第84話「先人の苦闘と挑戦」
風雪に
耐えし苦難は
雄々しくも
知恵を絵筆に
今にぞ残す
【北斗星環群、和刻(工業星環)】
大網道具博物館。
漁具、大工道具、運搬具、調理器具などの生活道具を展示している博物館。
土地が余り気味の和刻ならではの沖アリーナクラスの、2万人収容可能なスペースを活用して、昔の匠の技と心を伝える様々な展覧会や講演会が行われることもある。
北斗の文化と技術体系の歴史を可視化することで、住民への社会教育や生涯学習の場として位置づけられている。
大網商事の肝入りで昨年設置されたばかりの施設だ。
大口寄付と賛助会員に『風鈴寺弾』とあるのはご愛敬だ。
平日の午前の時間帯。
大網商事の得意とする、『漁具の歴史』をテーマにした区画。
社会見学なのか、ときどき小学生の集団が教諭らしき大人と案内の学芸員に引率されながら忙しく通り過ぎるほか、大地と佐祐倫以外の来館者はほとんど見かけない。
「オーナーは、北斗の『教育』に目を向けているみたいね」
……目覚めちゃったのかな?
数秒思案して、なんとか言葉を選んだ大地。
佐祐倫は小首を傾けて、やがて首を横に振った。
「都並オーナーは確かに商売、お金が大好きよ。
でも、瑞穂や北斗への愛情が根っこにあるのも本当だと思うわ。
わかりにくいけど。
で、こういう社会教育や生涯学習の施設って、
短期的には全くの赤字でしかなくて。
それこそ『目覚めた』のかな、って感じちゃうのもわかるわ。
でも、さっきも通り過ぎていった子どもたちが、
そのまた次の子どもたちが、
『私たちより、その先』へ進む足がかりになるものがあれば、
将来の顧客という集団が経済的にも強くなっていくことを期待できる……」
実のところ、この道具博物館の広すぎる敷地は、近い将来に赤銅騎士団が主導するとされる北斗の騎士育成プロジェクトに供与される見通しである。
まだまだ、絵に描いたスコーンではあるのだが。
……北斗の人が、『その先』を考えるための土台を作ろうってことかな?
未来において今よりもたくさん物を買ってもらうことを狙って、北斗住民全体が高収入になるようになってほしいための先行投資、と即物的な感想が出ると予想していた佐祐倫は驚いた。
そりゃあね。
最近になって、変な集団に勝手に祀り上げられている気持ち悪さも味わっているから。
拳を振り上げるのも、時には必要だけど、壊すことが先行してしまったら、それは戦争しているのと変わらない。
俺たちは……宇宙に出た人たちの末裔である俺たちは、地球に捨ててきた人たちがいるのに戦争なんかで資源や人を無駄にしちゃ、味が悪いんだ。
彼らを見捨てた祖先と似たことをしていては、味が悪い……
個人主義や現実主義が先に立つ大地であるが、時々このような情熱的な一面を見せることがある。
それはそうと、この釣り竿って面白いね。
もちろん、この釣り竿に限らず、地球時代の遺物はどの星環にも存在しない。
文献を基に、できる限り再現された複製品である。
投網とかはさ、自分でも似たものを使うからすんなり腑に落ちるんだけど、餌で引き寄せて針で捕まえるって、白石さんみたい。
……そういや、最近は、なくなったな。
佐祐倫はなるべく顔色に出さないようにしつつ、大地の腕に絡めた自分の腕に力を込めた。
ねえ、佐祐倫さん……
俺に合わせて、無理に屈まなくていいよ。
その姿勢、しんどいでしょ?
しかし、大地の方は背の高い佐祐倫に中腰が辛くてしがみついているのかと揶揄する始末である。
大地の、この察しの良さと察しの悪さ。
ここでいちいち腹を立てても仕方がない、と佐祐倫は傍目にはわからないように小さくため息をついた。
大地は様々な種類の釣り竿のほか、疑似餌やタモ、銛や手鉤、タコ壺、延縄や引き縄、集魚灯など、瑞穂の養殖場ではまず見かけることのない漁具を目にして心躍っているようだった。
この様子を見て、次の『大工道具の歴史』の区画でも目を輝かせる大地が目に浮かぶ佐祐倫だった。
――訓練の合間の気分転換だったけど、
大地くんが楽しそうなら、これは成功でいいわよね……
佐祐倫はふと、先ほど通り過ぎた小学生の集団を引率する教諭の姿を思い浮かべて苦笑した。
承知工業 事務所。
設計システムを立ち上げた端末を前に、承福鉄平は頭を抱えていた。
お昼過ぎ、シミュレーターの再調整を終えたタイミングで大地が戻ってきたのだが、風車の紋が入った銛をかたどったお土産のクッキーを渡しながら、新兵装の設計と見積を依頼されたのだ。
新兵装とは名ばかりの、星環騎士艇に合わせた大きさの、日用品……
一応、運用方法をかいつまんで説明はされたものの、それを星環騎士戦に持ち込もうとする大地の発想は、風鈴寺博士とは別ベクトルで頭がぶっ飛んでいる。
とりあえず、シミュレーターで使えるように、CADで設計し、モデルデータを突貫で作成し、訓練に使えるように、これまた突貫で入力したのがつい先ほどのことである。
実機に合わせたサイズのソレを作るにしても、費用も日数も本来の兵装より負担は軽いはずで、それがまだ救い?なのか。
そうして、鉄平は身も心も疲れ切ってテーブルに突っ伏したのだった。
「どうした、鉄平?」
そこに大事な商取引から戻ってきた伯父、社長の承福裕次朗に声をかけられた。
鉄平は顔を少しだけ上げ、端末の画面を指さした。
甥っ子とはいえ社内で社長相手に見過ごしていい態度ではない。
しかし、鉄平の目のクマを見て取った裕次朗は、大袈裟にため息をつくと自分のホットマスクを差し出した。
それにしても、鉄平は何を見せたいのだろうか。
鉄平が指さした画面に映し出されている、鉄平が仮設計したものは、裕次朗にも非常に見慣れた……
荒潮の怒濤に挑む
海人の
打ちし銛には
風車の紋




