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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第八章 震源の鳴動、露出する断層
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幕間「趣味、探求」

 剣だけが武器ではない


 脳細胞の閃き 知の火花


 なにより飽くなき探求心




北斗ほくと星環群、和刻わこく(工業星環)】


 承知工業 工房。


 赤銅騎士団に入団した附子島ぶすしまがCU955Sシリーズの設計思想や構造について学ぶため、承知工業の承福鉄平のもとを訪れていたときのこと。


「単純な疑問なのだが……」


 本来であればここにいるはずのない風鈴寺博士。

 だが、『赤銅驥しゃくどうきぜろ』開封以降は月に何度かは当たり前のように、ここにいる。

 直に風鈴寺博士を見るのが初めてだった附子島ぶすしまは戸惑った。

 まだ互いに自己紹介すらしていないのだが、そんなことに構う風鈴寺博士ではない。


「翠シリーズが『加速』『最高速度』を売りにしながら、

 『吶喊』までも売りにしていただろう」


 あまりに自然に、そのくせグイグイくるので、附子島ぶすしまはそうですね、と返してしまう。


「吶喊を売りにするのであれば、まずは頑丈さを考える……

 合っているかな?」


 問われて、つい頷いてしまう附子島ぶすしま

 これから何が始まるかがわかった鉄平は苦い顔をした。


 ――思い切り企業秘密の分野に踏み込む気だ、これ。


「コーヒー、入れてきます。

 ……附子島ぶすしまさんのお代わりもね」


 君子危うきに冠を正さず、とばかりに鉄平はそそくさと避難した。


「単に頑丈にしてしまうと、一般的には質量が増加する。

 そうすると、その増えた質量を運ぶ燃料はその分だけいるじゃろ?

 そしてその増えた燃料の質量分を運ぶ燃料を加えると指数関数的に増える」


 当たり障りのない内容なので、附子島ぶすしまはただ頷く。


「一方で、速度を倍に上げるために燃料は、上げる分の二乗が必要になるのよな。

 こうなると、この二つの課題をどう解決しているのか。仮説はあるのじゃが」


 退職したとはいえ、そろそろ企業秘密に抵触する部分である。

 正しくはこの時点で、附子島ぶすしまは会話を切るべきであった。

 しかし、風鈴寺博士の仮説を聞いてみたくもあった。


「楯吶喊も得意とするのであるから、当然楯の方も仕掛けがあると睨んでおるが、

 とにかく騎士艇本体じゃな……まず外装。」


 風鈴寺博士は両手で小さめのバランスボールくらいの球をなぞる動きをした。


「これは、普通に硬い材質。

 かつ軽量化を図るためには交換前提の細かいシェル構造。

 先に部分的に潰れることで全体の深刻な破砕を遅らせる」


 附子島ぶすしまは驚きを表情に出さないように抑え込んだ。


 ――これぐらいなら騎士艇の装甲だけの話じゃない。


 ――建築でも軽量化を図るうえでは検討される選択肢だ。


 続いて、風鈴寺博士はサッカーボールくらいの球をなぞる動きをした。


「当然だが、先の硬い外装のみで吶喊による衝撃の反作用をゼロにはできない。

 フレームの手前、つまり外装内側の部分、ここは柔らかい材質。

 これで全身に散らしていく」


 つい頷いてしまう附子島ぶすしま

 この複合構造もまた、材質や配分は別として、いくらでも前例があるものだ。

 ここで風鈴寺博士は首を振った。

 これでは足りんよな、と言いながらバスケットボールくらいの球をなぞる動きをした。


「全身に衝撃を散らせるには、これでは『遅すぎる』。

 中間層に、流体があるだろう?」


 そうです、と返事しかけた附子島ぶすしまは手で口を覆った。

 だが、答えたも同然だった。


「衝撃分散だけなら、液体が理想だ。

 星環の構造弱点がまさにそうだし、釣瓶の惨劇はそうして発生した。

 しかし液体では通常機動でも箱の中を移動するために、

 管理も運用も難しい。没だ」


 風鈴寺博士の顔に笑みが浮かぶ。

 空気は読まない行動を取る風鈴寺博士だが、読めるのだ。


「では、衝撃を受けたときに硬化する剪断増粘ダイラタント流体?

 非常に優秀だが、メンテナンスし辛い。……保留だ」


 附子島ぶすしまは『興味がない』ことにしてこの危険な会話を打ち切りたかったが、不思議な魔力で風鈴寺博士から目を離せない。


「ゲル物質は、どうか?」


 形状が安定しており、セルで区画化しやすく交換・パッチ修理が比較的容易い。

 つまり状態管理がしやすい。整備する側としてはここが最適解……


「だが、ことは騎士戦の勝敗のみならず星環騎士の生存性にも関わる。

 まだ先がある……」


 いつの間にか風鈴寺博士が附子島ぶすしまのすぐ近くまで近づいていた。

 鼻と鼻が触れんばかりに。


「外装中間に相応しいのは、

 セルで区画化された剪断増粘ダイラタント流体の層、

 つまり、『ダイラタントカートリッジ』ではないか?」


 附子島ぶすしまは冷や汗が止まらなかった。

 風鈴寺博士は凍り付いた附子島ぶすしまから身を引いて、肩に手を置いて優しくポンポンと叩いた。


「答えなくても、いい。

 素材とか配合とか、さらに工夫はあるだろうが、言えないこともあろう。

 それは、自分でやるから……別に、いいよ。

 出来ることがわかっているから、

 人類未到達テラインコグニタじゃないのは、気に入らないけどね」


 大地くんの数式に合う機能でもないけど、とりあえず適当に作ってみようかと風鈴寺博士はそう言うとどこかへ去っていった。

 鉄平が3人分のコーヒーを携えて戻ってきたのは、そのすぐ後である。





北斗ほくと星環群、瑞穂みずほ(居住星環)】


 鋼谷宅 台所。


 小豆、枝豆、大豆、ヒマワリの種。

 全力はるよし賁星ぶんしで手に入る材料を使ってチョコレートの再現を試みてきた。

 まずはノーマルチョコレート。

 そして、先日味わったチョコレートコース料理。


 豆を煎ることでそれっぽい風味までは再現できた。


 だが、圧倒的に味が違う。


「だめだ、カカオを使わずにあの味が出せない……」


 本当に研究してるんだ。


 ……チョコ研究とコース料理をダシに希倫をデートに誘いだした件は、

   まあ勘弁してやるか。


 ――当面の間はな。


 んー、美味しいかどうかって、大抵は塩か油脂だよね……

 スープなんてこの二つをぶち込んだら、とりあえず料理にはなるもんだし。


 味に足りないのはココアバターに相当する油脂分じゃないかなという直観が大地の脳裏に浮かんだが、頭を抱える全力はるよしには声をかけず、居間に引き返した。




 附子島ぶすしま「何なの、あの人……」


 鉄平「……風鈴寺博士です」


 それ以外に表現しようがないのであった。

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