9-2 おっさん、立ち向かう
「そんな…ゼノビア渓谷が……」
アリシアの視線の先、そこにあったゼノビア渓谷が崩れ去っていた。
「何ぃ!」
「馬鹿な…」
「嘘よ…嘘よ…」
「むぅ…」
慌ててガルムたちが窓際に駆け寄ると、あまりの衝撃に言葉を失っている。
だが、アリシアがすぐに気を取り直すと、すぐさま指示を出そうとした――
「ガルム! 状況の確認を――」
「いや、必要ない」
「クヌギ様!?」
――それを俺が遮ると、全員の表情が困惑の色に染まる。
「”勇者”が来た。俺が行く」
「一体何を…」
「時間がない。ザインなら分かるだろう? 仲間にもそう伝えておいてくれ」
「承知した」
「ワシも行くぞ」
「駄目だ。死ぬぞ」
俺はそう言いながら、窓枠に手をかける。
「全員、首都から出るな! 巻き込まれても知らないぞ!」
そのまま窓の外から飛び出すと、次々と屋根から屋根へと飛び移っていく。
(くそっ…早いな)
[身体操作]で速度を上げて、あっという間にゼノビアの城壁まで辿り着いた俺は、騒然とする見張りの兵に向かって声をかけた。
「敵襲だ! 迎撃に向かう!」
「え?」「は?」
それだけを言い残して、俺は城壁から飛び降りた――
---
――ゼノビア渓谷に、大穴が空いている。
天然の防壁だった”それ”は見るも無残な姿となって、俺の目の前にあった。渓谷のど真ん中を”何か”が貫いて、巨大なトンネルを創り出していた。その両脇にはがけ崩れが起きており、かつての渓谷だった残骸が積み重なっている。
(…そうきたか)
――その中心を、四人の人影が悠々と歩いていた。
「はっはっは! これこそが”真の勇者”の力だ!」
「全く、ワタシの合成魔法のおかげデショ」
「ソウダナ! マゾクハミンナ滅サナキャナ!」
「エエ! 正義ノタメニ!」
高笑いを上げる天童と氷室。そして、虚ろな目をしている神崎くんと早乙女さんの姿があった。会話をしているが、言葉には全く感情が籠っていない。その様子は、何処かで見たことがあるような気がしていた。
(あれは…まさか)
思い浮かぶのは、ノルドヴァルの炭鉱都市で起こった”あの光景”だ。崩落に巻き込まれる人々、そして崩落を起こした者の”奇行”。
(…操魂刻印)
魂を操る呪いの魔法陣。それに操られた鉱夫の姿が思い出されたが、すぐさま新しく疑問が沸く。
(だが、勇者にも効くものなのか?)
高い『ステータス』を持つ勇者に、この世界の者が作った呪いが効くとは思えなかった。フォレストハイムを襲った、あのダークエルフのステータスもかなり高かった。だが、奴の”魔法”は俺には全く効かなかったのだ。
(…何が起きている?)
グレンツヴァハト要塞で会った時は、二人はまともだった筈だ。つまり、天童たちを回収してから”何か”をされたという事になる。操るくらいなら初めからしておけば、とっくにグレンツヴァハト要塞は抜けていた筈なのに、それをしないのは不自然だからだ。
(トラブルか)
二人の”意思”を奪う必要のある”何か”が起きて、急遽対処したに違いない。ならば、洗脳も浅い筈だ。
(やってやるさ)
二人とは”約束”がある。それを果たす為には、どうやら勇者四人と闘わなければならないらしい。かなり厳しい戦いになるだろうが、神崎くんと早乙女さんを正気に戻すには、これしかないのだ。
俺がそう覚悟を決めると同時に、天童たちも足を止める。
「さて、と。いるんだろう、チートおっさん!」
「そうヨ。さっさと出てきなさいヨ! この卑怯者ッ!」
「……」
武器を構えながら背中合わせになり、お互いに周囲を警戒するその姿は、正しく仲間だった。だから俺は――
「風塵」
――砂嵐を巻き起こして、頭上から一気に天童を目掛けて飛び降りた。
「チッ!」
「甘いワ! 『風よ!』」
だが、すぐさま氷室が起こした”風”によって、砂嵐は打ち消された。
そして俺の刀は神崎くんの盾に受け止められので、それを踏み台にして急ぎ距離をとる。
「アハハハハ! バッカじゃないの!? そのテは喰わないってーの!」
「そうだ! キサマの姑息な手段は、全てお見通しだ!」
(ちっ…ヴェスタリアの一件か)
恐らく”撤退戦”で俺が使った”目くらまし”の報告を聞いたのだろう。だが、天童たちが俺の生存を知ってから情報収集までの時間があまり早いように思える。という事は、事前に誰かが調べていたのだろうか。
(第一王女あたりだろうが)
それでも、勇者たちが出陣する頃は、まだその情報はルーンベルグに伝わっていなかった筈だ。と、そこまで考えて、俺は一人の男を思い出す。
(まさか、グレゴールが?)
あの真面目な騎士が、俺の事を話すとは思えない。だが、俺との再会をきっかけに何かアクションを起こしたのならどうか。それを見た”誰か”が気付いたのかもしれない。
(つまり、真っ向勝負しかない、か)
今の様子を見れば、今まで使った搦め手は対策されているだろう。更に厳しい状況にはなったが、覚悟は既に出来ている。
「さぁ! 裁きの時間だ!! 行くぞ、お前たち!!」
「そうヨ! 覚悟なさい!!」
「「身体強化」」
神崎くんと早乙女さんが、白い魔力に包まれる。それと同時に氷室は詠唱を始めていた。
「『氷よ! 貫け!』
氷の槍!」
(詠唱が短い!?)
グレンツヴァハト要塞で戦った時より、更に短くなっているという事は、スキルレベルが上がったに違いない。つまり、天童たちも俺との闘いで強くなったというのか。
(厄介だな)
強敵との戦闘でスキルレベルが上がるのは助かるのだが、お互いに強くなるのでは意味がない。埒が明かなくなる前に、早めに”決着”をつけるしかなさそうだ。
「『投盾』」
「『疾風剣』」
俺が氷の槍を横に飛んで躱したところに、神崎くんの投げた盾が飛んでくる。それを地面に伏せるように避けると、早乙女さんが横薙ぎの剣先を袈裟切りに変化させて、俺を狙う。
(やるな!)
だが、俺は足のバネを生かして、バク転でそれを避ける。そのまま二転三転して距離をとり、体勢を立て直そうとした――
『光の精霊よ! 闇を滅する者よ! 我が敵を薙ぎ払え!』
聖炎光!」
――それも見越していたかのように、天童の掌から巨大な光が解き放たれる。
(ちっ)
大きく横に飛んで、天童の放つ光線を避けたが、すぐさま早乙女さんが追撃を仕掛けてくる。
「『烈空斬』!」
「ほノ型”焔”」
鋭い踏み込みからの一撃を、俺は斬り上げで弾くと、無防備となった胴体に蹴りを入れて引き剥がす。
(すまないな)
だが、明らかに不利なこの状況では、無傷で制圧するなんて不可能だった。操られているとはいえ、本気で俺を殺しにきている以上、ある程度の怪我は仕方ないだろう。
俺が早乙女さんに追撃を入れようしたその時、危機察知のスキルが激しく警鐘を鳴らす。
「『土よ! 貫け!』
大地槍」
足元から無数の錐が生まれるのを察した俺は、更に後ろに下がるしかなかった。だが、それすらも計算されていたのだろう。勝ち誇った笑みを浮かべた天童が、高らかに詠唱を終える。
『光の精霊よ! 魔を払う者よ! 我が敵を打ち砕け!』
聖炎爆!」
天童の周囲に生まれた無数の光の玉が放たれて、俺に向かって一目散に飛んでくる。
(数が多い!)
既に早乙女さんは、巻き込まれないように三人の元へ下がっていた。
俺を取り囲むかのように迫りくる光弾を前に、俺は手を突き出した。
(やれる筈だ)
「火遁」
――イメージは今まさに天童がやったことだった。俺は無数の火の玉を生み出すと、光弾に向かって飛ばした。炎と光の玉がぶつかり、両者の間で激しく弾ける。
(…来る)
「にノ型”仁王”」
「『疾風剣』」
「『疾風剣』ッ!!」
爆煙を切り裂くように、天童と早乙女さんが俺に斬り掛かってくるのを、”仁王”で迎撃する。それから二対一の激しい斬り合いが始まった。
「ふん! なかなかやるじゃないか」
「お前もな。天童」
「俺様の名前を呼ぶんじゃない! この卑怯者が!!」
「…」
軽口を叩くが、決して状況は余裕なんかじゃなかった。仁王のカウンターを入れる隙がない連携攻撃に、俺は少しずつ押され始めていく。
「ほらほら、どうした!!」
「随分とお喋りになったじゃないか、天童。ずっと俺を無視してきた癖にな」
「ふん! キサマ如き”斬られ役”と俺様がなぜ話してやらなければならない!!」
「今まさに話しかけているのはそっちだが」
「うるさい!!」
逆に早乙女さんはずっと無言のままだった。天童の隙を埋めるように、いいタイミングで俺に斬りつけてくる。そのせいで、なかなか反撃の隙を見つける事が出来なかった。
「『盾殴打』」
更に神崎くんが加わると、最早完全に押され始めてしまう。確か神崎くんは盾役だったはずだが、戦えないという訳ではないらしい。更に連携が鋭くなり、避け切れなくなった俺の身体に掠り傷が増えていくようになった。
「はっはっは! そろそろ限界のようだな!!」
天童の表情が醜く歪み、俺を睨みつけてくる。
「やはり俺様が本気を出すまでもなかったな! 我ら選ばれし勇者の前に、死ね! 裏切者め!」
そう叫びながら、天童が距離を取った。恐らくスキルを放つつもりなのだろう。だが、攻め手が減った事で俺に一瞬だが余裕が生まれる――
(今だ)
「影縛り」
――魔力を練るには充分な時間だった。
「な!」
俺の影が伸びて三人の影を貫くと、その動きが止まる。だが魔力が足りず、氷室のところまでは届かせられなかった。
(仕方ない)
一度『限界突破』を試してみたのだが、魔力の消耗量が凄まじかったのだ。切り札としてとっておきたい以上、ここで魔力を無駄に消耗する訳には行かなかった。
「チョット! 何あそんでんのよ!」
「ちが…身体が」
「ウゴカナ…」
「…」
三人の様子を見て、何かを悟ったのだろう。氷室が慌てて詠唱を始める。
(今のうちだ)
俺が『雷遁』を拳に纏わせて、神崎くんたちの意識を奪おうとした次の瞬間――
「『炎よ! 爆ぜよ!』
火炎球ッ!!」
――空中で爆ぜた爆炎が、一瞬だけ地面の影を打ち消した。
(なっ!)
俺の拳は、辛うじて動き出した神崎くんの盾に防がれてしまう。
「『盾打』」
「ぐはっ!!」
間髪入れずに神崎くんが反撃を行い、俺は盾で殴り飛ばされた。
「重刺突ッ!!」
「重刺突」
(くっ、動け!)
地面に転がされた俺は、そのまま受け身をとって体勢を立て直す。何とか二つの突きを受け流したが、体勢を崩しきれなかった天童に思いっきり蹴りを喰らってしまった。
「ぐはっ!」
――絶壁に叩きつけられて俺は、一瞬息が止まった。
そのまま地に伏した俺は、すぐに身体を起こす。
「ふ! これが”正義”の力だ!!」
すると天童が俺にゆっくり近づきながらそう嘲笑うと、満足気に俺を見た。
「土下座して許しを乞うのなら、付き人に戻してやってもいいぞ! 寛大な俺様に感謝しろ!!」




