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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第九章 断裂する隆起、噴出する水蒸気
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第89話「笹の葉さらさら」

 二つ星


 隔てて遠き


 光年の


 天の河原を


 結ぶ懸け橋





北斗ほくと星環群、瑞穂みずほ(居住星環)】


 七夕。


 天の川方面を臨む展望台は大人気で、子供連れや若者たちで押すな押すなの大盛況である。

 この日ばかりは臨時の順路を設置して、係員が『立ち止まらないでください』としきりに来客たちを誘導している。


――笹の葉、さらさら。


 宇宙でも土と堆肥を作れるようにと、生命力の強い笹が星環に持ち込まれたことがきっかけである。

 その笹の地下茎や根が星環基礎部に悪影響がないよう、星環維持団の手で毎年大規模な刈り取りが行われるのだが、刈り取った笹については堆肥の材料として冷凍破砕するほかに、七夕の願い笹として住民に提供されている。

 笹の葉は、抗菌・消臭作用を利用して弁当や保存食の包装材にも使われている。

 そのほかにも、ビタミンやミネラルを含む健康茶として親しまれている。


――軒端に揺れる。


 悪天候のない星環には軒端はほとんどない。

 そもそも、居住層には星空がない。

 どの層の天井部にも水層があるのみである。

 だから願い笹は、来客たちそれぞれの手に握られている。

 子どもの願い笹に吊るされた願い札には『みずほがへいわでありますように』


――お星さま、キラキラ。


 大きな天窓から観える天の川は、くっきりと美しく輝いている。

 今日の織姫ベガ彦星アルタイルも、いつもと同じに青白く大きな光。

 でも今日は七夕だから。

 祈りも願いも想いも、誓いに変える特別な日。


――金銀砂子。


 かつて祖先が見上げた空よりも、なお鮮明に光る星々。

 親は子供の手を。

 若者は恋人の手を。

 決してはぐれぬように大事に繋いでいる。

 星環文明を生きる人々は、大気の層越しに瞬く星を知らない――





 そうして、星々を見上げていた人々が、それぞれが願いを胸に帰路につく時間。

 今や瑞穂や北斗星環群にも留まらないカリスマとなってしまった大地は、以前のように展望台に足を運ぶこともままならない。

 大地と並ぶ瑞穂の象徴となった希倫にも似たことが言える。

 つまり……





 沖家。


 居間にある壁の大型モニターには、今日限定の環境映像である展望台外壁カメラからのリアルタイム映像が映し出されている。


 テーブルには、希倫と珍しく在宅している沖恒一が並び、向かい合わせには佐祐倫さゆりが座っている。

 今日の会の主催は、大地。

 表向きは。

 いい加減に業を煮やした希倫が食事会という態で家族に佐祐倫さゆりを紹介しろと詰め寄ったのである。


――しない場合は、もう兄ではありません。私も家を出ます。


 鋼谷家か佐祐倫さゆりの部屋に居着いて、自宅には週に1日居るかどうかの大地にとって、さほど痛くもないはずの希倫の家出宣言。

 だが、大地には効果てきめんであった。

 当の大地は、キッチンで今日のための料理を仕上げているところである。

 キッチンに引っ込んだ大地に代わって、すでに顔見知りとなって2年以上の希倫がホスト役として佐祐倫さゆりを父に紹介し、ひとまずは和やかに会話を進めていく。

 プライベートで沖家に足を踏み入れるのは初めてではないが、佐祐倫さゆりの背筋には緊張で冷や汗が伝っていた。


――えーと、彼氏の家にお呼ばれしたときの、マ……マニュアル。えーと、えーと……


 恒一からの質問や世間話に、落ち着いた風に返すのが精いっぱいで、慌てるほどに記憶の糸は佐祐倫さゆりの指先からこぼれてしまう。


 希倫にしても、恋人もおらず、当然相手方の家に招かれた経験もないので、佐祐倫さゆりの様子がおかしいことに気付けても、どこをフォローすれば良いかまで、なかなか頭が回らない。


――そうか、大地のお手伝いをしてくれているんだね。うちの愚息が迷惑をかけていませんか?


 ずっと似た話題を繰り返す恒一も家族団らんに不慣れである。

 そこへ息子の彼女?を紹介される場面で舞い上がって、年長として何か話さなければと思いつつも世間話以外を転がせず内心大わらわである。


 三者三様で、それぞれに会話をしながら会話が成立していないという、わけのわからない混沌の時間が過ぎていった。


 お待たせ。


 そこに空気を読まずに、大きめの寿司桶を手にした大地が入室してきた。


 七夕仕様ってんで、ちらし寿司の合わせ酢には少し甘酒を混ぜてみた。

 希倫もいるから、アルコールは飛ばしてあるよ。安心して。

 笹の葉を除けると見えてくる、

 錦糸卵とみじん切りの人参と小口切りにしたオクラが星っぽくない?

 しいたけの甘辛煮は……デブリ?


 デブリと聞いて恒一が飲んでいた茶を噴き出した。


 何してんだよ、とうさん。

 それで、デザートは甘酒と豆乳を合わせたババロアに、

 ブルーハワイのゼリーをトッピングして、

 カットした桜桃を散りばめてみた。


 これも、希倫の分は甘酒のアルコールを飛ばしてある。

 トッピングが黒蜜ゼリーのやつね。

 間違えて青いのを食うなよ?


 自宅に佐祐倫さゆりを招き入れるまではほかの3人同様に緊張していた大地であったが、料理を進めるうちにいつもの様子を取り戻していたのであった。


 さあ、ご賞味あれ?


 戸惑いつつもそれぞれ大地の手料理を口にする。


 どんなときでも、

 『美味しい』の声は、気持ちを一つにしてくれる――




 星合の


 今宵 かささぎ


 橋渡し


 願いの糸を


 結ぶ織姫

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