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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第八章 震源の鳴動、露出する断層
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第80話「磯を見る人」

 大海の

 磯もとどろに

 寄する波

 割れて砕けて

 裂けて散るかも


  『金槐和歌集』より

  詠み人:源 実朝さねとも

      鎌倉幕府第三代将軍。




諸角もろずみ星環群、丹鶴にかく(居住星環)】


 礼文本家 応接室。


 礼文慎はドアの前に立つと、ゆっくりと深呼吸をした。

 炎城戦の顛末として、ずいぶん軽い処分だったと思う。

 騎士運からは一試合の出場停止と恣意的な危険回避の懈怠けたいについての警告を受けた。

 蒼勁そうけい騎士団、通称礼文騎士団からはスポンサーの手前、ほぼ同期間にあたる謹慎処分を受けた。

 その謹慎期間もまだ10日ほどだというのに、礼文・但馬・太陽からの呼び出しを受けた礼文慎。

 謹慎期間中だと一度は断ろうとしたのだが、『無事な様子を見せに来なさい』との一言で顔を出さないわけにいかなくなった。

 遠縁とはいえ親戚筋であるし、本家に養子入りした今は近い身内でもある。


 ノックをした。

 いつもより音が小さいかと感じて、慎はもう一度強めにノックし直した。

 中から誰何すいかがあり、慎は名乗った。


「……入ります」


 執務室のソファには太陽と、珍しく先客がいた。

 騎士運の館花委員長である。

 そうそう外に出向く役職の人物ではない。

 何か、自分に関係する事件だろうか。


「ああ、気にしないで。

 厳ちゃん……委員長はスクール時代からの友人でね。

 たまたま近くに来たので寄ってもらったんだよ」


 太陽は私的な場では館花を『厳ちゃん』または『委員長』と呼ぶ。

 実はこの『委員長』呼びは、館花が務めている騎士戦運営委員長のことではなく、スクール時代に館花がクラス委員長だった頃の名残である。

 傍から聞いた呼称としては間違っているわけではないので、話が通じる場面では館花もいちいち太陽の話に水を差さない。

 館花は、太陽との話も一通り終えたところだから、と断って退出した。


「……何か、起こりましたか?」


 まだ慎の分のコーヒーも届いていないのに気が早いことだね、と太陽は苦笑した。

 慎の体調や近況など、取り留めのないことを太陽が訊ねてくる。

 謹慎処分を受けて以降、まるきり他人と接していなかった数日間で声帯が強張っているのか、慎は慣れるまでつっかえつっかえとなった。

 声の出し方を慎の喉が思い出せた頃、二人分のコーヒーが届いた。


「すでに、耳にしているかもだけど……」


 太陽が話題にしたのは、沖大地のことである。

 正確には、大地を発信源とする社会現象のことだ。

 200年余り続いている星環群連合と大統領制度、その陰の部分にいる民衆に、大地が発したこの声が刺さってしまった。

 この発言からも掘り下げて調べてみた限り、大地に大それた意図はない。

 この発言の含みと言えば『自分の妹に手を出したやつは社会ごとすり潰す』というメッセージのみに見える。

 しかし、大地の出自と騎士としての経緯、さらに前年度と今年度の破竹の快進撃が、民衆のある種の層には『希望の種』、『反抗、反攻の鏑矢かぶらや』として勝手に書き換えられてしまったらしい。

 大地の発言からたったの数週間で、恐らくは本人さえも思いもよらず、星環騎士のキャッチコピーとは違って、現実社会における『反逆の英雄』として担がれ始めている。

 大地の発言は、星環騎士戦における大地狂信者ダイチ・フーリガンを抑え込む構造を産み出したかもしれないが、同時にそれよりも厄介な星環文明社会における大地自由主義過激派ダイチ・アンティファを生み出した。

 いや、慢性的に不満を抱える者たちをそこに向かわせた、という方が正しいかもしれない。

 これらは、大地を人間としてでなく記号として、反抗の御旗として担ぎ始めた者たちである。


「……このところ、

 ニュースで暴動が流されることが多いとは感じていましたが、

 まさか、沖が発端……」


 太陽は慌てるな、と慎を手で制した。


「早合点は、良くない。

 このところ増えてきた暴動との背景や因果関係は、実のところまだ不明だ。

 しかし、無視できない危険因子が星環文明規模で浸透している。

 これが明るみになってくると、

 大地くんが震源地に見えてしまうから、

 彼の身も危険にさらされる可能性がある」


 コーヒーで一息入れる太陽を慎は大人しく眺める。


「今まさに歴史の歯車が回っている気がするよ。

 個人的には、ワクワクしているが、ことがことだ。

 大地くんを一部の民衆から切り離す意味でも、早く礼文家に取り込みたい」


 この手の社会運動は正面から抑え込むのではなく、その推進力となる中核リーダー象徴アイドルを切り離して懐柔か堕落させるのが手っ取り早い。これは社会運動が熱狂的であるほどに有効である。

 これを排除しようとして誘拐や襲撃、まして暗殺でもしようものなら逆に強力な波を立ててしまうことになりかねない。


「今期終了を目標に掲げてはいたけど、

 別に来期より後でも良かったんだ。

 何なら騎士引退後でも悪くなかったけどね」


 礼文家が欲しいのは、優秀な騎士であり、その優秀な血である。


「大地くんの頭脳は、星環騎士戦を大きく変える……

 だけじゃなかったね」


 太陽の言いたいことはわかったが、なぜ自分に伝えたのかが慎には不可解だった。

 慎は正直にその疑問を太陽にぶつけてみた。


「慎くん……君って、

 人間関係に重きを置くわりに、人間関係に無頓着なんだね……」


 太陽は、慎には『予定よりずっと早く義弟おとうとができるよ』と伝えたかっただけなのだった。


「何か、含みがあるものだと……」


 突然、義弟おとうとだよと目の前に出されても、心の準備ができないでしょ、と言って太陽は残ったコーヒーを飲みほした。

 付き合いの長い慎も、太陽という人物を測りきれているわけではなかった。





望澪もりの星環群、澪安みみずく(研究星環)】


 澪和航空附属病院 リハビリ棟。


「……驚異的な回復です。

 並外れた集中力と節制の賜物ですね。

 望澪もりのの星の異名は、伊達ではないということでしょうか」


 理学療法士は素直に感嘆した。

 杉原行成は転倒防止の補助具の助けを借りながらではあるが、10mの自力歩行テストで何度も最後まで歩き切っていた。


 まだ歩幅は小さいし、速度も遅い。

 だが、一時は首も動かせず寝床から起き上がれなかった身からは信じられない復活である。


「ただし、焦りは禁物です。

 補助具なしに危ないと思われる箇所が何度もありました。

 転倒での深刻なダメージは、一度で充分すぎるほどです」


 行成を見つめる理学療法士の目は優しかったが、言葉は厳しかった。


「杉原さん、

 脳震盪と頚椎捻挫を患った以上、

 転倒の危険が残るうちは、

 私はGOサインを出すわけにはいきません。

 ですが、これほどの回復を見せてくれているのです。

 希望は、あります」


 行成は理学療法士に礼を言うと、脇に除けてあった車椅子で自分の病室に戻っていった。





北斗ほくと星環群、瑞穂みずほ(居住星環)】


 沖家。


 顔の腫れは引いたのだが、あざがなかなか消えてくれない。


 だから、まだガーゼと絆創膏が外せない。


 襲撃事件から10日経った頃、希倫が大地にそう零した。

 相談のつもりはなかった。

 何せ、自分の見た目には無頓着と言わずとも適当な大地あにである。

 回答を、まして正解など期待していたわけではなかったのだ。

 今朝、魔法のパン屋にも顔を出したが、女将さんからのOKは出なかった。

 これでは体も心もなまってしまう。

 そのうち大地が電話でもするのか、席を外し……


 やがてノックの音がした。





 大地が相談したのは、まず竹島だった。


『とりあえず、医者……外科だろうけど、

 痛いとかの症状じゃなくて見た目の話なら、化粧メイクとかいいんじゃね?』


 そして、竹島経由で白石美月へ。


『……わかったわ。

 私は当分の間、用事で外せないから……

 私より適任を選んでおくわ』


 そして、適任者が沖家に送り込まれる。


 インターホンがあるのに、玄関でノックの音?


 怪訝に思った希倫がインターホンのモニターを見てみると、そこには腕をL字に組んだ戦隊ものヒーローのような決めポーズの佐祐倫さゆりが映し出された。


「まーかせて!」


 希倫が玄関のドアを開けると、ニコニコの佐祐倫さゆりにそのまま手を引かれて車に乗せられた。


 こんな強引な人だったっけ?


「おっと、大地くんに断り入れるの忘れてた」


 車を発進してから佐祐倫さゆりは大地に『希倫ちゃんは預かったよ~ん』と連絡を入れたようだ。


 やる気満々の佐祐倫さゆりに悪気もなさそうだし、家に引き返してもらったところで暇だし。


 希倫は、このまま流れに任せることにした。


 それで、向かう先は?


 佐祐倫さゆりは希倫にも覚えのある化粧品店コスメカウンターの名を挙げた。


 あの濃い目のメイクアップアーティストのお店か。

 元気かな、あの変なおじさん……


「寝不足とか宿酔ふつかよいのときなんか、ずいぶん重宝したのよね」


 なるほど、あのおじさん、プロモデル御用達だったのか。

 道理で私でも綺麗に仕上げてもらえたわけだ。


 佐祐倫さゆりが怪訝な表情を浮かべた。


「マスコットガールコンテストの応募写真はさ、

 確かに商売用の綺麗に仕上がってたけどさ……」


 素でも綺麗だよと私を持ち上げてくれるのは嬉しいけど……

 大地あにを墜とす援護役ウィングマンには力不足でして。

 申し訳ねえ……


 早く決心してくんないかな、お兄ちゃん。


 佐祐倫さゆりさんがいい人だけに、気まずいわ……





「あ~ら~、お見限りだったわねえん。黒百合ちゃ~ん。

 そちらのお嬢ちゃん……

 あら~、お久しぶり~ん、じゃないのよ~」


 あのおじさんって、こんな『妖怪くねくね』だったかな?

 記憶よりもキャラが濃いなんてこと、あるの?




 打ち身のあざね……

 回復具合で、

 赤、青紫色、緑、黄色の順って言われてるけど、

 見る限り、今は緑かしらね。

 10日でこれなら、結構皮膚の深いところで出血してたのかしら。

 まあ、そっちはお医者様にお任せ。


 人前に出たいのよね、わかるわ。

 せっかく綺麗なんだもの。家に籠るなんて社会の損失だわ。

 傷はきちんと塞がっているように見えるけど、

 念のためにお肌の保護クリームは塗っておきましょう……

 肌に残るあざ、内出血をメイクで隠すにはね、あざの色の補色……

 だから今は赤み強めのコンシーラーで……

 うん、いい感じ。


 あざが黄色になってきたら、青紫の方が綺麗に打ち消せるから。

 上手くできなかったら、またいらっしゃい。

 いつでも、ウェルカム~よん。

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