8-1 おっさん、支度をする
(…そういえば、あれを試して見るか)
俺は森の中を走りながら、エルヴァンの元に”移動”した時の事を思い出していた。
新しく身に着けた『忍術』である[影渡り]。影と影を移動するというこの術は、移動距離に比例して魔力の消費が増えるという。
だが、先代から”力”を受け継いで魔力が増えた今なら、もう少し”移動”が出来るかもしれないと思ったのだ。
(…一度会った人物の元に、とあったな)
一度”発動”したスキルは、頭の中に自然と使い方が浮かんでくる。だが[影渡り]に関しては、何もイメージが沸いて来なかった。
(どういう事だ?)
まず最初に考えられるのは”移動”できる影が、近くに存在しないという事だろうか。
だが、オルダ・オーハとの距離は、まだそれ程離れてはいない。あの時、血枯木と遭遇した時よりも近い筈だ。なのに、移動出来ないというのはおかしい。
(影渡り…もしかして影か?)
あの時は血枯木が暴れていたせいで、木々が倒されていた。それにより、俺の身体は月明かりに照らされていて影があった。
だが、今は鬱蒼とした森の中を走っている。傾きかけた日の光は届かず、自分の影は木々に消されていた。
(試してみるか)
俺は少し寄り道をして、木々の薄い場所を目指して走る。しばらくして、日の差し込む小さな空間があったので、そこへと立ち寄った。
(さて、どうなる)
自分の影が地面にあるのを確認すると、再度[影渡り]をしようとイメージしてみる。すると、頭の中にエルヴァンたち、”試しの試練”の場にいたオルダ・オーハの族長たちの顔が頭に浮かんだ。だが、宴の際に話をした、他の住人たちは思い浮かばない。
(誰もが対象という訳ではなさそうだな)
理由はわからないが、”一度会った者”の中でも、おそらく関係性が薄い人物は対象にはならないのだろう。とはいえ、候補が多すぎてもこちらとしては迷う事になるので、今は気にしないでおく。
(…アルカスまでは、無理そうだな)
距離が遠すぎて魔力が足りないのだろう、マリアたちヴェスタリア解放軍の面子の顔は浮かばなかった。なので、俺は再びアルカディアの国境門を目指して走り出す。
(ゼノビア連合、か)
マリアたちと話をしたら、次はいよいよ”魔王”に会いにゼノビアを目指す。そして、当初の予定通り、協力してルーンベルグに対抗する事になるだろう。最も受け入れてもらえるかはわからないが、エルヴァンの”指輪”があれば、大丈夫だと信じたい。
(…魔王といえば)
まだ噂も聞かないが、魔王を退治しろと言われた早乙女さん達、今代の”勇者”はもう戦線にいるのだろうか。もしそうなら、彼らとも戦う事になる。その覚悟はしなければならないが、果たして戦況はどうなっているのだろうか。
(セレスティアに聞いてみるか)
俺が召喚者だと知っていたくらいだ。きっと誰よりもその手の情報に詳しいのは彼女だろう。またひとつアルカディアに戻る理由が増えたと思い、俺は走る速度を早めた。
――それから三日。
既に国境門を抜けて、アルカディア国内を走っている。毎日朝と晩に[影渡り]を試みているが、今のところ反応は無かった。フォレストハイム行は飛竜便だったので、改めてその便利さを痛感しているところだ。
――だが、その日の晩は反応が違った。
小さな村に辿り着いた俺は宿をとり、夕食後に[影渡り]を試してみた。すると、セレスティアやマリアたちヴェスタリア解放軍の面々の顔が思い浮かんだのだ。
(…よし、明日だ)
さすがにこの時間に突然目の前に現れたら驚くだろう。いや、そもそもこの時間では無くても突然現れたら驚くとは思うが、セレスティアなら大丈夫だろうと思っていた。むしろ嬉々として色々と聞いてきそうではあるが、ルーンベルグの動きが分からない以上、使えるものは使うべきだ。
(贅沢は言えないが…)
”人物の影”という条件は少し使い勝手が悪いと思う。だが、それでも一瞬で移動出来るのは今後も役に立つだろう。もしかしたら、転移陣みたいに、場所と場所を繋ぐ事も出来るようになるかもしれない。
そんな期待を胸に、その日は早めに床につく。
――そして次の日、村を後にした俺は、アルカスのセレスティアの元へ”飛んだ”
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「さすがに驚いたわ」
「すまんな」
「悪いと思っていないでしょうに」
「そうでもないさ」
「まぁ、いいわ。貴方のことですもの」
そうして今、俺は大図書館の館長室の中にいる。あの後、セレスティアをイメージして「影渡り」と呟くと、魔力をごっそり持っていかれる感覚がして、俺は再び影の中に引きずり込まれた。
――そして、次の瞬間にはセレスティアの背後に立っていたのだ。
背後に人の気配を感じたセレスティアが振り向くと、俺を見た彼女は目を丸くしていた。
「色々と聞きたいことはあるのだけど…”彼”には会えた?」
「ああ、色々託されたよ」
そう言って、俺は”懐”から簒奪の書を取り出す。
「それは?」
「簒奪の書と言って、夢の中で相手に勝つとスキルを奪える本だ」
「…危険ね」
「禁書庫に保管しておいてもらおうと思ったんだが」
俺の言葉にセレスティアは一瞬だけ考えるそぶりをするが、すぐに首を横に振った。
「いえ、貴方が持ってる方が安全ね。それはどこで?」
「先代が持っていた」
「彼は?」
「死んだよ」
「そう…どうしてそうなったのか聞いても?」
俺は、フォレストハイムであった事を、簡単にまとめて説明した。試しの試練にルーンベルグ兵の国境越え。集団暴走を引き起こしたダークエルフの存在と、木人の誕生。
――そして、夢の中での先代勇者との闘い。
セレスティアは俺の話を最後まで黙って聞いていた。だが、”彼”の最後を聞いた時、小さく「そう」と呟くのが聞こえた。
「彼は、満足していたかしら?」
「ああ。”全てを託す”と言われたよ」
(そう、少なくとも最期は)
あの穏やかな死に顔が、一瞬だけ頭を過る。
セレスティアは俺の言葉を聞くと、満足そうにひとつ頷いてから、改めて口を開いた。
「それで? どんな手品でここまで来たの?」
「オルダ・オーハに転移陣があっただろう? あれみたいなスキルを覚えた」
それを聞いたセレスティアは、呆れたように溜息を吐く。
「覚えたって…やっぱり勇者は規格外ね」
「みたいだな」
「自分で言わないの」
「すまん」
そして、腕を組んだ彼女は、改めて疑問を口にした。
「で、そんなスキルまで使って、私に会いに来た理由は?」
「報告もあったが、ここ最近のルーンベルグの動きを知りたくてな」
「なるほど、他の勇者たちのことね」
「そうだ。何か掴んでいるか?」
ここでセレスティアの表情が、真剣なものに変わる――
「遂に、ゼノビアに向かうそうよ。先日”出陣式”が行われたみたい」
――その言葉に、今度は俺が真顔になる番だった。
覚悟はしていたが、遂に”その時”が来たという事実を前に、頭の中が冷える。
「そうか。なら急がなければな」
「精鋭をつけてゼノビアに向かわせるそうだから、もう少し時間はありそうね。ただ一つ問題があるわ」
「問題?」
「どうやら軍を二つに別けるみたいなのよ。ゼノビアと、フォレストハイムと」
「なんだと!?」
「主力はあくまでゼノビアに向かい、その他でフォレストハイムを抑えるつもりみたいね」
(二面作戦か)
兵の逐次投入は本来なら愚策である。だが、それを実行するということは、それだけ”勇者”たちの戦力が当てになると判断したという事だろう。
「やはり、急ぐ必要があるな」
「飛竜便は使えないわよ?」
「何故だ?」
「この前の騒ぎで、荷が溜まっていて大変だそうよ」
「残念だ」
「魔道馬車なら貸せるけど」
「早いのか?」
「普通の馬車の三倍くらいね」
(…どうするか)
全力で”走る”には、ゼノビアまでは距離があり過ぎる。下手をすればそのまま戦闘になる可能性もあるし、出来るなら魔力は温存しておきたいところだが、それで間に合わなければ意味がない。
(影渡りで飛ぶか?)
それも、魔力枯渇の恐れがある。敵陣の真っ只中でそれは悪手だろう。ならば素直に借りておき、状況次第で乗り捨てるのが一番に思えた。
「…壊してもいいか?」
「修理費は請求するわ」
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あの後、魔道馬車の手配を頼んだ俺は、ヴェスタリア難民たちが間借りしている兵舎へと向かった。 兵舎は相変わらず賑やかで、ヴェスタリア人たちの顔つきが精悍なものになっているように思える。
「あらあら、戻ったの?」
「エラか。皆いるか?」
「いるわよ。マリア―」
エラがニヤニヤしながら、大声で叫ぶ。
「愛しのお方が来たわよー!」
するとすぐに、奥の方からマリアの悲鳴が聞こえてきた。
「もう! また変なこと言って!」
こちらに向かって駆けてくる気配を感じる。
隣ではエラがニヤニヤしながら俺の顔を見ていた。
「だいたい誰よそれ…ってクヌート!?」
マリアが驚いた顔で俺を見た後、キッとエラを睨みつけた。
「愛しのって何よ! そんなんじゃないからね!」
「はいはい。それでご用件は?」
「フォレストハイムから戻ったばかりだが、ゼノビアに行くことになった」
「どうして?」
「ルーンベルグが本腰を上げた。戦況が一気に変わる可能性がある」
それを聞いたマリアとエラの表情が、打って変わって真剣なものになる。
「話、聞かせてくれるわよね?」
「勿論だ。その為に来た」
「そう。皆を集めましょう。エラ」
「はいはい」
「クヌートはあの建物で待ってて」
「分かった」
マリアに促されると、二人エラが解放軍の主要メンバーを集めにいった。彼女が指で刺したのは正面にあった建物で、どうやら集会場のようだ。中には広いが、何も置いていなかった。
――俺は床に腰を下ろして待っていると、しばらくして人が集まる気配を感じる。
「おじさん!」
「トーマス、元気だったか?」
「うん! レベルもいっぱい上がったよ」
「そうか。無理はしてないな」
「もちろん!」
トーマスが入ってきたのを皮切りに、ヴェスタリア解放軍の主要メンバーが続々とやってきた。フーゴ、デヴィット、ソフィアといった面々の顔が揃っている。
(懐かしいな)
ヴェスタリアの下水道のアジトで、クーデターの話をしたのが遠い過去のようにも思えた。
だが、あの時とは良くも悪くも状況が変わっている。
(まずは、確認しなければな)
セレスティアは知っていたが、勇者たちのことをマリアたちが知っているとは限らない。しかし、ルーンベルグが”出陣式”を行ったのなら、おそらく勇者召喚の事を大々的に宣伝をする筈だ。これから”勇者が魔王討伐に向かう”と、自分たちの”正義”を主張する為に。
だから、マリアたちには勇者の存在をどう思うかを聞いておかなければならない。何故なら、ヴェスタリア解放にも関わるからだ。勇者の敵に回る覚悟を聞いておきたかった。
「それで、戦況が変わるってどういうこと?」
幹部全員が揃ったのを見て、マリアが口火を切る。
俺はその質問に答える前に、一同の顔を見渡して――
「その前に、勇者召喚のことをどう思う?」
――俺の言葉に、その場の空気が一瞬で凍った。




