表情で……そう、それよ!』
『自然に読まないで。感情を抑えた風の、棒読み……いいわ、大地くん、天才!』
そうして出来上がった原稿を演技指導まで受けて読み上げたその動画ファイルを、赤銅騎士団の白石マネージャーから了承を得たうえで、不知火騎士団や騎士運をはじめ関係各所に送信したのだった。
大野間の訪問から、わずか1時間の出来事であった。
《そうですね。
回答が遅いと感じさせてしまったのであれば、
『お待たせしました』と述べる他はありません。
ただ、僕にとっては、
この『フルオープンチャットマッチ』という提案は、
慎重に検討すべき性質のものだったのです》
《星環騎士戦の現場、騎士艇の中にいる僕は……
とてもデリケートであることが多いのです。
他の星環騎士がどうであるか、
あいにく正規の道筋を辿ってはいない僕には、
そういった細かなことを語り合える騎士の知り合いが
どうにも少ない状態でして……》
《本題に戻ります。
僕は、経済的に厳しい北斗星環群、
その一つ、瑞穂で生まれ育ちました。
その瑞穂の中でも、さらに貧困層の出です。
これは、公開している情報で、僕の真実です》
《デリケートな状態の僕は……
とても口汚い発言をしています。
発言の中身については、何ら隠すようなものではありません。
ただ、一般の方には聞き苦しいと自覚はしております》
《そのような、余裕のない自分の聞き苦しい発言を、
今日までオープンにすることの勇気が持てず、
皆さまをお待たせしてしまったことは、
『星環騎士』らしくはなかったのかもしれません》
《でも、これが『僕、沖大地という人間』です。
そのうえで受け入れてくれるのなら、
それは、とても嬉しいことです……》
『さっさと返事しろなんて……
俺は、なんて浅はかなことを……』
『成り上がった身だからこそ、
見下されたり拒否されるのは、余計に辛いよな』
『そういうことなら、いくらでも待つさ。
何なら、今から炎城の申し出を断っても、応援するよ』
『そんな大地きゅん、キュート~』
大地のその場しのぎの誤魔化しさえ、担ぎ上げた民衆によって言の葉として解釈されていく――
背丈を越える深緑の海
愛あればこそ
未踏の地でもかき分けていく
一迅の風のように
人も通わぬ奥山の
道なき道を道にする
その名は
斧、鉞……
違った……
大野間猛




