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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第八章 震源の鳴動、露出する断層
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第78話「夢幻のカーテンコール」

 まばゆい照明

 鳴りやまない拍手

 演者の名を呼ぶ観客


 それらはすべて幻

 まぶたを閉じれば

 起こらなかった歓声が

 今も聴こえてくるというのに


 目を開ければ

 すべては夢――




望澪もりの星環群、澪安みみずく(研究星環)】


 澪和みわ航空附属病院。


 杉原行成が目覚めたとき、最初に目に入ったのは真っ白な天井だった。

 行成は最初、礼文慎との試合後の入院生活の続きかと誤認してしまった。

 その後、沖大地に2敗し、炎城志朗に勝ち、全財産を投げうち望澪もりのの住民たちから支援を募ってまで大地を呼びよせたのは、夢の中の出来事だったのかと。





 行成の意識が戻り、病院のスタッフを除いて最初に現れたのは、父だった。

 父との会話で、一連の出来事は夢でも何でもなく、大地との三度目の対戦は行成の負けと裁定されたことを知った。

 父から言われると、そんなことがあったのかもしれないと感じる程度の、実感として残らない試合。

 腕も首も、まだうまく動かせない状態。

 医師からは痛みや痺れが治まれば、リハビリに取り掛かれるのだと説明されている。

 無理をすると日常生活に支障が出る後遺症が残るかもしれないとも。

 今は起きていても頭がぼうっとしたままで、これからのこともろくに頭が回らない。

 父によると『翠兵旋すいへいせん』は回収されたものの、廃棄とすることに決定したそうだ。

 諸々の後始末が済めば後任に引き継いで、父は澪和騎士団マネージャーを辞するとのことだった。

 整備班長の附子島ぶすしまは、一足先に退職してしまったのだと聞いた。

 澪安みみずくからも去ってしまったのだという。


 自分は礼すら、言えなかったのか。

 無理を頼んだうえ、最後の引き金を引いたのは自分であるのに、行成はそう言ったが、父はかぶりを振るだけだった。





 自力で上体を起こせるようになった頃、双向そうむかが見舞いにやってきた。

 10分ほど互いに無言だっただろうか。

 双向は、本来なら自分が止める立場であったが、と前置きして語り始めた。

 大地対策の一つ、実験段階であった新型ニトロ機構は従来よりも燃料消費が激しいため、行成がニトロ燃料の積載増量を求めていたことは早くに耳にしていた。

 整備班長の附子島は、自分と杉原マネージャーに止めてほしがっていたのだと気が付いてはいた。


 ――脱出機構の条件に、ニトロ機構の運転時間と騎士艇内部温度をそれぞれ紐づけよう


 天国への階段であるとうそぶいて、実は地獄の窯を開いたのは、双向自身であると。

 とはいえ、騎士運の事前検査の段階ではねられてしまうのだろうなと。

 ただそこでもしも通ってしまうのなら、それはそれで運命なのだと。

 それでも、大地との試合には短期決戦で挑むものと勝手に思い込んでいたことは否めない。

 ついぞ星環騎士になれなかった自分に、行成を理解できるものだという慢心があった……


「ニトロを止めなかったのは、俺だ」


 双向はゆっくりかぶりを振った。


「そのせいで、お前には……

 騎士運から故意に危険行為を行ったとの嫌疑がかけられてしまった。

 『神聖セイクリッドなる電子竜巻ジオトルネード』高瀬長門だって、

 『火の馬』炎城志朗だって、

 お前は超えていける星環騎士になれたはずだったのに」


 ずいぶんと引っかかる言い回しだった。


「次のマネージャーとの打ち合わせはさっき済んだ。

 騎士運にかけられた嫌疑についての裁定如何に関わらず、

 第43期の末まで、お前は静養扱い……

 そのあと、契約解除だ。

 騎士運委員長自らの言葉も澪和騎士団うちにわざわざ頂いたそうだ」


 ――杉原行成は、非常に危険である


「契約解除にあたって、

 他の主だった騎士団にはうちから回状が回されることになる。

 まるで、お尋ね者扱いだ。

 もう、お前を受け入れる騎士団は……」


 自分なら防げたのにと、双向の右目から涙が零れ落ちた。





 双向が泣くことはなかった。

 行成を担当する医師から、騎士戦には復帰できないと告げられた。

 行成は首を固定具で支えられた姿で、車椅子に乗せられて応接用の個室に運ばれた。

 行成と二人だけになると、担当医師は診察結果と事実を告げた。



 一つは『深刻な脳震盪』

 目には見えない脳の打撲。

 これはCTやMRIなどの画像検査では脳の出血や異常が見つからない。

 爆発事故か脱出の際に、頭部や体に受けた衝撃で行成の脳は激しく揺さぶられて一時的な機能障害が引き起こされている状態なのだ。

 今も残る記憶障害。

 大地との三度目の試合前後の記憶については覚醒直後ほどではないが、まだ人ごとのように薄い。

 ここで無理をすると重い後遺症を残すリスクがあるのだと説明をする担当医師。

 回復には、数週間で済むかもしれないが、月単位でかかることもあるので、とにかく焦るなとのことだ。

 頭痛など、脳震盪の症状が完全になくなるまでは、絶対にスポーツや激しい運動の再開を許可できないそうだ。



 もう一つは『頚椎捻挫』

 いわゆるムチウチだ。

 強い衝撃で首回りの筋肉や靭帯がひどく損傷しているのだ。

 行成が今も感じる首の痛みや手の痺れ。

 ただ、損傷だけでなく神経根まで圧迫されている可能性が高く、予後不良も覚悟しろと。



 いずれにしても、一生にかかわることである。

 簡単に納得はしにくいだろうからと、担当医師からは別病院での別の医師によるセカンドオピニオンを受けることも勧められた。

 この担当医師と病院スタッフは、自分たちのプライドより患者の精神安定の方を大事にしてくれるようだ。

 行成は心遣いを有難いと感じた。


 ――騎士戦よりも、まず日常生活への復帰を大事にしなさい


 担当医師はそこまで告げると、インターホンで看護師に行成を迎えに来るよう呼び出した。





 まずは、リハビリで体を動かせるように。

 それから、宇宙での作業を何か、探そう。

 自分の体が宇宙を飛ぶ感覚を忘れないうちに――




 波が引いたあとの砂浜

 客席のざわめきもない

 色鮮やかな照明もない

 目を閉じれば波音が聴こえてくる


 あふれるほどの光を浴びる自分

 誇らしげに微笑み

 深く深くお辞儀する


 目を開けてひとり

 誰に聞かせるでもなく

 手を叩く

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