8-6 おっさん、賭けに出る
「だが、朗報もある。勇者二人とは話が出来そうだ」
――その言葉を聞いて、騒然としていた空気が一転する。
「本当か!?」
「ああ。残りの二人は駄目そうだが、おそらくは――」
「こっちに味方してくれる?」
「多分な」
「やったー」
不安要素がどうにかなりそうだと、フーゴとエラが真っ先に喰いついた。
トーマスが無邪気に喜びの声を上げると、空気が和らぐ。
(いいぞ、トーマス)
トーマスの頭を撫でてから、俺はマリアたちをぐるっと見る。するとトーマスは「へへっ」と笑顔になっていた。
「さて、再度侵攻が始まる前に、ゼノビアへ向かうぞ」
「グレンツヴァハト要塞は?」
「あそこはもう駄目だろう。要塞としては機能しないしな」
「そう…犠牲者たちは?」
「弔ってやりたいところだが…」
(…すまない)
俺は奥歯を噛み締める。時間も人手もない以上、俺たちには何も出来ないのだ。
だが、今やヴェスタリア人のリーダーでもあるマリアは、”彼ら”を放っておけないのだろう。それを察したエラがマリアを厳しくたしなめる。
「ダメよ、マリア」
「でも!」
「目的をはき違えてはいけない、違う?」
――しばしの間、厳しい顔で向き合う二人。
だが、マリアが空を見上げると、自分の頬をパンッ、と勢いよく打ち付けた。
「…そうね。ごめん。感傷的になってた」
「気持ちはわかるわ」
「ごめんね。嫌な役をやらせて」
「いいのよ。貴女はそのままでいて」
エラの言葉に、マリアは首を横に振った。
「ううん。もっと強くならなくちゃ」
「そうね。クヌートにいいとこ見せたいもんね」
「うん……って違う!! なんでそうなるの!」
ドッ、と笑う一同。俺がエラを見ると、エラはウィンクをしてみせた。
(こういうところは敵わないな)
エラはエラなりに、解放軍の士気を下げないように、いつも気を配っている。
今回も敢えてとぼけて見せる事で、場の空気を保たせたに違いない。
「さぁ、乗ってくれ。ゼノビアの首都まで急ぐぞ」
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再び魔車に乗り込んだ俺たちは、グレンツヴァハト要塞を横目にゼノビア連合の首都へと向かう。連合の名を冠する首都ゼノビアは、グレンツヴァハト要塞の東にある。セレスティアに見せた貰った地図によれば、山岳地帯の険しい地形を上手く利用した場所にあった。
「ん、あれは…」
魔車を走らせていると、前方にとぼとぼと歩いている集団が見えてきた。
近づくにつれて、かなり大きな集団である事が分かってくる。その歩みは遅く、たちどころに追いつきそうになった。怪我人も多く見られるので、おそらくはグレンツヴァハト要塞から逃げてきた者たちだろう。
俺は速度を落としつつ、対応を決めようとキャビンに向かって話しかけた。
「どうする?」
「なになに? 接触するかってこと?」
「ああ。グレンツヴァハト要塞の幹部と話が出来ればと思ってな」
「そうね…でも警戒はされそうね」
「そういう事だ」
「今回は無視でいいんじゃねぇか? 先を急ぐんだろ」
(…そうなんだがな)
フーゴの意見はもっともだが、俺が迷うのには二つの理由があった。この大敗がゼノビアまで届いているのかという事と、人間であるマリアたちが”勇者”の仲間だと思われて、敵対視されないかという事だ。
「…いや、幹部の誰かが同行してくれれば、入国も楽になるかと思ってな」
「ああ。そういうことね。当てはあるの?」
「勇者から助けた魔族の戦士がいる。彼に会えれば何とかなるかもしれん」
「なら、行くべきよ」
「マリア?」
「私たちはここで待ってるし、クヌートのことだもの。何か考えがあるんでしょ」
「そうそう。らしくないわね。魔車は私たちに任せて、さっさと行きなさいな」
マリアが俺を促すと、御者台のエラが手をひらひらさせて送り出す。
(本当に頼もしくなった)
皆の成長に、心が熱くなるのを感じながら、俺は手綱をエラに渡して飛び降りた。
「任せた」
「「ええ」」
そして、集団に向かって走りながら、[物見]で様子を伺う。主に獣人たちで構成された集団が、隊列を組みながら歩いていた。元気な者と、そうでない者の差が激しいのは、天童と戦ったかそうでないかの違いだろう。
少し距離をとって並走していると、集団の先頭に見覚えのある人影が見えた。
俺がゆっくり近づいていくと、向こうも接近する俺に気づいたのか、先頭集団がどよめく。
「何者だ!」
「いや、あの人は!!」
「待て! 彼は敵じゃない!」
兵士たちが武器を構えようとするが、俺に見覚えのある者たちが、それを止めようとする。すると、集団から一人の角の生えた男が、俺に向かって近づいてきた。
「あの時は助かった…礼を言うぞ、人間」
「もう動けるのか?」
「ああ。動くだけならな。ところで、お前は何者だ?」
礼を言いつつも、俺に対して警戒は解かないその態度に好感を持った。言葉とは裏腹に、相当無理をしているのが分かる。
(正解だ)
俺が彼の立場でも、そうするだろう。あれがあくまでこっちを油断させる為の”芝居”である可能性は否定出来ないからだ。
「俺はクヌート。アルカディアから来たB級冒険者だ」
懐からギルドカードを取り出して、それを魔族の戦士に見せる。
彼はそれをチラッと見ると、驚きの声を上げた。
「たかだかBランクの冒険者が、”アレ”とまともに戦えただと?」
「その口調、”アレ”が何だか知っているのか?」
「勿論だ。王国から送り込まれた勇者だろう。ご丁寧に宣戦布告があったからな」
それを思い出したのか、魔族の戦士は苦々しく吐き捨てるように言った。
「『いつまでも侵略戦争を止めないゼノビアに対して、我らルーンベルグは最終手段として勇者召喚を行った。必ずや勇者が魔王を退治して、魔族を滅ぼすだろう』とな。各国にもそう宣言したそうだ」
「なるほどな」
「それで、冒険者が一体何をしにゼノビアに来た?」
意図が計り兼ねるといった感じで鋭い目をしながら、彼は俺をじっと見据える。俺はその視線から逃げずに、はっきりと目的を告げた。
「依頼だよ。ルーンベルグを止めるっていう」
「なんだと! 人間のお前が本気で言っているのか?」
一気に空気が不穏なものに変わった。今にも様子見から敵対側になりそうな、一触即発なものに。
(焦るな)
それでも俺は真正面から向き合って、言葉を紡ぐ。
「個人的にも、ルーンベルグには借りがあってな。どうにも許せそうにない」
「何があった?」
「召喚された」
「は? 今何と」
「だから、召喚されたんだ。この世界に。そして騙されそうになった」
「まさか、お前は…」
「…そうだ。俺も召喚者だ。勇者ではないがな」
ここで、俺はセレスティアの手紙を取り出して、彼に渡した。
「アルカディア代表のセレスティアの手紙だ。後はこれを読んで判断してくれ」
「アルカディアだと!?」
訝し気に俺の事を見ていたが、彼は手紙を受け取って目を通す。
やがて、一気にそれを読み終えると、丁寧にしまって俺に返してきた。
「…信じよう。詳しい事情は聞かせてもらいたいが」
「分かっている。俺の仲間もいるから、そこで話をしないか」
「お前は命の恩人でもある。いいだろう」
魔族の戦士が俺に向かって手を差し出して――
「ザイン・ベルトラムだ。改めて礼を言う」
――深々と、頭を下げた。
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それから、ザインは部隊長たちを集めた。別行動をする旨を伝え、兵を率いて帰国するように指示を出す。
隊長たちは当初困惑していたが、勇者を撃退したのが俺だと分かると、すぐに雰囲気は一転した。最後には、ザインが俺に同行して先行する事に同意してくれたのだった。
それからザインと二人で魔車に戻りながら、掻い摘んで俺の”事情”を話した。
「――という訳だ」
「そんなことがあったのか…」
マリアたちもまた、俺をゆっくり追っていたようで、すぐに合流出来た。そして、俺がお互いを軽く紹介して、今ちょうど話を終えたところだ。
「ルーンベルグが、そこまで愚かだとはな」
「改めて聞いてもヒドイ話よね」
「本当にそう思うわ」
ザインはマリアたちの事を警戒していたが、彼女らがヴェスタリア人であると聞くと態度は一変した。マリアたちヴェスタリアもまた、”勇者”の被害者だと知っていたからだ。
ゼノビアはクーデターの話も掴んでいたらしく、その立役者が俺であるとマリアが言うと、納得したように頷いていた。
「そうか。同じ”勇者”ならそれも可能か」
「だから、俺は”勇者”じゃない」
「いやいや、だからアンタが勇者じゃなくて、誰が勇者なのよ」
「そうだなー。今までしてきた事を考えればなー」
「おじさんはゆうしゃだよ?」
(…納得いかんが)
俺はただ依頼をこなしてきただけなのに、もはやすっかり勇者扱いである。別に正義の味方を気取っていた訳じゃないので、正直困惑してしまう。
(そんな柄じゃないしな)
だいたい勇者のイメージといえば、当時の先代みたいな根っからのお人好しであると相場が決まっている。俺みたいな打算で動く人間に向かって使う言葉じゃないだろう。
(…ま、仕方ないか)
しかし、トーマスが喜んでいるのなら、表立って否定する気には慣れなかった。結果、俺のしてきた事がトーマスに復讐の道を選ばせなかったというなら、甘んじて受けるしかない。
――皆が落ち着いたのを見計らって、俺は話題を元に戻した。
「ザイン。ゼノビアに勇者襲撃のことは?」
「早馬を出している。それに伝書鳩も飛ばした」
「敗走していることは?」
「それはまだだ」
ザインによれば、”宣戦布告”をされた際、すぐに非戦闘員を極力グレンツヴァハト要塞から避難させたという。勇者の襲撃を受けた際、迎撃に出て時間を稼いでいる間に、残りの非戦闘員も避難させた。それに馬は全て当てたが、伝書鳩は逃げてしまい手段を失ったという。
――その為、多くの戦士たちが時間稼ぎに必死となり、犠牲者が増えていったそうだ。
(天童…)
”勇者”は弱者をいたぶるように戦っていたそうだ。それは相手の戦意を折る為か、ただただ力を誇示したいだけなのかは分からないとザインは言うが――
(後者だろうな)
――今の天童と氷室ならそうしてもおかしくはない。初めて勇者と遭遇したザインには分からないだろうが、あそこまで性格が豹変しているとは、俺ですら驚きだった。それもこれも、きっと”王国”が煽て続けた結果だろう。
――だが、ここで一つ疑問が沸く。
(本当に、第一王女の仕業か?)
”付き人”騒ぎの時に、俺の忠告までしてきた第一王女。他のお偉いさんとは違い、彼女の印象だけは最後まで白か黒か判断出来なかったが、第一王女ならもっと上手く操るような気がしていたからだ。
(なら、別の王族か?)
枢機卿も胡散臭いが、王を始めルーンベルグの王宮は野心家だらけだった。ならば、複数の思惑が乗って、収拾がつかなくなった可能性は充分にある。
(”二人”が無事だったのは僥倖だな)
戦場で再会した神崎くんと早乙女さんは、幸いまだ”あっち側”に染まっていなかった。だからこそ話が出来ると判断したのだ。
――まずはゼノビアに行き、勇者の情報を渡してから、彼らを”説得”する。
今の状況を考えれば、これがベストな選択肢な筈だ。
「なら急ごう。ザイン、案内を頼めるか?」
「承知した」
皆がキャビンに戻ると、俺とザインが御者台に乗った。
手綱を取り馬に指示を出すと、魔車が走り出す。
「なんだこの馬車は」
「アルカディア特性の魔道馬車だ」
「これが噂のか」
見る見るうちに速度が増していき、景色が流れていく。
向かう先、ゼノビアの空は、厚い雲で覆われていた。




