8-2 おっさん、覚悟を問う
「その前に、勇者召喚の事をどう思う?」
俺の言葉に、その場の空気が一瞬で凍った。
そして、しばらくお互いの顔を見合わせるだけの解放軍の一同だったが、意を決したマリアが口を開く。
「オズワルドに聞いたわ。かつて、ヴェスタリアを襲った”大侵攻”の真実を。ルーンベルグの勇者が襲ってきたって…まさか!?」
「そう。今回は、ゼノビアを侵攻する為に勇者召喚が行われた。しかも四人」
「そんな…」
衝撃の事実に、マリアは絶句して俯いてしまう。それを隣で聞いていたエラが、引き継いで話を進めようとした。
「何処からの情報?」
「セレスティアに聞いた」
「なるほど。なら信頼できるわね」
「ああ。ここで重要なのは――」
「ヴェスタリアを解放しても、再び勇者の魔の手が迫るかもしれないってことね」
俺が言い切る前に、察したエラが言葉を繋ぐ。
「そうだ。しかも、フォレストハイムにも派兵したそうだ。ゼノビアの味方をする亜人を抑える為だとか」
「あらあら。正義が聞いて呆れるわね」
「ゼノビアさえ落とせば、ルーンベルグはきっと勇者の力で強引に各国を支配下に治めるだろう」
「確かに。あの国ならやりかねないわ」
思うところがあるのか、今度はエラが黙って何やら考え始める。
周囲の反応を探ると、今までの話が理解できていなかったのか、トーマスは首を傾けていた。
「勇者っていい人なんでしょ? なんでぼくたちをおそうの?」
その純粋すぎる質問に、この場にいる大人たちが一斉にトーマスを見る。
(…どう答える?)
俺も一瞬言葉に詰まったが、何とか言葉を紡ぎだす。
「勇者だって人間だ。いい人もいれば悪い人もいる」
「じゃあ、勇者は悪い人?」
「そうかもしれないな」
「そっか」
そこで、トーマスは何かを決心したように、一度頷く。そして、まっすぐな目をしてこう言った。
「じゃあ、ぼくがみんなを守るためにたたかうよ! ぼくだってつよくなったんだから」
――そのトーマスの言葉に、はっとする解放軍一同だった。
「そうだ! 何ビビッていたんだよオレは」
「そうですね。例え誰が相手であろうとも、我々の目的はかわりません」
「ええ。私も全力で支援いたします」
フーゴが、デヴィットが、ソフィアが、トーマスの元に行き、彼をもみくちゃにする。
「もーやめてよー」
「あはっ! そうね。難しく考えすぎたわ。ね、マリア」
エラがマリアを励ますようにマリアの肩を叩くと、彼女もまた顔を上げる。その表情は、解放軍のリーダーとしてのものに戻っていた。
「ごめん。気弱になってた」
「いいさ」
「それで、何でこの話を?」
そう訝し気に問いかけるマリア。
(これなら、大丈夫そうだ)
俺の"事情"に巻き込みたくなくて、今までは自分の素性を黙っていた。だが、ルーンベルグと一戦交えても構わないという解放軍の覚悟を感じ取れた俺は、最後の手札を切ることにする。
「それは、俺も召喚された者だからだ。勇者ではなく、巻き込まれただけだがな」
「「ええっ!!」」
この日一番の驚きの声が、マリアたちから上がった。
そして俺は、改めて今までの旅の軌跡を彼女らに説明する。
この世界に召喚された俺が、ルーンベルグの説明に疑いを持ち、隙をみて脱出した事。
盗賊に襲われていた商人を助け、護衛としてリベルタに行き冒険者になった事。
ある事件のせいで盗賊ギルドに目を付けられ、リベルタにいられなくなった事。
冒険者ギルドのマスターに頼まれ、ノルドヴァルの反乱の噂を確かめに行った事。
圧政に苦しむ住民を助けていたら、今度はノルドヴァル王家に目を付けられた事。
――ヴェスタリアでマリアたちに会うまでの出来事を話して聞かせると、一同はしばらく黙ってしまう。
だがここで、ふいにトーマスが――
「おじさん、おとぎ話のゆうしゃそっくりだね」
――そう、ぽつりとこぼした事で、場の空気が一気に騒然とした。
「そうそう。クヌートの方がよっぽど勇者してるわ」
「だな。何をもって勇者っていうのかオレにはわからねぇが」
「ええ。ルーンベルグなんかよりも、クヌートの方が”正義”だわ」
口々に盛り上がっている中、ソフィアだけは黙って祈りを捧げている。
(…気のせいか?)
だが、気のせいかもしれないが、それが俺の方を向いているような気配を感じる。なんとなく居心地が悪くなって、俺は視線を逸らす。
(たぶん気のせいだろう)
そう思うことにしたが、彼女のその表情が何処か頭から離れない。俺は気を取り直して、場を元に戻すためにパンパンと二回手を叩いた。
そこから、アルカディアの大図書館襲撃を話し、
セレスティアから先代勇者の事を聞いて、フォレストハイムに会いに行き、
ルーンベルグが起こしたであろう集団暴走を、亜人たちと協力して阻止し、
そして、先代勇者にルーンベルグを止めるように託された事――
――それらを手短にまとめて話をしたが、外はすっかり日が暮れていた。
「…なんていうか、想像以上に勇者してるわね」
話を聞き終えたマリアが呆れた顔でそう呟くと、周囲の人々はウンウンと頷いていた。
「ホント、そりゃ二千人の足止めとかやれちゃうワケだ」
皆の呆れ顔に、俺は苦笑しながら脱線しそうな話を戻そうとする。
「それでだ。今までの話を踏まえた上で聞いてほしい」
「何?」
「俺は勇者を止めるために、ゼノビアに行くつもりだ。勇者に対抗できそうなのは、おそらく同じく召喚された俺くらいだろう」
「でも、四人もいるんでしょう?」
「一応、勇者たちとは顔見知りでな。もしかしたら、二人はこちら側についてくれるかもしれない」
「そうか! それなら――」
「ああ。数の上では有利になる。問題なのは、その二人と接触出来るかどうかだ」
「ああ。戦場でのんびり話している暇はないってワケね」
「そういう事だ。それで、今後の話をしておきたい」
「今後のこと?」
ここで、俺は改めてヴェスタリア解放軍の一同の顔を、一人ずつ見回す。すると、何かを悟ったのか、皆の表情が引き締まった。
「オズワルドとの約束もあるし、ヴェスタリアの真の解放を手助けする意思は変わらない。だが、ゼノビアに行けば、おそらく直接関わる機会は減るだろう。だが、ルーンベルグの主力である勇者の戦力を削げれば、間接的にヴェスタリア解放の手助けは出来ると思っている」
ここで、厳しい表情で仲間たちを見回していたマリアが、口を開いた。
「なら、私たちも行くわ」
「マリア?」
突然の提案に俺が思わず聞き返すと、今度はエラが口を挟んでいた。
「そうね…戦力は多いに越したことはないでしょ」
「そういうこと。勇者たち以外にも”敵”はいるし」
「斥候なら、ワタシの本領発揮できるしね」
「でも、何人かはアルカディアに残って、皆をまとめておかないと」
――二人で盛り上がっているので、今度は俺が口を挟む番だった。
「待ってくれ。おそらく人間への風当たりは強いぞ」
「クヌート、貴方も人間でしょ」
「それはそうだが、俺は召喚者でもあるしな」
「それでも、何かと人手はいるんじゃない? 新参者が初めから好き勝手はできないでしょうに」
「確かにそうだが…」
俺は再び解放軍一同の顔を見回すが、誰一人として怯えた目はしていない。
(巻き込んでいいのか?)
これは、召喚者された俺たちが片付けるべきだと思っていた。勇者たちがどれだけ成長を遂げているかは分からないが、あの第一王女が派遣したという事は、それなりに仕上がっている筈に違いない。
先代と手合わせをして分かったが、やはり召喚者にはステータス補正がある以上、この世界の住人では歯が立たないだろう。
ヴェスタリア解放という目的がある、マリアたちを危険な目に遭わせていいのだろうか。
(…いや、違う)
――一人で抱えるなと、オズワルドから言われた事を思い出す。
マリアたちの覚悟は本物のようだ。ならば、彼らの意思を尊重してもいいのではないだろうか。
「…いいのか? 危険だぞ」
「承知の上よ」
「そうそう。どちらにせよ、勇者たちはどうにかしないとマズそうだしねー」
「はっ! そういうことだ!」
マリアとエラ、そしてフーゴが大きく頷いている。
「じゃあ、ボクはここに残って、いつでも動けるようにしておきましょう」
「なら、私も残りましょう。デヴィットだけでは大変でしょう?」
「助かります」
デヴィットとエラは、アルカディアに残るようだ。皆の意思の疎通が以前より速やかで、それだけの困難を乗り越えてきたのだろうと想像できる。
(頼もしくなった)
最後にトーマスが、うるうるした目で俺の事を見つめている。その目が”ぼくも行きたい”と主張しているのは、誰が見ても明らかだった。
「来るか?」
俺の言葉に、ぱっと表情を明るくするトーマス」
「いいの?」
「マリアたちがよければ、だが」
そこでトーマスが、何かを期待するような目で、今度はマリアをじっと見つめた。しばらく二人は見つめ合っていたが、ふと観念したような顔になりマリアが両手を挙げた。
「降参よ。エラはどう思う?」
「うーん。今のトーマスなら大丈夫じゃないかしら。レアジョブのおかげで、ワタシの手伝いもできるし」
「そうね。それに戦闘力も我々の中でも上の方だしね」
「ホント!?」
今にも飛び上がりそうな勢いで、トーマスが最後の確認をする。
「ええ。ただし――」
「「ちゃんと言うことは聞くこと」」
マリアとトーマスの声が重なって、周囲の人間からどっと笑い声が上がる。得意げなトーマスに反して、マリアは頬を膨らませていた。
「もう! 締まらないじゃない!」
「はいはい、マリア。クヌートが見ているわよ」
「知ってるわよ!」
「もー、八つ当たりしないの」
いつもの二人のやりとりで、更に周囲の雰囲気が明るくなった。彼らの表情を見れば、俺の言いたい事はしっかりと伝わっているようにも思える。
「よし。あまり時間がない。出発は明日でいいか?」
「ええ。これからすぐに支度をするわ」
「はいはい。我らがリーダーは人使いが荒いんだから」
「全くだぜ。飯食う暇はなさそうだ」
「違いないな」
「もう! みんなして何よ!!」
もう、最初に出会った頃のように、悲壮な顔をした者は誰もいなかった。皆がお互いを認め、支えあい、前に進んでいる。その光景を見て、何処か心が温まるような気がした。
(もう心配はいらなそうだ。…なぁ、オズワルド)
――孤高の騎士を思い、俺は静かに黙祷を捧げた。




