10-3 おっさん、”人前”に立つ
あれから、三日経っていた――
その間も、着々と戦いの準備は進められており、城内は日が経つにつれて慌ただしくなっている。マリアたちは、リュエルの指示の元で色々と働くようになっていて、中々顔を合わせる事がない。そんな中で主戦力となる俺と隼人と蓮の三人は訓練に集中させてもらっていた。
――そんな時だった、訓練場に珍客が現れたのは。
「あら。やってるわね」
「ふぉっふぉっふぉ、”勇者”とは凄まじいのう」
「セレスティア? それにティグリス!?」
「ふむ、また強くなったようだな」
「エルヴァンまで!?」
本来であるなら、ここにいる筈の無い三人の姿に、思わず驚きの声を上げる。
「あら、貴方がそんなに驚くなんて珍しい」
「流石に、居たらいけない筈の人物が居たら驚くさ」
「随分なお言葉ね」
「そりゃそうだろう。国の代表がこんなところまで来るとは思わなかったからな」
俺がそう軽口を叩くと、セレスティアが呆れたような声を出した。
「何言ってるのよ。全部貴方のためでしょうが」
「そうじゃよ、儂らの重い腰をあげさせたのは、お前さんじゃろう」
「…あぁ、そういう事か」
「そうだ。アリシア殿から、色々と話をされてな。皆ここに集まったのだ」
「つまり、もうそろそろなんだな」
「今日中には、色々と決まるでしょうね。という訳で、また後で会いましょう」
「分かった」
短い挨拶を終えて、セレスティアたちは城内へと戻っていくのを見届けて、俺は稽古に戻った。
「おっさん、今のは?」
「アルカディアとフォレストハイムの代表だよ」
「マジかよ…」
「偉い人ばかり…時々、功刀さんの顔の広さが怖くなります」
「たまたまさ」
「たまたま、でお偉いさんとあんな気さくな関係になれるかよ…」
何となく隼人と蓮も俺に呆れているような気がするが、気のせいという事にしておこう。
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「――明後日か」
「はい。そこで大々的に、クヌギ様のAランク昇格の儀式を執り行います」
「それは、出陣式も兼ねてか?」
「そうなりますね。そのまま進軍いたしますので、準備をしておいてください」
「分かった」
次の日、朝一番で呼び出された俺は、最初にアリシアと会った会議室に来ていた。そこには、セレスティアとティグリス、エルヴァンの三人も居て、俺だけが場違いなような気がしてならない――
(…まぁ、今更か)
考えてみれば、個々とはよく話をしていたので、それが一同に集まっているだけだと気を取り直す。
――めいめいが話をしている中、俺はまずセレスティアに話しかけた。
「セレスティア」
「なにかしらクヌート…いえ、クヌギと呼んだ方がいいかしら」
「好きにしてくれ」
「じゃあ、これからはクヌギと呼ばせてもらうわ。それで?」
「アルカディアは、どう関わるつもりなんだ?」
「それは明後日わかることだけど…ちょうどいいわ。貴方には知らせておいてあげる。正式に、アルカディアはゼノビアに協力をすることになったわ」
「無論、フォレストハイムもだ」
――そこに、ティグリスと話をしていたエルヴァンが加わってくる。
「そうか」
「すでに、両軍ともにリベルタ方面に向かっているわ。そこでゼノビア軍と合流して、一気にルーンベルグへと向かう予定よ」
「グランとリーファも張り切っていたぞ」
「あの二人も来るのか」
「うむ。ウィロスには私の代わりに残ってもらい、残りの部族も参戦しておる」
「リリアも、貴方に会えるのを楽しみにしていたわ」
「リリアもか。学院はいいのか?」
「大丈夫よ。しっかり指示は出してきたわ」
「リベルタの動向は?」
「少なくとも、ロレンツォは中立を保つといっとったよ」
「そうか。ノルドヴァルあたりからは邪魔が入りそうだが」
「貴方はあの国に恨まれているからねぇ。…まぁ、あそこの国力なら問題はないわ」
「セレスティアが言うなら、そうなんだろう」
「あら、嬉しい」
「うふふ、本当に仲がよいのですね」
「…アリシア、貴女少し変わった?」
「セレスティア様こそ」
――今度はアリシアが口を挟んできたので、セレスティアに相手を任せて俺はエルヴァンに話を向ける。
「それで、エルヴァン。ルーンベルグが攻めてきたそうだが、大丈夫だったのか」
「ああ。エントが力を貸してくれた」
「エントが?」
「軍を迷わせて、将を森の外に転移させていた」
「…とんでもないな」
「まさに、森の守り神だった」
いささか拍子抜けをした、とエルヴァンが笑いながら言うのを聞きながら、俺は安堵していた。まともに戦うことになっていたら、かなりの犠牲者が出ていたに違いない。
「エントがいなければ、我らは此度の戦に参戦できなかっただろう」
「集団暴走から、まだ間が経っていないしな」
「そうだ。それでも、士気は高い。貴殿のおかげでな」
「そうか」
勇者が敗走した今のルーンベルグ軍がどうなっているのかは分からないが、こちらのやる気は充分なようだ。更に今回の”儀式”でゼノビア軍の士気も上がれば、数は少なくても勝機は充分にある。
(…重いな)
望んで表舞台に立ったとはいえ、今まで”裏方”に徹していた俺には少し荷が重く感じていた。だが、ふと周りを見てみれば、皆が俺の表情をじっと見ていた。
「うふふ。大丈夫ですよ、あなたなら」
「そうじゃ。お前さんのままでいいんじゃ」
「クヌギ、貴方はいつものように不敵に笑っていればいいのよ」
「うむ」
「皆…そうだな」
(そうだ。何を不安に思うことがある…)
これは自分で決めたことだ。やると決めた以上、”仕事”はきっちりとこなす。
(それが、プロの役者だろう?)
”絡み”とはいえ、人前で演じる以上は責任がある。それを散々師匠に叩き込まれてきた。ならば、俺は”勇者”という役を演じらなければならない。それが、俺の”殺陣師”としてのプライドだった。
「お望み通り、俺らしく行かせてもらうさ」
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――ついに、その時がやってきた。
俺たち”勇者”三人は、外套を身に纏い、顔を隠したままアリシアの後ろに立っていた。
「――これ以上、ルーンベルグの蛮行を見逃すわけには参りません」
アリシアの演説が魔道具によって拡大されて、辺りに響き渡っている。それを、城壁の前に並ぶ兵士たちと、城内の大通りに集まった群衆が静かに聞いていた。
――そう。今俺たちは、城壁の上にいる。
ガルムを筆頭に、ザインやリュエルたち重鎮一同が兵の前に並び、その後ろにずらっと兵が並んでいた。ガドの姿は見えないが、彼には”儀式”でやることがある。おそらくどこかにはいるのだろう。
セレスティアたちの姿も見かけないが、アリシアに全てを任せた身としては、あえて姿を隠しているのに違いないと思い返し、俺は黙って立っていた。
マリアたちヴェスタリア組は兵士たちの中にいる。馬車が数多くあるところから、兵站部隊なのだろう、そこに運んである魔導馬車の前に集まっているのが見えた。
――アリシアの演説は続いている。
「――そうして今、我らの元にルミナス様がお力添えをしてくださったのです! さぁ”勇者”様!! そのお姿を皆にお見せください!」
(さて、”出番”だ)
視線で前に出るように促された俺は、芝居がかった動きでフードを外しながら前に出て、アリシアの隣に立つ。袂が揺れ、袴の裾が風に靡く。反りのある鞘が日の光を浴びて黒く輝いた――
「「うおおおおっ!」」
「あれが、勇者…」
――大勢の観衆に晒される俺の和服姿に、興奮と、そして少数の戸惑いの声が上がった。
(…無理もないな)
このような服装は初めて見るのだから、戸惑うのも無理はない。そう思っていると、アリシアが演説を続ける。
「皆の者よ! このような装いは見たことがないでしょう? それこそが異世界から来た証なのです!」
「おおおおおっ!」
それを聞いた観衆たちから、期待に満ちた声が上がった。
それをどこか満足気に聞きながら、アリシアは更に演説を続ける――
俺がルーンベルグに召喚された”勇者”の一人である事――
だが、ルーンベルグの話に疑いを持ち、一人脱出した事――
各国を回り、人々を助けてきた事――
そして先日、ゼノビア渓谷を消し去ったルーンベルグの勇者を撃退した事――
――アリシアの演説が進む度に、観衆たちの熱気がどんどん上がっていく。
「――この御方こそが、この国を救いし救世主、真の勇者なのです! そう、今こそルーンベルグに反旗を翻す時!」
拳を挙げながらアリシアがそうきっぱりと告げると、観衆から大歓声が沸いた。
「その通りよ」
だが、その声をかき消すように、凛とした声が聞こえてくる。
淡々とした口調で前に出てきたのは、セレスティアだった。その隣にはエルヴァンがいて、そのまま俺とは反対側のアリシアの横に並ぶ――
「皆、聞いて。私はアルカディア連邦共和国代表、セレスティア・グラウクスよ」
「我はフォレストハイムの長、エルヴァン・キーン」
――突然の大物の乱入に、観衆たちはどよめきの声を上げる。
各国の代表が三人並ぶという異様な光景に、戸惑いが隠せないのは無理もないだろう。そんな観衆を余所目に、堂々とセレスティアは話を始めた。
「アルカディアは、こちらの”勇者”様に救われたわ」
「我らもだ」
「無論、我がゼノビアもです。故にその功績を称え、Bランクの冒険者でもある彼を最高位”A”へと昇格させることを提案します!」
「「異議なし」」
アリシアの宣言にセレスティアとエルヴァンが同意すると、何度目かの歓声が響く――
「Aランク冒険者の誕生を目の前で見れるなんて…」
「ああ! なんて日だ!!!」
――興奮冷めやらぬ観衆たちの声が響く中、ガドとティグリスも現れてアリシアたちの横に並ぶ。そしてアリシアが手を挙げると、何かを察した観衆たちが静かになった。
次に、ガドとティグリス、そしてエルヴァンが左手を挙げて、厳かな声で宣言をする。
「うむ。ゼノビア支部のギルドマスターである我、ガド・フリードの名において」
「アルカス支部のギルドマスターである、ティグリス・ウィンクルムの名において」
「フォレストハイム支部のマスター、エルヴァン・キーンの名において」
ここで俺は、この為に返してもらっていた”紫色”のギルドカードを取り出して天に掲げた――
「「「今ここに、タケシ・クヌギをAランク冒険者として認める!!」」」
「異議なし」「異議はないわ」
――ギルドマスター三人の指輪から銀色の光が放たれると、俺のギルドカードに吸い込まれていき、見る見る内に、銀色に染まる。
「「「―――わああああぁぁっ!!」」」
それを見ていた観衆から、この日一番の歓声が沸いた――




