閑話 一方その頃
「動けるヤツは全員オレに続けぇッ!!」
「弓兵隊は援護に回るわよっ!」
ルーンベルグ王国最強の騎士アルフレッド率いる第一騎士団を中心とした王国軍に、フォレストハイム森林国は侵略を受けていた。既に国境門であるニールカハー要塞は抜かれていて、首都オルダ・オーハに迫ってきている。
「負傷者は下がって! 重症の者から手当てを受けて」
「治療班! 薬は惜しまなくていいぞ!」
各部族の長たちの激が、オルダ・オーハ中を駆け巡っていた。
(冗談じゃねぇ! 王国最強だがなんだか知らねぇが、アイツと戦うまで死ぬ訳にはいかねぇんだ!)
熊獣人であるグランは、ルーンベルグに対する怒りを必死に抑えながら、守備隊に指示を出して回っている。守備隊長である自分が冷静さを失っては、勝てる戦も勝てなくなることを彼は知っていた。それに、
(アイツなら、飄々としているだろうからな)
突然現れたクヌートという不思議な男が、集団暴走を先陣を切って見事に納めてみせた。あの姿を見て、獣人の戦士たちの誰もがその背中に魅入られていたのだ。
「グラン!! そっちはどう?」
「リーファか。こっちは上々だ。お前の方こそどうなんだ?」
「舐めないでよ! いつでも行けるわ!」
(負けるわけにはいかない! ”あの人”に会って文句を言ってやるんだから)
エルフの弓士であるリーファもまた、クヌートとの再会の為に闘志を燃やしていた。大嫌いだった、卑怯者であるはずの人間。ふらっと現れたかと思えば、故郷の危機を救ったクセに、またふらっと消えてしまった”卑怯者”。
(私を置いて行った事、後悔させてやるんだから!)
――集団暴走の傷跡の色濃く残るフォレストハイムの森に、再びルーンベルグの魔の手が迫っていた。
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その一方、王国最強の騎士であるアルフレッドは、進軍する度に強くなる気配に違和感を覚えている。
(何だ、この感じは)
森を進むにつれて、騎士や兵たちの士気が落ちているような、そんな気配を感じていたのだ。
「…嫌な気配ですな」
「グスタフか」
「何かに拒まれているような、そんな気配を感じます」
「お前もか」
「ええ」
老騎士グスタフもまた、実は第一騎士団の団員だった。第一王女エリザベートの命で勇者たちの”引率”をしていたが、今回はフォレストハイム進行に回されている。
アルフレッドと肩を並べて森の進みながら、グスタフは別の場所に思いを馳せていた。
(勇者の皆さまは無事であろうか…)
未だに、伝令からは何の報告もない。エリザベートが勇者につけている”密偵”たちからも何の連絡も入っていなかった。
本来の予定ならば、もうそろそろ緩衝地帯にあるグレンツヴァハト要塞に辿り着くはずなのに、何の音沙汰もない事に、グスタフの頭に不安が過る。
「なぁ、グスタフ」
「何でしょう? 坊ちゃま」
「人前では止めろと言っているだろう?」
「ははは。儂からすれば、坊ちゃまも姫さまも孫のようなものですからな」
今年で六十五を迎えるグスタフにとっては、アルフレッドもエリザベートも子供の頃から見てきているので、変わらなかった。
アルフレッドはめきめきと剣の才覚を見せて、トントン拍子に騎士団長まで上り詰め、エリザベートは内政の手腕を見せていき、あっという間に王位継承権第一位を掴み取った。
――だが、二人とも幼い頃から努力し続けていた事を、グスタフは知っている。
その姿を知っているからこそ、グスタフは彼らに従っているのだ。
「お前はこの遠征、どう思う?」
「…ふむ。どう、とは?」
「いや。エリザらしくないと思っただけだ」
そう、アルフレッドもまた、幼い頃からエリザベートを知る者だった。表向きにはエドヴァルトに七世に忠誠を誓っているが、ここ数年の強引なやり方には疑問を思っている。
――もはやアルフレッドの剣は、エリザベートに捧げられていると言っても過言ではなかったのだ。
彼女は王とは違って魔族を全滅させようとはしていない。あくまで、大陸を統一する為の”聖戦”であると、アルフレッドだけには告げていた。だから、彼は平和を目指すエリザベートに忠誠を捧げたのだ。
「…儂の口からは何とも言えませぬな」
「それが答えだろ――何だ?」
アルフレッドが、その気配に気がついたのは、その直後だった。何かが身体に纏わりつくような嫌な気配がしたと思った瞬間、森は霧に覆われていた。
「この霧は――」
「…ふむ。普通ではないですな」
「全軍を一時停止させろ」
「は! 全軍! 止まれ!!」
グスタフは大声を上げながら、各隊長の元へと指示を出そうとした。だが、近くにいるはずの騎士たちの姿は見えず、気配すら感じなった。
(どうなっている?)
「グスタフ」
「わかっておる」
アルフレッドの短い声に、二人は剣を構えて背中合わせになった。霧と共に嫌な予感が強まっていく中、じりじりと時間だけが過ぎていく。
――やがて、ほぼ視界が真っ白になった次の瞬間、二人の身体にはふわっと浮くような感覚があった。
「「何だ…!?」」
二人の目の前の霧が見る見る内に晴れていくと、そこには見覚えのある景色があった。
「ニールカハー要塞…」
アルフレッドとグスタフの二人だけが、自らが破壊した要塞の前に呆然と立っていた。
そんな二人の様子を、頭が葉っぱの形をした人影が、黙ってみていたのだった――
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――青い光が収まると、そこは何処かの部屋の中だった。床には何かの魔法陣が描かれていて、薄っすらと青い光を放っている。
「――な! 俺様はまだやれるッッ!」
光の中から現れた天童麗司の怒声が、部屋の中に響き渡った。その隣では氷室鏡華がブツブツと何やら呟いている。
「イタイイタイユルサナイユルサナイイタイイタイ…」
その目は血走っていて、狂ったように見開いている。見るからに正気ではないのは明らかだった。
「貴様! 何故こんなコトをした!」
「テンドウ様の為です」
「俺様はまだやれると言ったッ!!」
「その腕でですか?」
「くッ…」
興奮が治まって痛みを感じた天童麗司は、斬られた場所を抑えた。そして思い出すのは、さっきまで目の前にいた憎き中年の姿だった。思い出すだけで怒り狂いそうになるが、腕の痛みがそれの邪魔をする――
「あの、卑怯者めっ…」
――天童麗司が呪詛の言葉を吐いた。
カスで屑の”斬られ役”が”選ばれし勇者”である自分と互角に戦える訳がないと、天童麗司はこの期に及んでも信じている。彼の中では、功刀は魔族と何か取引をして強くなっており、自らを限界まで鍛えた自分たちとは違う卑怯者だということになっていた。
それは氷室鏡華も同じで、”華を持たせてやった”経験から生み出した究極魔法でも倒せなかったこと。あまつさえ、真珠のように美しい自分の腕を切るなんて、プライドの高い氷室鏡華には許める訳にはいかなかったのだ。
「ソウヨヒキョウモノメユルサナイ…」
一転して虚ろな目になった氷室鏡華は、同じ言葉を呟き続ける。
それをじっと見ていた黒尽くめが、声を発した。
「卑怯者?」
「そうだ! 人から与えられた”力”で強くなっただけだ! 俺様にも、同じモノがあれば負けるワケがないッ!!」
「そこまで言うなら、用意しましょう」
「……は?」
黒づくめがそうキッパリと告げると、天童麗司はポカンとしながら黒づくめを見た。
氷室鏡華もまた、視線を上げて、天童麗司と同じ人物を見る。
「それでは直ぐに――」
「もう、持ってきてあるよ」
ガチャ、という音がして扉が開くと、一人の人物が部屋の中に入ってきた。
「お、お前は! ハインリヒ!?」
「…ハインリヒ?」
その声を聴いた氷室鏡華の目に、光が戻った。
それを見たハインリヒはうんうんと満足そうに頷くと再び話を続ける。
「そうだよ。ひさしぶりだね、テンドウ様」
「どうしてオマエがここにいる!? 城にいたんじゃ無かったのか?」
「それはね。ここがルーンベルグ城だからだよ」
「…は?」
「丁度いい。ついてきてよ。証拠を見せるからさ」
「…いいだろう」
ハインリヒは黒づくめに視線を送ると、黒づくめもまた一つ頷き返して臣下の礼をとった。
それを見たハインリヒが歩き出したので、二人もその後に続いて部屋を出る。部屋は廊下の突き当りにあったようで、窓はなく無機質な魔導照明の明かりが廊下を何処か不気味に照らしていた。
「…ここは、本当に城なのか?」
「疑い深いなー。だからそうだって」
「俺様たちは、ゼノビアに居たんたぞ!?」
「さっき、青い光に包まれたでしょ」
「それが何だっていうんだ!」
「アレは”転移石”っていって、どんなところからも城に戻れる王家の秘宝なんだ」
「そんなモノがあったら、なぜ最初から俺様たちに渡さない!?」
「だって、負けると思ってなかったから、必要ないかなって」
「…ぐっっ!」
「だからね。念のため、彼女を送っておいて正解だったよ」
ハインリヒが足を止めると、目の前には金属製の梯子がかけてあった。ハインリヒは迷うことなく手をかけて、するすると梯子を登っていく。
(何を考えていやがる?)
城での”訓練”の日々を送る中、天童麗司もまたハインリヒから”色々”なものを融通されてきた。世界を救う”勇者”である自分たちに尽くすのは、救われる者側からすれば当たり前の行動だと思っていた。
だから、今までは深く考えていなかったが、この秘密の部屋といい、天童麗司は急に気になりだしていた。だが――
(まぁ、いいさ。これで卑怯者中年を殺せるんだからな!)
――彼はすぐに、その疑問を打ち消してしまった。
天童麗司もまたプライドが高く、このまま忌々しい中年にやられたままでは、自分が許せなかったからだ。
(おっさんを殺す! それから魔王を殺して、俺様は次代の王となるのだ!)
そんな事を考えながら天童麗司が梯子を登ると、そこは質素な小さな部屋だった。床の真ん中に穴が空いていて、その下に梯子がつけられていたのだ。
「行くよ」
ハインリヒが二人が梯子を登ったのを見てから部屋のドアを開け、二人に先に出るように促す。
天童麗司がハインリヒに頷いて部屋を出ると、そこは見覚えのある場所だった。
「ここは、礼拝堂か?」
「そうだよ。城の中庭にあったでしょ」
「本当に、ルーンベルグ城なのか…」
「だから言ったじゃない。信じてくれた?」
「まぁな」
「じゃあ本題。”薬”があればいいんだよね」
「ああ! そうすればあの卑怯者に勝てる!!」
「因みにさ、その”卑怯者”って誰のこと?」
「あのおっさんに決まっているだろう! 俺様たちの付き人だった!!」
「ああ…彼、生きていたんだねー。それが君たちの邪魔をすると」
「そうだ! しかも魔族の薬に頼ってな!」
「なるほどなるほど。事情はわかったよ。はいこれ」
ハインリヒは腰にある小さな革袋から、二つの小瓶を取り出すと、天童麗司と氷室鏡花に差し出した。
「本当に、いいんだね」
「くどい!」
「エエ…ゼッタイにユルさないんだから!」
――薬を受け取る二人を見るハインリヒの目は、妖しく光っていた。




