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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第八章 震源の鳴動、露出する断層
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第86話「前門の梅、後門の桜」

 盃をもて

 さあ打ち鳴らせよ


 さあ飲めよ 飲めよ

 歌え もろびと


 祝いの盃

 なつかしい

 昔のなじみ

 心の盃を



 飲めよ 歌えよ

 若き春の日のために


 飲めよ 歌えよ

 御覧なさる神のために


 飲めよ 歌えよ

 わが命のために


 飲めよ 歌えよ

 わが愛のために




蒼都あおと星環群、馳衒はせでら(居住星環)】


 観戦施設アリーナ


 とうに試合は終わった。


 地元の英雄は、強くてずるい昨年度王者チャンピオンに惜敗した。


 だが、誰も引き上げない。


 憂さ晴らしの残念会は、開かれない。





 関係者席。


 まだ席を立たないでください、と運営からやんわりお願いされた赤銅騎士団関係者。

 マネージャーの白石美月、オペレーターエリアから引き揚げてきた鋼谷と滋野が並んで座っている。

 そこに花を摘みに席を外していた佐祐倫さゆりが戻ってきた。


「……ついでに、施設周りを窺ってきたんですけど」


 試合前とは比較にならないくらいに、とんでもない数の群衆がぐるりと取り囲んでいるということだ。

 確かにこの状況で、自分たち赤銅騎士団が施設を離れるのは難しそうだ。

 ただ、暴徒というわけでもなさそうだった。

 危険な雰囲気ではなかった。

 だが、大人しいわけでもない。

 一番似た雰囲気は何かといえば……


「お祭り? とにかく、やけに陽気な印象でした」


 一体全体、何が起こっているのか。

 佐祐倫さゆりや鋼谷が昨年度に馳衒はせでらを訪れたときは、このような空気ではなかった記憶はある。

 その場にいる赤銅騎士団員たちが雁首を揃えて、どうやってホテルに戻るかを相談していると、運営と、対戦相手だった赤星騎士団の代表が現れたのだった。


「大変ご迷惑をおかけしております。

 本来であれば、

 皆さまを無事に宿泊先まで送り届けさせていただくのが礼儀かと存じます。

 ……ただ、無礼を承知でお願いしたい儀がございまして……」


 一向に帰ろうとしない観客たちのことだろうか。

 それとも表の群衆に関係したことだろうか。


「お察しのとおりでございます。

 昨年度はそのまま観戦会場からお帰りいただいたところですが、

 実はそのことで、今もずいぶん責められておりまして」


 本当に何があったのだろう。


「これより、沖大地さまの勝利を……

 馳衒はせでらに集いながら、

 観戦施設アリーナに入りきれなかった者たちも

 一緒にお祝いしたいのでございます。

 つきましては主賓として、沖大地さまはもちろん、

 赤銅騎士団の方々にも、この祝勝会にご参加願いたく……」


 赤銅騎士団の面々に深く頭を下げる運営と対戦相手だった赤星騎士団の代表。

 そこにもう一人やってくる。

 蒼都あおと星環群の農林大臣、彼は馳衒はせでらの出身でもある。


「酒と肴は任せてほしい。

 一緒に持ってきた。

 今日は蒼都あおと星環群の奢り……」


 その農林大臣が発する熱がただごとでない。

 すでに観戦施設アリーナ外では群衆が酒と肴を取り分けては全体に行きわたるようにリレーで回しており、その波は観戦施設アリーナ内の観客にも届き始めていた。


「この祝勝会をもって、兄弟分の契りとしたい……

 え? まだ全部説明してなかったの?」


 赤銅騎士団一行の席と料理と酒は、すでに観戦施設アリーナ内のレストランで準備完了とのこと。

 対戦相手に段取りされていた大地の祝勝会。

 これに参加を了承したのかしなかったのか。

 饗応する料理のうち、サラダは農林大臣自ら材料を吟味し、第一陣は手づから作ったものだ。

 口にしないうちは返しませんよ、と冗談めかして揉み手をする農林大臣だった。

 場の空気に呑まれて、関係者席にいた赤銅騎士団の面々はレストランへの案内を受け入れてしまった。

 合図とともにやってきた係員に誘導を任せ、農林大臣は恍惚とした表情を浮かべて天に両の手を掲げた。


「北斗、とりわけ瑞穂の料理については素晴らしいとの評判は耳にしております。

 ただ馳衒はせでらの料理、酒とて、

 皆さまを満足させられる水準であると、誇りにしておりますよ」





 観戦施設アリーナ内のレストラン『破魔松』。


 車では近づくこともままならないから。


 そう言われて、ヘリコプターで観戦施設アリーナまで連れてこられた大地だった。

 試合を終え、馳衒はせでら(居住星環)の気圧室を抜けた直後、護衛ですと二十人ほどのごついガードマンたちに全方位を囲まれて、疲れていた大地はただ面倒に感じて身を任せていた。


 なんで、君らが俺の祝勝会を開催してるの?


 むしろ俺や赤銅騎士団の面々より大はしゃぎしてないか?


 ときどきテレビレポーターとカメラマンがやってきては簡単な質問を投げかけてくる。

 瑞穂以上に浮足立った報道関係者の様子に、大地はうんざりし始めていた。

 しかし、逃げられない。

 観戦施設アリーナ内外に群衆が詰めかけているからではない。


 大地の右の席。

 白波十三郎しらなみ・とみお


 数時間前までは敵同士だったのに、席をぴったりと大地の席にくっつけて。


「ご希望の料理は、ありますか?

 切り分けてお口まで運びます。

 こちらになければ、運ばせますので、

 どうぞ、お気軽にお申し付けください」


 ……などと嬉しそうに言ってきたのだ。

 大地の右腕にこれでもかと自分の腕を絡めて。


 でも、白波くん。

 一応、確認するけど、男だよね?

 今ここにいるの、双子の姉妹じゃないよね?


「そんな不遜なことはありえません。

 僕自ら、給仕するのが礼節と心得ております。

 それに、もしもこの役を僕から奪おうとする不逞の輩がいれば、

 『星突誉ほしづきよ』に乗るまでもなく

 空手師範代として弟子たちに恥じぬよう、

 徹底的に、そう徹底的に排除してみせます」


 うん、男だね。

 なりは小柄で、

 巫女さんみたいな私服で、

 見た目は完全に超のつく美少女なんだけど、

 腕の力が凄え強い。

 そして、柔らかいものも、当たってない……


 大地は何度か腕を引き抜こうと試みてはいるが、星環の構造柱でも相手にしているように、まるでびくともしない。

 それでも絡められた腕に痛みを感じないのが不思議である。


「『十三番目の終焉』の異名を持つ、沖大地さん。

 そして僕は十三郎と書いて十三郎とみお

 何か、運命のケブラーで繋がっているのを感じます」


 『十三番目の終焉』?

 確かあれって……

 タロットの大アルカナの『死神』をもじった悪口じゃねえか。

 ……ふざけんなよ。


「それにしても、感動しました。

 まさか、あの兵装が僕専用……

 僕のことだけを考えて準備されたものだったなんて。

 感無量です。

 知っていれば、今日の試合で命が尽きても、悔いはなかった。

 ああ、なぜ僕は、

 貴方あなたの手にかかって彼岸に渡らなかったのか……」


 俺を凶状持ちにしようってか?


 違うと言っても、聞く耳を持ちゃしない。


 確かに白波の名乗りが歌舞伎の『白浪五人男』モチーフだったから、

『だってお前、盗賊気取りなんだろ?

 捕り物なら、俺の方は縄か刺股さすまた梯子はしごじゃん』

 とは言いましたよ。


 それが、どうして『お前のために考えてきた』になるんだよ。


 実のところ、大地が身動きできないのは、白波が離そうとしないだけではない。

 反対側の左の腕には、身を寄せてしなだれかかっている佐祐倫さゆりがいるからだ。

 嫉妬剥き出しではなく、甘え上手で勝負だと言わんばかりに。


 ……対抗心は、剥き出しだったね。


 別に良いんだけどさ。

 壊れた機械みたいに、延々とチョコデザートを俺の口に運ぶのは勘弁してください。


 お口直しにサラダはいかがですか、と連呼する農林大臣が、サラダボウルを担いで大地たちの横を通り過ぎていく。





 赤銅騎士団が馳衒はせでらで滞在しているホテル。


 大地が眠る大部屋。


 夢は、記憶を整理することもあるのだという。





 真夜中。


「お兄ちゃん、寒いよ……」


 自分の分の毛布を掛けてやっても、希礼は震えて寒さを訴えるばかり。


 一体、何が起きたのか――





 何か、音がしていたのかもしれない。

 そのとき僕の目が覚めたのは、真夜中だった。

 まだ小さい希倫に起こされたのだろうか。

 末の妹、希倫は僕の傍でぐっすり寝ていた。


 もう一人の姿がない。

 希礼はたぶん、催して目が覚めて、トイレにでも行ったのだろう。

 照明スイッチに手が届かない下の妹と違って、希礼は暗くなっても、もう一人でトイレに行ける。

 その小さい希倫を起こさないように、音をたてないように寝床を抜け出した。

 灯りも点けずに、そっと。

 もし用を足しているなら、黙って自分のとこに戻るだけだ。


 トイレに灯りは点いていない。


 まさか、腹が減って非常食を漁っているのか。


 このところ、ずいぶんと食い意地の張っている希礼。

 ともすれば食べ盛りの自分よりも欲しがって。

 兄の自分にねだればいいものを、昨夜も小さい方から横取りしようとするので、つい手が出てしまった。


 ……殴るのは、よくない。


 まだ小さい希倫も、そう思ったのだろう。

 パンを奪われかけたくせに、希礼と一緒に大地に飛びかかってきたのだ。


 食料庫を確かめてみると、非常食をしまい込んだ棚の扉は閉まったままだった。

 開けてみて、中身は……暗くて見えない。


 それにしても、こんな真夜中に希礼はどこに行ってしまったのか。





 倒れていたのは玄関だった。

 なぜ声も出せなかったのか。

 慌てて、音がするのも構わず寝床に戻って二人分の毛布を引っ掴み、玄関で震えるばかりの妹に覆いかぶせた。

 上から何度もこすってやる。


「寒いよ……」


 暖かさを感じて、ようやく声が出せるようになったのか。

 毛布の中に手を入れてやると、そこには氷のように冷たい肌。





 希礼はその前日に学校で初めての満点をとった。

 兄に褒めてもらって嬉しくて。

 はしゃぎすぎてお腹が空いて。

 兄の分を貰ってもお腹が空いて。

 妹の分まで取ろうとして。

 兄に殴られて。

 ふてくされていつもより早く寝て。

 夜中に物音がして目が覚めて。

 いつの間にか母が帰宅していて。

 母は誰かと電話していて。

 テストの満点を自慢したくて。

 母はしこたま酔っていて。

 希礼は母に褒めてほしくて。

 母はじゃれてくる希礼を個人端末を握った手で。

 母はそのまま出かけてしまって。

 倒れた際に打ち所が悪くて。


 それらは大地の知らない時間。



 目の前で冷たくなっていく希礼。

 やがて寒いとも言わなくなっていく妹。

 誰かの助けを呼ぶことさえ思いつかなくて。





 これは大地の記憶に残らない夢。

 過去の体験を、ただ脳が整理しただけのこと。

 目覚めとともに、この夢はいつものように泡と消え去る。


 繰り返される再現。

 繰り返される消去。


 それこそが生きている証。

 それは全てを流し去り、新しい朝を迎えるための安全装置。

 それは心が健やかであることの証明でもある……




 忘れてしまって

 私のことは


 憶えていてね

 私のことを

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