8-4 おっさん、因縁の再会を果たす
俺は御者台から飛び降りて駆け出すと、すぐに全身に魔力を巡らせた。
(急がなければ…)
[身体操作]で足に魔力を集めて、走る速度を上げていく。[物見]で遥か前方を見てみれば、遠くの空に煙が上がっているのが見えた。
(…あれだな)
その方向へ全力で向かっていると、煙が上がっているのは、どうやら砦のようだった。おそらくそこがグレンツヴァハト要塞なのだろう。
(間に合わなかったか…)
逸る気持ちを抑えつけ、今は少しでも急ぐ為に走る事に集中する。要塞との距離がぐんぐん迫っていき、その”惨劇”の光景が目に飛び込んできた。
(…酷いな)
要塞の向こうには、焼け焦げた大地と、そこに倒れている数々の兵の姿があった。
迎撃に出たのはいいが、返り討ちにあってしまったらしく、その大半は獣人だった。フォレストハイムの時とは違い、多くの者がピクリともしていない。ちらちらと見慣れぬ姿も見受けられたが、おそらくそれが魔族の兵士たちなのだろう。
(誰の仕業だ?)
神崎くんや早乙女さんには、炎系のスキルは無かった。新しく覚えている可能性はあるが、ああいう戦い方はしないだろう。ならやはり、天童か氷室の仕業なのだろう。最も、ルーンベルグの他の将軍という線もあるが、目立ちたがりの天童がそれを許すとは思えない。
(頼む、生きててくれ)
介抱する余裕も手段も今の俺にはない。遠く、要塞の方から悲鳴や剣戟の音が聞こえるようになってきたので、まだ全滅はしてないようだ。俺は更に魔力を練り上げて、足だけに集めていたものを全身に巡らせる。
見れば、要塞の防壁は崩れていて、ところどころに大砲で撃たれたような大きな穴が開いている。攻城兵器の類は視界にはないので、”誰か”のスキルでやったものに違いなかった。
(それだけ成長しているのか…)
やはり想像通り、勇者たちの成長は著しいものがありそうだ。俺は再度気を引き締めて、大きくしゃがみ込む。
既に目の前には、グレンツヴァハト要塞があった。俺は全力で大地を蹴って、防壁の上へと飛び上がる。そこから内部の様子を見てみれば、訓練場のような広場に多くの人影が集まっているのが見えた。たった一人を取り囲んでいるのが、次々と人が吹き飛ばされていく。
(そこか!)
俺は建物の屋根の上を飛び移り、最短距離で”戦場”に向かう。
「はっ、こんなものか! 魔族とはいえ、所詮ザコはザコだな! 手加減してやってもこのザマとは!」
「くっ…こいつ……」
「この分なら、魔王もこの天童様一人で倒せそうだ」
「あの方を、愚弄するなッ!!」
そう言って立ち上がったのは、頭に角を生やした美丈夫で、その背中には蝙蝠のような羽があった。だが、羽には細かい穴がいくつも空いていて、全身は傷だらけである。
「せめて、一矢報いて見せる」
魔族の戦士が剣を支えに立ち上がると、天童目掛けて走り出す。
「うおぉぉぉッ! 『烈空斬』!」
満身創痍とは思えない速度の踏み込みから振り下ろされる、力強い一撃だったが――
「遅い」
――軽々と、天童はその一撃を片手で受け止めた。そして、魔族の腹を蹴り飛ばす。
「ぐふっ!」
蹴り飛ばされて地面に倒れる魔族に近づくと、天童はその手にある剣を振り上げた。
その剣は見るからに美しく、国宝と言われてもおかしくない程の業物であると、一目見ただけでも感じられた。
「死んで、俺様の糧となれ!」
その凶刃が、魔族に向かって振り下ろされる――
「そこまでだ」
――キンッ、という甲高い音を立てて、その凶刃を刀の鞘で受け止めた。
「なっ!」
突然の闖入者を相手に、驚きを隠せない天童。まさか自分の一撃が受け止められるとは思っていなかったのだろう。その表情は驚きの色で染まっていた。
「下がれるか?」
俺が天童を見たまま、魔族に声をかける。彼もまた目の前の光景が信じられないのか、一瞬だけ戸惑う気配がしたが、「ああ」と短く返事をした。
「久しぶりだな」
時間を稼ぐ為に、俺は敢えて天童に話かけた。後ろ手で、魔族に下がるように指示すると、ずるずると離れていく音がする。
「貴様…まさか…」
「どうした? 芸能人なら、まさか”共演者”の顔を忘れた訳でもあるまいに」
「そんな、馬鹿な…」
「おいおい、せめて会話のキャッチボールをしてくれないか? なぁ、天童?」
俺がそう名前で呼ぶと、我を取り戻したのか、天童が俺を睨みつけながら大声で叫ぶ――
「…何故貴様がここにいるッ! 役立たずーーっ!!」
――叫びながら天童は、止められたままでいた剣を再度振り上げた。
そのまま俺に向かって振り下ろすが、鞘のまま柳で受け流すと、天童は体勢を崩す。
(重い!)
雑に振り下ろしただけの一撃なのに、かなりの力が籠められていた。少しでも角度がずれれば、きっと鞘は斬られていただろう。それだけでも、相手がかなり成長をしているのだと実感できる。
(…ちっ)
『慧眼』でステータスを見ようとしたが、セレスティアに試した時のように、ノイズに妨害されて確認する事が出来なかった。どうやら王家から何か鑑定阻害の魔道具を持たされているようだ。
(それならそれで対処するだけだ)
現場で状況が変わる事なんか、今まで散々経験してきた。イレギュラー対応には慣れている。俺は天童の注意を引くために、敢えて挑発するように口を開く。
「危ないじゃないか。当たっていたら怪我じゃすまないだろう?」
「馬鹿な! 俺様の一撃が流されただと」
「だから、人の話を聞け」
「うるさい! 手加減していればいい気に乗りやがって!」
――そこで、天童の気配が変わった。
(来る)
「…何故貴様がここにいるかなんてどうでもいい。斬られ役らしく、ここで死ねぇ!
『剛の剣』!!」
俺は素早く帯刀しながら、振り下ろされる剣をギリギリで避ける。
天童は振り下ろしきる直前に、剣の軌道を強引に変えて、俺に追撃を入れてきた。
「連撃『重刺突ッ』!!『疾風剣ッ』!!」
突き出した剣から、矢のようなエネルギーが放たれたのと同時に、天童が一歩踏み込んでくる。
俺はエネルギーの矢を横に大きく跳んで避けると、次の首を狙った一撃に合わせて刀を抜いた。
「いノ型”雷”」
天童の横薙ぎと、俺の真っ向斬りが十字にぶつかり合い、鍔迫り合いの形になる。だが、俺はすぐに力をいなして体勢を崩し、鍔で天童の剣をカチあげた。
「ちっ!」
天童は空いている左腕を突き出しながら、後ろに大きく跳ぶ。
空中を跳ぶ奴の掌は、淡く輝き出した。
「『光の精霊よ! 闇を払う者よ! 我が敵を焼き尽くせ!』
浄化炎!」
空中で詠唱を終えた天童は、着地と同時に掌から無数の白い火の玉を解き放つ。
それらは一目散に俺を目掛けて飛んでくるので――
「雷遁」
――その全てに向かって俺も指を指し、紫電を飛ばして迎撃する。
「役立たずのくせに生意気なッ!!!」
思い通りにいかない苛立ちをぶつける為に、天童が更なる怒声を俺に浴びせてくる。
ふと周囲の気配を探れば、これ幸いと兵たちは居なくなっていた。
(これでよし)
おそらく、あの魔族の戦士がやってくれたのだろう。わざわざ時間稼ぎをした甲斐はあったというものだ。後は目の前の”男”をどうするかが問題だった。
(撤退してくれればいいのだが…)
会話では到底無理だろう。今までの感じからして、俺とまともに話すつもりはないようだ。先代に聞いていた”心の変化”とやらと、俺への憎しみが嫌な風に混ざってしまっているらしい。
となれば、戦闘不能にするしかないのだが、それもなかなか難しい。今は冷静さを失っているからこそ優位になっているだけだ。油断したら一気に持っていかれてしまう程、天童は力をつけている。剣を合わせたから分かるが、恐らくは先代のステータスは超えているだろう。
(厳しいが、やるしかない)
勇者を止めるのは、俺の役割だ。自分でそう決めた以上、ここで引くという選択肢はない。覚悟を決めて、俺は刀を正眼に構える。
「こんなものか?」
「調子に乗るなよ!!
『光の王よ! 魔を払う者よ! 我に力を!』
光の剣」
天童が剣を掲げて詠唱を唱えると、その全身から光の柱が立ち昇る。その光はやがて掲げた剣に収束していく。すると、天童は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「これが、勇者の力だぁぁぁぁぁあッ!!! 『勇者の剣』ッッ!!!」
天童の剣から、先程のスキルとは桁違いの光が放たれた。そのまま奴は天高く昇る光を、俺に向けて振り下ろす。俺の『危機察知』のスキルが全力で警鐘を鳴らしている事から、間違いなくまともに受けてはいけない一撃なのだろう。
迫りくる光の剣が、まるでスローモーションのように俺の頭上に降り注いできている――
(間に合わない)
――俺が光に呑まれるのと同時に、ドカン! という大きな爆発音が辺りに響き渡った。
「はっはっは! あの世で後悔するんだな!! 役立たずのくせに、俺に歯向かったことを!!!」
俺の居た場所から防壁までの直線上にあった物体は、全て消え去っていた。防壁に穴を空けたのは、おそらくこの技なのだろう。
俺は天童の背後から、無防備に笑い声を上げるその首筋に向かって”手刀”を振り下ろす。
「あっはっはっは…ぐわっっ!」
[雷遁]を纏わせたその一撃は、スタンガンのように天童の意識を刈りとった。
何が起きたのか分からないといった表情のまま、天童の身体が地面に沈んでいく。
(…危なかった)
――そう、俺は[影渡り]で天童の背後に飛んで、光の剣を躱したのだった。一度セレスティアの元に”飛んで”いなければ、発動の感覚が掴めていなかったので、間に合わなかっただろう。
(とりあえず、縛っておくか)
また暴れられたら堪らないので、俺は[空蝉]で縄を取り出して天童を縛ろうとした。
だが、その瞬間に聞き覚えのある声が周囲に響く。
「『土よ! 敵を貫け!』
大地槍」
(不味い!)
急に足元からの危険を察知した俺は、大きく飛び退くしか出来なかった。さっきまで俺が居た場所には、土で出来た大きな錐が何本も生えている。
(…ここで来るか)
声がしたのは、天童がさっき防壁に大きな穴を空けた方向からだった。そこには、豪華な杖をこちらに向けた一人の女が立っていた。女はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
するとすぐに、天童の前に二つの影が現れた。
一人は膝をつき、もう一人は天童を庇うようにして立っている。
「大丈夫。気を失っているだけみたい」
「全く、誰が今の天童を――」
その”一人”がこちらを振り返り――そして、固まった。
「お、おっさん!?」




