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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第八章 震源の鳴動、露出する断層
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第79話「その翌日」

 傷ついたこと

 傷つけたこと


 すべて穏やかな日常の欠片となり

 世界はふたたび平穏を取り戻した


 かのような?




 希倫、私設観戦施設スポーツバーで大立ち回りの翌朝。


 希倫が青くなったあざを大きめの遮光グラスで隠して、職場である『魔法のパン屋』にいつものように出勤すると、大将と女将さんにどうしたのかと詰め寄られた。

 正直に狂信者フーリガンと大立ち回りをしたこと、見た目ほど酷くはないので今日も働きます、と希倫が元気に伝えたところで、腫れが引くまで家で大人しくしていろと言われてしまった。

 腫れた顔のせいで接客は厳しいかもだけど、裏方で働く分には問題ないと思うと力こぶを出して食い下がると、いつもは優しい女将さんが鬼のような勢いで『いいから帰りなさい』と扉の外まで押し出された。


 大人しくしていろと言われてしまった手前、お出かけするのも気が引ける。

 学生だった頃のように追われてする勉強も特になく、とりあえず自宅の大掃除に取り掛かってみたが、普段からこまめに掃除していたおかげで早々に片付いてしまった。

 冷蔵庫の中も中途半端に埋まっているので、買い物にも出かける気にならない。

 礼文慎がらみの動画配信などを眺めつつ、自宅の居間でごろごろしてみた。


 ……暇で困る。





 夕方になり、沖家に騎士戦を終えた大地が帰宅した。

 希倫の顔を見るなり大地が訊ねてきた。


 そのあざ、どうしたんだ?


 希倫も、さすがに大地に報告しないわけにはいかない。

 私設観戦施設スポーツバー狂信者フーリガンたちの襲撃を受けたことを話した。


 狂信者フーリガンが暴れてたってのはニュース配信で見たけど、それか?


 大地の目つきが、ほんの一瞬だけ剣呑なものになる。


「え……と、結構殴られた気がするけど、相手を全部のしちゃってね」


 証拠映像がなければ、むしろ自分が留置場だったかもと話した。


 本来は教えてもらえないのかもしれないが、希倫に反省を促す意図があったのか、鹿嶋さんちの太朗さんから聞かされたのは、打撲、脱臼、骨折と18人それぞれが全治1ケ月から3ケ月と、軽症で済んだ者がまったくいないとのことだった。


 お前は、熊か何かか?

 それで、何が原因?

 何となくわかるけど。


 希倫は、自分たち礼文慎ファンクラブが楽しそうにしていたのが気に入らなかったのだろうと推測を述べた。


「私は……礼文慎が戦っているところを見るのが、好き」


 ……そうか。


「妹がライバルを応援なんて、お兄ちゃんは反対じゃないの?」


 今さら聞くのか?

 今も手首に巻いた礼文カラーのシュシュを隠しもしねえのに。


 ああ、聞かれりゃ反対はするさ。

 気に入らねえもん。


 でも、お前、俺が言ったところで、止めねえだろ。


 大地からすれば、こんなことで希倫と口論するだけ、時間も体力も無駄な行為だ。

 こと命や家計の危機じゃない限り、他人の趣味に口なんて出すものではない。

 大抵の場合、その先ではろくなことにはならない。


 自分の理解の範疇にない他人の趣味なんか、軽く肯定するくらいがちょうどいい距離さ。

 相手からすると、その人の人生への否定だめだしだからね。


「……意外。そんなこと、考えてるんだ」


 好きとか嫌いって、舐めてかかると物凄い勢いで噛みつかれるって話。

 お前も、大火傷させられた身だろ?


「こっちは、大怪我させた方でもある」


 それこそ、莫迦同士でお互い様だ。


 個人主義者だけにサバサバしたものである。

 他人をリスペクトする気持ちは、充分持っているのである。

 ここら辺は人たらしたる所以かもしれない。


 本音を言えば、お前を殴った連中を真空に蹴り出したいさ。


 でも、それをやると、向こうの関係者も俺を攻撃してくるのは目に見えてるじゃん。


 自力救済は、短期的な解決にしかならない。

 大地はそのことを、理屈ではなく感覚で把握している。

 法律や司法の天秤を使わない以上、報復は感情に従って動くのが道理。

 感情で動くものが、都合のいい量で止まってくれる保証などありはしない。

 腕を折られた報復が腕一本で済まされるとは限らないのだ。

 自分から法律・司法の庇護の傘から出ていくのが、自力救済ほうふくだ。

 それなのに『正義を執行した自分だけは、都合よく法律・司法に守られる』と信じ込むのは危険極まりない。


「それじゃ、殴られっぱなしでいろってこと?」


 朝から反省しきりだった希倫であったが、兄とはいえ、さすがに人から言われるのは腹が立った。

 大地は面倒くさそうに手を振った。


 どうしても腹に収められないなら、物理的に拳を握るな。


 社会的に殴り返せ。


 法律・司法はもちろん、殴ってきた相手の土俵……違う、巣をこっちの色にしてしまえ。


 相手を相手の味方から引っぺがして孤立させろ。


 独りで生きていける人間なんかいやしないんだ。


「……社会的な処刑?

 ひょっとして、とんでもなく怖いこと言ってる?」


 そう聞こえたんなら、それでいい。


 少なくとも、ガキの喧嘩みたいに殴った殴り返したを繰り返さないなら、俺はそれ以上のことは言わないよ。


 自力救済って、突き詰めたら弱肉強食の野生動物の世界だろ。

 直に見たことはないけど、野生動物がお手本でやってる自力救済じこぼうえいって普通に命がけだぞ。


「……さすがに、極論過ぎない?」


 わかりやすくしようか。


 お前にパンツ売ってくれる人が、一人しかいないと仮定しろ?

 で、そのパンツ売ってくれる人だったりその人の家族と喧嘩して、相手の機嫌を損ねたとするな?

 で、そのパンツ売ってくれる人が『お前には今後パンツ売らねえ。お前にパンツ渡した奴も同じことだ』って態度になったら、お前はそれから一生パンツなしだ。

 当然、法律・司法がそのパンツ売ってくれなくなった人をどうにかすることもないし、代わってお前にパンツを都合してくれもしない。

 庇護の外だからな。


「……お兄ちゃんに言ってなかったけど、もう喧嘩する気はないわよ」


 暴力を暴力で撃退してその場は解決したように見えても、この瑞穂で大地以外の騎士を好きになったり応援していると良く思われない、中には白い目で見られる問題は、一切解決していない。

 暴力の現場だけ切り取られたらば、良く知らない人からすると狂信者フーリガンたちどころか、礼文慎ファンクラブまで暴力的かつ反社会的とレッテルを張られかねない。


 自力救済に万能感を期待するのは、それこそ平和ボケ……


 話しているうち、大地からは生返事しか返ってこなくなった。

 自分の中で折り合いをつけてしまった大地は、もう興味が薄れてしまったようだった。





 沖大地はきわめて個人主義かつ現実主義である。


 しかし、中には例外が存在する。

 俗にいう逆鱗である。


 逆鱗に青タンをつけられて、黙っているはずがないのであった。


《あー、佐祐倫さゆりさん?

 休んでるところ、ごめんね……》


 まずは、私設観戦施設スポーツバーかな。

 希倫が出禁にされないように、施設みせの方を押さえておくか。


 店長や店員には、きっちりと被害者同士として『仲間意識』を持ってもらいたい……





 翌朝のニュース配信。


『朝のニュースです。

 先日の『私設観戦施設スポーツバー襲撃事件』について、

 瑞穂……失礼、北斗代表、赤銅騎士団の沖大地さんから、

 昨夜遅くに表明がありました』


 朝のニュースの顔、キャスターが神妙な面持ちで録画に繋ぐ。


《大変悲しい事件です。

 星環騎士戦の熱気にあてられたのでしょうか。

 興奮のあまり、施設みせの備品を破壊し、

 あまつさえ施設みせの他のお客さんに暴力を振るっていたなんて》


 まずは、狂信者フーリガンたちの襲撃の対象を『礼文慎ファンクラブ』ではなく、私設観戦施設スポーツバーなのだと印象を誘導する。

 巻き添えとはいえ、大きな被害を受けているのだから、まるきり嘘ではない。


《僕は、戦争代理人です。

 暴力の化身と後ろ指を指されても、その覚悟はできています。

 だからこそ、星環騎士をタテにして暴力や暴動に身を投じてほしくない。

 それに巻き込まれる人もいてほしくないんです》


 いったん、人類の業、悪を引き受けるのは星環騎士である自分の役目であり、それに乗じて暴れるんじゃねえとソフトに釘をさす。


私設観戦施設スポーツバーの店長とお話をさせていただきました。

 こんなことがあっても、皆さんに楽しい時間を提供することを天職だと。

 止めるつもりなどありませんと。

 僕は店長の気高さに胸を打たれました。

 僕は彼を、彼の私設観戦施設スポーツバーにかける情熱を支援したい》


 具体的には、襲撃で被害を受けた施設みせの設備、備品の修理費用を丸ごと肩代わり。

 それから休業期間の補償もしておけば申し分ないだろう。

 ついでに店長と一緒に写真も撮るし、サインだってするさ。


《怪我を負った方……

 僕を応援しているかどうかで区別なんてしません。

 名乗り出てくれたら、その方の治療費を僕に負担させてほしいのです》


 希倫の主催した礼文慎ファンクラブの面々も、狂信者フーリガンまで含めて。


 希倫を襲ったやつも、

 希倫を守らず逃げた奴も……


 俺にとって大した差は、ないんだよ。


 ここ1年以上、有名税とやらでどこに行っても囲まれて遊び歩けやしないから、今のところ使い道の乏しいギャラは、ここらで景気よく使ってやろうじゃないか。


 治療費欲しさに名乗り出た下種げすども、きっちりと敵認定でロックオンしてやるからな。


《なぜ区別しないのかって……》


 ここからが本題。


《星環騎士戦というものは、相手があって初めて成立する競技です。

 だから、自分以外の誰かを否定しないところから始まるものなんです》


 大地は握った拳をゆっくり上げ下げする。


《誰が応援する?

 自由です。

 どこで応援する?

 自由です。

 誰を応援する?

 自由です。

 どれぐらいの熱量で応援する?

 これだって自由なんです。

 僕は、僕たちの自由を支持したい。

 僕たちの自由を守ろうとする人を、守りたい》


 翻訳すると『俺を応援してないからって希倫を否定したり、まして加害してきたらぶっ飛ばすぞ、テメー』である。

 この台本について、佐祐倫さゆりが張り切り過ぎたのは否めない。

 杉原行成の爆発事故の余韻が、大地だけでなく佐祐倫さゆりの行動まで狂わせていた。

 大地や佐祐倫さゆり、GOサインを出した白石美月マネージャーも含めて、想定以上の波紋が広がり始めていた。

 それも瑞穂や北斗星環群だけに留まらない。

 より拡散を求めて、いつものローカル配信局のミズホウドウ通信ではなく、全星環群にネットワークを持つ配信協会の一つである北斗配信協会瑞穂支局を窓口にしたのが良くなかったのかもしれない。

 北斗内限定のローカルニュースに収まるかと思いきや、配信協会上層部の『これは広く知ってもらうべき』という判断により、大地のネームバリューを鑑みて星環群連合広域版の配信に乗せられていたのだった。


《僕たちは自由なんです。

 だからこそ、僕は、僕たちの自由を大切にしたい》


 急速に拡大されていく、大地の口から紡がれる福音。


《願わくば、みんなで、星環騎士戦せかいを作り上げていこう。

 そして、僕たち自身を……僕たちが、守ろう》


 今後は、興奮して暴れて希倫に危害を加えるんじゃねえぞと、画面の中で大地が拳を掲げた。


 それに合わせて、リンクするように星環群連合各地の貧困層の多くが拳を掲げた。


 のみならず、少なからず不満を抱え続ける者たちまでが拳を握り――


『以上、朝のニュースを北斗配信協会がお送りいたしました。』


 震源地、沖大地を中心とした全星環群を揺るがせることになる一大ムーブメントは、このようにそれを意図していない大地こじんの、ちょっとばかり大掛かりな意趣返しから始まったのだった。




 ただいま

 あっけらかんと笑い


 おかえり

 怒りすぎたかしら?


 湯呑みから薫る茶葉の調べ

 夕暮れ前の静かな時間

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