10-1 おっさん、打ち解ける
――あの後は大変だった。
戦後処理から戻ったザインが小言を言いながら参加したのをきっかけに、暇を持て余したトーマスに見つかってしまい、なし崩し的にマリアたちも宴会に参加することになった。戦勝祝いみたいになって、皆がドンドン羽目を外していき、一人、また一人と酔い潰れていく。
(…まぁ、たまにはいいかもな)
隼人や蓮も、最初は遠慮がちにしていたのだが、獣人たちの豪快さもあって、途中からは輪の中に入っていった。マリアたちヴェスタリア解放軍の面々とも打ち解ける事が出来たようで、最初はやはり謝罪から入ったものの、直接被害を受けていないマリアたちは特に気にする事はなかった。
更にはトーマスとセラフィナは、何故か俺の事で意気投合し、またマリアたちから見た俺の話をされて、一同が共感した時は、さすがに居心地が悪かったが。
(ふぅ…)
――皆で笑い、はしゃぎ、時にはぶつかり、怒り、泣く。
様々な感情をぶつけ合って、一つ、また一つとお互いを知っていく。そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていくものだ。
そうして宴は終わり、自室に戻る者、その場で眠る者など三者三様の夜を過ごす事になった。
(ん、あれは?)
そんな中、与えられた自室に戻ろうとすると、見覚えのある後ろ姿がバルコニーにあった。俺は声をかけようと近づいていくが、考え事をしているようで俺には気づいていないようだ。
「眠れないのか?」
「――あ、功刀さん」
蓮は、俺に気が付くと顔を上げる。月明かりに照らされたその表情は憂いに満ちていた。
「考え事か?」
「はい。なんだか、寝つけなくて」
「そうか」
そこで、しばらくお互いに無言になった。眼下には、ゼノビアの夜の風景が広がっている。
俺たちは、自然とそちらの方に視線を送っていた。
「…功刀さんは、すごいですね」
「何がだ?」
「撮影の時もそうでしたが、いつも周りに人が集まって」
「それなら、蓮の方が人気者だっただろう?」
「そうじゃなくて…」
そこで、蓮は言葉が詰まる。何か、言葉を探しているようだったので、俺は続きを待った。
「その、信頼できる仲間って感じなんです。功刀さんの周りにいる人たちは。私と違って」
「どういう意味だ?」
「私たちは、常にライバルって感じなんですよ。少しでも油断したら、とって変わられてしまうんです」
「ああ、そういう事か」
「はい。生き馬の目を抜くのが芸能界ですから。でも、功刀さんの周りは、何か違うんです。温かいなぁっていつも思ってました」
「そうなのか?」
「はい。今日だって、アリシア陛下たちゼノビアのみなさんとか、マリアさんたちヴェスタリアのみなさんとか、なんかとてもいい関係に思えました」
――そう言うと、蓮が自嘲めいた笑みを浮かべる。
「それで、更に落ち込んじゃって。この世界にきてから、私なにをしていたんだろうって」
その儚げな表情は、俺の心に冷たく刺さった。
(…無理もないか)
いくら騙されたからといって、真面目な蓮にとっては簡単に無かった事には出来ないのだろう。そんな彼女を励まそうと、俺はわざと軽い口調で言う。
「俺だってそうさ」
「功刀さん?」
「この世界に来てから何度も失敗した。真犯人が目の前にいるのに、何も出来ない事もあった」
「……」
「何度も間違えて、悔しい思いをして、それで、ようやくここまで来れた。だから」
「…はい」
「一人で抱えるな。今日からは皆がいる」
「私…いいんでしょうか」
「ああ。最も、俺が言えた事じゃないが」
そこで、蓮がくすっと笑う。ようやく笑顔が見えて、俺はほっとした。
「ですね。何でも一人で解決しちゃうんですから」
「気を付けてはいるんだがな」
「反省してくださいね。…もう置いていっちゃイヤですよ」
「蓮?」
「ふふふ。さて、もう行きますね」
「あ、ああ」
「おやすみなさい」
――俺の横をすり抜ける蓮の黒髪が夜風に靡くと、ふわっと甘い匂いがした。
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「行くぜ、早乙女ちゃん!」
「ええ!」
「いつでもいいぞ」
「「はああああああっ!!」」
翌朝、蓮と隼人が俺の処に来て手合わせをして欲しいと言ってきたので、俺たちは訓練場に来ていた。なんでも、俺と闘った記憶がないので、俺の実力をみたいとの事だったのだが――
(全然違うな)
――やはり、操られていた時とは動きが全く違っている。まるで演舞のように息の合った二人の連携を、俺は刀で捌いていた。
「うおおおっ! 『盾強打』ッ!!」
「『疾風剣!』」
隼人が、真正面から盾で殴りつけてくるのをバックステップで躱して、その上から飛び込んでくる蓮の一撃を受け流す。
「『投盾』!」
「ちっ!」
受け流して背後から蓮の背中を蹴ろうしたが、すぐに隼人が盾を投げて邪魔をしてくる。
それを半歩ずれて最小限で避けたところで、蓮の袈裟斬りを柳で下に流す。
すぐに首を狙って振り下ろすが、今度は蓮が柳で流して横凪ぎに剣を思いっきり振るった。
「ウソだろ!」
「甘い」
その後ろから斬りかかってきた隼人の剣の腹を蹴って、蓮の方へと飛ばす。
「くっ!」
「おおおお!」
蓮が飛んできた剣を叩き落とす間に、隼人が盾で殴り掛かってきたので、最後に回って今度は背中を蹴飛ばした――
「うわっ!」
「きゃあっ!」
――隼人と蓮がぶつかって、地面に転がったところで、俺は二人に刀を突きつける。
「どうする?」
「まいった。やっぱ強えなー」
「さすが、功刀さん」
「いや、たまたまさ。立てるか?」
「ああ」「はい」
(…まだ、本調子じゃなさそうだな)
地面に座り込んで両手を上げる二人を前に、俺は手を差し出した。そして一人ずつ立たせると、刀を納刀する。それをまじまじと見ていた二人が、興奮したように話し出した。
「しかしおっさん、この世界にも刀なんてあったんだな!」
「いや、知り合いの商会で作ってもらった」
「そうなんですか!?」
「ああ。竹光をサンプルとして渡してな」
「竹光!?」
「そういえば、”あの時”功刀さんだけ差してましたね」
「それで、試作品が出来てな。感想を伝えて仕上げてもらったんだ」
俺の話を聞きながら、隼人が羨ましそうに俺の刀をじっと見ている。
召喚当時のことを思い出していると、ふと”衣装”のことが気になりだした。
「くうぅぅぅ! やっぱ刀ってカッコいいよな」
「というか、功刀さんには刀が似合います」
「だな。剣を持ってるおっさんは、なんかしっくりこなかったぜ」
「それは、俺も同感だよ。ところで隼人、蓮もだが」
「なんだよ?」
「”あの時”着ていた衣装はどうしたんだ?」
「あー、オレは王宮の部屋に置いてきちまった」
「私は、持ってますよ。唯一のあっちのモノだったから」
「そうなのか」
「はい。収納袋に入れてます」
「収納袋? 貴重な品だと聞いていたが…」
「王家が支給してくれました」
「なんでも、魔王退治のためにって、貴族たちから接収したらしいぜ」
「あいつ等がやりそうな手だな…蓮」
「なんですか?」
「その”衣装”貸してもらえないか?」
「…えっ!?」
試しにそう俺が頼んでみると、何故か蓮の頬が赤くなっている。
それを隣にいる隼人が面白いものを見たような表情で、口を開いた。
「おっさん。何に使うんだよ」
「何って、再現してもらおうと思ってな」
「あ、あぁ。そういうことですか」
「ああ。俺のは無くしてしまったからな」
「へー、おっさんはそういうの大事にするタイプだと思ってたぜ」
「まぁ、色々あってな」
氷室の究極魔法から脱出するのは、咄嗟に他の手が思い浮かばなかった。冷静になった今なら他にも思いつくのだが、今更後悔しても仕方がない。
「そういうことならいいですよ」
「すまない。助かる」
「ま、おっさんは和服の方が似合うからな、いいんじゃないか」
「…あらあら、何やら面白いお話をしてますね」
そんな話をしていると、突然背後からアリシアが割って入ってきた。
「こんなところに用事か?」
「いいえ。用があるのはクヌギ様に、ですよ」
「俺に?」
「ええ。大々的に、クヌギ様のAランク昇格の儀を行うことになりました」
(…大々的に、か)
俺が訝しげにアリシアの言葉を受け取っていると、隼人と蓮がまるで自分の事のように喜びを表す。
「マジかよ! やったな、おっさん!」
「功刀さん! おめでとうございます!」
「二人ともありがとう。で、アリシア」
「なんでしょう?」
「それは”そういう事”だと思っていいのか?」
「はい。”戦”のための準備のひとつとして考えてもらえれば」
「…なら仕方ないか」
「え?」
「功刀さん?」
俺がそう苦々しく呟くと、喜んでいた隼人と蓮が一転して戸惑い始めたので、俺は説明することにした。
「皆の前で俺を”勇者”として扱い、更に希少なA級冒険者に昇級させる事で、ゼノビア軍の士気を上げるって事だ」
「さすが”あなた”」
「だから違う」
「プロバガンダってことですか」
「ああ」
「客寄せパンダみてーなものだな」
「それは違う」
隼人の呑気な言葉を聞いて、全員がぷっと吹き出した。
そんな中でアリシアが、目を輝かせながら蓮に向かって話しかける。
「なので! サオトメ様にお願いがあります」
「なんでしょうか、陛下」
「その”衣装”とやらをお貸しくださいませんか?」
「ええ!?」
アリシアの想定外の”お願い”に蓮が目を丸くしたので、俺は呆れながら抗議をする。
「なんでそうなる」
「先程のお話を聞いていて、思いついたのです。おそらくは皆様の”故郷”の服装なのでしょう?」
「それはそうだが」
「折角なので、クヌギ様が一目で特別だとわかるには、相応の恰好をした方がいいと思いまして」
「…ルーンベルグに召喚された異世界からの勇者が、ルーンベルグに牙を向く、か」
「ええ。”象徴”はわかりやすい方がいいですから」
「功刀さん…いいですか?」
「ああ、この際だ。ゼノビア王家にいい着物を作ってもらうさ」
「うふふ。ゼノビアのお針子の技を見せて差し上げましょう」
「なんでアリシアが得意げなんだ」
「だって、妾の国民の力ですもの。さぁさぁ、サオトメ様!」
「は、はい」
「そうと決まれば、急ぎますよ。で、どちらにあるのですか」
「わ、私の部屋にあります」
ぐいぐいと蓮の手を引っ張るアリシアのペースに呑まれて、蓮が違う意味ですっかり戸惑ってしまっていた。
(やれやれだな)
「さぁ、急ぎますよ」
「く、功刀さぁーん」
「気をつけてな」
「そんなぁ…」
――そして、アリシアに攫われるように、蓮は訓練場を出ていったのだった。




