8-3 おっさん、"魔族"の国に行く
ヴェスタリア解放軍との話を終えた俺は、冒険者ギルドの仮眠室を借りようとギルドへ向かった。中に入ると遅い時間だからか、受付前には俺以外の姿は見えなかった。
「あら。クヌートさん」
「確か、コローネだったか」
「ええ。おひさしぶりです」
受付嬢のコローネが、そこで意味深な笑みを浮かべる。
「ちょうどよかったです。もしクヌートさんが来たら、マスターの部屋に行くようにとの言付けがありまして」
「ティグリスが?」
「ええ。どうぞお通りください」
(どういう事だ?)
今日、ギルドに来る事はさっき決めたばかりで、先触れを出してもいない。なのに、まるで今日来ることが分かっていたような対応に、俺は首を傾げる。
「行けばわかりますよ」
「分かった」
二コリと笑いながら、奥へ行くように促すコローネに、頷き返して受付の奥へと入っていく。
一階の一番奥、ギルドマスターの執務室までついた俺は、そのドアをノックした。
「誰じゃ?」
「クヌートだ」
「来たか。入ってくれ」
(やはり、か…)
ティグリスは俺が来る事を確信していたようだ。それを疑問に思いながらも、ドアを空けて部屋に入ると、中にはティグリスの他にもう一人、ソファーに座っている姿が見えた。
(…なるほどな)
「あら、遅かったわね」
「色々と話し込んでな。…それでセレスティア、何でここに居る?」
「決まってるじゃない。貴方がここに来ると踏んでいたからよ」
「そうじゃな。それに儂もお主のことでセレスと話があったのじゃよ」
「…話?」
俺が怪訝な顔をしているのに気付いたのか、二人は互いの顔を見合わせて、ふっと笑う。
「そう警戒するな。別に悪いことではない」
「そうよ。むしろ貴方に必要なものを用意していたの」
ティグリスが、ローデスクの上に置いてあった白い二通の封筒を、俺に向かって差し出す。
俺はそれを受け取りながら、二人に問いかけた。
「これは?」
「こっちは推薦状じゃよ。ゼノビア支部宛てのな」
「それで、もう一つが紹介状。アルカディアからゼノビア連合宛てのね」
――思いがけない言葉に俺が言葉を失うと、ティグリスが立ち上がって俺の肩を叩いた。
「言ったじゃろう? 偉業は称えられねばならんと」
「貴方は、フォレストハイムの危機を救った。その功績は、本来ならばAランクに昇級できてもおかしくはないの」
「しかしじゃな、お主は今ルーンベルグのギルド本部に目を付けられている状態じゃ」
「そう。しかも功績をあげたのは、私たちの管轄外での話。更にBランクに上げたばかりの今、アルカス支部で昇級させるのは問題視される可能性があるの」
「そこで、推薦状という訳じゃな。後はゼノビア支部がどんな判断をするかはわからんが、まぁお主なら大丈夫じゃろうて」
――二人の言葉に、思わず胸が熱くなる。
決して、称賛されたくてやった訳ではないが、それでも評価をされるというのは嬉しいものだ。こういう言葉を貰えただけでも、無茶をした甲斐があったと思う。
「ありがたく頂戴する」
「そうそう。若者は素直が一番じゃよ」
「だから、もうおっさんなんだが」
「儂に言わせれば、まだまだじゃよ」
「はいはい。そういうのいいから」
セレスティアが話に割って入って、この話は終わる。
すると、改めてセレスティアが、真剣な顔で俺に話しかけてきた。
「魔道馬車の手配はできてるわ」
「すまないな」
「いいのよ。ただ、さっきも言ったようにルーンベルグの動きがきな臭いわ。充分に注意して」
「ああ。分かっている」
「私の紹介状も、何処まで効果があるのかはわからないわ。なのでクヌート」
そこで、セレスティアが口元に笑みを浮かべ――
「あとは、貴方が頑張って説得してね」
――俺の背中を叩いてきた。
(分かっているさ)
充分過ぎるほどに援護はしてもらっている、後は前に出る俺の仕事だ。信用を得る為には、自ら行動を起こすしかない。それはどんな”場所”でも同じであると、様々な現場を経験して思い知らされている。
「ああ。それでティグリス。一つ頼みがある」
「なんじゃ?」
「仮眠室を使わせてくれ」
「そんなんじゃ、疲れがとれないわよ。大図書館のあの部屋を使いなさい」
「いいのか?」
「どうせ、魔道馬車はあっちに用意してあるからね。その方が話が早いでしょ」
「助かる」
---
――明けて翌日。
あの後、大図書館で一晩明かした俺は、セレスティアから魔道馬車の説明を受けた。そして今、魔道馬車に乗ってマリアたちを迎えにいっている。
因みに、セレスティアは”魔車”と呼んでいるらしい。理由は「長いから」だそうだ。
今回は急ぎの旅になるという事で、セレスティアはアルカス一の駿馬を用意してくれていた。だが、名前がパトリシアだと聞いた時、思わず頭を押さえてしまった。
(偶然だとは思うが…)
某国民的RPGと同じ名前の馬に、何処かむず痒いものを感じながらも、魔車の手綱を持っている。
魔道馬車改め”魔車”は、御者台に魔石が組み込まれていて、それに魔力を通す事で馬に身体強化の魔術がかかるそうだ。
更には、魔力で魔車の重量自体を軽減する効果もあり、それで三倍の速度が出せるそうだ。その分、揺れが大きくなるのではと懸念が湧いたが、それも大丈夫なように設計されているらしい。
欠点は、御者の魔力が尽きれば、速度は元に戻ってしまう事だが、これでも魔力は多いほうだ。マリアたちもいるから、その点では問題ないだろう。
(…それよりも、だ)
問題なのは、やはり時間の方だろう。ルーンベルグの進軍に間に合うか否かという方が、よほど心配だった。だが、マリアたちも来る事になった以上、これで移動するしかない。
それでも、いざという時にマリアたちに魔車を任せられるようになったのは、大きな強みだ。これで単身先行する事も、現実味を帯びた。
(一応、借り物だしな)
セレスティアの冗談だとは思うが、誰がこんな高そうなものの修理費を好き好んで払いたいというのか。出来れば無事に返してやりたいとは思っている。
――そんな取り留めもない事を考えている内に、魔車はマリアたちが住む兵舎の一角へと辿り着く。
「あ、おじさーん!」
声の先では、トーマスが元気いっぱいに手を振って待ち構えていた。マリアたちも皆、準備万端といった面持ちで、俺を待っている。
「おじさん! これで行くの!?」
「ああ。そうだ」
「やったー!!」
初めてみる”魔車”に興奮を隠せない様子のトーマス。見れば、他の皆も心なしか目が輝いている。
「これが、魔道馬車…」
「あらあら。なかなかいかついわね」
「へー、よくわからねぇけど、なんかすげえな!」
マリアたちが魔車を見回しながら口々に感想を漏らしている。
俺はそれを聞いて、苦笑を漏らしながら彼女たちに話しかける。
「ほら。旅の最中に幾らでも見れるんだから、早く乗ってくれ」
「「はーい」」
「そ、そうね。ごめんなさい」
はっ、と気まずそうになったマリアが謝罪を口にした。どうやらトーマスの手前で、はしゃいでしまった事を反省しているらしい。
「気にするな。それで、荷物は?」
「これだけよ」
「少ないな」
「なるべく少なくしたのよ。飲み水は魔法で出せるようになったし」
「それは便利だな」
「でしょう? セレスティアさんが覚えられるように手配してくれたのよ」
「…頭が上がらないな」
「ええ。本当に世話になってばかり…」
セレスティアにはどれほど良くしてもらったのかと、アルカディアに来てからの事を思い出した俺とマリアは、お互いに顔を見合わせてしまう。
「こらこら。いちゃつくのは夜まで待ちなさい」
「そ、そんなことしてないわよ!」
「ほらほら。急ぐんでしょ」
「ああ、すまない。マリアも中へ」
「わかったわ」
気を取り直したマリアが、魔車へと入っていく。
振り返って中を見れば、全員席についているのを確認して、俺は声をかけた。
「出発するぞ」
---
――こうして、魔車が走り出して、三日経った。
通常よりも速く走る魔車に、初めは大興奮だったトーマスだったが、ずっとのキャビンの中にいるだけだったので、一日で飽きてしまった。それは他の面子も同じようで、初日は偵察の為にエラに座っていてもらったが、交代制となった。ちなみにフーゴだけは、ずっとキャビンの中で寝ている。
御者台には二人席だったが、小柄なトーマスなら間に挟んで座れる。なので、三人で話をしながら、飽きては中に戻って眠るというのを繰り返していた。
(…久しぶりだな)
思えば誰かと旅をするのは、エンリコをリベルタまで護衛して以来、一度も機会がなかった。あの時はもっと殺伐としていたが、こういう騒がしい旅も悪くないように思える。
(この分なら、間に合いそうだ)
魔車の旅は快適そのもので、途中で魔物を見かけても、そのほとんどが置き去りに出来ていた。エラが御者席にいる時は、彼女のスキルで予め発見できるので、ルートを変更してやり過ごせる。エラがいなくても、俺が[物見]で発見するので同じように回避出来た。
別に狩ってもよかったのだが、今は特に速さを優先にしたかった。だから、時間の消耗を極力避ける為に、なるべく戦闘はせず、また休憩も最小限にするとマリアたちには告げていた。
さすがに馬を休ませなければならない為、夜通しで駆ける事はしていない。だが、それでも日が完全に暮れるまでは魔車を走らせていたので、パトリシアは頑張ってくれたと思う。
夜は安全そうな場所を俺とエラで見つけ、馬を繋いで交代で見張りについた。
まだ幼いトーマスには過酷かと思っていたが、考えてみればヴェスタリアからの逃避行を経験している彼は、けろんとしていて楽しそうだったのが救いだ。途中、寝ぼけたトーマスが用を足しにいって、迷子になって騒ぎになったのはご愛敬だが。
――そして、四日目の朝を迎えた。
野営の後を片付けて、今日も魔車を走らせる。
セレスティアが予測した、ルーンベルグ軍の進路を迂回しながら、俺たちはゼノビアを目指していた。
ルーンベルグとゼノビアは、長年に渡り争っている為、当然国境の間に大きな緩衝地帯がある。
俺たちが向かっているのは、その緩衝地帯ぎりぎりのところにある、グレンツヴァハト要塞。対ルーンベルグの為にゼノビアが建てた要塞で、長年の小競り合いはここを中心として行われていたそうだ。
(…明日には着く筈だ)
不安と焦りを押し殺して、俺は魔車を走らせる。
すると、御者台に座っているエラが、鋭い声を上げた。
「マズいわ! 前方で何か争ってるみたい!」
「なんだと!? エラ、任せた」
「ちょ、ちょっと!」
――俺はエラに手綱を押し付けると、御者台から飛び降りて駆け出した。




