7-10 おっさん、受け継ぐ
俺の掌底が、トールの顎を見事に打ち抜いた。
ドサッ、と音を立てて気絶したトールの身体が地面に倒れる。それを見届けると同時に、俺も膝を着く。
(何だ?)
するとトールの身体から、光の玉のようなものがふよふよと浮かび上がり、俺の元に飛んでくる。そのまま光の玉は、俺の身体に重なると、まるで溶けるように消えていく。
(これは…)
すぐに全身が熱を持ったかのように熱くなり、突然視界が白く染まる――
「戻ったか」
――次の瞬間、現実世界に戻っていた。
トールはベッドの上で本に手を置いて座ったままだ。どうやら、あの直後の状態らしいが、念のため傍で一連を見ていたエルヴァンに確認をとることにする。
「どれくらい気を失っていた?」
「いや、今は”簒奪の書”の話をした直後だ」
「そうか」
すると、トールの身体が一瞬だけビクッ、と震えた。そして彼は一つ頷くと、開口一番にこう言った。
「ああ。特に時間経過はない」
だが、明らかに様子がおかしかった。先程までより声に力が無く、息を絶え絶えになっている。そしてトールはそのままベッドに倒れ込んだ。
「どういう事だ? 命に別状はないんじゃなかったのか」
事前の説明ではそう聞いていた筈だが、あまりの急激なトールの変化に、俺は内心焦っていた。
そんな俺の問いかけに、力なく笑うトール。
「”簒奪の書”にはな。だが、私の命は魔力で引き延ばしていたものだ。夢の中とはいえ、あれだけ魔力を使えば、こうなることは分かっていた」
「…ならば、何故?」
「言っただろう? お前に全てを託すと。”勇者”はその高いステータスから、まともに相手になる者は少ない。限界を超えた実戦経験、格上相手との戦いは今後の役にきっと立つ。それに――」
トールはそこで一度、言葉を区切る。その目は遠い”何か”を見ているようだった。
「『限界突破』のスキル、これをお前に渡しておきたかった」
「まさか、その為に命をかけたと」
「そうだ。かつて私が奪ってしまったこのスキル。ルーンベルグに加担した私は過去から、罪から逃げ続けた。何も行動できなかった。だから、これはその贖罪だよ」
俺とトールの視線がぶつかる。
覚悟が決まったその瞳で言われてしまえば、これ以上は何も言えなくなってしまう。その姿が、オズワルドとの別れと重なった。だから――
「それでいいんだな?」
――俺には、あの時と同じ言葉をかけるしかなかった。
「ああ。老いぼれは退場の時間だ。功刀よ、お前だから託せるんだ」
「…分かった。ありがたく使わせてもらおう」
「それでいい」
トールの視線が、俺からエルヴァンへと移る。
「エルヴァン」
「何だ?」
「長い間、世話になった」
「気にするな、友よ」
「友、か…」
その言葉はトールにとって予想外だったのか、彼はふっ、と力が抜けるように笑って――
「こんな私には、もったいない言葉だ」
――そのまま、目を閉じる。
その目が開かれることは、なかった。
---
「あれでよかったのか」
「ああ。それが”向こう”のやり方なんだ」
あの後、トールを看取った俺たちは、彼の遺体を火葬し遺骨はその近くに埋めた。
その上には墓標の代わりに、彼が使っていたであろう剣を立ててある。
(安物で悪いが)
[空蝉]の中にあった安物の酒を、弔い酒として墓標にかけておいた。
エルフであるエルヴァンには、遺体を燃やすという行為に最初は渋ったが、それが俺たちの”故郷”の弔い方で、本人もこの方がいいだろうと納得してくれたのだ。
”簒奪の書”はエルヴァンに預けようとしたが、俺が持っていた方が安全だと、まるで遺品のように渡されている。
――しばらく、無言で歩みを進めた。
既に日は傾きかけているが、どうやらまだ宴は続いているらしい。中心部に近づくにつれて喧噪が大きくなってくる。
「これからどうするのだ?」
「トールとの”約束”もある。一度アルカディアに戻ってから、ゼノビアに行くつもりだ」
「そうか」
「ならば、これを持っていけ」
そこでエルヴァンが何やらもごもごと唱えると、彼の掌が淡く光る。光が収まると、そこには指輪があった。
「それは?」
「フォレストハイムの紋章が刻まれている。私の名を出せば、無下にはされないだろう」
「…感謝する」
俺が指輪を受け取ると、エルヴァンは俺の目を真正面から見据えて、頭を下げた。
「クヌート殿が居なければ、我らは全滅していただろう。本当に助かった」
「礼ならもう山ほど受け取ったさ」
「何かあったら、何でも言ってほしい。我々フォレストハイムに生きる者は、貴殿の力となろう」
「そんな事を言っていいのか? ルーンベルグとの戦争に巻き込むかもしれないぞ」
「構わぬ」
(…本気か)
そう言い切るエルヴァンの目は真剣そのものだった。その”覚悟”に、思わず俺の背筋が伸びてしまう。
「トールとの話を聞いて思ったのだ。我々だけが、この森に籠っていていいのかと。ゼノビアにも、かつて我らと共に過ごした”同胞”がいる。彼らを見捨てていいのかと」
「そうか」
それに、とエルヴァンは続ける。その瞳には、何処か挑戦的なものが宿っていた。
「かつて、ローランド帝国は我らと共存の道を語っていた。だが、内乱が起き、国が二つに割れた後、ルーンベルグ側は、我らに圧をかけてきたのだ。その借りを返してもいいのではないかと思った」
エルヴァンは、まるで若返ったかのように口の端を上げた。その姿は、夢の中で会った全盛期のトールの表情とどこか重なる。
「貴殿がいるならば、それも可能だと、そう思ったのだよ」
深い後悔を抱えたトール、いや文月透の生涯。
突然異世界に召喚されて、そして”罪”を背負わされた元勇者の少年は、はたしてこの森で何を思って生きてきたのだろうか。
(許せない、よな)
貴方の”依頼”は確かに受けつけた。
オズワルドの”依頼”がある以上、ヴェスタリアの解放は成す。その為にはルーンベルグとは必ず相まみえる事になるだろう。
(もののついでだ)
どうせやるなら、とことんやるしかない。どの道、ルーンベルグは各国に手を出している。攻めに出るのも悪くないだろう。
「分かった。その時は頼りにさせてもらう」
「貴殿には、我々全員の命を救ってもらったのだ。皆、喜んで手を貸すだろう」
「その命を、簡単に捨てないでくれよ?」
「わかっている」
そして、俺は差し出されたエルヴァンの手を取って、握手をした。
「このまま行くのか?」
「ああ。宴に戻るとまた大変そうなんでな」
「そうか。グランあたりが騒ぎそうだが」
「それは上手く言っておいてくれ」
「恩人の頼みだ。仕方あるまい」
「ただ一言だけ伝言を頼みたい」
「何だ?」
「助太刀感謝する、と」
「わかった」
そして、エルヴァンの手を離す。その表情は、普段通りに戻ったように見えるが、友との別れを悲しんでいるようにも思えた。
「じゃあな」
「ああ。息災でな」
「また会おう」
手を振り、エルヴァンに背を向けると、俺は彼と逆方向に歩き出す。
オルダ・オーハを後にして、森を抜ける為に。
歩きながら、俺はトールに”託された”ものを確認する事にした。
=====
クヌート(タケシ・クヌギ)
42歳 男
ジョブ:剣士(侍)
レベル:42 ↑
力:420 (420+420)
技:430 (420+420)
速:430 (420+420)
体:420 (420+420)
魔:410 (420+420)
抗:410 (420+420)
運:410 (420+420)
スキル
剣技5、危険感知5
(剣術10 ↑ 、抜刀術8 ↑ 、忍術9、投擲術6、格闘術7 ↑、偽装9、隠密8、慧眼8 ↑、危機察知9 ↑、毒耐性7、精神耐性9、剣舞9 、魔力回復7 、限界突破6 ↑)
称号
なし
(『侍マスター』『忍者マスター』『巻き込まれし者』『諸行無常』↑)
(忍術)
[火遁][水遁][土遁][雷遁][風塵][風遁][空蝉][縄抜け][開錠][息吹][身体操作][物見][暗目付][影縛り][影渡り]
(剣舞)
[いノ型][ろノ型][はノ型][にノ型][ほノ型][へノ型]
[暗器]:皎刀・酸毒牙
[空蝉]貨幣、保存食、衣類、魔物素材、重要書類
=====
=====
『諸行無常』
数々の人の想いを受け取った者の証。
=====
(これは一体…)
何故かレベルがかなり上がっていた。
彼の命を奪った訳ではないのにレベルが上がっていたという事は、これもまた”簒奪の書”の効果なのだろうか。
(力を奪う、か)
もしそうだとしたら、俺がトールの命を奪ったという事になるのだろう。だが、彼の口ぶりからすれば、そんな効果は無かったようにも思える。だとしたら――
『そんなお前だからこそ、私の全てを託そう』
――トールの言葉が、脳裏によみがえる。
そして新しい称号の『諸行無常』の内容。
数々の人の”想い”を受け取ったという事ならば、もしかして、この不思議な現象は称号のおかげなのかもしれない。それが巡り巡って、ルーンベルグ打倒の力になるというのなら、きっとトールも喜んでくれるのではないだろうか。
(ありがたく、使わせてもらう)
再度、同じ言葉を心の中でトールに送る。
その憎しみ、無念、後悔、想いと共に受け取った”力”で、きっと彼の願いを叶えよう。
(待っていろ)
俺はアルカディアとの国境門に向けて、森の中を走りだした。
不思議とその隣には”誰か”が寄り添ってくれている気がした。
少し短いですが、キリがいいのでこれで七章が終わりとなります。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!




