第96話「波浪特別警報」
機長さん、ゲ―――ム!
えーと、機長さんの命令。
白波、俺の話を聞いてくれ。
相談なんだが、
先日、妹が狂信者と大立ち回りをしてな……
「任せてください。
僕が薙ぎ払います。
100人までなら、
問題ありません」
えーと、機長さんの命令……
「大地さん?
機長さんからの命令、
から始まらなければダメですよ?」
ええと?
鋼谷宅。
……と、いうわけで、
来週末に、
以前俺と対戦した、
蒼都星環群代表騎士の
白波十三郎くんがお世話になります。
よろしくお願いします。
大地は深く頭を下げた。
かつての婚約騒ぎ誤報訂正会見以来となる慇懃さで。
鋼谷琢磨は先日の祝勝会に居合わせていたので事情は知っていた。
そしてしょうがないな、という表情を浮かべた。
一方、聞いてませんよと口をあんぐりと開ける全力。
――親子の会話は大丈夫ですか、鋼谷さん?
さすがにそれを口にするほど、大地のデリカシーは全滅していない。
えーと、こういう人だよ。
大地は端末のデータを居間の壁掛けモニターに転送した。
ごつめの星環騎士用のパイロットスーツを着用している公式映像が映し出される。
ショートカットで、知る者には辛うじて男性かと認識できる程度の、透明感のある絵画から抜け出したような少女?の姿。
カメラマンが一生分の全力を尽くしたのだろうか、画面の中の白波はただ立っているだけなのに、神々しささえあふれ出している。
背景が濃いブルー一色なのに、何で後光が差しているように見えるんだろう。
大地は何度も目をこすった。
小鳥遊の
謳う姿はホトトギス
ひとたび舞えば
冠鷲よ
字幕が流れるとともに
朗々と歌い上げる、聞き心地の良い清澄な声。
おそらく白波本人の。
おい、宣材写真かと思ったら、イメージビデオかよ。
動画だったようで、操作することなく画面が切り替わる。
使い古した柔らかさを感じさせる空手着を纏った白波の全身像、そして舐めるようにバストアップへ。
白波は振り返って歩き去る。
追いかけるカメラワーク。
その先には、大人の男性ほどある大きさの氷柱がいくつも並べられていた。
カメラは白波と氷柱の両方を収める画角に移動する。
空手の試技かな?
氷柱割っていうの?
なんか、間に板も噛まさず並べてるけど、合わせた厚さが軽く1メートル以上ありそう……マジ?
白波は数回呼吸を整えると、自分の胸の高さまである氷柱に手刀を叩きつけてほとんどすべての氷柱を割ってしまった。
こういうのって、カメラは氷柱の正面で待機して、氷柱を叩き割った白波が姿を見せるってものじゃないの?
……これ、下の氷柱が割れてないの、固定の板も噛まさず直に床置きしてたからか。
「……あの」
どうした、少年?
「この方が、我が家に来るんですか?」
複雑な表情を浮かべている全力だった。
えーと、全力くんや。
利発なその頭で何を考えたのか、一つずつ教えて?
「まず、うちは父さんと僕。
週3日でしょっちゅう居る大地兄さん。
つまり男所帯です」
そうだね。
「ホテルでもなく、
うちにこんな美人を泊めるのは問題があります」
顔が赤いぞ?
「まぜっかえさないでください。
大地兄さん、佐祐倫さんに車で轢かれても、
僕は責任持てませんよ?
それに、この、なんですか。
分厚い氷の板を、素手で……普通に怖いです」
面白いな、今度は青白くなった。
「こんな、ダンプカーを人間にしたような美女なんて、
トラブルの元でしかないじゃないですか」
全力の隣では、琢磨が顎を撫でながら何か思案している風だった。
しかし何も思いつかなかったのか、大地の方に手を差し向け、お前が言え、という風に顎をしゃくった。
……まあ、俺が原因ですから。説明しますよ?
えーとな、一つずつ行こうか。
まず、この一見、美少女。
容姿が天元突破している人物は、男性です。
首から下は、全力、
君と同じです。
もう一度、言います。
この白波十三郎は、男性です。
全力は素直な少年である。
大地を、おふざけが過ぎるきらいはあるが芯は誠実であると信頼している。
その全力が顔を顰めた。
つまり、今の大地の説明をまるで信用していない。
仕方がない。
味気ない方の紹介を出すか。
話が進まないと感じたので、大地は騎士管の名簿で『白波十三郎』を検索した。
味気ないお役所仕事をありがたい、と感じたのは初めてですよ……
よし、見つけた。リンク先の情報画面に切り替えるぞ。
同時に壁面モニターに映された、味気ないはずだった登録騎士の情報。
普通は騎士情報の背景は、コンクリートのような味気ない灰色なのだが……
……何でこいつのページだけ、背景がパステル調なんだよ。
仕事するのが大嫌いじゃなかったのかよ、お前ら。
そこには、巫女服のような衣装を着た白波のバストショットと……
背景には、白い花びらが舞う特殊効果と、グラデーションの桜色が八割。
二割が淡いイエローの泡で、これもよく見ると大小があってゆっくり上にスクロールしている。
だが、間違いなく『性別:男性』とある。
それを確かめた全力は口元を覆って、信じられないという表情を浮かべた。
それで、だな。
妹の……希倫の、前に事件に巻き込まれたろ?
白波は……さっきの氷柱割は忘れろ?
相手を痛めずに制圧するのも、得意でな。
教えてやってくれって、頼んだら快く了承してくれたんだ。
そこは納得がいったのか、全力は頷いた。
条件は、まあ、いくつかあるが、その一つが『滞在中は俺の作った飯を食わせろ』なんだ。
すると宿泊先の第一候補は、『俺の家』だ。
繰り返すが、白波は男だ。
家には、親父はほとんどいねえから、俺が居ないときは希倫しかいないってことになる。
状況が理解できたのか、全力が胸を叩いた。
「任せてください。
この不逞の輩を、希倫さんに近づけることは許しませんとも」
――希倫が絡んだとたんに、この性別認識を狂わせる妖精を敵とみなしたか。
……まあ、説明の手間が省けたから、いいか。
希倫が全力を弟扱いしかしてないのは知ってるし。
しかも一番優先しているのは希倫じゃなくて料理ってのも安心材料だ。
大地は全力の肩に手を置いた。
そして、腰を低くして目線を合わせる。
白波を信用しないわけじゃないが……
万が一もある。
それを俺は放置できない。
希倫もしっかりしているようで、
フラフラしているところがあるしな。
ここは、大人である『俺たち』が、
二人に間違いをさせないように、気を使わないといけない。
わかってくれるか?
全力は深く頷いた。
てなわけで、白波がいる間、俺もここに泊めてもらう。
当然料理も、俺がメインでさせてもらうよ。
……助けてもらうこともあるかもだけど?
そして、もはや恒例行事となった大野間との通信。
「へー、凄いね。白波ちゃんの個人指導を、妹さんにね」
白波十三郎は歌って踊れる星環群代表の星環騎士で、試合とその移動日以外は分刻みの忙しさなんだよ、と大野間がしきりに感心していた。
「ホント。
これで空手の稽古を一日も欠かさないっていうんだから、
いったいぜんたい、いつ寝ているんだろうね」
……マジもんのアイドルじゃねえか。
先に知ってたら、さすがに頼めなかったな。
「大地くんの妹さん、希倫さんだったっけ?
過去配信のニュースとかで見つけたよ。
白波ちゃん級じゃないけど、綺麗だよね」
家族以外からの『妹が綺麗』も大地には火災報知器を押すくらいの地雷であるが、『白波ちゃん級じゃないけど』が大地には逆鱗級の余計な一言だった。
いつものような前置きは置かず、ブチンと音がするくらいに唐突に通信を切った。
「そうですね。
では、このまま同伴して瑞穂まで」
待て待て待て。
まずお前のスケジュールを、
赤星のマネージャーに確認しろ?
「大地さんのお願いが、僕のスケジュールです」




