閑話 残されし者たち
「なんだと、じじい! 何で引き留めなかった!?」
「恩人の意思だ。受け止めるしかあるまい」
「ウソでしょ…」
エルヴァンが宴に戻った時、ちょうど宴もたけなわであったがクヌートが去った事を伝えると、一転して水を打ったように静かになってしまった。中でもリーファの落ち込みようは、当初クヌートにあれだけ突っかかっていたのが嘘のようだった。
「ちっ! まだあの時の決着がついてねぇっていうのに」
急遽スタンピードの知らせが入った為、”試しの試練”での手合わせが中断となっていた。だからグランは騒ぎが収まった今、続きが出来ると楽しみにしていたのだった。だが、そうは言いながら内心でこうも思う。
(もっとも、”今”のオレじゃ叶わねぇだろうがな)
エントと戦っているあの動きは、試練の時とは比べ物にならないほど速く、そして強かった。もしかしたら純粋な力でも負けているのではないかと思うくらい、クヌートの斬撃は強力だったのを見ているからだ。
「それで、皆に恩人から伝言を預かっている」
「何!? 何!?」
エルヴァンの言葉に一喜一憂するリーファの姿に、ウィロスを始めとする同じエルフたちは思わず顔を見合わせた。そんな初めて見る彼女の姿に、何かを察したであろう聡い者たちの一部は、笑みを浮かべている。
「ただ一言。助太刀感謝する、と」
「あの野郎…」
グランは顔がにやけるのが止められなかった。エントを足止めした時の事を言っているのは間違いなかったからだ。自分が格上だと認めた相手に感謝されて、武人として嬉しくない訳がない。と同時に、自分は足手纏いになっていなかったかという悔しさもあるのだ。
(上等だ…なら、強くなればいいだけのことだろう)
そうグランは決心する。今よりもっとレベルを上げて、クヌートと再戦する為に。
「それと、我が国の方針として重要なことを伝える」
エルヴァンがそう言った瞬間、再び空気がピンと引き締まった。狐獣人であるトーレンがみなを代表として、口を開く。
「それは、族長会議にかける議題なのでは?」
「本来ならばな。だが、今は一同が集まっている。故に敢えてこの場で言わせてもらおう」
「何でしょう?」
「今後は、フォレストハイムはゼノビア側につく。正確には、クヌート殿の味方にな」
「なんだって!?」「どういうことだ?」
エルヴァンの宣言に、場にいた一同――特に各部族の族長たちが騒然となった。だが、その理由を聞いて一同は落ち着きを取り戻す。何故なら、恩人であるクヌートがゼノビアにつくと明言したのであれば、その力になることに異論はなかったのだ。
――受けた恩は返す。
獣人たちの価値観では、それが当たり前であり、中でも今回の”恩”はとびっきりだ。各部族まるごと救われている。そんな”恩人”から頼ませたのであれば、何を置いても駆けつける気でいた。
「勿論、無理強いはしない。くれぐれも命は大事にしろとクヌート殿も言っているからな。だが、希望者はいつでも出発できる準備をしておいてほしい」
「…わかったわ」
リーファもまた、グランと同様にレベルを上げる決心をしていた。世界樹に認められた”人間”の男。その実力、態度、どれをとっても申し分なく、あんな存在が人間にもいるなんて彼女は思わなかった。
かつてルーンベルグ兵に家族を殺されたリーファにとって、それは衝撃的だった。人間全てが、嫌な奴ばかりじゃないと、彼は自ら示してくれたのだ。
だから、そんな相手に認められ、そして協力を求められて、嬉しくない訳がなかった。
(見てなさいクヌート…必ず貴方の力になって、感謝させてやるんだから)
リーファはそっと、森の出口の方に視線を向ける。
――夜空からは、月の光が優しく降り注いでいた。
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「…どういう事だ」
ルーンベルグ王国の王宮の資料室で、グレゴールは独りごちた。ヴェスタリアでクヌートに言われたことが気になり、訓練以外の時間をルーンベルグの歴史を調べていたのだが、どうにも資料に抜けがあるようにしか思えなかったのだ。
創世神ルミナス・クレアトルが、邪神を倒す為に初代勇者を召喚した。見事に邪神を倒した勇者が中心となって興したのがローランド帝国。
だが、そこにフォレストハイムに生まれた魔王が亜人たちを率いて攻めてきて、領土が次々と奪われていった。
魔王は大量の人間の命を喰らうことで邪神となり、世界を滅ぼそうとしている。
魔王たちは自らをゼノビア連合と名乗り、国力が縮小したローランド帝国から、リベルタ、ノルドヴァル、ヴェスタリア、アルカディアが次々と独立。以後、ローランド帝国は国名をルーンベルグ王国と改める。
その時、魔王が自ら出陣して、ヴェスタリアへ攻め入ったのが”大侵攻”だった。
王国は魔王に対抗する為、創世神に与えられた勇者召喚の儀式を行った。
だが、魔力不足によって召喚は不完全となり、一人しか呼ぶ事が出来なかったという。
王国の総力を挙げて”大侵攻”を防ぐも、勇者はそこで魔王に討ち取られてしまう。
だが、魔王もまた深手を負い、ゼノビアへと引き上げていった。
――それ以来、百年間小競り合いを続けている。
そして、長い時を経てついに召喚陣に充分な魔力が満ちた為、今回の勇者召喚の儀を決行。
今度は”四人”の勇者が無事召喚され、今度こそ魔王を倒そうと国を挙げて準備をしているのが、今だ。
自分なりに資料をまとめたグレゴールがふっ、と息を吐く。何度も何度も資料を読み返した彼が疑問に思っているのは、”学術都市”アルカディアのことだった。
魔王の部下である亜人たちが、ゼノビア側なのは納得がいく。リベルタとノルドヴァルとは反ゼノビア同盟を結んでいるし、ヴェスタリアは”大侵攻”の際、自らルーンベルグの属領となった。
――だが、世界の危機だというのに、アルカディアはそこに加わってはいない。
”学術都市”であるアルカディアに、それが理解できないとはグレゴールには思えない。魔道具の力で亜人を奴隷として使っているそうだが、ならば戦力が無いということではないだろうと、彼は推測する。
(つまり、他に理由があるのか。我が国に協力しない”何か”が)
グレゴールは再度ため息を吐く。
彼は今までは、そんな事すら考えようともしなかった。上官の命令に従い、訓練で自らを鍛えて”敵”を倒せばよかったからだ。だが、あの時――ヴェスタリアの総督府で功刀と再会して言われた言葉が、ずっと胸に残っている。
『騎士とは、誰が為に戦うのか、考えてみるんだな』
(誰の為に、か)
旧ヴェスタリア人は、独立したのに国を守れなかった責任を取って、ルーンベルグに庇護を求めたという。その代償として、重税を自ら受け入れたとある。だから、彼らが貧しいのは仕方がないのだと思っていた。総督の護衛に抜擢されてヴェスタリアに行くことになり、任務として街を見回っていた時も、特に問題は見られなかった。
――だが、本当にそうだったのだろうかとグレゴールは記憶を辿る。
(そういえば、我々を見ると怯えていたような気がする)
ある日、自分に向かって子供が走ってこようとするのを、母親が必死に止めていた光景が、グレゴールの脳裏に浮かぶ。
今思えば、ルーンベルグの兵士を見る目が、何処か怖がっていたようにも思えた。普段から武装をしているので、それが怖いのだと思っていたが、冷静に考えればおかしいとグレゴールは思う。感謝されるならともかく、そんな目で見られる理由が見つからないからだ。
(だが、あの人はあちら側についた)
実力を隠して、死を偽装してまで王国から脱走した”元勇者の付き人”。確かに扱いは酷かったし、自分をアシッド・ヴァイパーから命懸けで逃がしてくれた恩は忘れてはいない。そんな功刀が、クーデターに加担するには相応の理由があるに違いないのだと、今のグレゴールには理解できた。
(サオトメ様も気にしているようだったな)
ヴェスタリアから戻ってきた後、一度だけ勇者で早乙女蓮とここで話す機会が彼にはあった。
彼女はグレゴールに、ヴェスタリアでの詳細を訪ねてきたのだ。話が終わると早乙女蓮の瞳には、何かを確信したような色が浮かんでいたのを、彼は覚えている。
(もしかしたら、彼女も自分と同じ疑問を持ったのかもしれない)
また、神崎隼人もグレゴールに話を聞きたがっていたのを思い出した。
しかしここ数日、勇者一行は”死者の森”というアンデッドが大量に住んでいる森に向かっている。”大侵攻”の際に、多くの人間や魔物がそこで命を落としている為、定期的にアンデッドが沸くのだ。
スタンピードを防ぐ為に間引いていかねばならず、騎士団も何度か遠征にいっているが、奥にいけばいくほど強力な個体がいるせいで、その最奥までは辿りつけていない。
今回は”最後の仕上げ”として、勇者たち自ら”死者の森”を一掃しに行っているのだ。
――そう、それが終われば、ついにゼノビアへ勇者たちが派遣される。
そして、ルーンベルグ騎士団もまた総力を挙げて、そのサポートとして出陣する事になっていた。”聖戦”と呼ばれているゼノビアとの最終決戦はもう間近に迫っているが、グレゴールの心には迷いがある。
(本当に、聖戦に参加していいのか)
彼はずっと、ルーンベルグの”正義”を信じていた。命をかけるのに値するのだと、そう思って剣を捧げていた。だが、ここに来てその信念は揺らいでいる。
(誰の為に、か…)
功刀と再会した事により、グレゴールの視野は広がった。物事を多角的に考えるようになって初めて、祖国の歪みのようなものが、彼には見え始めたのだ。
(時間はないな)
グレゴールは一息つくと資料を片付ける為に椅子から立ち上がった。そして元にあった場所に戻すと、資料室を後にする。
「君は、確かグレゴールだったかい? ヴェスタリア総督府に居た」
「っ! ハインリヒ殿下!?」
すると、偶然通りがかったルーンベルグ王国の第一王子である、ハインリヒ・フォン・ヴァイセンフェルトに声をかけられた。くすんだ色の金髪を短く切り揃えているハインリヒは、護衛を連れておらず一人だった。髪色と同じ金色の瞳は、いかにも楽し気に輝いていて、その口調からもとても人懐っこいように見える。
グレゴールが慌てて臣下の礼をとろうとすると、彼はそれを手で制した。
「ああ。気にしなくていいよ。楽にして」
「はっ! 恐縮です」
「それで、グレゴールであってるよね?」
「その通りであります! ハインリヒ殿下」
「ヴェスタリアの話、聞かせてくれない? 現場にいた人間の話が聞いてみたいんだよね」
「はっ!」
「ここじゃなんだから、着いてきて」
「仰せのままに」
――その後、グレゴールの姿を見た者は誰一人居なかった。




