10-5 おっさん、教会に向かう
「功刀流活人剣 ”は”ノ型”刃紋”」
目の前にいる暴徒化した住人を四人まとめて横に凪ぐと、糸が切れたように地に伏していく――
(…元凶は何処だ?)
――あれから俺は、リベルタの街を走り回りながら、次から次へと”呪印”を斬って回っていた。
走りながら、この”騒ぎ”の大元となった原因を探す。
ロレンツォは原因が分からないと言っていた。それを把握しない限り、例えリベルタの住人全ての呪印を斬ったとしても、また再発する恐れがある。それでは何の意味もない。
(やはり、まずは”教会”か)
ゼノビアでのシスターの件もある。ここは光明教会に行くのがベストだろうと判断して、俺は足をそっちに向けた。途中で何人もの暴徒の呪印を斬り、教会への道を急ぐ。
――教会へ辿り着くと、扉は開け放たれていた。
(…鬼が出るか蛇が出るか)
俺は納刀して慎重に中へと入った。礼拝堂はガランとしていて、誰の姿もない。ただ、金の女神像が静かに立っている。奥に続くドアも空いたままで、人の気配がしなかった。
(…行ってみるか)
そのまま奥へと進むが、やはり誰かがいる様子はない。そのまま俺は一番の奥の部屋までやってきたが、ここはドアが閉まっている。
(誰か居るのか?)
試しにノックをしてみるが、返事はない。俺は意を決してドアノブに手をかけて回してみる。すると鍵はかかっていないようで、あっさりとドアが開いた。中には見覚えのある一人の人物がうつ伏せに倒れている。
「ニコラス!」
俺は急いで駆け寄ると、彼の脈を取った。幸い気を失っているだけで呼吸もしているので、安堵の息を漏らす。
(すまないが、時間がない)
本来なら自然に目覚めるまで待ってやりたいところだが、悠長にしている暇はない。
――俺が活を入れると、ゆっくりとニコラスの目が開かれた。
次第に焦点が合っていき、俺の顔を認識すると、ニコラスが口を開く。
「…う。あ、貴方は、クヌートさんでしたか」
「そうだ。何があった?」
「わかりません。ノクサの知り合いを名乗る女性と会ってからの記憶がないのです」
「ノクサ?」
「ここのシスターですよ。ほら、貴方がいらした時に案内をした」
「あぁ、”あの人”か」
「それで、どうしてここに? 彼女はいませんでしたか?」
そう怪訝な顔をして尋ねるニコラスの様子からは、彼女の”正体”を知っていたとは思えなかった。なので、俺は誤魔化すことにする。
「いや、見なかった。俺がここに来たのは新しい”夢見病”の件だ」
「そうでしたか…冒険者ギルドから協力要請がきましたね」
「だが解呪出来なかった。そうだろう?」
「ええ。私の信仰もまだまだのようです」
そう悔しそうに言うニコラスからは、嘘を言っているようには感じられない。少なくとも、”彼”はこの件には関係はないように思える。
「ところで、そのシスターの知り合いとやらとどうして会ったんだ?」
「ノクサから手紙を預かったと言われました」
「その手紙は?」
「待ってください……確か机の上に」
「いや、まだ立つな」
ニコラスが立ち上がろうとするのを止めて俺は机に向かったが、そこには何も無い。
「無いな」
「そんな…なぜ」
「中身は読んだのか?」
「ええ。手紙を開けたところまでは覚えているのですが…」
「そこからの記憶がないと」
「その通りです」
不思議そうに首を傾げるニコラスからは、これ以上はこの件で何も聞けなさそうだった。なので俺は最後に一つだけ尋ねる事にする。
「最後にノクサに会ったのはいつだ?」
「昨日ですが、それが何か?」
「…いや、姿が見えないのが気になってな」
「…そうですか」
「いつ暴徒が来るかも分からない、気を付けろよ」
「ええ。お力になれず申し訳ありません」
「気にするな」
俺がそう言うと、神のご加護がありますようにとニコラスは祈りを捧げた。彼に別れを告げて、俺は礼拝堂まで戻ってくる。
(何だ?)
何故か急に違和感を覚えて、俺は足を止めた。礼拝堂を見回すが、やはり女神像以外には何も無い。だが、俺の”勘”が何かあると告げている。それは以前にも感じたもので――
(…風?)
――入口からではなく、女神像の背後からわずかに空気が流れているのを感じた。
女神像と壁の間には、人が一人通れるだけの幅がある。俺がその”壁”を調べてみると、よくよく見れば女神像の中心部分、その後ろ足元に小さな穴が空いていた。
(これは、当たりか?)
――その穴に指を入れると何かを押した感覚がして、目の前では音もなく壁が開く。
壁の真ん中に縦にスーッと一筋の線が入り、やがて人ひとり分の入り口が生まれた。その奥には地下へと続く階段がある。
(教会に隠し扉とはな)
見るからに怪しいその中に、俺は慎重に足を踏み入れた。
---
階段を下りた先は、地上部分と同じように礼拝堂となっていた。違うのは、女神像が乾いた血のような赤黒い色に染まっているのと、床には魔石が埋め込まれた魔法陣が描かれていた事だ。
(これは一体…)
更には、なんとも言えない不気味な雰囲気が漂っていた。まるでこの空間に居ること自体を拒まれているように、息苦しく感じる。
(色々調べてみるか)
俺は”心眼”でまず手始めに女神像をじっと見た。
=====
堕ちた女神像
邪神の瘴気に侵されている女神像。これ自体が周囲に瘴気を発生させている。
=====
(瘴気だと!?)
思い出すのは、フォレストハイムでの出来事だった。同じく瘴気に侵されて狂ってしまったエントの姿が、頭を過ぎる。
(やはり、教会が関与しているのか)
そうでなければ、地下に邪神の礼拝堂がある事に説明がつかない。教会を建てる時点で予め設計しておかなければ、こうはならないだろう。
(問題は”どこまで”関与しているか、だな)
たまたまリベルタの教会だけなのか、本部の一部なのか、もしくは教会全体なのか。だが、邪神を封印するきっかけとなった”勇者召喚”を取り仕切っている以上、教会全体ではないようにも思える。
(今のところは、これくらいか)
現時点では、これ以上の判断材料はない。なので推察を中断して、次は魔法陣を”心眼”で見る事にした。
=====
転移陣
決められた場所に転移することができる魔法陣。対となる魔石を合わせることで、魔法陣同士を行き来することができる。
=====
(転移、か)
ノクサがゼノビアにいたという事は、恐らくはこれを使ったのではないだろうか。もしくは、俺みたいに単体で”飛ぶ”スキルを持っているかだが、”転移”系のスキルはとてもレアだと聞いている。出来れば前者であってほしいところだ。
(…ここまでだな)
ちなみに”心眼”のスキルは便利だが、”慧眼”と違って欠点がある。それは”視”ようとしたらどこまでも”視”えてしまうのだ。
視界に入るもの”全て”の説明が”同時”に頭の中に叩き込まれるので、情報量の多さに脳が耐えきれない。『ステータス』に注視している時には気付かなかったが、試しに初めて外の”物質”を見てみた時には、激しい頭痛と吐き気に襲われた。
色々と試す内に、”視”たい物に注視することで何とか情報量を調整できるようになったのだった――
「これは、一体…」
――俺が魔法陣を調べていると、背後から声が聞こえてくる。
「これは、一体なんなのですか!?」
振り返ると、そこにいたのは悲痛な表情で叫んでいるニコラスの姿があった。その嘆く様子から見て、やはり彼は”この件”とは無関係だと思える。
「ニコラス、どうしてここに?」
「何だか胸騒ぎがして、祈りを捧げようと礼拝堂に行ったのです。そうしたら知らない階段があって――」
「――降りてきたのか」
「はい。…それで、ここは?」
「邪神の礼拝堂、らしい」
「邪神!? なんでそんなものが教会の地下に…」
「分からない。だが最初から作られていたとしか思えん」
――俺の言葉を聞いたニコラスの表情が絶望の色に染まり、ポツリと言葉を零した。
「…やはり、噂は本当だったのですね」
「噂?」
「光明教会には、良からぬ信徒がいると」
「そんな噂があったのか?」
「はい。一部の使徒が、何やら怪しげな儀式を行っているらしいと、噂になっていた時期があったのです。もちろんすぐに噂は無くなりましたが」
「上層部が関わっている可能性があると」
「残念ながらその通りです。ここを見なければ私も噂で終わっていたのですがね」
自嘲めいた笑みを浮かべて悲しそうに呟くニコラスに、俺は何と声をかけていいのか分からなかった。
「ニコラス…」
「お気になさらずに。元より上層部に”何か”あるのは、うすうすわかっていましたから」
「”夢見病”の一件か」
「はい。あまりに対応が性急すぎて、まるで慌てて事態を収束させるかのようでした」
「つまり、アレは教会にとって全く想定外の結果だったと」
「少なくとも、私は思います」
そうきっぱりと言い切ったニコラスは、遠い目をしながら呟く。
「とはいえ、それに気づきながらも何も変えられない私も同罪なのですがね」
「ニコラス…」
「一司祭でしかない私の権限など、無いに等しいのですから」
「そうだな。…だが、今は違う」
「クヌートさん?」
「クヌギだ」
そう怪訝な顔で尋ねてくるニコラスに、俺はギルドカードを見せる。それを見た途端に、ニコラスの目が驚きのあまり見開かれた。
そんなニコラスを安心させるように、俺は敢えて軽口を叩く。
「A級冒険者が居れば、何とかなるんじゃないか」
「もうそこまで登り詰めたのですね…それに、その名前は?」
「隠していたが、一応これでも”召喚者”だからな」
「つまり貴方は…勇者!?」
「厳密には違うんだが、そういう事になっている」
「貴方が、ルミナス様の使徒…」
俺の正体を知ったニコラスが俺に対して祈り始めたので、慌てて肩を掴んで止めた。
「出来ればそれはやめてくれないか」
「しかし…」
「当時の事を思い出してくれ。俺も”組織”相手に何も出来なかった。そして逃げるようにリベルタを去る事になったんだ」
今度は俺が自嘲すると、ニコラスははっとした顔になった。
「そうでしたか…」
「ああ。だから、俺はアンタと同じだ。だから、そんな祈られるような大層な存在じゃないんだ」
「…でも、貴方はそこまで登り詰めた」
「たまたまさ。運が良かっただけだ」
「運だけでは、Aランクにはなれませんよ」
(確かに、そうかもな)
多くの”縁”に恵まれたのも運かもしれないが、そう言われて悪い気はしなかった。
そこで、ニコラスがようやく落ち着いたのか、軽く微笑む。どうやらすっかり普段の調子に戻ったようで、一つ息を吐くと言葉を続ける。
「全く、貴方と言う人は」
「最近、よく言われるな」
「そうでしょうね」
今度は呆れるようにニコラスがそう笑った時――
「え?」
――突然足元の魔法陣が赤く光り始めた。




