8-5 おっさん、邂逅する
「お、おっさん!?」
聞きなれた声が、半分崩壊した要塞に響き渡った。ヴェスタリアでは遠目に見るだけだった相手が、いま目の前に居る。
「え? 神崎君、今なんて――」
天童の容態を見ていた”彼女”も、立ち上がって振り返る。俺と目が合うと、驚きのあまり目が見開かれた。
「功刀さん!? 何故ここに――」
「ソイツは敵よ!
『氷よ! 敵を穿て!』
氷の針!」
だが、早乙女さんの言葉を遮るように氷室が叫ぶ。奴が俺に向けた杖から、氷の針が打ち出された。
それを見て慌てた早乙女さんが、静止の声を上げる。
「待って!」
「待たない! アレは敵!! 敵なのヨ!!
『嵐よ! 敵を切り裂け!』
暴破嵐ッ!!」
「バカッ! こんなところでそれを使ったら――早乙女ちゃん!」
俺が氷の針を撃ち落としている間に、氷室は次の詠唱を終えていた。だが、詠唱を聞いた神崎くんが、慌てて早乙女さんを呼び寄せる。二人がかりで気絶した天童を持ち上げると――
「「身体強化ッ!!」」
――白い魔力に包まれた二人が、天童を抱えたまま大きく横に跳ぶ。そして、防壁の上に退避した。
それと同時に、氷室の杖から嵐の渦が解き放たれていた。”嵐”はその進路にある”全て”を巻き込みながら巨大化していく。
「アハハハハハッ!! これで終わりヨ、おっさん!!」
迫る”嵐”を前に、俺は地面に手をついた。
「何、ドゲザでもするの? 許さないケド!」
そして、”嵐”が到達する直前に[影渡り]で、早乙女さん達の背後へ”飛ぶ”。
”嵐”は更に大きくなり、要塞の反対側へと突き抜けていく。幸いその射線上には住人は残っていなかったようだが、もはやグレンツヴァハト要塞は、要塞としては機能しないだろう。
(見境なしか!)
俺は憤りを抑えて、背後から二人に声を掛ける。
「二人とも」
「きゃあ!」
「わ! ビックリした!」
いきなり背後から声を掛けられて、驚く二人。だが俺は、それに構わず話を続けた。
「時間がないから手短に言う。天童を連れて、一度退いてくれないか?」
急な提案に驚く二人だったが、お互いの顔を見合わせると、同時に頷く。
「おっさんは?」
「氷室をここからルーンベルグ方向に引き剥がす。その後の回収を頼みたい」
「わかりました。その代わり――」
早乙女さんが、俺の目をじっと見つけてくるので、俺は頷いた。
「ああ。今度、話す機会を作る」
「必ずですよ」
「約束は守るさ。神崎くんもそれでいいか?」
「いいぜ。おっさんには色々と聞きたいコトあるしな」
「頼んだ」
天童を持ったままの神崎くんが了承の意を示したので、俺はそう言い残して防壁から、隣の屋根に飛び移る。そして、二人を射線上から逃すと、氷室から見える位置に飛び降りた。
「残念だったな」
「チッ! しぶといおっさんネ!」
「悪いが、お前に付き合うつもりはない」
「はああああああああっ!? おっさんと付き合うとはイミわかんないですケド!」
奇声を上げながら氷室は杖を構えるが、俺は敢えて背を向けて走り出した。
「じゃあな」
「ニがさないし!
『炎よ! 巻き付け!』
多鞭炎!!」
ちらと後ろを見れば、氷室の杖から炎の鞭が何本も生み出されていた。それらがうねうね揺れながら、蛇のように俺に襲い掛かってくる。その猛攻を避けながら、俺が防壁に向かって走っていくと、杖を持った氷室も追ってきた。
「おっさん! イイ加減死ネ!」
「断る」
(…追ってきてくれたか)
王宮に居た頃、天童と氷室は何かにつけて、俺をけなしていた。その天童があんな風になっていたので、氷室もそうではないかと当たりをつけてみたが、どうやら正解だったようだ。
いくら覚悟は決めたといっても、自分の半分しか生きていない”同郷”の者だ。さっき天童と対峙して思ったのだが、問答無用で殺すことは、どうも出来そうにない。
(ルーンベルグさえ止めれば…)
”大儀”を失った後、それでも戦いを続けるというのなら、もはや他に手段はないだろう。我ながら甘いとは思うが、これが俺に出来る最初で最後のチャンスのつもりだ。
「コレで終わり! 『解放』!」
氷室がそう叫ぶと、杖から一斉に炎の鞭が放出されて、俺に襲い掛かってくる。凄まじい熱気に肌が焼かれるように、チリチリとする。
(器用な真似を!)
炎の鞭が、俺を包み込むように降り注いでくる間に、氷室は既に次の詠唱に入っている。
「『風よ! 切り裂け!』
風の刃ッッ!!」
何十個もの薄い緑色をした円形状の風の刃が、氷室の頭上に生み出された。それらが不規則に、俺に向ってくるのと同時に、炎の鞭もまた俺に迫りくる。
(出し惜しみは無しだ)
「水遁」
地面に手をつけると、俺の身体を囲むように、水の柱が立ち昇る。水柱が火の鞭に当たり、ジュウという凄まじい音を立てて蒸発すると周囲が霧に包まれた。
その霧を揺らすように、風の刃が迫りくるのを躱しながら、俺は防壁の外へと飛び出した。
「ナニいまの…魔法!? おっさんが!?」
流石に気付いたのか、一瞬氷室の動きが止まり驚愕の声を上げる。その声の主をちらりと見ると、憎しみの籠った目で俺を睨みながら、氷室もまた要塞の外へ走り出す。
「魔法を使うなんてッ! おっさんのクセに生意気なのよッッ!!
『風よ! 空よ! 我と共に!』
空歩術」!!
詠唱が終わると同時に、氷室の足が徐々に地面を離れていき、空中を走り出した。
その速度はどんどん上がっていき、みるみるうちに俺に追いついてくる。
(…好都合だ)
さすがに魔法で空を飛ぶとは思わなかったが、これなら当初の目的が果たせそうで内心ほっとしていた。
しばらく追い掛けっこが続き、俺は追いつかれそうになったので足を止めて振り返った。
氷室もまた空から大地に駆け降りてきて、杖を構える。
「どう? 魔法っていうのは、こうヤッて使うのよ!」
「まさか空を走るとはな」
「フンッ! おっさんとは才能がチガウのよ。さぁ、観念なさい!」
『炎よ! 嵐よ! 炎の渦となれ!』
業火嵐ッ!!」
偉ぶる氷室が杖を掲げると、その周囲から炎の嵐が巻き起こる。それは”渦”となり天高くまで逆巻きながら巨大化していった。
「アハハハ! どう? これがワタシの才能! 合体魔法よ!!」
”渦”が空から俺に向かって振ってきたので、俺は背を向けて走り出す。
「さっきのテは使えないわ! 風は水じゃ消えないもの! おとなしくココで燃え尽きなさい!!」
愉悦に満ちた表情で、俺を見下しながら氷室が高笑いを上げた。
(さて、どうする?)
迫りくる”渦”の背に走りながら、俺は対策を考える。
天童との戦闘や二度の[影渡り]、そしてさっきの[水遁]で、実はかなり魔力を使っているので、影渡りは使えそうにない。ふと氷室の方にも視線を送れば、奴は高笑いをしながらも、タクトのように杖を振っていた。
(…なるほどな)
どうやら杖の動きと連動して、”渦”を操っているようだ。その証拠に、俺がどんどん離れていくのに、氷室は足を止めている。
(なら…これなら)
俺は速度を落とさないように、弧を描くように進路を変更した。そして、”渦”に――氷室に向かって突進する。
「アハハッ! 破れかぶれのトッコーってヤツ!? ムダよ!」
氷室が大きく杖を一回転すると、一度大きく頭上に挙げた。そのまま俺に突き付けるように振り下ろすと、”渦”もまた進路を変える。”渦”は一度真上に上がり、鎌首をもたげた蛇のように、今度は一直線に俺に向かってきた。
(ここだ)
俺は”懐”から石を取り出すと、そのまま氷室に向かって投げつける。だが、石は氷室に当たる前に、空中で何かに当たって弾かれた。
「ムダムダ!! 無防備なワケないじゃん!! 王女サマがこんなイイモノくれたんだから」
氷室が見せつけるように突き出した左腕には、豪華な意匠の腕輪があった。その中心の魔石が光っている。石が当たった時に、薄く結界のようなものが見えたので、おそらく魔道具なのだろう。
「じゃなきゃ、ヒトリで戦うワケないじゃん!! バーカ!!」
氷室を守るように、真っ直ぐ炎の渦が壁のように降りてくる。奴がもう杖を振っていない事から、すでに氷室の手からは離れているのだろう。となれば、もう進路は変えられない筈だ。
「さァ! 燃えつきなさい!!」
氷室が俺を指さしながら嘲笑う。その表情が醜く歪んでいることから、本当に俺の事が嫌いなのだと伝わってくる。
(…今更だがな)
撮影時の天童と氷室の態度で、薄々気づいてはいた。召喚時の”変化”により煽られて、天童と同様になっているのだろう。最も、この世界で色々と”経験”してきた俺にとっては、もはや大した感傷はない。
(行くぞ)
俺は今にも落ちてこようとする炎の渦を前に、急ブレーキをかけて足を止めた。
そして、そのまま後ろに大きく跳んでバク転をする――
「アハハハハハ…は?」
――空中で身体を捻り、再び氷室に背を向ける形で着地をすると、今度は全速力で走りだした。
「え?」
先程までとは比べ物にならないスピードで走る俺に、炎の渦は当然着いてこられない。
――そう、俺は氷室に追いつかせる為に、わざとゆっくり走っていたのだ。
走りながら、ちらりと後ろを見れば、炎の渦と地面が衝突する直前だった。
「ダマしたなぁぁあッ!!」
さすがに、自分の魔法の威力は知っているのだろう。このままでは巻き込まれると判断した氷室が、パチンと指を鳴らすと炎の渦が霧散する。
――俺はそれを見届けると、ぐんぐんと氷室から離れていった。
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「また無茶をして!」
「すまない」
「はいはい。夫婦喧嘩は後にしてね」
「そ、そんなんじゃないから!!」
「またおなじこといってるー」
「だな。まぁ、よくも飽きねぇもんだ」
「うー」
あの後、大きく迂回をしながら俺はグレンツヴァハト要塞に戻った。戻りながら気配を探っていたが、どうやら神崎くんたちが上手くやってくれたらしく、氷室も諦めて撤退したようだった。
――防壁の上から[物見]で周囲を探っていると、魔車が見えたので合流したのが今だ。
エラだけではなくて、トーマスにまで揶揄われた事に、マリアがショックを受けている。エラがその背中を叩くと、マリアは気を取り直した。
「それで、どうだった?」
「勇者の襲撃だった。グレンツヴァハト要塞は半壊して、多くの犠牲者がいた」
「マジかよ…」
「しかも、勇者一人の仕業だった」
「嘘でしょ」
尋ねてきたエラに俺がそう報告すると、マリアとフーゴが絶句している。その隣でトーマスは、拳を震わせていた。
――だから俺は、みんなの不安を取り除く為に敢えて、軽い口調で話し出す。
「だが、朗報もある。勇者二人とは話が出来そうだ」




