第95話「星の巡り、閃きの交差点」
名前のない約束か
見えない誰かの願いか
解こうとするたびに
からだが
こころが
おとなしく静まり返る
痛みはなくて
抗うこともできなくて
獲った。
相手騎士艇の腕を取り、『赤銅鏡』が十八番のハンマースルーの態勢に入った。
その瞬間だった。
相手騎士艇の腕部が突然肩部から外れた。
へ?
勢いのまま、放り出される『赤銅鏡』と大地。
一瞬だけ、面食らった大地。
相手騎士側の整備不良かと疑ったが、あちらは腕が取れても慌てる様子もなく、平然と態勢を立て直してこちらに槍を突き立てようと向かってくる。
大地がサブモニターをチラ見すると、映し出されたデータでは相手騎士艇のダメージレートが9%増えた程度。
その割り切りの良さ、嫌いじゃない。
ダメージ量勝負の星環騎士戦であることから、積極的に作戦として使ってくるとは考えていなかったが、見くびりすぎたようだ。
あちらも勝ちにこだわりたいのだろう。
しかし、ハンマースルー挙動中に『過大荷重で相手の腕部が外れる』ことを想定したシミュレーション訓練は日頃から行っている。
こちらも慌てない。
慌てる乞食は貰いが少ない……
片腕を切り離した以上、相手騎士は早期決戦を望むだろう。
食らいつこうと相手騎士艇が出せる最高速度で迫ってくるのがわかる。
大地は風鈴寺博士との雑談の記憶を、おぼろげながら引っ張り出した。
速度を上げると……燃料は乗数的に余計に消費、だっけか。
鋼谷さんが苦い顔してたから、覚えてるんだ。
大地に燃料切れに追い込まれて降参した経験のある鋼谷の前で、臆面もなくその話題で盛り上がったノンデリカシーが2人。
鬼さん、こちら。
片腕もなく、燃料も急速に減っていけば、人の余裕も減っていくのが道理である。
もちろん、乗ってやる義理はないね。
大地は電磁力スラスターを再度展開して相手と同じベクトルに『赤銅鏡』をゆるく加速する。
すぐにこちらに追いつかない程度で。
よくよく考えればおかしな競技だ。
いや、中間距離の槍吶喊は規則上は欠陥戦法であるにもかかわらず、規則外の『星環騎士道』なる美学で成立させている。
規則上は、星環騎士艇を戦闘エリアのどこに移動しても良い。
つまり、同じ方向に進む限りは、攻め手の槍吶喊は延々と相手を場外際まで追いかける羽目になる。
だから、大地のような受けが規則上は成立してしまう。
んー、来期から規則で警告対象にされたりしたら、その時にまた考えよう。
鬼ごっこを数分続けたところで、大地は相手騎士艇からの通信リクエストを受け付けたが、予想どおりの罵詈雑言。
罵倒では、死なない。
お上品な育ちではない大地にとっては、それこそ慣れたもの。
それでも――
あのさ、規則で音波兵装って禁止されてんだぞ?
相手の罵倒が一瞬止まった。
規則で禁止と言われると、思わず確認してしまう星環騎士の性。
乱発はできないが、優等生にこそ有効な札である。
星環騎士戦規則(星環暦159年規則第1号)附則の二の(3)が禁止するものは、光学レーザー、指向性マイクロウェーブ、高出力粒子ビーム砲などの超反射速度兵器。
――え?
いや、俺の声は、レーザーでもビームでも電磁波でもない……
ていうか、音波兵装だぁ?
口から出たとこ勝負なら、大地の真骨頂。
あんたの声、電波に乗って飛んできたぞ。
しかも音の速度だって秒速340メートルだ。
俺の秒速ってせいぜい8メートル。
つまり、人力じゃ躱せないんだけど?
揶揄われたことに気付いた相手騎士がさらに激昂して、何語を発しているのかさえ判らなくなった。
そんな夢中になって怒らなくてもいいのに。
『赤銅鏡』の加速が相手より遅いのは意味がある。
星環騎士ってのは血の気が多いのか、
騎士艇をうまく動かせるだけで血のめぐりが……
おっと、人を悪く言っちゃあ、いけません。
注意散漫になってくれてるのだから、お礼を言わないといけない立場です、俺の方は。
……せっかくだし、貰った腕部を使って楽させてもらうか。
相手騎士艇があと少しで『赤銅鏡』に追いつきそうなタイミングで大地が急制動をかける。
片腕で槍を扱う場合、取り回しはどうしても柄の中央付近になる。
突き出す槍先のブレを片手だけで押さえるためには、そうするしかない。
つまり、槍の利点である攻撃範囲を犠牲にする。
そして、突きが躱された後の方向転換となると、今度は柄の長さが邪魔をする。
……槍を持ってる方が邪魔とまでは言わないけどね。
片手での槍の攻撃範囲は、『赤銅鏡』の両腕に装備されたパンチングナイフの射程範囲内でもある。
2は1より、多い。
槍の貫通力も危険だが、パンチングナイフとて外装を突き破って操縦室まで届くのだ。
覚悟はしていても、最後の最後で及び腰になるのは避けられないのだろう。
優勝争いをしているような命知らずどもと同列に並べて酷評されるのも、気の毒ではある。
迷いの見えた槍の穂先をするりと躱した『赤銅鏡』は、すれ違いざまに相手騎士艇の胴体に抱きついた。
『赤銅鏡』の両腕は、切り離された相手騎士艇の腕部の両端をそれぞれ掴み、自機の肩、肘、手首を使って六角形を作っている。
肩部と肘部、手首部のルーズジョイントを活かして、相手騎士艇に抱きつくことは不可能ではないが、一般的な星環騎士艇には、肩甲骨にあたる関節部がないため、調節に時間がかかってしまう。
腕を組んで輪にしたいけど、
肩部とかがどうしても、
人間ほどには体の内向きに動かしづらいのよね。
まあ、六角形が作れたなら上出来さ。
そうして、腕で緩やかに相手騎士艇を捕獲したところで、『赤銅鏡』の脚部を使って胴体を挟み込む。
新型空気圧機動は積んでいないので、いつもの関節技、締め技のような破壊力は出せない。
ただ、このフィニッシュ前の腰椎部砕きのムーブには、相手騎士への威圧感が見込まれる。
たとえれば、喉元にナイフを突きつけられているようなものである。
大地は補助AIに相手騎士艇と通信を繋ぐように指示した。
――さっきまでの威勢はどこに行ったのかしらね?
モニター上のパイロットランプは、双方向に通信が繋がっていることを示している。
しかし、あちらの騎士はだんまりを決め込んでいるのか、物音もしない。
大地はため息をつくと、最後通牒を行った。
えーと、降伏勧告します。
または、ダルマになるか。
関節技か。
締め技か。
廃棄星環のスラスター部にめり込みたいってのも、受け付ける。
けど、面倒だから、降伏にしてくれない?
5つ……面倒だな。
お前が、5つ数えろ?
飽きたら、5まで待たないけどな。
これで反応がなければ、残業だ。
気分が乗らないので、とことん棒読み。
AIの方がまだ人間味のある降伏勧告をするだろう。
それが功を奏したのか。
《……の降伏宣言により、
星環騎士戦規則の第3条第一項第2号に基づき、
『赤銅鏡』、沖大地~っ!
……の勝利です。》
大地の勝利を告げるアナウンスが『赤銅鏡』の操縦席内にも流れてくる。
……ハッタリも大事だよね。
下策で上首尾なら、コスト面でも上々だし?
まあ、奥の手がないわけではなかったけど。
NITRO、いまだ出番なし。
試合を終えた大地が気圧調整室を出ると、巫女のような服を纏った絶世の美少女?が待ち構えていた。
白波十三郎である。
同じ星環群で白波も試合が組まれていたことは聞かされていたので、何となく予感はあった。
いや、確信かもしれない。
だから、再会の挨拶もそこそこに、以前のように右腕を絡め取られても驚きはしなかった。
――しかし、何を食ってたら、こんな鈴を鳴らすような透き通った声になるんだ?
「大地さんの薫陶を受けてから、調子がいいのです。
今日も勝利して、ついに初めての一桁順位ですよ」
薫陶って?
何か、しましたっけ?
試合をしたことかな?
「いえ、自分の判断、それだけで行動することの愚かさを教えていただきました」
えーと、それ、普通のこと、だよね?
「大地さんほどの深慮遠謀ではありませんが、
相手が何を考えているか、
こちらがどう動くか予測しているか……そうです。
そのうえで以前よりも
『考えるな、感じろ』に近づけた感覚があるのです」
ああ、そうだった。
白波は俺の話を聞かねえ男だった。
これでよく、薫陶を受けたとか宣えるもんだ。
大体、俺は『考えるな、感じろ』とか言った覚えもねえし。
そういうの、炎城志朗っぽいな。
……知らんけど。
「準備は平常にこそ、しておくこと。
現場で『何をするか』選択していては遅すぎる。
弾倉完全装填、
準備万端を反射で行い、
かつ狙わずして的確に狙い撃つ。
その境地を目指しているのです」
男の腕に自分の腕を絡めて、
ウェポンズ・ホットだの、
ロックド・アンド・ローデッドだのってお前……
ああ、白波は男だったか。
白波は、自分の『赤星騎士団』と大地の『赤銅騎士団』とで合同祝勝会を開催しましょう、赤銅側の了承は取っておりますし、店は押さえております、と蕩けるような笑顔で迫ってくる。
……祝勝会って、言ってたよな。
けっこんしきって、空耳が聞こえた気がしたのは何故だろう?
絡められた腕の方は、逃げ場なしということで前回の祝勝会において大地は教訓を得ている。
星環騎士艇に腕を掴まれた方が、まだ逃げるチャンスがある。
だから、ここでは抵抗はしないでおく。
白波が腕を離さざるを得ない状況を、待つ。
……その機会が大地に巡ってくるかどうかは、神のみぞ知る。
つまり、大地にできることはないのだった。
それはそうと、白波。
この……
『痛くないけど、どうやっても外れない』のは、
一体、どうやってるんだ?
「お寿司のほかに、
スコーンが大好物だと、伺いました。
期待していてください」
うん、まあ……
はい。




