第88話「炎上」
縁上回
言の葉散らす
円状の
天翔けめぐり
夜を焦がしぬ
赤銅騎士団 格納庫。
お昼のチャイムが遠くで鳴った。
ちょうど区切りのいいところだったので、竹島は昼食を摂ることにした。
格納庫の入り口には、同じように整備班が折り畳みのテーブルや椅子を並べて食事がてら団欒しているところだった。
そこにシミュレーターでの訓練を終えた大地もやってきた。
「そこの、空いている梱包ケースを使おうか」
大地に目配せをして自分たちの場所を整え始める。
弁当を包んでいたランチョンマットを広げると、簡易テーブルと椅子の完成だ。
大地の方は久しぶりの、フクスケ配達弁当である。
おかずやおにぎりを摘まみつつ、しばらく二人で取り留めのない会話をしていた。
しかし、いつもならツッコミを入れてくるタイミングに大地の反応が良くない。
ただ軽く頷いて流したり、笑うだけだったり。
「……元気がないというか、切れがないな。疲れてるのか?」
何か悩み事があるのか、とは聞かない。
こういう態度を取る時の大地は、これまでのケースであれば悩んでいることが多かったからだ。
大地はどう返そうか考えて空を眺めて、何も思いつかず地面を眺めた。
なんかもう、迂闊に人前で話せなくなってきたね。
思った以上に直球が返ってきたので、竹島は胸を叩いて大地に親指を立てて見せた。
「気に入らないところを、一個ずつ話してみな」
狂信者騒ぎのときも、そうだったんだ。
俺と話したことも会ったこともない人たちに、言葉が届くんだ。
だから、慎重に行動しろとは
白石さんからも佐祐倫さんからも注意はされてる。
丁寧に、悪い誤解をされないように、言葉を選んだはずなんだ。
竹島は頷いて、その先を促した。
俺の言葉をきっかけに、そこら中で言い争いが始まっている。
何かを訴えかけた発言でないときにも。
挨拶代わりの冗談でさえ、
俺をよく知りもしない人たちが勝手に意味を見つけて触れ回って、
それがまた別の人たちと喧嘩の種になってんだよ。
「……また、勝手に引用されちゃったか」
これがどうやら、大半は瑞穂や北斗星環群の住民ですらないみたいでさ。
有名税とは名の売れている人が、諦めや慰めとして使う言葉である。
しかし、昨今は一般人が有名人を叩くときの免罪符あるいは有名人の存在や発言を『誰かを叩く棒』として使う場合の免罪符としての誤用が増えている。
無責任感が生み出した、非常に悪い意味での『現代の傘連判状』――
「人気の代償がこれじゃ、やってられないよな」
俺は人気者になりたかったわけじゃないよ……
知っているよ、と竹島はひらひらと手を振った。
地元ですらない星環の人々同士の揉めごとに煩わされて、大地はもう食傷気味なのである。
また、そういった人たちが実際に騎士団事務所に姿を現すことが時折起こる。
そんな場合には、赤銅騎士団はすぐに身を引いて警察や『有志・青年団』の手により平和的に退去していただいている。
先日、行政の側からもこれらの誤解を解く声明を出してほしいと要請があったのは、竹島もよく知っている。
「例の声明は、昨日、出したんだっけ?」
大地は軽く頷いた。
結局、変わらなかったのだ。
表向きは一見落ち着いた風だけど、
SNSのより深い部分に隠れて喧嘩するようにはなったみたいだけどね。
隠れた分、安心しているのか、言葉がさらに強くなっている気はするよ。
俺はどこにも関わる気はないから、そんな喧嘩を見せないでほしいんだけどね。
さらに大地が声明を出した分、喧嘩をしているSNSのアドレスや画面保存をわざわざ大地まで送りつけてくる忠犬気取りのお節介焼きが多発するようになったらしい。
ご注進ですが、と争いごとを見せられて……
俺が喜ぶとでも思っているのかね?
それとも、俺の話題だから、いちいち俺に鎮めて回れとでも?
こんなの外で散らかったゴミを集めて、
俺の部屋にわざわざブチ撒きに来てるのと変わらねえ。
味方ぶって、手を煩わせてくれるな。
俺の腕は、仕事と家族と仲間だけで一杯一杯なんだよ。
見も知らぬ誰かの面倒まで見ていられない。
仮に俺が誰かに物言いをつけているとしても、揉めているとしても、
当事者間の問題だろ?
そこに関係のない第三者が割り込んでくるなよ。
しかも、自分の都合に合わせて俺の発言の一部を切り取って、
『気に入らない』だの『間違ってる』と騒ぎ始める。
まして『どうですか、みなさん。
こんな奴、認められますか』とか、意味わかんねえ。
俺が気に食わないなら、せめて俺に注文つけろよ。
莫迦の同意をいくら集めたとして、
俺の心は、数が多いだけの多数決に流されねえんだよ。
面倒なのは、その雑なアンチ活動に賛同・相乗りする者だけでなく、自治を図ろうとした大地ファンが乗り込んで、混迷の一途と化していることだ。
どちらにも目標や目的はなく、突き詰めれば『憂さ晴らし』したいだけなので、落ち着く気配はまったくない。
「……で、お前はどうなの?」
喧嘩するのは勝手にしてろって感じかな。
俺を使って喧嘩するのも鬱陶しいことこの上ないけど、
百歩譲って勝手にしろと言ってもいい。
ただ、何の意味もない喧嘩なんか俺に見せてくるなと、声を大にして言いたい。
「星環文明って、壁一枚向こうは真空の宇宙で、
一枚の葉っぱ、コップ一杯分の空気でも貴重な財産で、
一歩間違えれば一人どころか、
住民のみんなが命を落とす危険と隣り合わせっていうけどさ……」
弁当をあらかた食べ終えた竹島は、腰を上げて、やり場のない話を締めにかかった。
「存外、暇なんだよ。
金がなくて、暇がある。
怒りって安いしね。
経費がいらない。
それで、実際に忙しい俺は、SNSでバトルしてる暇なんてないよ。
……星環維持団なんて、いつでも人員を募集してるのに。
あそこで働けば、アンチだの文句だのやってる暇なんかねえぜ。
やりがいも……あるし?」
……言葉が読めるだけで、
人の発言を読み取れない莫迦に都市の維持活動に関わらせるの、嫌だな。
「……まあ、十把一絡げにするのは避けておこう。
それこそ切り取られてどう炎上するかわかんねえ。
要は星環維持団でもお断りしたくなるような連中かもってことさ。
何にでも怒っている連中が目に入ることがやたらに多いから、
お前は気が滅入ってるんだろう。
気になってそういう連中のログを見てみたら、全方位に喧嘩を売っているよ。
つまり、標的はお前である必要なんか一つもなくて、誰でもいいんだ」
大地は天を仰いだ。
誰でもいいなら余所でやってほしいと大地は思った。
「餓鬼の要求なんか天井知らずだ。
叶えたところで感謝もしてこねえしな。
お前の言うことを聞かないやつに、お前の時間を使うことはない。
普段どおり、無視しちまいな」
とりあえず、さっさと飯を食ってしまえとの竹島の言う通り、大地はほとんど手つかずの弁当を食べ始めた。
――やった。おにぎりの具、なめろうだ。美味しい。
骨やひれから剥がしとった脂の乗った魚肉の旨味と、味噌の塩気がたまらない。
あとから来る生姜の辛みと長ネギのシャキシャキとした食感、大葉の清涼感ある香りも懐かしい記憶を刺激する。
本来の宅配メニューにはない、フクスケの心づくし。
惣菜に使った魚のアラ部分をまかないに活用した、フクスケの店員と赤銅騎士団員しか知らない味。
後味とともにフクスケの大将とおばちゃんの顔が浮かんで、大地にいつもの笑顔が戻った。
怨憎の
炎も果てて
遠情の
下る川瀬に
消える泡沫




