9-3 おっさん、”覚悟”を決める
「土下座して許しを乞うのなら、付き人に戻してやってもいいぞ! 寛大な俺様に感謝しろ!!」
「断る」
「何ぃ!」
俺が立ち上がりながらそう返すと、天童の表情が醜く歪んだ。
「だいたい、お前が俺を赦すとは思えないからな。受け入れたフリをして、後ろから斬る。大方そんなところだろう」
「なっ!」
俺がわざと軽口でそう指摘すると、図星だったのか天童は一瞬言葉を詰まらせた。だが、次の瞬間にはニヤニヤと口角を上げながら、俺を見下す。
「しょせんは愚か者か! 次代の王である俺様の慈悲がわからないとはな」
「悪いが、分かりたくもないな」
「ふん! 減らず口を!! ならば死ね!!!
『光の精霊よ! 魔を滅する者よ! 我が――』」
「『螺旋槍』ッッッ!!」
だが、天童が俺にトドメを刺そうと詠唱を始めたその隙に、赤い光を纏った一人の男が突撃してきた。
「チッ!」と舌打ちをしながら天童は大きく後ろに飛ぶと、氷室がそこに合流する。
神崎くんと早乙女さんが、そんな二人を庇うように立ち塞がった。
(…来てしまったか)
「フン! 外したか」
「この! 獣風情がっ!!」
「来るな、と言ったが?」
「ここはワシらの国だ! 命が惜しくて国が守れるか!」
そこに居たのは、立派な槍を構えながら豪快にニヤリと笑う獅子の獣人――ガルムだった。
「それに、ワシだけではないぞ」
「なんだと?」
「クヌギのおじちゃん!」
「こら、待てというに」
「ガド…それにセラフィナまで!?」
空から降りてきたのは、竜人たち二人だった。ガドはまだ分かるが、何故セラフィナがここに来たのか分からない。すると、俺の困惑を察したガドが先に口を開く。
「ふむ。安心せよ。こう見えて、この娘は強い」
「うんうん。わたし強いんだよー」
ふんす! っとばかりに胸を張るセラフィナに、戦場の張り詰めた空気が霧散しようとする。
だが、黙って見ていた天童と氷室が、イヤらしい笑みを浮かべた。
「ほう! あれが噂に聞く竜人か!!」
「アラ。捕まえれば高く売れそうネ」
「そうだな。それに娘の方は色々と楽しめそうだ」
「「…」」
まるで、品定めをするような醜い視線を、ガドたちに送る二人だった。その醜悪な言葉に、胸の奥がざらつくのを感じる。
――そう、あれはルカが人質に取られた時に感じたのと、同じ感情だった。
(…手遅れ、か)
前回、グレンツヴァハト要塞で会ったから思っていたが、残念ながら、最後の温情は意味がなかったらしい。もう、どうしようもないくらい、二人が”堕”ちているのは明白だった。
相手が外道ならば、こちらが取れる手段は”一つ”しかない――
(その蛮行…ここで”終わらせる”)
――俺は一度拳を強く握ると、天童たちから視線を逸らさないままガルムに話しかける。
「頼みがある」
「何だ?」
「あの二人は操られている。三人で足止め出来るか?」
俺が、神崎くんと早乙女さんを顎で示すと、ガルムは頷いた。
「たおさなくていいの?」
「ああ。正気に戻せば戦力になる」
「ふむ。そういうことなら請け負おう」
「いいのか」
「フン! お前が言うなら必要なんだろうさ!」
ガルムが鼻息を荒くそう言い捨てると、俺たちの会話を聞いていた天童たちが武器を構える。
「寛大な俺様に感謝しろよ! 別れの時間をくれてやったのだからな!」
「ハンッ! 油断しなければアタシたちが負けるワケないじゃないの!!」
「あっはっはっは! その通りだ!!」
「…なら、第二ラウンドといこうか」
「うんうん。じゃ、やるよー」
俺が飛び出すと同時に、セラフィナが空中に上がりながら息を大きく吸い込んだ。
天童たちは、彼女を脅威とは思っていないのだろう。ニヤニヤとセラフィナを一瞥すると、俺にだけ注意を向けている。
「『閃光息』」
――セラフィナの口から青白い光が迸り、神崎くんたちと天童の間に大きな溝を作った。
「キャアアアアッ!!」
「な、なんだと!!!」
「火遁」
そこに火球を打ち込んで、爆発を起こして二人の目を眩らせる。そのまま俺は爆煙に突っ込み、氷室に向かって斬り付けた。
だが、気配を察した天童が間に入ってそれを受け止める。
俺は刀で天童の剣を弾きながら一言だけ呟いた。
「油断しすぎだ」
見る見る内に天童の顔が真っ赤になっていくが、それを見た氷室が冷静に声をかける。
「チョット! 落ち着きなさい!」
「…チッ!」
(”仕事”はするんだな)
先程の”影縛り”の件といい、何だかんだ言っても氷室がこの”勇者たち”の頭脳なのは違いなかった。だが、よくよく見れば氷室も怒りで腕が振るえているのが見てとれる。
「さて、決着をつけようか。天童、それに――」
そこで言葉を切って、俺はわざと甘ったるい声で言った。
「――鏡華ちゃん」
「ハァァァァァァッ!? ナニ、ワタシの名前呼んじゃってくれてるのよおぉっ!!」
「お、おい!」
「コロス! ゼッタイにコロしてやるぅぅぅぅ!!」
「雷遁」
俺の指先から紫電が放たれて、氷室を襲う。だが、左腕の腕輪がカッと光ると、彼女には届かずに弾けて消えていった。
(あれだな…)
ルーンベルグが渡した”護り”の魔道具は、どうやらあの腕輪らしい。ならば、まずはあれをどうにかしなければならないようだ。
「どうした? 落ち着くんじゃなかったのか、鏡華ちゃん?」
「ウルサイ!」
「おい。落ち着けよ!」
「アンタはダマってて!
『風よ! 切り裂け!』
風の刃ッッ!!」
怒りに任せた雑な魔法を避けて、俺は神崎くんたちから離れるように距離を取った。
「ほらほら。どうした?」
「こノ! おっさんごときがナメんじゃないわよっ!! 本気で潰してやるわ!」
「おい! まさか!」
氷室が杖を掲げるのを見て、慌てて天童が氷室を止めようとするが――
「『魔力増幅』ッッッ!!!」
――氷室がそう叫ぶと、彼女の身体から凄まじい魔力が溢れ出した。それはまるで暴風のような勢いで、周囲に吹き付けている。
「チッ! これからが城攻めだってのに!」
「フン! アンタもさっさと本気出したら?」
スキルを使って冷静さを取り戻したのか、氷室の口調が元に戻っている。
「だいだい、あのおっさんさえコロせば、終わりでショ」
「ま。それもそうだな」
「それに、圧倒的な力で絶望にオトしたほうが、ブザマじゃない」
「ふん。確かにな……ならば俺様の本気を見せてやろう!! 『覇気』ッッ!!」
そう叫んだ天童の身体からもまた、黄金色の光が発せられた。
その二人の圧を受けて『危機察知』のスキルが今までにないくらいの激しい警鐘を鳴らしている。
(限界突破みたいなものか)
先代との闘いで見た光景が、今もまた目の前で行われていた。先程までとは比べ物にならない重圧が、俺を襲っている。
「さぁ、覚悟はいいか?」
「そうネ。ブザマにシネ!
『暴破嵐』ッッ!!」
(無詠唱になるのか!?)
あのグレンツヴァハト要塞を破壊した”嵐”が氷室の杖から再び産み出された。焦りを押し殺しながら、俺は魔力を全身に巡らせる。
「断る。『限界突破』」
俺の全身からは白い靄のようなものが立ち昇る。三角飛びの要領で、迫りくる”嵐”を避けながら、断崖を蹴って氷室を狙う。
「甘いな!」
だが、天童が氷室を庇って、俺の刀を受け止めた。
その隙に魔法をキャンセルした氷室は、次の詠唱に入る。
「『空歩術」!!』」
氷室が空へと退避するのを横目に、俺と天童は激しく切り結ぶ。
「ふん! さっさと死ね!」
「断るといっただろう」
(不味いな)
やはり『限界突破』は魔力の消耗が激しく、どこまで保つか分からない。互いの隙を埋めるように連携する二人を相手にしていたら、このままでは確実に押し切られてしまう。
「ふん! 『空斬刃ッ!』」
「『石の礫』ッッ!」
「ちっ」
天童の飛ぶ斬撃を切り払いながら、氷室の石の弾丸を避けていく。激しく魔力を消耗して頭痛がし始める中、俺はふと気付いたことがあった――
(今、俺は何をした?)
――そう、いま俺は天童の飛ぶ斬撃を”確かに”斬った。
スキルによって生み出された衝撃波のようなものを、確かに刀で斬ったのだ。
『――タケちゃん。刃筋さえ通れば、刀は何でも斬れるんだよ』
天童の猛攻を凌ぎながらも、ふと脳裏を師匠の言葉が過った。
「チッ! しぶとさだけは一人前だな! だがっ!」
「『炎の矢』ッッッ!」
天童が俺の刀を大きく弾いたその隙に、氷室が炎の矢で俺を狙う。
俺は心を落ち着かせながら『慧眼』で、じっくりと迫りくる炎の矢を”視”た。
(何だ?)
何か違和感を感じるものの、それが何かを掴む前に、炎は俺に着弾しそうになる。それをギリギリまで引き付けてから、俺は最小限の動きで躱す。
「『雷光剣ッ!』」
魔法を避ければ天童が仕掛けてくるのは分かっていた。雷光のような瞬足の踏み込みで俺の首を狙う剣を柳で受け流す。
一瞬体勢を崩した天童の胴体に向かって蹴りを入れるが、すぐに後ろに飛び退いて躱された。
「『氷の針!!』」
――当然、氷室がその隙を狙って、魔法を繰り出す。
今度はその発生する様から[物見]も併用して『慧眼』で観察する。
天童が後ろに回り込んでいく気配を感じながら、じっと見ているとある事に気付いた。生み出されていく無数の氷の針は、必ずその中心に青い小さな核のようなものが浮かんでから、氷の針に変化していったのだ。
(やれる筈だ)
――あれは確か、初めて真剣で巻き藁を切った時に言われた言葉。力任せに斬ろうとして、刀を曲げてしまった時に言われたものだ。
(力むな)
心を落ち着かせながら、自分が魔法を切り裂く姿を強く想像する。そして俺は、迫る氷の針の中心に真っ直ぐ刃筋を通すように刀を横に薙いだ――
「はノ型”刃紋”」
――横一文字に振り切った刀は、迫る氷の針を見事に霧散する。
「バ、バカな!」
「ウソでしょ!?」
あまりの事態に驚愕する天童と氷室が、戦闘中だというのに一瞬ポカンとした。
「「魔法を切った!?」」
(今だ)
「雷遁ッ!」
その一瞬の隙に、空中にいる氷室を狙って紫電を解き放つ。『限界突破』で強化された雷光が氷室に突き刺さると、パリンと何かが砕けるような音がした。
「ソンナっ。腕輪が!」
氷室本体までにはダメージは届かなかったようだが、[雷遁]を受け切った左腕の腕輪が砕け散る。
「厄介な魔道具は壊させてもらったぞ。鏡華ちゃん」
「名前で呼ぶナァァァァァァァァァァッ!!!」
――激高する氷室の全身から、凄まじい量の魔力が解き放たれ、天を貫いた。




