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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第八章 震源の鳴動、露出する断層
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第81話「余震――なかったはずの自由」

 鼻をくすぐる淡い湯気

 君が手招きしてくれたから


 火加減は?

 塩加減は?

 まだ不器用な私の手つき


 鍋の中身を分け合って

 笑い合える未来がここにある





平柱べいちょう星環群、紫若しじゃく(居住星環)】


 不知火騎士団 訓練施設内。


 分析室に入ってきた大野間が家から持参したクーラーボックスをテーブルの上にドカリと置いた。

 大野間はクーラーボックスのふたを開けて、ついでに両手を大きく広げた。


「じゃーん。今日のまかないは、ばくだんおにぎりです。召し上がれ~」


 まかないは、飲食店が従業員やスタッフのために余った食材を利用して作る食事のことなのだが……そこをつついたところで飯の種類や味が変わるわけでもなく。

 もう、昼時か、とスタッフはばくだんおにぎりに群がった。

 慣れたものである。

 このところ、大野間は大地の影響を受けて、家で料理を作るようになった。

 米すら研いだことのなかった大野間だったが、ある程度をこなせるようになってくると悪い虫が動き始めたのだった。


『みんなにも、食べてほしいな』


 とはいえ、大野間の初心者料理は、味はともかく見た目がまだまだ整わない。

 どうしたものかと大親友の大地に相談したところ、


『……味がまあまあなら、おにぎりの具にしてしまえ。

 俵型でも三角でも丸でも、おにぎりの形ぐらいならどうにかできるだろ。

 ていうか、おにぎりをまともに握られないくらいなら、人に出すな』


 どちらかといえば、やめておけというアドバイスだったのだが、大野間は素直にわかったー、とおにぎりを持参するようになったのだった。

 料理下手な独身男性にありがちな濃い目の味付けの具材であることが功を奏して、この大野間おにぎりシリーズが意外にも騎士団スタッフに受け入れられ、なかなかの好評を博している。

 こうなるとまたも大野間の悪い虫が動き始める。

 そんなわけで今日は、ばくだんおにぎり。

 ラーメン鉢くらいのお米に、フィッシュフレークフライ、潰した煮抜き、刻んだ漬物、炒り卵、バイ貝の甘辛煮など、ふんだんかつ適当に詰め込んで、玉型に強引に握り込んだボリューム満点のおにぎり。

 海苔で覆ったさまは、まさにお手本通りの爆弾であった。

 お腹を空かせたスタッフは、食べにくい形も何のその。


「うまいよ、これ。

 大野間くん、騎士戦で勝てるようになってから、

 料理もうまくなってるじゃないか」


 顎をフル回転させてもりもり食らっていく。

 あははと照れ笑いしつつ、大野間も自信作をかっ食らう。


 具材が玉の中心にないのはご愛敬。

 具材の量も一様じゃないけど、そんなのどうでもいいのだ。


 そこへ模擬戦闘を終えた炎城志朗が入室してきた。

 礼文慎同様に炎城もまた、騎士運から受けた試合出場停止処分期間と同じだけ不知火騎士団から謹慎を言い渡されているのだが、本人曰く『訓練施設内から一歩も出ない。星環騎士は軍人ではないが、軍隊なら謹慎はそういうものではないか?』という詭弁を弄して、しれっと鍛え放題の日々を満喫している。


「今日もまかない有りか。助かるよ、大野間くん」


 大野間はばくだんおにぎりに齧りつくのをいったん止めて、どうぞとまだたくさんおにぎりの入ったクーラーボックスを手で示した。

 蓋を開けた炎城は、その大きさに一瞬戸惑ったが、苦笑しながらそのうちの一つを両手で掴み上げた。

 炎城が改めて分析室のスタッフの様子を窺うと、みな食事マナーなどお構いなしにワイルドに齧りついている。

 若かった頃を思い出し、炎城も負けじと荒々しく齧りついた。


「今日のも、うまいな」


 ばくだんおにぎりで両手と口が塞がった大野間はただの人である。


「僕の大親友、大地くんがですね、料理作るのが上手らしくて……」


 話しにくかったらしく、一度区切って口内のおにぎりを飲み込む大野間。


「大地くん、連勝が途切れたすぐ後に、

 鋼谷さんをアドバイザーに迎え入れていたじゃないですか。

 それ以降、連勝続き。

 それでね、僕、聞いたんですよ。

 鋼谷さんから、何を教わったのって」


 炎城は首を少しだけ傾げた。


 現役の星環騎士が、同じリーグの星環騎士に、

 そのアドバイザーから教わっていることを訊ねるだと?


 炎城は正気を疑いかけたが、相手が大野間であることを思い出した。


「鋼谷さん、玄人はだしの料理の腕前で、

 ほとんど泊まり込みで教わってるらしいんですよ。

 今じゃ、鋼谷さんの息子さんも加わって、

 これも相当な料理上手らしくて、

 お互いに切磋琢磨して、

 最近では秘書の、あの元モデルさんも輪に入ったらしくて、

 これってきっと、星環騎士戦にも繋がっていると思うんです」


 炎城は大野間の言い分を分析しようとして、止めた。

 なるほど、とだけ呟いて飯に集中することにした。


 さっぱり、わからない。

 だが、しょうがない。

 大野間は、悪くない。

 大野間の言うことを理解しようとする方が、悪いのだ。


 ただ、大野間の語る道筋が意味不明でも、このばくだんおにぎりは間違いなく美味しい。

 普段は挙動までもが騒がしい大野間でさえ、大人しく食べているほどに。





望澪もりの星環群、伏露ふくろ(居住星環)】


 集合住宅地区。


 薄暗い部屋。

 適当に座り込んでいる10人は下らない。

 それぞれの手には安酒。

 することもないので、呑むしかない人々。


「……俺たちの高瀬も、杉原も、もういない」


 貧困層を長らく支えてきた希望が、完全に消えたのだ。


「なけなしの蓄えも、あれに突っ込んでしまったし、本当にオケラだ」


 大統領さえ望澪もりのから選出できればと願って。


「……高瀬は、どこに消えてしまったのか」


 まるで消息が掴めない。

 宇宙にでも消えたかのように。


「杉原を、責める気にもなれない」


 爆発事故の影響で、杉原は命は助かったものの手足に麻痺が残っているらしく、それでも日常生活に戻るためにリハビリに励んでいるという。


 命がけで俺たちを背負って戦った勇者を、責めたくはない。


「沖の言う自由は、俺たちに本当にあるのか?」


 振り返れば沖が奪ったような高瀬と杉原。

 だが、大地はいち早く杉原を救助してくれた恩人でもある。

 そして、事故の直後に大地の放った言葉が、無性に胸の奥に浸み込む。

 無視など、できなかった。


「……保障された自由なんかない。

 沖も、自由を守る、そう言った」


 発信者の大地がここにいないからこそ、その言葉は一人歩きする。


「自由は、守るもの……」


 文脈がない場所での、英雄が語る言葉の解釈。


「運命づけられた勝利はあっても、

 約束された勝利がないように……

 自由だって、俺たちに運命づけられていても、

 約束された自由などありはしないんだ」


 そして、勝手に言葉が組み合わされる。

 さらに、勝手に思想に組み立てられる。


「戦えば、負ける」


 自分たちには、力がない。


「でも、戦わなければ、先に進めない。

 何も変えられない」


 同じく貧困層出身の沖大地がお手本じゃないか。

 戦って、勝てることもあるのだと。

 自由を、手にできるのだと。


 なかったはずの自由を、思い出した彼ら。


 望澪もりの以外の星環群でも――





北斗ほくと星環群、瑞穂みずほ(居住星環)】


 大野間は自分が作った料理を近況報告と一緒にWEBログに載せている。

 これが大野間ファンの間で大人気となり、星環騎士戦に興味のない層まで引き込んで、『3歳でも大丈夫、簡単ごはん』として大流行の兆しを見せていた。





 沖家。


「酷いよねー。

 一生懸命作っているのに、『簡単ごはん』とかさー。

 いや、みんなが喜んでいるのは、嬉しいんだよ?」


 相変わらず画面にまともに映る気のない大野間に、やる気のない返事を返す大地。


 三日と開けずに大地に連絡をしてくるが、大野間こいつ、星環騎士同士で、そういうことを警戒しなきゃって意識ないのかね……


 とはいいつつ、これもある種のエンターテイメント。

 なんだかんだで、急用さえなければ相手になる大地。


 で、今日は……


 大地が大野間のWEBログを開くと大袈裟な演出でタイトルが画面いっぱいに広がった。


《現在、3勝@@敗、どん底トップリーガー大野間猛おのま・さかりの近頃どうでSHOW》


 この、タイトルが勝手にフル画面になるのはどうやってるんだ?

 ウィルス顔負けじゃないか。

 それと大野間、いい加減に負け星の方は消しとけ?


 ……今更だけど、

 この負け数でよくトップリーグから降格しなかったな。


「ああ、運が良かったね。

 トップリーガーの定員……何人だっけか。

 空きがあったら、そこそこの罰金を払えば居残りできるんだよ」


 ふーん。

 お金があるって、いいね。


 ……え、有志が肩代わりしてくれてたの?

 お前、それでずっと負け続けても居残ってたって、相当心臓強いな。


 いけね、肝心の今日の飯の記事は……

 お、ばくだんおにぎりか。

 ……悪くないね。


 たまには自分でおにぎりを作るか。


 そうだ、フクスケ弁当に遊びに行こう。


 あ、急用を思い出したから、切るぞ。


 大地は、画面の向こうで腕をぶんぶん振り回していた大野間を尻目に通信を終わらせた。




 今日という日が


 一番美味しい記憶になりますように

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