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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第九章 断裂する隆起、噴出する水蒸気
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第93話「パラダイムシフトの卵」

 朽ち雪の


 荒れ野踏み入る


 若草の


 未知の荒れ野に


 道ぞ増えゆく




北斗ほくと星環群、瑞穂みずほ(居住星環)】


 黒崎運輸 社長室。


 黒崎健吾のまとめたレポートを読み終えた黒崎壮健は天井を見上げた。


「かなり、いい出来だと思う。

 弱点だった参加希望者の確保も、鈴来すずき基金で目途が立ちそうだ。

 機密にはしているが、いい感じで情報が漏れていて在野へ流れている。

 その反響は、悪くない……」


 壮健の指が数回デスクを叩いた。

 不機嫌ではないようだが、気に入らない箇所はあるらしい。


「社長、この騎士育成プログラム、まだ問題がありそうですか?」


「……そうだな。

 結論を言うと、出口、いや受け皿が少なすぎる。

 プログラムに参加する少年たちが最大で50人。

 だが、ひよこリーグであれ、

 星環騎士戦に参加するには騎士団に所属せねばならん。

 騎士戦の試合日程が騎士運任せである現状では、年間で23ないし24試合に留まる。

 そして、廃棄星環の数にも上限がある」


 このプログラムだけでは、年間に10人も騎士として送り出せたらいい方で、そこで頭打ちになるのではないのか。


 壮健の指摘に、健吾は少し唇を歪めた。


「そこは、懸念がないでもないが、試合数や会場の上限はどうしようもない。

 そこは卒業生の質を上げて、よその育成組織と競争を……」


 壮健はそうではない、と手を振って健吾を止める。


「瑞穂はじめ北斗星環群の底上げを一気にやらんと、

 二番煎じどころではない後発のうちの育成組織では、

 『アキレスと亀のパラドックス』になりかねん、そう言っておるのだ」


 先行者利益は単に数字としての問題ではない。

 特に最初の勝者は、余程のことがない限り、次代の上澄みを取り込んで循環していくのだ。


「そうは言っても、

 騎士として受け入れる騎士団を今以上にいきなり増やしても、

 経営が成り立たなくては……」


 壮健が、何かを飲むような仕草をした。

 これは、飲み物を寄越せという合図だ。


 コーヒーか、お茶か。


 健吾は一瞬だけ考えてお茶を淹れることにした。

 渡されたお茶をゆっくりと飲む壮健。


「……騎士団がなぜ金食い虫か、考えてみなさい」


「そりゃあ、まず星環騎士艇が必要だ。

 一機じゃ心もとないから、予備もいる。

 当然、整備チームがいる。

 訓練には、シミュレーターだっている。

 試合で相手が同じ星環群でないなら、遠出するためには輸送スタッフがいる。

 トップリーグ上位常連でもなければ、ギャラや賞金だけでは運営資金が足りない。

 足りない分はスポンサーを募る必要がある。

 そうするとスポンサー集めや連絡調整をする営業職員だっている……」


 嬉しそうに微笑む壮健。


「とりあえず、いいだろう。

 では、一番お金がかかるのはどれだ?」


「星環騎士艇だろうな。

 購入にも維持にも修理にも……

 おい、爺さん、騎士艇なしに星環騎士戦なんかできるわけないだろ」


 愉快でたまらないとデスクを叩き始めた壮健。


「ないだろと決めつける前に、

 騎士団に必要なものから騎士艇を外して、構成し直してみろ」


「騎士、は育成プログラムのキモなんだから、外さない。

 本末転倒になるからな。

 では、騎士艇を外す……すると整備班が、いらないよな。

 シミュレーター……実機がなければいらないはずだが、ひとまず保留。

 ……試合数と試合会場の上限……爺さん?」


 さっきまでの笑顔はどこかに消え去り、壮健は至極真面目な顔で健吾を指さした。


「今でもたまの休みには、お前と将棋を指すよな?

 では、念のために訊ねるぞ。

 私は軍隊を持っているか?

 同じくお前は軍隊を持っているのか?」


 将棋を戦争のシミュレーションを軸にした遊戯とすればその通り。

 チェスでもそうだ。

 何なら電子ゲームにも、戦争そのもののシミュレーションをネタにしているものがある。

 車や航空機の体感シミュレーターもどきも溢れている。


「今現在でも、電子ゲームにプロ市場はある。

 瑞穂には、ないがな。

 ここに星環騎士戦仕様のシミュレーターを破格でバラまいて、一大ゲーム市場を作ればよい。

 星環騎士育成プログラムの卒業生の進路の一つに、プロゲームリーグを加えるのじゃ。

 ゲーム市場が成熟したならば、今度はゲーマーから騎士の卵としてスカウトしても良い」


 裾野を広げる。

 そう、それは星環騎士に留まらない。


 実機を使わないシミュレーター同士のリーグを創出するというコロンブスの卵的発想。

 壮健が語っているのは、ゲーマーによるゲーム機を介した星環騎士戦、つまり育成リーグであるひよこリーグの、そのまた育成リーグ。

 まだ存在していないその育成のための育成リーグを便宜上呼ぶならば、『たまごリーグ』。


 星環騎士戦は観るものじゃない、やるものだと北斗の住民に思い込ませろ、そう壮健は言い放った。


 星環騎士育成プログラムはじめ、育成機関はいわば天に繋がる蜘蛛の糸である。

 最終的に星環騎士になれるのは、蜘蛛の糸を登り切った者だけである。

 それは変わらない。


 だから、登ろうとする者を増やす環境と一緒に、登り切れなかった者の居場所を作ってしまえと。

 星環騎士に届かずとも、プロゲーマーとして名を馳せる。


 夢破れて背中を丸めた卒業生の姿を、出来る限り次世代に見せてはいけない。

 夢を循環させられる、魂の生命球。


「星環とは、人類の夢を詰めていたものらしいぞ?」


 夢とはコストがかかるもの。

 環境負荷の高い、人類の抱えるお荷物。

 だが、祖先が見上げるしかなかった宇宙ゆめに、自分たちは生きている。


「苦しかろうが、儂らは夢の続きを見るしかなかろう?

 いざ、ご先祖様に会ったときに

 『あなた方の夢の続きは、辛くて苦しい生活しかありませんでした』と

 報告するのは楽しいかい?

 そんなの、儂は嫌だね。面白くない」


 自分よりもはるかに若々しい壮健を見て、健吾はため息をつくしかなかった。





望澪もりの星環群、澪安みみずく(研究星環)】


 杉原家。


 星環騎士としては難しくても、やはり宇宙で働きたい。

 行成はそう告げると、歳を重ねてすっかり痩せてしまった母に頭を下げた。

 この場にいない父は、行成の暴走を止めなかった責により澪和騎士団マネージャーを辞したとはいえ、引く手数多の人材である。

 以前よりもぐっと責任の軽い立場にはなったが、澪和航空技術部の嘱託職員として何度目かの人生やり直しを満喫している。


「お父さんは、今いないから、

 帰ってきたら行成のできる仕事がないか……

 昔、小さかった頃の夢の、星環連絡バスの機長さん、

 今の行成の年齢からだと難しいかしらね……」


 もう危険すぎる星環騎士を諦め、真っ当な職に就いてくれるという息子に、母は安堵して涙を流した。


 居間に飾られている年間優勝のレプリカトロフィーを行成は眺めた。

 順番さえ間違わなければ、総合優勝に充分だったはずの、意味をなさない5本の栄冠。

 今年度末までは澪和騎士団に籍を残してもらえるとのことであったが、もう席はないも同然だった。

 まずは宇宙作業ができるまでに回復したと周囲に示して、改めて星環騎士として契約してくれるところを探せばいい。

 澪和騎士団からの『杉原行成という星環騎士との契約については慎重に判断されたい』という回状が今後まわされようとも、それがすべての星環に通用するわけでもあるまい。

 そのためには、澪和航空の影響が強い望澪もりの星環群に留まっていてはよろしくないように思えた。

 行成が望澪もりのから離れるつもりだと聞いた母は、静かに泣いた。

 行成は、泣かせてばかりですみません、と謝ると久しぶりの実家を後にした。





北斗ほくと星環群、瑞穂みずほ(居住星環)】


 赤銅騎士団事務所。


 白石美月しろいし・みづきは自分の頭を叩いた。

 手元の端末には、妹の白石海月しろいし・くらげからの速報が届いていた。


「もう望澪もりのから姿を消しちゃったのかー。

 決断が早過ぎるって」


 杉原行成という人物は、学生時代は主席の常連だった。

 そんな彼も星環騎士となってから、ずっとトラウマの克服に手こずった。

 だがそれでも、10年かけてトップリーグにまで辿り着いた。

 さらにそこから年間優勝を5度も経験している。

 それでいて、総合優勝経験はなし。


 今の澪和騎士団マネージャーは杉原をクビにしたがっているようだが、目が曇っているとしか思えない。

 これほど教官として迎えたい経歴の人物は、そうそういるものではない。


 金の卵を育てられる金の卵じゃないか。

 むしろ星環騎士として終わってからの方が、価値が高いだろ……


 できれば自分が赤銅騎士団に在籍している間に、教官候補として杉原の身柄を確保しておきたかった。

 だが、居なくなったものはしょうがない。

 とりあえず、海月のネットワークに引っかかるのを待つとしよう。

 思ったより元気そうなのは、良いことだと捉えよう。


 それにしても、海月はどうやって情報を集めているのかしらね?




 朽ち果つる


 花ふたたびと


 忘れじの


 枯れた野をゆく


 今ひとたびと

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