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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第八章 震源の鳴動、露出する断層
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幕間「飲ませ釣り」

 琥珀色の仕掛け罠

 氷に閉じ込めた思惑

 グラスに映る企みの笑顔


 ゆらゆらと




望澪もりの星環群、伏露ふくろ(居住星環)】


 附子島勇気ぶすしま・いさきは、座り直して話相手の正面を向いた。

 ようやく真面目に話を聞く気になったようだ。

 正面に座っているのは、白石美月しろいしみづき

 赤銅騎士団の敏腕マネージャーである。

 とりあえず話だけでもと、割と良いお酒を奢るていで同じテーブルに誘ったのだ。


「……面白い構想だ。

 夢もある。

 正直、心はかなり動いている」


 実に出来すぎている。

 しかしながら、まったくもって、都合が良過ぎはしないか。

 つい先日、長らく整備員として務め上げてきた澪和騎士団をほとんど衝動的に退職したばかりだ。


 することもなく、観戦施設パブで酒を舐めつつ、高瀬長門や杉原行成の過去試合再配信を眺めている身だ。


 附子島ぶすしまは何杯目かの水割りをあおった。


 このとおり、再就職活動どころか、SNSで愚痴すらこぼしていない。


「先ほども申し上げた通りです。赤銅騎士団は常に良い人材を探しています」


 赤銅騎士団には、白石美月の妹でグッズデザイナー&プランナー、その実は流通の妖精さんにして人脈お化けの白石海月しろいしくらげがいる。

 附子島ぶすしまの動向を海月から聞く否や、スケジュールを調整した美月が伏露ふくろまで駆け付けたのが今日のお昼過ぎのこと。

 なぜか行きつけの店までも把握してくれていたお陰で、ほとんど探す手間もなく附子島ぶすしまと接触することができ、今に至る。

 美月は時々、妹は音だけでなく、光や電波まで聴き取っているのではないかと疑ってしまう。

 ある意味、大地や風鈴寺博士以上に規格外品とんでもない

 もちろん、非常に助かっているのだけれども。





 鈴来すずき北斗総督肝いりの、瑞穂、赤銅騎士団を中心にした経済活性策の一。

 経済的に貧弱な北斗星環群の中でも特に厳しい瑞穂(居住星環)。

 元祖・瑞穂の奇跡、風鈴寺博士の活躍で星環群連合で最貧からは脱したものの、まだまだ瑞穂も北斗も星環群連合全体としてみれば豊かになったとは言い難い。

 ここ5年ほどで、図らずも北斗星環群の民衆が掲げる希望と勇気の星となった沖大地。


 その大地を欲しがっている星環群ところがある。

 もちろん、星環群連合の頭脳である風鈴寺博士を欲しがる星環群ところだっていくつもある。

 しかし、博士の身はどうしたって譲れない。

 騎士である大地だからこそ、譲るかどうかという交渉が成立しうる。

 実際、大地の腕を売る密談は、現在進行中である。


 当事者同士だけの交渉ではない。

 いまや瑞穂だけでなく北斗の代表となった大地である。

 北斗への補償みかえりも政治レベルで交渉中である。


 しかし、これを一回こっきりのビジネスチャンスにするのは、もったいないのではないか。

 レアメタルハントと採掘した資源の輸送。

 資源はあるが、加工して売れるほど金がない。

 金はないが、人はいる。

 これらの主産業のほか、人材育成と派遣を次の主産業にできないものか。

 風鈴寺博士も結果的に後進の育成を成功させているが、理学の人材は成果が出た頃にはひとかどの立場になっていることが多く、どうしても水ものになってしまう。

 では、騎士ならば?





「つまり、沖大地のような騎士を……これから量産したいと?」


 附子島ぶすしまに偏見がないと言えば嘘になる。

 杉原が入団するまでの高瀬との付き合いもずいぶん長かった。

 騎士艇に乗らずとも、騎士道の影響を強く受けてきたことに変わりはない。


 しかし……


 騎士道の成れの果てを、行成で目の当たりにしたところだ。

 高瀬にいたっては、誰にも言わずに失踪して以来、噂さえ聞かない。

 附子島ぶすしま幻想きしどう現実主義だいちという激震により瓦解し始めていた。


「はっきり言っておく。俺には偏見がある。沖は『星環騎士』じゃない」


 聞けば、大地は最貧層からの成り上がりだという。

 騎士教育なんて受けていない、宇宙船操縦者としての経験で滑り込んだ特例組だ。

 中間所得層の家庭で育ち、エリート集団の澪和騎士団の整備班長という身分についた自分では思いもよらないこともあっただろう。

 貧乏暮らしの青年が成り上がって、逆風も何のその、騎士道を鼻にかけた連中をぶん殴る。

 立場を変えれば、これほど痛快な物語もないだろう。


 この神輿を担ぐのも、いいんじゃないか。


 附子島ぶすしまの心のうちで、偏見と同時に判官贔屓がむくむくと顔をもたげ始める。


「だが、それ以上に……

 この先に何をやらかすかという興味が湧き始めている」


 近々、大地を諸角もろずみ星環群に売り飛ばすことはさすがに内緒である。

 白石美月は後ろ手で指を交差した。


 騙すわけではない。

 現時点で、よその人間に漏らせる情報ではないというだけだ。

 人材育成業プランについては、目の前にいる附子島ぶすしまが白石の誘いに乗らず、機密事項と信じて吹聴したところで、それは、それで。

 いずれ事実になったときの布石にしかならない。

 無償で働いてくれる広告代理人、一丁あがりというわけだ。


 もちろん素直にスカウトに応じてくれるのが、一番の成果になるのだけれど。

 本当の最上は……





 杉原行成。


 運に恵まれていないのか事故続きに怪我続きと多難な人物であるが、長らく星環騎士戦の頂点に君臨し続けた炎城の長期政権を打ち倒した立役者である。

 現役最強クラスの騎士であることは、疑いようがない。

 白眉はくびなのは、諸角もろずみ星環群の大騎士幼年舎を主席卒業し、望澪もりの星環群の候補生コースも主席で卒業していることだ。

 それだけの人物がトップリーグ昇格までに十年を要したのは、幼児期に受けたトラウマの克服にそれだけの時間を要したということだろう。

 この杉原を騎士のままで釣り上げることは、望澪もりのへの帰属意識からみても難しいだろう。

 だが、今回の事故の後遺症で、騎士生命を危ぶまれる声がある。

 さらに長年親しんだ澪和騎士団から追い出されて、どこの騎士団からも爪弾きにされるであろう兆しもある。

 その杉原を、騎士の卵たちを育てる教官としてスカウトするのならば悪くない。

 ただ、人間関係が極端に限定的な杉原を釣るネタが、まだこちらにはない。


 そう、つまり……


 目の前でその気になってきた附子島ぶすしまは、これから先に杉原と繋ぐための布石でもある。



 赤銅騎士団にとっては、腕のいい整備員が喉から手が出るほど欲しいのは事実である。

 嘘ではないのよ、と白石美月はもう一度、後ろ手で指を交差したのだった。





 『後ろ手で指を交差』

  嘘などの罪の帳消しをしたいときのおまじない

  精神安定剤以外の意味はありません。たぶん?




手のひらに伝わる命の鼓動

波間に踊った小さな銀鱗ぎんりん


深い海底に潜むぬし

これは とっておきの手紙


さあ おいで?

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