10-2 おっさん、着飾る
蓮がアリシアと訓練場から去るのを見届けていると、隼人が固い表情で俺と向き合ってきた。
「…なぁ、おっさん」
「何だ?」
「オレたち、あっちに帰れるのか?」
その問いは重く、緊張した面持ちの隼人の拳は、いつの間にか固く握られている。
(帰れるか、か…)
信じていた相手に呪いをかけられてまで戦わされた事を考えれば、隼人がこの世界に嫌気がさしても仕方ないだろう。だが、隼人の目からは強い意志を感じるが、俺の意図とは違うようにも思える。
俺も真剣な目をして隼人と向き合って、慎重に口を開いた。
「分からない」
「…そうかよ」
「アリシアが言うには、ローランド帝国に伝わっていたのは召喚陣だけだったそうだ」
「呼ぶだけってことか」
「ああ。だが、創世神ルミナスが目覚めれば、帰れるかもしれない」
「目覚める?」
「なんでも、初代勇者が邪神を封じた時、ルミナスも力を使い果たして眠ったらしい」
「…カミサマって、ホントにいるのかよ?」
「まぁ、実際に俺たちが召喚された訳だから、いるんじゃないか」
「そう、だよな」
最後は呟くようにそう言うと、隼人はいきなり自分の頬を両手でパン! と叩いた。その表情は、すっかりいつもの隼人に戻っている。
「らしくなかったな! すまねー」
「構わないさ」
「まずは、罪滅ぼしが先だよな! 自分のケツ拭いてから、カミサマ探しだ!」
「そうだな。その時は俺も手伝うさ」
「ホントか」
「ああ。”約束”だ」
俺が手を差し出すと、隼人が力強く握ってきた。
「ゼッタイだぜ」
「勿論だ」
---
「うふふ。どうでしょう?」
「これは…」
――二日後、アリシアに呼び出された俺は、執務室まで足を運んでいた。
あれから俺は、空いた時間に隼人と蓮と訓練をするようになっていた。それを聞きつけたガルムやザインも時間があれば訓練場に現れるようになったのだ。すると、マリアたちヴェスタリア組も訓練場に顔を出すようになった。
アリシアの指示の元、ルーンベルグへの進軍準備が行われつつ、俺の”お披露目”の準備が急ピッチで進められていた。
どうやら、アルカディアとフォレストハイムとも連絡をとっているらしく、セレスティアから手紙を運べる”魔導鳩”というものが届いたと、アリシアが言っていた。
他にもセラフィナやトーマスと遊んでやったり、マリアたちとゼノビアを見て回ったりしている内に、時間は過ぎ、今朝早々にアリシアに呼び出されたのだった。
――そうして今、俺の目の前にあるのは、慣れ親しんだ”着物一式”だった。
無地のこげ茶色の着物、藍色の角帯と白い腰紐、黒の袴と足袋、それに雪駄と汗取り用の襦袢まで揃っている事に、俺は感動を覚える。
(…感慨深いな)
俺が思わず懐かしさに浸っていると、アリシアが楽しそうに声をかけてくる。
「あらあら、気に入ってもらえたようで何よりですわ」
「ああ。よく出来ている」
「うふふ。クヌギ様もそんな顔するのですね」
「どんなだ?」
「とても、子供みたいに目が輝いていますわ」
「…かもしれないな」
「サオトメ様にも感謝してくださいな」
「蓮に?」
「服の色をお決めになったのですよ。きっと似合うだろうって」
「そうか…」
(なんだか気恥ずかしいぞ…)
子供の頃、おねだりして欲しいものをプレゼントしてもらったような気がして、なんとも言えない気分になった。俺を見るアリシアの目も、どこか母性に溢れたものとなっており、余計にいたたまれない。
――なので俺はコホンと一つ咳払いをすると、自分を落ち着かせるように口を開く。
「着てみていいか?」
「どうぞ。隣の部屋が空いてますから」
「何の部屋だ?」
「仮眠室ですよ、妾専用の」
「それは不味いだろう」
「あらあら、うふふ。残念ですわ」
「全く…」
「では、妾がそちらに向かいますので、ここでお着替え下さいな」
「ここでか?」
「直すところがないか聞きたいので」
「アリシアが?」
「ええ。お針子の皆様にも、まだ”誰”が着るのか話しておりませんので」
「…徹底してるな」
「うふふ。情報とは扱いが難しいものなのですよ」
パタン、と隣室のドアが閉まり、一人残された俺は早速着替える事にした。手早く服を脱ぎ、下着姿になるとまずは襦袢に初袖を通した。
(この感覚…懐かしい)
着物を身にまとい、帯を閉めて足袋を履く。最後に袴を身に着けて、しっかりと袴紐を結べば終了だった。
(…気が引き締まるな)
やはり、刀には和装がしっくりくると思いながら、俺は腰に刀を差して、隣室に声をかけた――
「終わったぞ」
「はいはい。今行きますよ」
――ガチャリ、音をしながら隣室のドアが開く。
アリシアは、俺の恰好を見ると、目を大きく見開いて固まってしまった。よくよく見ると、頬がほんのり赤く染まっている。
「どうした?」
「…いえ。サオトメ様の仰っていた意味がよくわかりましたわ」
「…どういう意味だ」
「うふふ。よくお似合いだってことですよ」
頬を染めたまま、アリシアは俺を見つめたままうふふ、と微笑む。何処かうっとりしているような表情で、アリシアは話を続けた。
「それで、気になるところはございませんか?」
「動いてみない事にはだが、今は特には無いな」
「それは何よりです」
「それで”儀式”はいつなんだ?」
「”衣装”の完成次第だったので、まだ決まっておりません」
「随分と早かったのはその為か」
「ええ。他にも”色々”とタイミングを合わせなければならないので」
「タイミング?」
「うふふ。それは当日のお楽しみにってことで」
微笑を浮かべて、頬に手を当てるアリシアは、これ以上は答えるつもりはなさそうだ。
(やれやれ…)
出来れば、何をするのか予め聞いておきたいところだったので、俺は意を決してアリシアに尋ねる。
「なぁ、アリシア」
「なんでしょう、クヌギ様?」
「当日、俺は何をさせられるんだ?」
「ただ”衣装”を着て来てくださればいいんです」
「本当に?」
「ええ。後は妾たちが話を進めますので」
「…分かった」
「あらあら、納得してなさそうですね」
「出来れば、事前に教えてもらいたいところなんだが」
俺がそう言うと、アリシアは少し困ったような表情になった。
「正直に言えば、まだこれから話を詰めますので、何も言えないのですよ」
「そうなのか?」
「ええ。色々と調整が必要でして」
「調整?」
「うふふ。悪いようには致しませんよ」
「はぁ、仕方ないか」
にこやかなアリシアを横目に、聞きたい事が聞けなかった俺はため息を吐く。
「これ、当日までは隠しておいた方がいいんだろう?」
「そうしていただけると助かります」
「なら、ここで少しだけ動いていいか? 動きに支障がないか確認しておきたい」
「いいですよ」
「助かる」
アリシアの許可をとった俺は、ゆっくりと一連の型稽古をしてみる。抜刀して色々な軌道で刀を振ってみたが、まるで日本で作られたもののように、全くもって問題はなかった。
そんな俺が刀を振る様子を、執務机に戻ったアリシアがぼーっとしたように眺めている。
「仕事はいいのか?」
「ええ。今はあなたを見るのが仕事ですから」
「そういう事にしておこう」
「動いてみて、どうでしたか?」
「問題なさそうだ」
「それはよかったです」
「じゃあ、もう着替えていいか?」
「はいはい。妾はあちらに行っておりますね」
再びアリシアが隣室に移動するのを待って、俺は元の服装に戻りアリシアを呼ぶ。
一つ気になる事が出来たので、俺はアリシアに尋ねた。
「俺はこれで戦う事になるんだろう」
「ええ」
「なら、予備が欲しいな」
「問題ないようなので、ちゃんと手配しておきますよ」
「助かる」
「うふふ。お任せください」
一通り用が済んだ俺は、アリシアに別れを告げて、部屋を出た。
---
(礼を言っておくか)
アリシアから色々と聞いた以上、”衣装”が出来た事を蓮に報告した方がいいと思った俺は、訓練場へと足を運ぶ。隼人と蓮は、だいたいこの時間は訓練している筈だったからだ。
――案の定、俺が訓練場につくと、二人が激しく打ち合っていた。
(いい感じだ)
二人の邪魔をしてはいけないと、俺はしばらく黙って稽古の様子を眺めていた。蓮が激しく斬り込んでいくのを、隼人が盾を上手く使って捌いていく。調子が戻ったのか、その動きは二日前より良くなっているように見える。
――ちょうど、二人が距離をとったタイミングで、俺は声をかけた。
「やってるな」
「あ、功刀さん」
「よう、おっさん。用事は済んだのか?」
俺にそう問いかける隼人からは、二日前にあった悲壮な影はもう感じられない。どうやら、自分なりに気持ちを切り替える事が出来たようだ。
「ああ」
「それで、何だったんですか?」
「例の物が完成したので、試着してきた」
「おお、マジか! なぁ、見せてくれよ!」
「すまんが、当日まではお預けだそうだ。蓮」
そこで、俺が蓮に向かって軽く頭を下げると、途端に蓮が慌てだした。
「どうしたんですか!?」
「色々と助言してくれたそうだな。ありがとう」
「い、いえ。お役に立てたなら何よりです」
「お陰でしっくり来る”衣装”が仕上がっていたよ」
「よかったです。私も見るの楽しみにしてますね」
俺が礼を言うと、蓮がにこりと笑って頷いた。それを隣で隼人がにやにやしながら見ている。
「おっさんの着物姿かー、楽しみだな、早乙女ちゃん」
「えぇ、楽しみ」
「やっぱ、おっさんは着物が似合うよな」
「そうだね。ひさしぶりだなぁ」
「そんなに楽しみか?」
「もちろん! だよな? 早乙女ちゃん」
「はい!」
すっかり期待に満ちた目で俺を見る二人の姿に、何だか恥ずかしいような、胸がむずむずするような感覚を覚える。
(まぁ、落ち込んでいるよりはマシか)
俺が”衣装”を着るだけで、二人の機嫌が良くなるなら安いものだと自分に言い聞かせて、話題を変える為に、パンパンと手を叩く。
「さ、稽古に戻ろうか」
「はい!」
「おう!」
――そうして、その日は一日中、テンションの高い二人と訓練をする事になったのだった。




