第98話「なんて優しい銀の腕」
なんて優しい銀の腕
凍てつく宇宙の真空
張り裂けそうなこの心臓
そっと包むカラクリ仕掛けの銀の腕
怯えて震える大きな掌
なのに
なぜ、こんなにも熱く歓んでいるの?
赤銅騎士団事務所 ロッカールーム。
いつもはもっと早く出勤している竹島と鉢合わせた大地は、自分のロッカーの棚から手のひらに余るくらいの箱を取り出した。
そうそう、健ちゃん。これ、気が早いけど。
竹島は大地からその箱を受け取ってじろじろと眺めた。
「何これ? お土産?」
婚約したって言ってたじゃない?
お祝いだよ。
おそろいの個人端末。
無理を言って、来月に出る新作を回してもらった。
SIM入れ替えと調整は、持ち主でできなくもないけど、
お店に頼む場合は、発売日までは遠慮してほしいってさ。
「……ああ、ありがとう。
職場報告は、ちょうど今日やろうと思ってたとこだけど。
どこで聞いたの?」
元はご近所さんの幼馴染同士とはいえ、今は住んでいるところは水層も隔てた別の階層である。
ご飯どきや空き時間が重なったときはよく話し相手になっているものの、竹島は大地に婚約に絡む話をした覚えがない。
――祝事こそ確定するまで、家族以外に話さない。
前祝いしてもらってからご破算になった時に申し訳ない。
おしゃべり揃いな竹島家の、戒めとしての家風である。
それはそうと、前祝いを断るほど無粋でもない。
竹島は礼を言って祝い品を自分のロッカーにしまい込んだ。
健ちゃん、水臭いよ。
佐祐倫さんも、ぜひお祝いしたいって。
料理の腕も相当上がってるから、食事会を開いて招待したいなって。
竹島は婚約者の妹がモデル事務所で働いていることを思い出した。
――そういえば黒百合さんの所属していた事務所だったな。
事務所入りのときに、当時の稼ぎ頭だった黒百合さんに挨拶にいきましたとか言ってたわ。
恐ろしや スパイの網より 人の縁……
お後がよろしいようで。
「じゃ、今日もよろしくな」
赤銅騎士団 格納庫。
お昼の休憩時間を知らせるサイレンが鳴った少し後。
「今日はフクスケの配達弁当じゃないんだ?」
その辺にあった箱や使っていない機材で組み合わせた即席のテーブルとイスで昼食を摂っている大地のところに、竹島が弁当を携えて現れた。
こっちからこっちが、俺。
残りが、佐祐倫さん作だね。
つまり、弁当のほとんどが大地作である。
竹島は椅子になる箱を調達して、大地と向かい合わせになるように腰掛けた。
「俺が婚約したから言うわけじゃないけどさ。
お泊まりも当たり前で、
職場に持参する弁当まで一緒に作る仲で、
まだ『さん』づけなの?」
……染みついた習慣?
でも、所帯持ちの人からは
『呼び捨てとか「おい」、ばっかだと口をきいてもらえなくなるぞ』って
脅されてるしな。
そう言われてしまっては竹島も返す言葉がない。
婚約が決まるはるか以前に、自分も忠告された覚えがあるからだ。
「あー、そこは俺も見習うことにしよう。
だから、前言は撤回ってことで……な?
親しい仲ほど細かく丁寧に。
一番長く近く、一緒にいることになるからね」
下手に敵に回すと、兵糧と寝床に殺し屋を発生させることになりかねない。
「そうなると浮気される方が、まだまし……」
口にしてから、目の前の大地の母がなぜ出ていったかを思い出した竹島は、大地にごめん、と手を合わせた。
いいよ。もう……10年以上?
腫れ物扱いの方が気になるから。
……腫れ物、扱い?
俯いて黙り込んでしまった大地に、珍しく竹島が恐縮する。
「な、謝るからさ。
その手の傷は何年たっても……えーと、大丈夫?」
気になってのぞき込んだ竹島の顔面のすぐ前に、ふいに顔を上げた大地の顔がぶつかりそうになった。
健ちゃん、騎士艇で、人を痛めつけずに、
それでいて、落としたりしないように掴むことってできるのかな?
「何だ、藪から棒に。
そんなもん、星環文明の前から、
地球が人類で溢れている頃から研究されまくってるテーマだ。
まず可能かどうかなら、
今成立している技術の範囲で分野によってはとっくに製品化もされている。
騎士艇なら、もちろんプログラムと騎士の腕次第だがな。
……まさか、お前、
騎士艇でお袋さんに何か、しようって考えてないだろうな?」
冗談じゃない、と本気で心配して止めようとする竹島を、大地は笑って躱した。
はじめの一歩。
『赤銅鏡』で母を掴むシーンが思い浮かばないではなかった。
捨てられた仕返しではなく、二度と離さないという重い想いによって。
その危うい妄想からの着想ではあるが、わざわざ正直に話すこともないと大地は惚けた。
違うよ。例の『優しい牢獄』さ。
今までの兵装……
ガッチリ捕まえたいけど、結局は無重力環境下だから、
覆う程度で完全に捕獲はできない、
『捕まるように見せかけて』慌てさせるしかない、
そういう考え方だった。
「そうだな」
一番捕獲って形になったのは、
今はお蔵入りになっているマジックハンド。
これはコストパフォーマンスが悪いってことで一回しか使ってない。
相手を確実につかむためにハンドに調整移動用スラスターがついていたから、
後で騎士運から『使わないなら目を瞑る』って口頭注意を受けてもいる。
つまり、本当にお蔵入り。
「そうなるよな」
手放してしまった場合の万力鎖を回収するためのマジックハンドです、そう言ってゴリ押しした張本人、竹島は頷いた。
つまり何が言いたいかというと……難しいな。
危うい妄想を誤魔化すためのでっち上げのつもりが、大地が言葉を転がしていく中で、何となく新兵装のイメージが形を持ち始めていた。
面で柔らかく掴んで、重心は……無重力か。
弾力性があって、かつ、あり過ぎない。
マジックハンドも、推進機構じゃなく、ほかの……
それに手元操作で挟むんじゃなくて、何か……
竹島はできるだけ優しい動作で大地に待て、と伝えた。
「いったん、整理しよう。
マジックハンドの改良案、
または全く新しいマジックハンド構想。
こういう話だな?」
大地は頷いた。
「すでにあるマジックハンド兵装は、
動く相手を捕まえやすくするために、
手元操作でハンドの開閉やスラスターで調整する。
ただし、この運用ではコストパフォーマンスが悪いうえに、
騎士運が首を縦に振ってくれない」
大地は再び頷いた。
「ここからだな。順番にいこう。
なぜコストパフォーマンスが悪いかというと、
手元操作があるからだ。
無線での操作は規則に強力に抵触するから、
ワイヤーに伝わせた有線での制御しかない。
そうすると、引っ張り合いや、複数回の投げつけで、
その有線が破損する。
つまり、かなり長距離の有線付ワイヤーを全部取り換えることになる。
要はこれを毎試合の使い捨て扱いすると、かなり高くつく」
竹島は弁当からおにぎりを掴んで頬張った。
そしてお前も食え、と手で合図する。
大地も弁当箱を引き寄せて食べ始めた。
「で、改善案だな。
マジックハンドの開閉について、
手元操作を諦めるなら……
代表格は『ぶつかったら閉じる』仕組み。
これだ。
すぐに思いつくだけなら……
構造が簡単なやつから行くぞ。
一つめ、ばね+トリガー方式。こいつは『ネズミ捕り』の仕組みだ。
二つめ、押し込むと閉じるリンク機構とラチェット機構を組み合わせる。
三つめ、双安定構造。
これは開いた状態と閉じた状態の両方で安定する仕組み。
一定以上の力で接触するとパチンと閉じるんだな。
四つめ、Fin_Ray型。
お前の説明だと、これか?
指なんかでもいいが柔らかい物体、
それに接触すると変形して包み込むように把持するやつだな」
えーと、はじ? 端?
「……ものをしっかり掴むことを、把持って言うんだ。」
竹島は個人端末で例に挙げた機構を、大地に順番に示してみせた。
あ、この端末、今朝に渡したやつじゃない?
早速、ありがとね。
竹島はよせやい、と手を振った。
「まあ、今どれかを選ぶってのは、保留しておこう。
そんで、マジックハンドでワイヤーだった部分は、
ナスカンを繋げたチェーンにしてしまおう。
強度と粘り、整備性を優先でな」
ナスカンなら、千切れたとしてもお前なら現場でどうにかできんだろ、と安請け合いする竹島。
大地には実際に鋼谷との対戦で、鎖を繋ぎ直して戦い続けた実績がある。
「残るは……
マジックハンド射出後の、当てる微調整ができる機構。
それから、やり直しで巻き取る機構だな」
竹島は腕を組んで思案した。
従来型はスラスターで操作できる性能が『独立して飛翔する』に抵触するとして騎士運に睨まれたわけだ。
ここは、使う使わないで争う余地なく禁止だ。
空手の試合で『使いませんから』といって鉄の棒を所持していいわけじゃないのと似たようなことだ。
「うーん、射出後の位置調整の方は横に置くか。
うまく飛んでいかないことを前提に、
やり直しのための巻き取り機構を検討しよう」
――ただ、相手を捕まえた場合も踏まえての巻き取りなら、
かなりごつくなってしまいそうだな。
竹島は中身を食べ終わった弁当箱を脇に除けた。
そして、案を考えながら、テーブル代わりの箱に指で何かの形をなぞることを繰り返す。
「面白いことを、始めているじゃないか」
知らぬ間に風鈴寺博士が二人の横に立っていた。
「ちょうど、儂も思いついたことがあってだな……」
赤銅騎士団 事務所。
鋼谷琢磨が大地の次回の招待試合以降の試合について、スケジュールの確認をしていたときのことである。
「これは……」
騎士運から次のような全体通達が届いたのだった。
『赤銅騎士団所属/沖大地に係る今年度試合運用について
今年度における星環騎士戦の開催状況について確認した結果、赤銅騎士団所属/沖大地の出場試合が、その全てにおいて他星環群主催による冠試合として設定されるという、近年類を見ない特殊な状況が発生している。
沖大地は、当該全試合において勝利を収めており、その戦績については極めて高く評価されるべきものである。
しかしながら、一選手への冠試合設定が著しく集中する現状は、星環騎士戦全体における開催機会の均衡、公平性、競技環境の維持という観点から看過できないものである。
以上を踏まえ、星環騎士戦運営委員会は慎重なる審議の結果、星環暦370年@月@日に開催予定の沖大地出場試合について、以下の特別措置を講じることを決定した。
一、当該日開催の試合については冠試合制度を適用しない。
一、当該日開催の試合は赤銅騎士団が本拠地とする北斗星環群における開催とする。
なお、対戦騎士の選定についてであるが、冠試合制度を適用しないとする当委員会の決定が一方的であることを認め、冠試合申請を提出済み、かつ沖大地との対戦を希望していた騎士の中から厳正なる抽選を実施し、その結果、下記騎士との対戦を決定したものである。
また、本試合の組み合わせ決定をもって、本年度における沖大地に係る冠試合の申請受付を終了するものとする。
記
平柱星環群
不知火騎士団所属/炎城志朗
以上
気が付けばそこにいたのは、大地を後方から追いかけてきた高き壁。
元・絶対王者――
「次の次は、炎城か……」
自分が対戦するわけでもないというのに、鋼谷は闘志を滾らせて両の拳を固く握りしめた。
静寂を裂く糸の叫び
水底から伝わる重い鼓動
手繰れ
全身で天を仰げ
巻きあげろ
リールを
命の限り
やがて波間に煌めく
銀のうろこ
恐れは熱い歓喜に
釣り上げた獲物は
いま腕の中に




