第91話「八重垣作る」
雲居立つ
出雲八重垣
援け船
八重垣作る
その八重垣を
【北斗星環群、出雲(政治星環)】
北斗総督府執務室。
「佐倉(農業星環)の収穫高に大きな影響が出ていなかったのは、幸いだったな」
鈴来総督は椅子に深く座り直し、深いため息をついた。
一昨年のデブリ衝突事故による水資源の大量流出が起きたときは肝を冷やしたものだった。
穴は応急で塞いだものの、一度飛び出した水は、その慣性に従って星環からどんどん離れていく。
遠距離で作業していたデブリ除去作業船まで動員したことも功を奏し、2週間でなんとか流出量の8割近くまで回収できたのは不幸中の幸いであった。
「氷塊の飛ぶ方向に長距離デブリ除去作業船団がいたのは、
本当に運が良かったですね」
「その際に回収済みのデブリを放棄させたからな。
補償金が大きかったのはまだいいとして、
よその星環群に被害を出さないか、今でも肝が冷えそうになるぞ」
外周部の水層であったことから、佐倉においては人的被害や直接的な漁業被害や農業被害までは発生しなかった。
被害はあくまで水の損失に留まったのである。
ただちに農業と漁業に影響はないとされていたが、星環はつまるところ巨大な生命球である。
北斗星環群の資源は人口に対して余裕はあるが、文明を維持するには余分なものはない。
当面は北斗星環群の他の星環から水を佐倉に都合することで、農業と漁業に支障のないよう取り計らった。
都合の良いことに北斗星環群、特に瑞穂は星環群連合の中でも小惑星帯に最も近い位置にある。
水は小惑星群から比較的回収しやすい物資である。
丸1年を要したが、北斗星環群が失った水資源についても、事故以前の水準に回復させることができた。
「……北斗の人口が減少傾向だったおかげで、
断水をせずに済んだというのが、寂しい限りですね」
秘書はそう呟くと肩をすくめた。
「北斗星環群育ちの若い世代が流出していく。
特に子供のいる世帯がね。
一発当てようとレアメタルハンターの担い手はよそから入っては来るが、
ある程度稼いでしまうと出て行ってしまう彼らの定着率は、
どうしても低いからな」
大地の父、沖恒一のように家族が定住するようになるケースは稀ではないが、割合としては5割を切る。
風鈴寺博士を慕ってやってくる研究者や若者も後を絶たないが、あくまで研究所員の枠でしかない。
鈴来は端末の画面に自身の名のついた基金のデータを映し出した。
星環騎士育成プログラム支援基金――すでに巷間では鈴来基金と称され始めている、奨学金制度。
騎士育成プログラムそのものの運営や運転資金については、赤銅騎士団を中心に民間に委ねる方針は固まっている。
ただ、そこに通う少年たちへの支援については、まだ話を詰められていなかった。
いざ星環騎士育成プログラムが開始されても、学ぶ少年たちがいなければ絵にかいた餅に成り下がる。
大地のように、貧困層にあっても才能に恵まれた者がいる。
彼らをこそ育て上げ、価値の高い人材へと磨き上げるためには、奨学金制度がどうしたって欠かせない。
そこに投じられたのは、勝ち騎士投票で大地に賭け続けて膨れに膨れ上がっていた鈴来のお小遣い。
その自分の自由になる現金を真っ先に提供した。
そして、基金を設立する賛同者を募った結果、国民総所得GNIの0.05%というとてつもない金額が集まった。
恐妻家でもある鈴来は胸を撫で下ろしていた。
妻に隠れて大地の勝ちに投票し続け、配当金で膨らみ続けてしまった手元現金をどう処理すればよいのか、いよいよ窮地に立たされていた。
妻に見つかる前に、雷の落ちない使い道を見つけることができて……
全額を人材育成の資金として押し付けることができて、本当に良かった。
――私に隠して賭けごとに興じていたのは、許せないことだけれど……
貧しい子供たちに奨学金の基金を工面するために
資金を貯めるためだったということなら、
叱るなんてできないわね……
素敵な旦那様でよかったわ。
鈴来は昨夜、ようやくすべてを妻に告白したのだ。
もちろん、美談に置き換えたうえで。
【北斗星環群、瑞穂(居住星環)】
観戦施設、通称:沖アリーナ。
少年はMCの煽りに合わせて拳を上げる。
隣では少年の母も拳を突き上げている。
昨年度のように大地が代表として戦い、勝ちまくっている。
痛快だ。
貧しいばかりの瑞穂に何という福音が訪れたのか。
――今日も勝ってくれ
それだけではない。
聞くところによると、この躍進に目をつけ、第二第三の沖大地を北斗星環群で生み出す計画が動いているという。
瑞穂だけでなく、北斗星環群の各地で意味ありげな施設が建造されている。
そして、鈴来総督の提唱した『星環騎士育成プログラム支援基金』。
これは、その計画に向けて放たれた第二の矢。
奨学金も視野に入れているというその基金は、充分な資金を集め終えて財団法人設立許可を待つばかりとの噂がまことしやかに広まっている。
――許可を待つばかりだって?
総督自身が身銭をはたいた基金だぞ。
許可されないわけがない。
まだ『星環騎士育成プログラム支援基金』はおろか『星環騎士育成プログラム』さえ全貌を明らかにしていないというのに、少年たちの胸は滾っている。
その志は、まだ知らぬ舞台を見据えて。
少年たちが再び突き上げる拳には、形も定かではない希望を握りこんで。
――さあ、今日も見せてくれ。
『赤銅鏡』操縦室内。
今回は、新型空気圧機動はなし。
NITROのデビュー戦だ。
そろそろ、こちらの手に対応しようとしているだろうしね。
相手の騎士艇『一無骨』は、愛用している楯を今日は使用しないみたいだね。
そして主兵装は、十文字槍。
初お目見えだね。
両端が十文字槍になっているのも、俺の対策かな?
去年に対戦した時は、楯吶喊を受け止めてからのハンマースルー、胴締め片羽締めで腰椎部を砕いたところで降参だったな。
十文字槍は、突けば槍、薙げば薙刀、引けば鎌。
絡め取ったり、引っ掛けたりと、多彩な戦い方ができる武器だけど?
俺の方はポールウェポンを使わないからね。
狙いは突いたときに『赤銅鏡』の回避行動を大きく取らせたい、ってところかな。
一杯、考えたんだろうな。
……できる範囲で。
この地の名物料理は中華料理だったので、勝利祈願で蟹炒飯と麻婆茄子を食べて参りましたよ。
今日はNITROのほかに、ひさびさに鎖が主武装なんだけど……
蟹が出るか、茄子が出るか。
開始ブザーとともに『一無骨』が『赤銅鏡』を目指して加速をしはじめた。
間合いを取らせまいとしているのか、十文字槍の穂先は『赤銅鏡』に向けずに腰だめに構えたまま。
大地は『赤銅鏡』を『一無骨』の進行方向に合わせてゆっくり加速させる。
接近戦に備えて相対速度を近づけておく。
相手が静止しているか、近づいてこないと……
吶喊攻撃って、かなり威力が減じられるんだよね。
……高瀬くらいに頭のおかしい加速ができないとね。
二機が互いの中間距離に入ると、『一無骨』が十文字槍を構え直した。
穂先を先頭に、頭から突っ込んでくる。
大地は縄跳びでもするように鎖の端を『赤銅鏡』の両の手で掴んだ。
大地はモニターで二機の相対速度を確認した。
この程度なら、茄子で行こう。
スピードより、確実性重視で。
楯を持たないこちらとしては……
単位面積あたりが一番硬い――踵からだね。
大地は『赤銅鏡』の機体を器用に丸め込むと、細かく姿勢制御を重ねて『一無骨』にプロレスのドロップキックのような体勢で相対した。
速度の違う二機が、同じ方向を向いた形となった。
――ふざけやがって
『一無骨』の操縦者がムキになって最後の距離を一気に詰めたとき……
『赤銅鏡』の側面から電磁力スラスターが全力で噴かされた。
十文字槍の穂先はわずかに『赤銅鏡』に届かず、『一無骨』が追い越す形になる。
それと同時に、鎖の端を掴んでいた『赤銅鏡』の両の手が何か細かい動きを見せた。
鎖の端についていたものは、それぞれカニ鐶とナス鐶である。
カニ鐶は、レバーを引いている間はフックが内側に開くカニの爪に似た留め具で、片手でも手早く操作できることが強みである。
ナス鐶は、レバーを押すことでフックが開く茄子の実に似た留め具で、カニ鐶ほど手軽に扱えないが、根元に回転機構を備えたしなやかな頑丈さが強みである。
鎖が十文字槍の穂先、その十字刃の根元に掛かったのと同時に、ナス鐶で鎖のもう一方の端付近をフックして、輪を作ったのだ。
距離が開いていく二機の騎士艇。
そして離れるごとに閉じていく鎖の輪。
鎖の輪はやがて、十文字槍ごと『一無骨』の両腕を拘束する結果となった。
――おのれ、小癪な。小細工ばかり使いおって。
恨み言など、大地にはどこ吹く風。
今度は両腕部を封じられた『一無骨』に向かって加速する。
んー、今日はNITROの出番はないかな。
宇宙空間で引っ張ろうにも、足場がないからね。
逃げようともがく『一無骨』だが、スラスターを噴かしながら暴れるほど、拘束された両腕と、鎖で繋がった『赤銅鏡』に振り回され、二重三重に引っ掛かりを増やしていく。
大地は『一無骨』に充分接近すると、通信を申し入れた。
こちらは平和を望んでおりますが、いかに?
――お前ごとき山猿に、二度も降参……
みなまで言うのを待たずに『赤銅鏡』の左腕が『一無骨』の股関節を目掛けて突きこまれる。
突きと同時に内部に仕込まれた薬莢内で起こされた爆発により、パンチングナイフの刃部分を瞬間的に加速して押し出す優れもの。
初速を跳ね上げることで、その貫通力もまた段違いに跳ね上げている。
これ、射出しないから、違反じゃないんだよね……
装甲を貫通してしまえば、あとは右腕側の従来型、完全固定のパンチングナイフでこそげ落とす。
こうなってしまえば、ただの作業。
星環騎士道など歩く気もないが、星環騎士戦規則には従順な、勝利をこよなく愛する料理人。
――降参など、するものか!
言葉を、主義を、思想を、理想を語って良いのは勝者のみ。
それ以外は、負け犬の遠吠え。
相手がどうにも降参しないので、大地は極めて平和的に『一無骨』の四肢と頸部をパンチングナイフで切り落とし、無事に勝利を収めた。
……仲良く、できませんか?
大地の脳裏に『もちろんだとも、親友!』と握手を求めてくる大野間の姿と『お慕いしております』と腕を絡めて放そうとしない白波の姿がよぎり、慌てて頭を振って追い出した。
0か、100しかねえのかよ……
試合中には流れなかった冷や汗が、大地の背中を伝っていく……
かいくぐる
友路の切っ先
浮島の
情の八重垣
搦め仕留めり




