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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第九章 断裂する隆起、噴出する水蒸気
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第99話「前哨舌戦」

 静かに研いだ緊迫感


 火蓋を切るは言葉の刃


 本戦前の盤上で


 視線を交わさず散る火花





【元絶対王者/炎城志朗のインタビュー】


 薄暗いスタジオの正面、スポットライトを浴びた革張りの椅子に、炎城志朗が腰を下ろしていた。

 仕立ての良いジャケットの袖口から覗く指先が、静かに机の上で組まれる。


 ――炎城さん、すいません。

 音声が飛んじゃって、

 最初の質問のところから撮り直しでお願いします。


 カメラの赤いランプが点灯した。


「沖大地選手を、どのように評価していますか」


 インタビュアーに問われて、炎城は顎をわずかに上げた。


 その視線はレンズの向こうの、遠い何かを見据えているようだった。


「非常にさとい騎士だ。そこに疑いはない。

 勝つために必要なものを、いち早く見つける力がある」


 インタビュアーの問いに、炎城は迷いなく答えた。

 一拍置いて、炎城は言葉を重ねる。


「だが、賢く勝つことと……

 あるべき騎士の姿を目指すことは同じではない」


 炎城は組み替えた指の端を、トントンと机に一度だけ打ち付ける。


「あるべき騎士の姿ではない、ということですか?」


「彼のその聡明さは、危うさでもある。

 騎士戦の現場とは、答えを探し出す場所ではない。

 常日頃に積み重ねたものを、提示する場所だ」


 インタビュアーが、大地をはじめとする若い世代の台頭についての所感を求めた。

 炎城の口元に、微かな笑みが浮かぶ。


「若者が台頭するのは、騎士戦に限らず喜ばしいことだ」


 炎城の唇の端が、ほんの少しだけ上がる。


「だが、席を譲られなければ前へ進めないようでは話が違う。

 俺は一度、席を離れた。

 だからこそ譲るつもりはない。

 席が欲しいのならば、俺を弾き飛ばすがいい」


 炎城のピンと張った背筋は、微塵も揺るがない。


「結果論で語るのは筋が違うが、勝ち続けている沖くんは強い。

 繰り返しになるが、それは間違いない。

 だが、まだ完成には、程遠い」





【前年度優勝者・沖大地のインタビュー】


 大地はシミュレーター訓練を終え、パイプ椅子に浅く腰掛けている。

 無造作に首にかけたタオルで汗を拭った大地は、手にしたドリンクボトルから水分を補給した。

 大地は自分を見つめるカメラを一瞬だけ見ると、すぐに視線を足元に落とした。

 手持ち無沙汰に足元を見つめ続けている大地に、見慣れないインタビュアーが問いかけた。


 ――はい、インタビュー入ります。


 インタビュアーが名乗り、大地とその近況の簡単な紹介が入る。


「世間からは、沖選手の戦い方は危なっかしいという声もありますが」


 初っ端から大地を挑発するインタビュアー。


 へえ、そうなんですか。


 大地は特に何の感情もなく相槌を打った。


「それについて、何か思うところはありますか?」


 別に……何も思わずに済むなら、その方が楽だと思いますけど。


 大地は他人事のように流した。


 刺激的な回答を得られなかったインタビュアーは、顔をしかめると質問の角度を変えた。


「元絶対王者を相手に、特別な思いはありますか」


 別に、と大地は答えた。


 ――それについて、どう考えてますか。

 それについて、どう思いますか。

 もう少し質問の内容を考えられないのかよ。


「世代交代の懸かった試合とも言われていますが」


 何とか欲しい言葉を大地から引っ張り出そうとするインタビュアー。


 特別なことはありません。組まれたから試合する。それだけです。


 あの炎城志朗ですよ、となおも食い下がるインタビュアー。


 ええ、炎城さん。

 そりゃ、名前は存じ上げてますよ。

 だからって、俺のすることは……

 試合に向けて準備するってことは変わりません。


 大地はめんどくさそうに横を向いた。


 ――いつもの、ミズホウドウ通信の旗傍はたはたさんか、

 北斗配信協会瑞穂支局の江野えのくんなら、

 程よいところで控えてくれるのにな……


 世代交代って、俺が決めることじゃないでしょう。

 俺が勝ったら、世代交代は成立するんですか?

 俺の、20代ってだけで世代の代表なんです?


 インタビューに飽きてきた大地はドリンクボトルでお手玉を始めた。

 それを見たインタビュアーの目がキラリと光った。


 試合が終わってから、観た人たちが好きに決めてください。

 今の時点では、俺には仕事ですから、としか言えません。





【編集済・前年度優勝者/沖大地のインタビュー】


『炎城さん。

 名前は存じ上げてます』


『別に……仕事ですから』


『俺のすることは、変わりません』


『世代交代は、観た人が決めればいい』





【街頭インタビュー】


『沖大地は確かに強いよ。

 ひよこリーグから通算しても

 これまでに一敗しかしていない。

 でも、強ければ何でもいいわけじゃない』


『炎城志朗を観て、星環騎士に憧れた人間は多いんだ。

 勝敗だけで、あの時代を否定されたくない』


『沖の試合は面白い。

 でも、あれが基準になったら星環騎士戦じゃなくなる。

 炎城には、星環騎士戦の意味、意義を見せつけてほしい』


 苦り切った顔の古参のファン。

 星環騎士道の美学を重視する者たちが同調する。


『沖を周りが勝手に持ち上げすぎ。

 炎城を古い騎士扱いするのも失礼』


 もちろん、冷めた見方をする層も一定数いた。


 一方で、労働者層や若者は大地を支持した。


『仕事でやってるって、まさにその通りじゃないか。

 相手がどれだけ偉かろうが、

 ありがたがってへりくだるってのは違うだろ』


『炎城さんは強かったし、格好よかったけど、

 今風じゃないというか……

 なんか、星環騎士が遠い存在なんだよな。

 その点、沖は自分にできることしか言わないから共感しやすい』


 さらに、北斗星環群、大地の地元ファンは純粋に勝利を望んでいた。


『久しぶりのホーム開催で沖を観られる。

 ホームなんだから勝ってくれれば、それでいい。

 世代交代とか、そんなの勝った後で考えたらいいよ』





【元絶対王者/炎城志朗のインタビュー、その2】


 世論の動向と大地のインタビュー映像を受け、マスメディアは再び炎城志朗にマイクを向けた。

 インタビュアーが大地の『俺のすることは、変わりません』を伝えるところから始めた。


 炎城は腕を組むと、数秒ほど黙考した。


「……そうか」


 低く呟き、視線を上げる。


「腹が据わっている、と言うべきなのだろうな。

 誰を前にしても、

 自分のやり方を変えるつもりがないということであれば」


 大地の無関心とも呼べるほどの平常心。


 炎城は、己の道同士のぶつかり合いに対する不敵な覚悟と受け止めていた。


「世代交代については、『観た人が決めればいい』とも……」


 炎城の表情を見て、インタビュアーが言いあぐねる。


「それは、言葉で語るものではなかったな……」


 ――何より、俺の方が席を奪って欲しがっているようではないか。


 炎城は苦笑したが、声には力が籠っている。


「仕事か……フフフ。

 仕事ね。

 あれほどの素質を持つ星環騎士が、

 それだけで満足してくれたらありがたいが……」


 大地の『仕事』という表現についてどう思うのか、インタビュアーから問われると、炎城は真っ直ぐにカメラを見つめた。


「仕事であることを否定するつもりはない。

 だが、騎士戦は仕事という側面だけではない。

 観客がいる。

 記録がある。

 先の者たちを目印に

 続く者たちが路を歩く。

 星環騎士は、自分一人のためだけに飛んでいるのではない」


 この二度目の炎城インタビュー番組から『星環騎士は、自分一人のためだけに飛んでいるのではない』という発言が劇的なフォントで切り取られた。





【星環騎士たちの四方山話】


 沖大地―炎城志朗の一戦は、現役の星環騎士たちの間でも重大な関心事となっていた。


 古参の星環騎士が熱く語る。


『炎城さんは、勝ち方まで含めて王者だった』


『沖が勝てば、強いことは証明できる。

 だが、王者の意味まで変えられない』


 中堅騎士は勝利偏重の風潮に眉を顰める。


『規則にのみ従うならその通り。

 ただ、我々星環騎士は星環群の代表として戦っている』


『勝てるからと、沖のやり方を若手が真似し始めたら、

 それは騎士戦と呼べない茶番が増える』


『星環群の住民たちが、

 誇りに思えるような勝ち方を目指さなければ』


 環境に恵まれない騎士は、大地に微かな希望を見る。


『炎城さんの主張する星環騎士道。

 わかるよ。

 憧れてきたんだから。

 でも、勝てない騎士に……

 何の価値がある?』


『美しく勝つにしても、

 美しく勝ち続けるにしても、

 そんな恵まれた環境、

 どこの星環群、どこの騎士団にもあるわけじゃないんだ』


 一部の騎士たちは、冷静に分析する。


『沖の戦績は尊重しています。

 そして炎城さんの言い分も尊重しています。

 試合中に答えを探し続けるのは、

 準備不足と紙一重だということは、私も感じないではない。

 ただ、負け惜しみになってしまうけどね』


『この戦いは、沖と炎城の試合だ。

 それなのに……

 これに勝った方が星環騎士として正しいことにされる。

 それは、問題だ』


 礼文慎は、淡々と答えた。


『どちらが勝っても、僕のすることは変わりません。

 僕の第43期総合王者戴冠の妨げになるというなら、

 弾き返すのみです』





【元絶対王者/炎城志朗のインタビュー、その3】


 議論が騎士社会全体へ波及した段階で、炎城志朗への三度目のインタビューが行われた。


 インタビュアーは、現役騎士たちの間で戦術論や育成環境にまで議論が広がっている現状を手短に伝える。


 炎城はそれを重く受け止めたというように深々と頷いた。


「当然の流れだろう。

 この、沖大地―炎城志朗の一戦は……

 もう俺たち二人だけのものではなくなった。

 期待が膨らんでいるのだ。

 俺たちの試合を通じて、何かを受け取ろうとする者が大勢いるのだ。

 何を選び、何を捨て、なぜその一手に選んだのか。

 結果だけを見せるのは不誠実ではないか?」


「結果だけでなく、判断の過程も見せるべきだと?」


 そうだ、と炎城は身を乗り出した。


「今回の試合を『フルオープンチャットマッチ』とする提案をしたい。

 操縦室とサポート陣……騎士と騎士団の通信を、

 むろん対戦する騎士同士の通信も例外なく、

 リアルタイムですべておおやけにする。

 沖大地が何を見て、何を考え、どう戦っているのか。

 俺が何を積み重ね、何を信じて飛んできたのか。

 これは、主義思想イデオロギーの戦争だ。

 包み隠さず、この試合を見届けるすべての人たちに届けたい」


 ここでインタビュアーが確認する。


「……作戦まで、筒抜けになりはしませんか」


 炎城は腕を組んで少し俯いた。


「星環騎士戦で、知られて困る作戦はない。少なくとも俺についてはな」


 炎城の眼光が鋭くなる。


「沖大地が、言葉で戦況を動かすのも技術だ。

 俺はそれを否定しない。

 だからこそ、観客公開で真正面から受けようじゃないか。

 もちろん……」





【炎城志朗、『フルオープンチャットマッチ』での対戦を要求】


『これは、主義思想イデオロギーの戦争だ』


『見られて崩れる作戦なら、断るがいい』




 正義という名の槍を立て


 信念という名の盾を立て


 交わらぬ旗の狭間


 同じ光を目指し


 異なる影を踏みつる

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