第87話「夜の鶴、焼け野の雉(きぎす)」
寒き夜の
霜を踏みつつ
鶴の羽の
衾のごとく
雛に掛けけり
「どうしたの、お兄ちゃん」
いつもの清潔なブラウスを身に着けた希倫が大地の肩を軽く叩いた。
どうやら、惚けていたようだ。
大地は両の頬を張った。
瑞穂の我が家に無事生還してからも、こちら側での取材が連日連夜続き、大地は疲労困憊である。
「生還って……
まあ、試合は命がけだし、
星環連絡バスだって100パーセント安全でもないから、
そりゃ間違ってないとは思うけど……
それでも、大袈裟過ぎない?」
希倫が注いだ、蜂蜜たっぷりの紅茶をぐびっと呷る大地。
言いたいことはたくさんあるはずだが、うまく言葉になって口から出てこない。
……大歓迎されたんだよ。
「そう。それは良かった」
ほら、伝わらない。
まさか、対戦相手の白波十三郎が俺の大ファンで。
赤星騎士団の面々までも俺の大ファンで。
馳衒(居住星環)中が俺の大ファンで。
農林大臣が直々にサラダを振る舞って回ってて。
だからたぶん、蒼都星環群に俺のファンが大勢いて。
観戦施設をメイン会場に2万人どころじゃない参加者の祝勝会が開催されて。
大観衆が大地の名を合唱しながら何度も何度も乾杯を……
誰が信じるんだ?
とにかく、敵地で憎まれ役のはずの大地が星環群を挙げての大歓待を受けたのである。
……何でだ?
再びスイッチの切れた大地を置き去りにして、希倫は仕事があるからと告げて『魔法のパン屋』に出勤してしまった。
少し正気を取り戻した大地は、馳衒(居住星環)で経験した世にも奇妙な物語を、世にも奇妙な大野間に報告してみた。
『へえ、そんな大歓待だったの?
僕のときとずいぶん違うな。
やっぱり、大地くんは人気があるんだね』
大歓待っても、まあ飯と酒は上等だったが、
酌というか接客が白波……男だったしな。
『白波ちゃん?
嘘だー。
あの娘、芸名こそ男みたいだけど、正真正銘の女の子だよ?
雪月花って、あんな子のことをいうんだろうね。
ところで大地くん……
白波ちゃんも精一杯おもてなしてたのに、男扱いするとか可哀想だよ』
なぜか大野間に窘められている大地。
また、おかしな方向を向いてきたな。
あー、確かに美少女然とはしていたぞ?
だけど、腕にあたる感触……
ガッチガチの筋肉だったぞ。
それに逃げようともがいても、掴まれた腕がびくともしねえの。
星環騎士艇に握られてるのかと思ったわ。
間違いなく、男だよ。
『そりゃあ、白波ちゃんって、実家が代々空手家で、
しかも地球から続く文化を決して絶やしてはならじって
ゴリゴリの本格派だった、かな?
本人の腕前も……何段だっけ、
師範代ってくらいだから四段とか五段とかその辺らしいよ。
六段以上は社会貢献とか名誉職っぽいから、
実質、人類カテゴリー内では最強の部類だよ』
あの見た目でか。
……いや、ゴリラ並みの怪力で逃がしてくれなかったっけな。
今思えば、あの梯子の件でへそ曲げられたままだったら、俺の命って危うかったのかも。
『命が危ういって……
一体、何をして怒らせたのさ。
あんな素敵でクールな可愛い子をさ。
僕なんて真面目にデートに誘っても、うまく躱されてさ。
あー、羨ましいなあ。僕ももっと強くならなきゃ』
一応、確認するぞ。
大野間、お前は男で、好みは異性。この認識で合ってるんだよな?
いや、別にお前がホモでもゲイでもオカマでも、
男の娘が大好きな趣味の偏ったヲタクでも、
付き合い方は……若干の距離感は変わるかもだが、変わらんぞ。
『永遠の友情の誓いに感謝を……
ところで何を気にかけているかはわからないけど、
僕は間違いなく男性で、
人生のパートナーとしてなら女性が大好きだよ。
だから白波ちゃんが……』
よし、白波の部分は無視を決め込む。
ただでさえ、状況が訳が分からんのに、
白波の性別まで大野間のせいでややこしく……
芸名って、言ったか?
『芸名?
ああ、白波は家名というか本名なんだけど、
十三郎の方は襲名制らしいんだよ。
初代は、騎士団の名称にもなった赤星十三郎。
実は星環騎士戦歴史上で最初の年間王者でもあるんだ。
残念なことに総合優勝を逃しているし
その後の年間王者は僅差で獲れなかったようだけど、
実は、初代からして凄い系譜なんだよ?
白波ちゃんで十三代目?だっけか。
その時代の、これぞという天才児に受け継がれていくんだってさ。
なんていうか……
人の連なりというか、歴史の深みを感じるよね』
……一気に情報が濃くなったな。
星環騎士戦の歴史が200年超だから、一代あたりが20年前後で次代に襲名か。
本当に歌舞伎の世界みたいだな。
『白波ちゃんは8歳のときに、
空手13歳未満クラスの星環群連合チャンピオンに昇りつめて、
天才美少女空手選手ってんで目立ってたから、
赤星騎士団だけじゃなくて、
現地の騎士運まで乗り出して、
三顧の礼までして星環騎士にスカウトしたみたいだよ』
おいおい、それなら普通に空手を続けさせてやれよ。
4歳上まで相手にしてチャンピオンって相当じゃないか。
『何言ってんのさ。
そりゃあ、空手一本でご飯が食べられるなら苦労もないさ。
白波ちゃんは実家の空手流派が抱えていた三代分の負債を、
星環騎士の稼ぎで返済し終えたところなんだから。
本当に健気な孝行娘なんだよ?』
これはまた、えらい大河ドラマだな。
それにしても、大野間……
白波十三郎について、とんでもなく詳しいじゃないか。
『もちろんさ。
愛するものをよく知りたい。
正しく理解したい。
こんなこと、人として当然のことじゃないか』
つまり普通に異性は大好きだが……
白波は美形すぎるんで、それとは別枠で大、大、大好きってことか。
マジで大物だろ、大野間。
あー、あー、あれれ。
また、でんぱがおかしいや。
でぶりがたくさん、とおっているのかも。
とおくの、おおきなこおりのうえを、
おおくのおおかみが、とおずつとおった。
こりゃ、だめだあ。
……切るぞ。
生き止まり
野辺の草葉に
母衣鳴らし
寄せては惜しむ
焼け野の雉よ




