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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第九章 断裂する隆起、噴出する水蒸気
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第92話「軋む騎士道」

 きしきしと


 歯車回る


 往く先の


 来る歳引き止め


 今ぞ留めん




望澪もりの星環群、伏露ふくろ(居住星環)】


 礼文本家 執務室。


 謹慎明けの復帰戦を無事に勝利で飾れた礼文慎は、祝勝会にも不在であった礼文・但馬・太陽への報告という名目で訪問していた。

 徹底した時間割で切り分けているせいか、分単位のスケジュールに縛られているはずの当人が、慎の目の前で忙しそうにしている記憶はあまりなかった。


「執着と焦りは表裏一体、身にまとった人生哲学はそれぞれでも、

 根幹の部分は慎くん、炎城くん、それから杉原くん。

 似通った衝動がありそうだ。

 トップリーグの上位を争う星環騎士として求められる資質なのかもしれないけど」


 他の者については聞きかじった程度でしか人間性を知らないが、慎は自分に関して振り返ればその衝動という単語にあたる部分に思い当たった。

 冷静、冷徹、冷然。

 冷淡な振る舞いもしている自覚はある。

 自分は世界が求める景色の部品。

 だがときに冷血に振る舞っているその奥で自分を突き上げる何かを感じることがある。

 太陽はため息をついて、身を乗り出した。


「人には世のすべてのものと同じようにリソースというものがある。

 そうだね、このエスプレッソカップに注げるコーヒーは、せいぜい50CC。

 それ以上は注いでも溢れる……

 それ以上のコーヒーを溜めておくことはできない。

 慎くんは……成し遂げたい、

 あるいは行き着きたい何かに対して、誠実なのだろうね。

 力や時間が足りないと感じたら他から引き算をして、

 目標に向かう段取りを整えてしまう。

 古典に例えると『冷たい方程式』で

 自分が居なくても目的を達成できるとなれば、

 エアロックから出て行ってしまうような……」


 石にかじりついてでも優勝を勝ち取れと言い含められております、そう慎は返答してすっかり冷めてしまったコーヒーに口をつけた。


「沖の連勝や炎城戦での敗戦や謹慎もあって、

 最終年度の優勝は難しくなりましたが、

 まだまだ第43期の総合順位では僕の方が有利です。

 北斗星環群に賜杯しはいを渡すつもりはありません」


 最終年度時点で自分より勝ち星を上げていた運の良い星環騎士たちは、トップリーグに帰還した炎城志朗にことごとく潰されて総合順位を下げていった。

 その炎城を返り討ちにし、自分にぴったり食いついていたはずの杉原は、大地との試合で自滅、少なくとも第43期は復帰してこないだろう。


 残る懸念は、沖大地のみ。

 その驚異的な連勝はもちろん、脅威的なのはハイペースな試合数。

 騎士運が年間で23回程度の試合日程を組むとはいえ、移動の多いトップリーグでの年間試合数は10試合程度だ。

 大地の試合ペースと自分の試合予定を見比べた場合、ともに全勝を続ければ2勝差で逃げ切れる余裕は残っている。


 ただし、直接対決が入ると途端に話が変わる。

 第43期3年度からトップリーグに参戦している大地だが、その3年度は2戦目となる高瀬戦で重傷を負い、結局4戦しかしていない。

 その3年度最終戦で慎は、杉原とほとんど相討ちの敗戦で4年度を全休するほどの重傷を負った。

 そして、大地は4年度を12戦12勝というハイペースかつ全勝という異常性を見せつけた。

 続くこの最終年度では各地で悪役人気が盛り上がり、ここまですべての試合を冠試合として招待され続けるという異常性も相まって……

 この3年間で、慎と大地は一度も試合したことがない。


 最終年度のここまでは全勝の大地。

 今日以降を互いに全勝で、最終日に仮に直接対決が組まれて慎が敗れた場合には、2勝差が消えて勝ち星が同数になる。

 そうなると、直接対決の結果が順位となる。

 つまりたった一度の直接対決の結果により、大地の逆転総合優勝が成立するのだ。


 太陽は何度目かのため息をついた。


「何度も言ったことだけど……

 ご老人がたの言うことを真に受けるな。

 いや、ご老人がたを言い訳にして自分を簡単に追い詰めないことだ。

 前々から星環騎士がすべてを背負うのはおかしいと言ってあるだろう?」


 大地があたかも新興宗教の偶像のように崇拝される風潮も、結局は星環騎士戦を下敷きにした大統領制度が200年かけて生み出した歪みの一角でしかない――


「君に限らないが……人一人の歪みくらいでは、

 星環騎士戦の戦果までしか変えられない。

 星環騎士戦の歪みを正せないし、

 星環文明の歪みに至っては太刀打ちできるものじゃない」


 残念なことに、今の慎には、太陽の言うことが半分も理解できなかった。





平柱べいちょう星環群、紫若しじゃく(居住星環)】


 不知火騎士団 マネージャー室。


 騎士団マネージャーは、困り果てていた。

 正面のソファには炎城志朗が腰掛けている。

 今日で何度目かの直訴である。


 炎城いわく、沖大地と戦いたいと。


 話題性は充分だ。

 昨年度の全勝優勝者で、今年度も連勝が止まらない優勝最有力候補の沖大地。

 第43期総合優勝でトップを走る礼文慎に唯一逆転の可能性を残す星環騎士でもある。

 そして、ここに居る炎城志朗は過去三度の総合優勝と15回の年間優勝を果たした、かつての絶対王者。

 一度引退した後、所属する星環群を変えてまでして星環騎士戦に復帰し、ようやく今年度にトップリーグに返り咲いた。


 期待の超新星VS蘇った元絶対王者。

 こんな客受けのいいカードを騎士運が検討していないはずはない。


 だがいかんせん、今年度の大地は悪役人気が高過ぎる。

 冠試合の申し込みが引きも切らず、なんとここまで冠試合での指名で敵地アウェイのみという例を見ない事態が生じているのだ。

 冠試合申し込みですら抽選という状況で、騎士団マネージャーもメインスポンサーをいくつも回って頭を下げているが、抽選に外れ続けている現状なのである。


 ――大野間が冠試合で大地と組めたのは、本当に運が良かったのだ。


 最弱と罵られ続けていた大野間も、何か浮上のきっかけを掴んだのか、前期第42期の王者を下馬評を覆して破って以来、連勝を続けている。

 炎城志朗からの薫陶なのか、良い影響を受けているのだろう。

 非常に喜ばしい。

 目の前の炎城志朗が、鬼瓦のような渋い表情を浮かべていなければ。


「正直に言う。

 誰にも負けるつもりなどないが……やはり俺には時間がない」


 炎城はもう、48歳になった。

 炎城は自分でもわかっている。

 かつての爪も牙も、翼もないことを。

 星環騎士戦が変わりつつあることも。

 自分のもがきでは、時代の流れをせき止められないであろうことも。


「だが、俺は自分を止められない。

 俺は……沖大地と戦うために、この世界に戻ったんだ」


 時間のあるうちに、何とか、かなえてほしいんだ……


 騎士団マネージャーの脳裏に、ライバルである隣の星環群、諸角もろずみの影の重鎮キングメーカー、そして名門礼文家の生ける本尊の姿が浮かんだ。


 ――礼文太陽さんとは、1度しか会ったことはないが、

 騎士運の委員長と太いパイプがあると聞いたことがある。

 嘘か真か、確かめるよりとにかく一度相談してみるか……



 心もて


 身をも養え


 草原の


 花を愛でたる


 気こそ華なれ

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