9-7 おっさん、”話”をする
「それで。用があるならさっさと出てくるんだな」
俺が窓の外に向かってそう言った途端、殺気が膨れ上がった。だが、その気配は何処かで感じた事があるような気がする。
すると次の瞬間、ガチャンと窓が割れる音がした。
(後ろか!)
俺は突然背後から生まれた気配に対して、身体を半回転させて突き出された腕を掴んだ。その手には黒い液体の塗られたナイフがある。
「なっ!?」
「遅い」
そのまま黒づくめに足払いをかけて、床に転がす。関節を極めようとした次の瞬間、相手は一切の抵抗を止めて、身体から力が抜ける――
(…まさか!?)
――覆面を剥ぐと、口から僅かに血が垂れていて、呼吸をしていなかった。
(毒か…それに)
その顔には、見覚えがあった。初めて会ったのはリベルタの教会で、ルカの解呪に来た俺をニコラスの元に案内してくれたシスターだった。
(…何もないか)
念の為、シスターの死体を調べてみたが、特に手掛かりになるような物は持っていなかった。
ちなみに”心眼”で視た結果、ナイフに塗ってあったのはやはり毒だった。しかも心臓発作を起こした上、体内に残らないという厄介なものだ。
(何故、この人が…)
そういえばマッシモの倉庫での火災の後、このシスターと会った事があった。あの時はあまり気に留めていなかったが、何処か薄汚れていたようにも思える。
(…まさか?)
気配に感づいたとはいえ、これだけ高い隠密能力を持つ彼女ならあの時、マッシモを連れ出そうとした俺を邪魔出来たのではないだろうか。
(なら、大図書館の件も?)
商会長であるマッシモが、その倉庫ごと燃え尽きて無くなったはずのフェーロ商会。
その指示で大図書館の襲撃を企てた傭兵ギルド”鬣犬の牙”。
――もし予想通りなら、暗殺者であったシスターが所属する光明教会が、フェーロ商会の背後にいたと考えられる。
(それに、あの時のニコラスの言葉…)
別れ際に、歯の奥に物が挟まったような、何か違和感があったのを覚えている。そして、蜥蜴の尻尾切りのように、夢見病はフェーロ商会の仕業だと早々に発表したのも光明教会だった。
(…何を企んでいる)
光明教会の一部だけなのか、それとも教会そのものが関与しているのかは分からない。だが、こうしてシスターに襲撃された今、裏に”何か”があるとしか思えなかった。
(ルーンベルグの上層部との関わりも深そうだしな)
思えば”勇者召喚”の場には、宰相と枢機卿が居合わせていたし、第一王女との会話を思い出せば、枢機卿の方が上のような態度をとっていた。これで何の関係がないというのも妙な話だろう。
(どうやら、相当闇が深いらしい)
俺はため息を一つ吐いて、天井を見上げた。
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「……ここは」
「…知らない、天井?」
「目覚めたか」
「「え!?」」
俺の声に神崎くんと早乙女さんがガバっと起き上がる――
「おっさん!?」「功刀さん!?」
――と、同時に俺を見て目を丸くした。
あれから俺は、まずはアリシアに報告に向かった。
俺が襲われた事を聞いたアリシアはたいそう怒っているようで、ルーンベルグへの反撃を新たに決意したようだ。
すぐに医務室には衛兵が派遣され、シスターの死体を運び出し”色々”と調べてみるらしい。
それから俺は二人の目覚めを待ちながら”心眼”で自分の『ステータス』を確認していたのだった。
「気分はどうだ?」
「…あまり、良くないです」
「ああ。気持ちわりぃ…」
「魔力枯渇だったからな、無理はない」
「「魔力枯渇!?」」
俺がそう言うと、心当たりがないのか、二人は首を傾げる。
それから早乙女さんが、おずおずと口を開いた。
「それで、ここはどこですか?」
「ゼノビア城だ」
「ゼノビア!?」
「何でそんなところに…」
早乙女さんが驚きの声を上げる一方、神崎くんは訳もわからないといった感じで首をひねっている。
「それはこっちが聞きたいな。何があった?」
「それが…あの後、二人を連れて野営地に戻ったまではよかったんですが――」
「オレたちの元に、ハインリヒからの伝令がきたんだ」
「ハインリヒ?」
「ああ、おっさんは知らねぇか」
「ルーンベルグの第一王子です。王位継承権は低いですけど」
「”お披露目”の時には居なかったよな?」
「ええ。あの時はヴェスタリアに視察に行っていたみたいで」
「視察?」
「何でも、”反乱”の噂があるって密告があったんだとよ。その時は何もなかったらしいがなー」
「そうか。話の腰を折ったな…それで?」
「ハインリヒから”伝言”があるって言われて、手紙を渡されて――」
「私たち、手紙を開いたところまでは覚えているんですけど――」
「気が付いたら、ここに居た訳か」
「…はい」「…おう」
すっかり肩を落とした二人の様子から見て、とても嘘を吐いているようには思えない。それに、二人がこんな嘘を吐く必要もないだろう。
(…ハインリヒ、か)
ルーンベルグ軍の戦略が、何処か第一王女らしくないとずっと違和感を覚えていたが、恐らくはそいつの仕業なのだろう。別の人物が介入しているのならば、強引なやり口にも納得が出来る。
「それで、私たちはなぜゼノビアにいるんですか?」
「ああ。天童たちと共に、四人で攻めてきた」
「ええ!」「嘘だろ!?」
「事実だ――」
それから俺は、勇者四人との闘いの事を説明してやった。呪印で操られていたと聞いた二人の眼には、激しい怒りが浮かんでいる。
「――信じられない!!」
「あいつら…ふざけやがって!!」
「私たち、一生懸命やっていたつもりだったんですけどね」
「ああ。ゼッタイに許せねぇよ」
「そうだな」
二人とも怒りのあまり拳を握りしめていたが、俺の声に冷静になったのか、お互いの顔を見合って頷いた。
「でも、やっぱおっさんはすげーよな」
「ええ。私たち四人がかりでも勝てなかったんでしょう?」
「いや、俺一人の力じゃないさ」
「何いってんだ。最初は一人で食い止めてたんだろう?」
「そうですよ! それに、呪いを解いてくれたのは功刀さんでしょう」
「それはそうだが」
俺がそう言うと二人とも笑顔になって、勢いよく頭を下げた。
「なら、礼を言っておかねぇとな」
「ええ。私たちを助けてくれて、ありがとうございました!」
「ありがとな!!」
「あー、どういたしまして?」
「お! おっさん照れてるのか」
「ふふ。初めてみました」
「うるさい」
そこで三人の視線がぶつかって、誰からともなく笑い声が起きる。
「でだ! 今度はおっさんの話を聞く番だぜ!!」
「そうですよ! ”約束”果たしてくださいね」
「勿論だ。だが、長い話になるぞ?」
「かまいません」
「ああ! ちゃんと最初から聞かせてくれよ!」
「分かってるさ。まずあの演習の際――」
二人の念押しに俺はひとつ頷き返すと、これまでの”旅”であった事を話して聞かせた――
話が進むにつれて、神崎くんは「マジか!」「すげぇ!」と興奮してテンションは上がっていった。
逆に早乙女さんは「…そんな」「ひどい…」と呟く度に静かになっていく。
――そうして、あのグレンツヴァハト要塞での再会するまで話し終えた時、窓の外はすっかり暗くなっていた。
最初はだんだんテンションが上がっていた神崎くんも、最後の頃には早乙女さんと同じように静かに話を聞いている。
「――そして、二人と再会したんだ」
「なるほどな…」
「そうだったんですね…」
――二人ともそうポツリと零すと、医務室の中に沈黙が訪れた。
しばらく誰も口を開くことはなく、時間だけが流れていく。黙って何かを考える二人の姿は、何処か落ち込んでいるようにも見えた。
「…やっぱすげーな、おっさん」
そう、小さく神崎くんが呟くと、早乙女さんも口を開く。
「そうね。…私たち、何してたんだろう」
嘆くようなその小さな声は、俺の胸に重く響いた。
早乙女さんの言葉を聞いた神崎くんが、自嘲めいた笑いを浮かべる。
「だよな…何が”勇者”だってカンジだよな」
「ええ。功刀さんは多くの人を救っていたのに…」
「オレたちは、その片棒を担いでいたのか―。ははっ」
「本当に、ごめんなさい」
早乙女さんが今にも泣きそうな声で俺に謝ってきたので、俺はその頭を優しく撫でる。
すると、早乙女さんがぱっと頭を上げて、驚いたような目で俺を見てきた。
「気にするな。悪いのは騙したルーンベルグの悪い大人だ」
「でも…」
「それに、結局二人はグレンツヴァハト要塞では何もしていないだろう」
「それは、そうだけどよ…」
――俺は早乙女さんから手を離すと、今度は悔しそうにしている神崎くんの背中を叩いた。
「…あ」
「いてッ!」
「ほらほら、いつもの勢いはどうした?」
「なにすんだよ! おっさんッ!」
「そうそう。神崎くんはそうでなくちゃな」
「ったく。調子狂うぜー」
そう言いながら笑う神崎くんの表情が、すっかりいつもの様子に戻る。
それを見ていた早乙女さんの表情も、少し明るくなっていた。
(そう。それでいい)
まだ、心の奥では色々と抱えてるかもしれないが、あの二人と違って彼らには罪はない。
糾弾されるべきは、騙した挙句に使い捨てにしようとしたルーンベルグである事は明白だった。
「それに、謝るのは俺の方だ」
そう言って、俺は二人に頭を下げると、すぐに二人の焦ったような声が医務室に響いた。
「ええぇ!! なんでだよ、おっさん!」
「ルーンベルグ王家が信用できず、二人を騙すように逃げたのは俺だ」
「それは仕方ないですよ! あんな仕打ちを受けたんですから!」
「そうだぜ! オレだっておっさんの立場なら逃げるだろうさ!」
「だが、せめて一言”王家を信用するな”と言っておくべきだった」
「それは、そうかもしれねぇけどよ」
「でも、功刀さんは私たちの面倒を見るのに色々とやってましたから」
「ああ。おっさんにはカンシャすることはあっても、恨んでなんていねーよ」
「ええ。ちょっと寂しかったですけどね」
「なー、水くせえとは思ったけどなー」
「おいおい、どっちなんだ」
「「どっちも!!」」
二人の声が重なると、三人同時にぷっ! と吹き出す。
すると、部屋の外から声が聞こえてきた。
「あらあら、仲が宜しくて結構ですこと。妾も混ぜてはくれませんか?」




