9-8 おっさん、和解する
「あらあら、仲が宜しくて結構ですこと。妾も混ぜてはくれませんか?」
声と共にドアが開いて、部屋に入ってきたのはアリシアだった。
「わ、綺麗…」
早乙女さんがそうぽつりと呟くのを聞いたアリシアが、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、何故か俺に寄り添ってくる。
「あらあら、嬉しい事を言ってくれますね。ねぇ、”あなた”?」
「誰が”あなた”だ」
「ええ! 功刀さんいつの間に!?」
「何だよー。おっさんも隅におけねぇなぁ」
「だから違うぞ。…アリシア陛下、お戯れはおやめ下さい」
「またそんな他人行儀な呼び方をするのですね…よよよ」
アリシアがそうふざけて顔を伏せるのと同時に、俺の言葉を聞いた二人の表情が驚きのあまり固まった。
「へ、陛下って…」
「ああ。こんなのでも、一応このゼノビアの女王様だ」
「このノリで女王!? 嘘だろ…」
「残念ながら、本当だ」
「”残念ながら”とは失礼ですね…妾とアナタの仲じゃありませんか?」
「いい加減にしないと、”陛下”呼びに戻すぞ」
「あらあら、ちょっとした冗談でしたのに」
「その割には、随分と誤解を招く表現だったが?」
「うふふふ」
「笑って誤魔化すな」
俺は呆れてため息を一つ吐く。
すると、アリシアとのやり取りを聞いていた早乙女さんが、恐る恐る口を開いた。
「あ。あの、功刀さん…」
「どうした?」
「大丈夫なんですか? 女王様にそんな態度で」
「本人の希望だ。問題ない」
「どういうことだよ、おっさん」
「まぁ、色々あってな。一応、俺はこの国を救った”勇者”らしいので、一番偉いんだそうだ」
「うふふ。そうですね。あなた方も、気軽にアリシアと呼んで下さいね」
「ええええ!」「いや、ムリムリムリ!」
アリシアが笑みを浮かべながら爆弾発言をすると、二人が首をぶんぶんと横に振っていた。
「ところで、何か用があって来たんじゃないのか?」
「そうでした。あまりにみなさまが楽しそうなので、つい妾も輪に入りたくなってしまいましたわ――」
改めて、神崎くんと早乙女さんに向き直ると、アリシアの表情が”王”としてのものになる――
「「…うっ」」
――突然のアリシアの変化に、二人は気圧されていた。
(アリシア…どうするつもりだ?)
俺は一先ず、口を閉ざして様子を見守る事にする。
「まずは、お名前を聞かせて下さいませんか? お二人の”勇者様”」
「ハ、ハヤト・カンザキだ」
「レン・サオトメです。陛下」
「ありがとう存じます。それで、お二人に大事なお話があるのですが」
「な、何でしょうか?」
「事情はクヌギ様から聞いておりますが、お二人が我が国を襲ったという事実は無くなりません」
アリシアの言葉を聞いて、はっとなった神崎くんと早乙女さんは肩を落とした。そして、二人ともゆっくりと頭を深く下げる。
「それは、本当にすまねぇ…」
「…ええ。申し訳ありませんでした」
そんな二人の様子を見て、アリシアの表情が少し和らぐ。
「とはいえ、操られていた事もまた事実です。そこで、提案があるのですが」
「提案?」
「それは、何でしょうか?」
「打倒ルーンベルグの為に、罪滅ぼしとして妾たちにそのお力を貸していただけませんか?」
「何だって!?」
「謂れのない言い掛かりをつけられて、長きに渡り我が国は苦渋を飲まされてきました」
「それは…」
「それだけならまだしも、毒や呪いといった手段まで平気で用いるかの国の所業は、もはや見過ごすことはできません」
「確かに……」
アリシアの”呪い”という言葉に反応して拳を握りしめる二人だった。
ただでさえ騙されて侵略戦争に組み込まれたのに、実際に操られていた者としては、思うところがあるのだろう。
「聞けば、お二人も騙されていたようですし、仕返しをしたいとは思いませんか?」
「…オレは、許せねぇ」
「神崎君?」
「なぁ、早乙女ちゃん。おっさんの話を聞いて思ったんだ」
「何を?」
「オレは…ルーンベルグもそうだが、何より何も知ろうとしなかったオレ自身が許せねぇ」
「…神崎君」
「”勇者”って呼ばれていい気分になって、正義面して命を奪ってた自分自身が許せねぇんだ」
(…神崎くん、やはりか)
無理矢理、前向きになる方向に持っていこうとはしてみたが、根深いところに後悔が残っているのも無理はない。こればっかりは、自分で昇華させるしかないからだ。
神崎くんのその悲痛な姿に、早乙女さんもまた表情が暗くなっている。
「それは…私だってそうだよ」
「早乙女ちゃん…」
「最初は戦うのが嫌だったのに、気がついたら全然平気になっていて…そして、何人も手にかけた」
「…そうだったよな」
「功刀さんがしてきた事を聞いて、私は何をやってたんだろうって。私も神崎君と一緒で、自分自身が許せないんだって、今気がついたの。だから――」
早乙女さんが一度そこで言葉を切った。そして覚悟を決めた表情で、アリシアの方に向き合う。
「――陛下。私からお願いします! 罪滅ぼしの機会を与えてください!!」
「オレもだ! むしろやらなきゃならねぇんだ!!」
俺がアリシアに視線を送ると、彼女が小さく頷いた。それを受けて俺は重く二人に問いかける。
「二人とも。いいのか? 天童たちと闘う事になるんだぞ」
「構わねぇ」
「はい。覚悟はできてます」
――だが二人とも、俺の問いに力強く頷いた。
そして、神崎くんは少し暗い表情になって言葉を紡ぐ。
「…それにな、記憶はねぇけど、ずっと悪夢を見ていたんだ」
「悪夢?」
「え? 神崎君も?」
「ああ。早乙女ちゃんと同じなのかはわからねぇが、身体が言うこと聞かなくて、それで――」
「――何かと強制的に戦わされている夢?」
「…それだよ」
「呪いの影響か」
「多分そうです。ずっと心の中では止めてって叫んでいたのに、止められなくって」
「ああ。必死に身体を取り返そうとしたけど、ムダだった」
「うん。本当に苦しかったし、悔しかった…」
「神崎くん…早乙女さん」
「…おっさん。隼人って呼んでくれよ」
「そうです! いつまでも苗字で呼ばれるの、なんか距離があってイヤです」
「そうだぜー。それに陛下のことは名前で呼んでるんだろ?」
「そうですよ。一緒に闘うのに、何か認めてもらえてない感じがします」
「分かったよ。…隼人、蓮。力を貸してくれ」
俺が初めて下の名前で呼ぶと、二人は笑顔になって頷いた。
「おう!」「はいっ!!」
それはまるで、二人が今までの後悔を吹っ切ったかのように思えた。
そんな俺たちの様子を黙って見守っていたアリシアが、楽しそうに口を開く。
「あらあら。若いっていいですわね」
「そんな事を言うから年寄りくさくなるんじゃないか」
「クヌギ様は妾に厳しすぎじゃありません?」
「気のせいだ」
「うふふ。そういうことにしておきましょう」
「ねーねー。もういい?」
バタン! とドアを開ける音がして、俺とアリシアの会話に入ってくる小さな影があった。
「こら。待ちなさいセラフィナ」
「やだやだー。おじちゃんとお話ししたいー」
「アレだわ。もう何にも言えないくらいアレだわー」
「ガッハッハ! なんとも凄まじいな!」
セラフィナの後から出てきたのは、ガド、リュエル、ガルムのゼノビアの重鎮三人だった。ガドとガルムからはどこかしら敬意を感じるが、リュエルからは呆れているような雰囲気しか伝わってこない。
神崎くんと早乙女さんは、闖入者たちの勢いに呆気に取られていた。
「…つまり、ゼノビアの重鎮が揃いも揃って盗み聞きか?」
「いや。たまたまというべきかのぅ?」
「わたし。ガドおじいちゃんの言いつけどおりガマンしたんだよ!」
「いやなぁ、オマエの常識外れの強さの秘密を知りたくなってなぁ」
「だって! アンタ誰もよりも理不尽の塊じゃない、だって!」
「理不尽と言われてもな…」
「理不尽でしょ! 誰がどう考えても理不尽でしょ!」
キー! とまくしたてるリュエルが周囲に同意を求めると、ガドとガルムが反応をする。
「うむ。そうかもしれんのぅ」
「まぁ、細かいことは気にすんな!」
「んとんと、よくわかんないけど、おじちゃんはすごい!」
「あらあら。すっかり賑やかになりましたね」
それに対して、セラフィナとアリシアはマイペースだった。そんな二人の様子に、気を取り直したのか、隼人が口を開く。
「おっさん、この人たちは誰なんだ?」
「ゼノビアのお偉いさん方だよ。左からリュエル、ガルム、ガド、そしてセラフィナだ」
俺が全員を紹介すると、早乙女さんがセラフィナを見ながら驚きの声を上げた。
「えっ! この子もそうなんですか!?」
「どうなんだ? アリシア」
「そうですね。どちらかといえば、偉いというより、皆の孫娘という感じでしょうか」
「どうしたの? おねえちゃん」
「…かわいい」
首をこてりと傾けるセラフィナに、蓮は釘付けになっていた。
(カオスになってきたな…)
先程まで、ルーンベルグに攻めいるとか仕返しとか物騒な話をしていた筈なのだが、セラフィナが現れると、すっかり毒気が抜かれてしまう。
「因みに、二人を止めてくれたのも、この三人だ」
「マジかよ!」
「セラフィナちゃんもですか!?」
「ああ。天童相手にも一発かましていたぞ」
「うんうん。わたし強いんだよー」
えへん、と胸を張り得意げなセラフィナを見ながら、隼人と蓮が神妙な面持ちになる。
そんな二人の変化をガルムたちは訝しげに見ていたが、二人は構わず頭を下げた。
「手間かけちまってすまねぇ!」
「そして、私たちを止めてくださってありがとうございます!」
「気にすんな。全てはソイツの頼みだったからな!」
「うむ。無事でなによりじゃよ」
「うんうん。ゲンキになってよかったー」
二コリと笑うセラフィナを見て、隼人と蓮も思わず笑顔になる。
すると、セラフィナが俺の腕にしがみついてきた。
「ねぇねぇ! おじちゃんのお話をもっとききたい!」
「俺は構わないが、時間は大丈夫なのか?」
俺がアリシアに確認すると、彼女は頬に手を当てて少し考える仕草をとる。
「そうですね。まぁ、多少なら大丈夫でしょう」
「わーいわーい」
「それで、結局ガルムたちは何で来たんだ?」
「ワシとリュエルはセラフィナに連れてこられただけだ」
「儂は、陛下に用があってな。…陛下、例のものじゃよ」
ガドはそう言うと、懐から封筒のようなものを取り出してアリシアに渡す。
「あらあら。ちょうどいいですわね。クヌギ様」
「どうした?」
「ギルドカードを貸していただけませんか?」
「分かった」
俺がギルドカードを取り出してアリシアに渡すと、彼女は封筒を開いて、俺に一枚の紙を差し出した。
「これは?」
「Aランクへ昇格に当たり、所属の変更をしていただこうと思いまして」
「リベルタのままじゃ駄目なのか?」
「自由都市ではありますが、あそこはルーンベルグと”近い”のですよ」
「つまり、本部から横やりが入る可能性があると」
「お察しの通りです」
「そういう事なら」
俺はギルドの所属変更の紙にサインをしてアリシアに返すと、彼女は満足気にそれを受け取った。
「これで、手続きが進められます。こちらはお預かりしておきますね」
「ああ。構わないさ」
「ねぇねぇ。お話はー?」
だがここで、もう我慢できないといった表情でセラフィナが口を挟んでくる。それを見たアリシアが、微笑みながらセラフィナの頭を撫でた。
「あらあら。じゃあ、皆で食事でもしながらクヌギ様のお話を聞きましょうか」
「うんうん!!」
ぱあーっと花が咲いたような笑顔になったセラフィナが部屋を飛び出していった。
「せっかくだ。酒でも飲むか」
「うむ。いいじゃろう」
「いいわよ! とことん付き合うわ。いいわよ!」
「なら、行くか。ほら、二人も」
「え? いいのか?」
「私たち、ご迷惑をかけてしまったのに…」
「構わないさ。だろ?」
「ええ」
隼人と蓮が遠慮がちにしているのを見たアリシアが、二人の背中を押した。
「さぁ、行くぞ」
俺がそう促すと、ぞろぞろと皆で部屋を出ていく――
(本当に、よかった…)
――その表情は明るく、その日は遅くまで皆で語り合ったのだった。




