10-4 おっさん、”急行”する
大歓声に包まれる中、俺は遠く空に輝く”何か”を発見した。それは銀色の鳩の形をしていて、俺たちに向かって飛んできているようだ。その軌道からすれば、どうやらセレスティアを目指しているらしい。
(あれが、魔導鳩…)
その脚には手紙が括りつけられているのが見えて、まさにあっちの世界で言う”伝書鳩”だな等と考えながら、俺は前に出た。
そんな俺を訝し気に思ったアリシアが、小さな声で話しかけてくる。
「クヌギ様?」
「注意を引き付けている内に、アレを回収してくれ」
俺が視線を空に送ると、アリシアも気づいたのか、小さく頷いた。
「皆、聞いてくれ」
俺の声が拡声の魔道具に乗せられて辺りに響き渡ると、観衆の視線が一気に集中するのを感じる。先程までとは一転して静かになり、俺が何を言うのかと皆が注目していた。
「異世界から呼ばれたクヌギだ。俺はルーンベルグに苦しめられてきた人々を数多く見てきた」
ちらりと後ろを見れば、すっと下がったセレスティアの肩が魔導鳩が止まっている。観衆たちは黙って俺の話に集中している模様で、セレスティアの事は興味がないようだった。
「ルーンベルグは、禁忌とされている”呪術”を使い、人々を操っていた。その被害者がこの二人だ!」
俺がそう言うと、背後にいる隼人と蓮が動く気配がした。俺の意図を察した二人が隣に並び、音を立ててフードを外しながら小声で話しかけてくる。
「…これでいいんだろ、おっさん」
「ふふ、アドリブならお手のものですよ」
「助かる」
俺もまた、呟くように二人に礼を言い、再び大声を上げた。
「彼らもまた、俺と同じ異世界から呼ばれた! だが、呪いをかけられてルーンベルグに操られていたんだ」
「本当なのか…」
「なんて酷い!」
それを聞いた観衆から、怒りや驚きの声が上がる。
背後では、セレスティアが険しい顔で手紙を畳んでいるところだった。
「だから、俺はここに誓う! 悪逆非道のルーンベルグに、必ず正義の鉄槌を下すと!!」
「「おおおおおおおおっ!!」」
「だから皆! 俺を信じて着いてきてくれ! 必ずや勝利を齎してみせる!」
「「おおおおおおおおおおっ!!」」
前半は民衆に、後半は兵士たちに向かって声をかけると、大地が割れるような歓声が巻き起こった。
「勝利を!」
最後に俺が拳を振り上げて、大声で叫ぶと、隼人と蓮も拳を振り上げる――
「勝利を!」「勝利をっ!!」
――それが、全体に波及するのに、たいした時間は掛からなかった。いつの間にかアリシアたちも横並びとなり、拳を振り上げている。
「「「勝利をっっ!!!」」」
その場に居る全員の拳が振り上げられたのを見て、アリシアが号令を下す。
「では皆さま、参りましょうか。長きに渡る戦いに決着をつけに!」
「「「応ッ!!」」」
アリシアの号令により全軍がルーンベルグへの行軍を開始した。するとすぐに、セレスティアが俺に話しかけてくる。
「悪い知らせよ、クヌギ」
「何があった」
「リベルタが、大混乱に陥っているわ」
「何だと!?」
(…何が起きている?)
想定外の言葉に俺は思わず驚きの声を上げてしまった。
セレスティアはそんな俺を落ち着かせるかのように、冷静に話を続ける。
「住民の大半が、狂ったように暴れていて、手がつけられないらしいわ」
それを聞いたこの場にいる全員の視線が、隼人と連に集中する。当の本人たちの顔色は真っ青になっていた。
「早乙女ちゃん、それって…」
「ええ。功刀さん?」
「あぁ、おそらく二人に掛けられた”呪い”と同じものだろう」
「そんな…」
「ってことは、犯人は」
「ああ、ルーンベルグの仕業に違いない」
俺がそう断言すると、隼人が右拳を握りしめた。そして、自分の左の掌に叩きつける。
「…何なんだあいつら! ゼッタイ許せねぇ!」
隼人の叫びが木霊すると、この場に残っている全員が大きく頷いた。その目には、激しい怒りの色が浮かんでいる。俺はそんな全員の顔を見回してから口を開く。
「俺が先行する」
「功刀さん!?」
「時間がない。俺だけならリベルタまで”飛べる”」
心配そうな蓮の頭を撫でてから、俺はアリシアに向かい合った。
アリシアは、少し困ったような表情をしていたが、まるで分かっているというように一つ頷く。
「それでいいか?」
「仕方ありません。妾が許可します」
「ありがとう。隼人と蓮は、軍と一緒に行ってくれ。せっかく上がった士気を下げたくない」
「わかったぜ」
「蓮、フォローを頼む」
「はい!」
「なるべく早く戻る。アリシア、後は任せた」
「はい、”あなた”」
「だから違う」
「はいはい。クヌギ、さっさと行ってちょうだい」
「ああ!」
俺がリベルタの知り合いの気配を探ると、ロレンツォやエンリコたちの顔が頭に浮かんだ――
(…行けるな)
――随分と移動距離が伸びているのは、恐らく『忍術』のレベルがマスターになった影響だろう。俺はロレンツォの顔を強くイメージして、魔力を練る。魔力がぐんぐんと影に吸い込まれていくが、なんとかいけそうだった。
「じゃあ、行ってくる」
(…皆、無事でいてくれ)
そう言い残すと、俺の身体は自分の影の中へと吸い込まれていった。
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「クヌート!? お前、何処から入ってきた!?」
「非常事態だ、気にするな」
――俺が”飛んだ”のは見慣れた部屋だった。
冒険者ギルド”リベルタ支部”のギルドマスターの執務室でロレンツォはいた。その背後に”飛ぶ”と、気配に気づいた彼が開口一番に驚きの声を上げたのだった。
「…まったく、お前というヤツは」
俺だと分かると、ロレンツォは呆れたような声を上げる。だが、その目は先程までとは違い、希望に満ちているように感じた。
「それで、状況は?」
「最悪だ。街中で夢見病の患者が暴れている。ギルドの総員で制圧に当たっているが、人手が全く足りてない」
「原因は?」
「わからん。だが、騒動が始まってからグレッグが姿を消した」
「”あの”副ギルド長が?」
「あぁ。自宅ももぬけの殻になっていたよ」
「そうか…解呪は?」
「試した。だが前回と違ってなぜか解けない」
「やはりか」
「何か知っているのか?」
「ああ。単純に個々のレベルの差だ」
「どういう意味だ?」
「言葉通りだ。新しい”夢見病”は、相当な高レベルの術者じゃないと解けない」
俺がきっぱりそう断言すると、ロレンツォが頭を抱えてしまった。なので、俺は安心させるように彼の肩を叩く。
「問題ない。今の俺なら対処出来る」
「本当か!? …というか、今までどこで何をしてきた?」
「それを話している時間はないだろう」
「それもそうだな。クヌート、任せていいか?」
「ああ。…それとクヌギだ」
俺はロレンツォに”銀色”になったばかりのギルドカードを見せる。
「それは!?」
「ゼノビア支部所属のA級冒険者クヌギ。それが今の俺だ」
それを見たロレンツォが大きくため息を吐いて、再度呆れたような声を出した。
「後で”必ず”話を聞かせてもらうぞ」
「分かってるさ。じゃあ後でな」
俺は執務室の窓を開けると、その窓枠に足をかける。それを見たロレンツォが慌てて声を上げた。
「お前、どこから――」
「入口まで行く時間が勿体ない!」
「失礼します! マスター、ってクヌ――」
俺が窓から飛び出すのと同時に、グイドの驚くような声が背後から聞こえてきたような気がした。だが構わず屋根から屋根へと飛び移り、俺はギルドの敷地から飛び出す――
(これは…酷い)
――リベルタの街中に、狂ったような奇声が響き渡っていた。
暴れている者の手には棍棒やナイフなどがあり、ただただ暴れ回っていた。よく見れば誰彼構わずに襲い掛かっている訳ではないらしく、ある程度近づくと攻撃対象と認識しているようだ。
それ冒険者たちが必死に制圧しようとしているが、傷つけないように配慮している為か、かなり苦戦をしていた――
(あれは!?)
――そんな中に知った顔を見つけたので、俺は”彼ら”の元へと向かう。
彼らは暴徒に囲まれていて、円陣を組んで何とか抵抗していた。魔法使いたちまでも、それぞれが手にした杖を振り回して、何とか凌いでいる状態だった。
「くそっ…キリがないぞ! ルーチェッ!」
「わかってます! けど――」
俺はそんな彼らの前に、魔力を込めながら刀に手をかけ飛び降りる――
「功刀流活人剣 ”い”ノ型”一閃”」
――そのまま抜刀すると目の前の暴徒たちが地面に倒れた。当然、倒れた者たちからは血は出ていない。
「「えっ!?」」
「”は”ノ型””波紋”」
その場で横薙ぎに一回転すると、見えない魔力の刃が円を描いて周囲にいる暴徒に伸びていく。魔力の刃が、暴徒の目に浮かんでいる”呪印”を切り裂くと、その場にいた暴徒全員が倒れていった。
「無事か?」
「「ク、クヌートさんっ!?」」
ルーカスたちが、俺の姿を見て驚きの声を上げる。
そう、俺が見つけたのはかつてリベルタで冒険者登録をした際に絡んできた剣士、ルーカス率いるパーティだったのだ。皆、かすり傷程度で済んでいるが、思いのほか苦戦していたのだろう。一様に疲れた顔をしていた。
盾役のブルーノ、弓士のマルコ、魔法使いジュリアに神官ルーチェと、バランスのいいパーティだった事は覚えているが、それでも市民を相手に戦うのは大変だったようだ。
急に現れた俺に、ルーチェが喰いかかるように声をかけてくる。
「急にいなくなって! 今までどこにいたんですか!?」
「話は後だ。まだやれるか?」
「あ、ああ」
そんなルーチェを止めるようにとルーカスに視線を送ると、彼は慌てて頷く。そして、ルーチェの肩に手をかけて、諭すように口を開いた。
「クヌートさんの言う通りだ。今はそんな場合じゃないだろう?」
「それは…そう、ですね。わかりました」
「すまない。後でまとめて話す。それでルーカスたちには、伝言を頼みたい」
「伝言?」
「そうだ。冒険者たちと連携して、こうやって気を失った市民が襲われないようにしてくれ」
「この人たちは大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。正気に戻っている」
「本当かよ?」
「間違いない」
俺がそう断言すると、ブルーノとマルコ、ジュリアは何処か半信半疑といった風だったが、ルーカスとルーチェは納得したような顔をしている。
「なら、オレたちは二手に別れよう。俺とルーチェでこの人たちを運ぶから、ブルーノたちは皆に知らせにいってくれ」
「わかった! 十分に気をつけろよ」
「そっちもな」
ルーカスの指示でブルーノたちが走り出すのを見て、俺は彼に向かって頷く。するとルーカスも頷き返したので、ただ一言だけ言った。
「頼んだ」
「任せてください」
そう言い残して、俺は次の暴徒を制圧する為に走り始めたのだった。




