7-9 おっさん、”先代”に挑む
「そんなお前だからこそ、私の全てを託そう。そして、ルーンベルグの蛮行を止めてくれ」
覚悟を決めた目をした先代勇者トールからは、先程まてのくたびれた老人の面影は一切無かった。
代わりにあるのは、圧倒的な意思の強さと、その重圧――
(これが"先代"だと…)
――自分が何処かで甘く見ていたのだと実感させられた。
仮にも、全盛期のオズワルドを始めとするヴェスタリア公国近衛騎士団を打ち倒し、また数々の戦線を圧倒してきた"勇者"が、年老いたところで、見かけ通りの存在な訳が無かったのだ。
(呑まれるな)
肚に力を入れて、背筋を伸ばし、真正面から向かい合う。すると、そんな俺を見たトールの表情が、ふっと和らいだ。
「それでいい。私は所詮、魔力で強引に寿命を伸ばしてきただけの老いぼれだよ。必要以上に恐れる必要はない」
「貴方は、それを教える為に?」
「勿論、それだけではない。…功刀、私と戦ってくれ」
「なんだと」
「といっても、夢の中でだがな」
そう言ってベッドから立ち上がったトールは、本棚から1冊の本を抜き出した。
「アントラスが私に託した魔術書で、"簒奪の書"という魔道具だ」
「簒奪?」
物騒な単語に、思わず眉をひそめてしまい、そんな俺を見て、トールは安心させるように笑う。
「そう警戒するな。これは、私が勇者だった頃に、王家がアントラスに持たせた物だ。これで強敵の力を勇者に奪わせろと言ってな」
「…当時も今も変わらず、か」
「そういうことだ。それで、この魔道具を発動させれば、強制的に夢の中のような場所での決闘となる。勝った方が相手の力を奪う、というシンプルなものだよ」
「奪われた方はどうなる?」
「大丈夫。命に別状はない」
「そこまで知ってるという事は、使った事があるのか…」
「そう。それも私の"罪"だよ」
話をしながらトールはベッドの上に座り直す。
そこでお互いに沈黙して、視線を合わせた。
「無理強いはしない。おそらく夢の中の私は全盛期の姿だろう。だが――」
そこで一度言葉を切ると、再びトールの雰囲気が変わる。
「――全盛期のオレ如きに勝てなければ、初代皇帝の足元にも及ばないだろうがな」
明らかな挑発。だが、その瞳の奥には別の色が滲み出ている。それは自らに対する深い後悔か、ルーンベルグに対する強いの憎しみの色か。
「いいだろう。受けてたとうじゃないか、先輩」
「そうこなくてはな」
そして、トールは本に手を当てて高らかに宣言する――
「いざ! 尋常に、勝負!」
――すると、突然視界が切り替わった。
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目の前にはあるのは、果てしなく広い"黒"。
視線は通るので闇ではない、ただ黒い空間が広がっている。足元はあるのは硬質な黒い床のような"何か"。
そして、眼前に立つ、一人の若い男――
「これが、オレの全盛期の姿さ。どうだ、なかなかのイケメンだろ?」
――先代勇者トール・ジュライが、立っていた。
見た目は16歳、高校一年生といったところだろう。背は俺より少し高いくらいか、少し童顔気味であり、どこか気のいい少年にも見える。
その、鋭い視線さえ無ければ。
(これ程までとは)
背中を一筋、冷や汗が流れる。トールの放つ圧倒的な圧力に。その内側に纏う魔力に。
間違い無く、この世界で会った"誰"よりも、この男は強い。
「さすがの男前だな。モテたんじゃないのか?」
「いいや、当時のオレは気が弱かったからな。全然さ」
「なら、その性格は、こっちに来てからのものか?」
「ああ。どうやら、召喚によって精神面を強引に変化させるらしいぜ。戦えるようにな」
「そうだったのか?」
「知らなかったようだな」
(納得がいったな)
天堂や氷室の性格が変わったように思えたのは、気の所為ではなかったようだ。となると、俺も影響を受けているのだろうか。
(…あまり、変わったようには思えないんだが)
「納得がいかないって顔してるな?」
「そうだな。俺自身が変化した気はしていない」
「なら、そのままでも問題なかったのか、もしくは精神耐性系のスキルでも持っているんじゃないか?」
「…あるな」
「じゃ、それだ」
ニヤニヤと楽しそうに笑うトールだが、別に嫌な感じはしない。
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トール・ジュライ
16歳 男性
ジョブ:魔法剣士
レベル:52
力:1525
技:1525
速:1525
体:1525
魔:1525
抗:1525
運:1525
スキル
剣技10、火魔法7、風魔法6、魔法剣5、魔力回復7、身体強化7、限界突破5
称号
『召喚されし勇者』
※異世界より召喚されし勇者。全てのステータスに補正がかかる。
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(どういう事だ…)
『慧眼』でトールのステータスを見てみたが、その数値の高さより驚いた事がある。
(プラスになっていない?)
異世界人であるトールのステータスは、他のこの世界の住人と同じ表記だった。俺のステータスとは違い、補正値のようなプラス表記になっていない。
(…巻き込まれし者、か)
どうやら、俺のステータスだけが異常らしい。
となれば、原因はこの称号のせいだと考えるのが、一番筋が通る。他の”勇者”たちと俺との違いといえば、これしかない。
――そう、俺だけがこの世界では異端なのだ。
(いや…卑屈になるな)
それでも、この力があるから、この世界でやってこれたのは事実だ。自分が規格外だというのなら、それを受け入れた上で、先に進んでやろう。
(同じく規格外なこの男を乗り越えて、な)
「どうした? ビビったのか?」
「いや、武者震いさ先輩」
腰に佩いていた剣を掌でポンポンと玩びながら、俺に声をかけてくるトール。その子供じみた姿は、まるで精神すら当時に戻っているようにも思える。
「ま、こうして喋っていてもいいんだが――」
そうして、正面から俺を見据えると、途端に全身から殺気が溢れ出す。
「――そろそろ、やるか?」
「ああ」
トールが鞘から剣を抜き放ち、そのまま鞘を投げ捨てる。そして、両手で持ち正眼に構えた。
対して俺は、納刀したまま鞘に手をかけて、抜刀術の構えをとる。
(二倍以上か)
ステータス差にそれほどの差がある相手に、出し惜しみをする余裕はない。全身に魔力を巡らせて[身体操作]も発動させる。
「いいな、その目。ヤル気満々じゃねぇか」
「あんたもな」
「そうだな! じゃあ、行くぜ」
そして、トールは黒い床を蹴って、俺に肉薄する――
『炎の精霊よ。破壊を司る者よ。我に力を与え給え。』
魔法剣――火炎付与』」
――その剣が炎に包まれた。
「…ちっ!」
一瞬受け止めようと思ったが、上段から振り下ろされる炎の剣に嫌な予感がして、大きく後ろに飛び退く。だが、トールは構わず更に間合いを詰めてきた。
「『火炎斬』」
横薙ぎに振るった剣先から炎の刃が放たれた。
今度は横に跳んでそれを躱すが、それはさっきまで俺がいた場所で爆ぜると、視界を黒煙が覆う。
(来る)
すぐさま俺が垂直に飛び上がると、真下ではトールが剣を振り下ろすところだった。
「いノ型”雷”」
抜刀術による真上からの奇襲を、トールはいとも簡単に受け止める。
そのまま鍔迫り合いの形になって、一瞬場が硬直した。
「初見をアレを躱すとはな!」
「小手調べのくせによく言う」
「お前もだろ」
軽口を叩き合いながらも、トールの重心が僅かに後ろ脚に乗る。
その瞬間、鍔でトールの剣を横に流すと、想定通り俺の足を狙った蹴りが放たれていた。
「今のを読むか!」
「それが本職なんでな」
そのままお互いに一度距離を取り、剣を構える。
どちらからともなく間合いを詰めて、それからしばらく剣戟の音だけが鳴り響いた。
(重いっ)
トールの剣は、その一撃一撃が重く、鋭い。
ステータスの差もあり、少しでも受け流しに失敗すれば、一気に持っていかれるだろう。
嵐のような怒涛の攻めを、俺は必死に受け続ける。その重い連撃を前に”仁王”を使う余裕はない。
――刀を両手で持ち、受け、流し、捌き、躱す。
「くっ」
避け損ねた一撃が俺の頬を浅く切り、血が流れる。
(…突き、袈裟、切り上げからの燕返し…)
剣先を読むことで、なんとか喰らいつきながらも、トールの隙を探る。よく相手を”視て”いる内に、だんだんと、その動きの癖が掴めてきた。
(ここだ)
大上段に構えた時に生じる僅かな隙に、俺は敢えて間合いを詰めて懐に飛び込む。
「なっ――」
剣に力が乗る前の中途半端な状態。振り下ろされる前の斬撃なら、力負けせずに受け止められた。
お返しとばかりに、トールの剣を跳ね上げると同時に、前足の膝目掛けて蹴りを飛ばす。
「ち! 『疾風剣』!」
態勢を崩したトールだったが、強引にスキルを発動して、俺に牽制の一振りを放つのはさすがというべきか、俺は追撃を諦めざるを得なかった。
「いいぜ! 大言を叩くだけはある」
「そいつはどうも」
そして、トールはニヤリと笑って――
「なら、ここからは”本気”で行くぜ…『限界突破』」
――そう呟いた瞬間、彼の全身から白い靄のようなものが立ち昇った。
=====
『限界突破』
魔力を一時的に暴走させる事により、ステータスを上昇させる。スキル発動中は、魔力が消耗する。
=====
「死ぬなよ」
――次の瞬間、俺の目の前に剣を振りかぶったトールが居た。
(速すぎる!)
危機察知のスキルが警鐘を鳴らしている。
俺はその一撃をなんとか躱そうとしたが、避け切れずに肩を斬られてしまう。
(足りない)
俺は更に全身に魔力を巡らせ[身体操作]を強化した。それに伴い、急激に魔力が消耗するのを感じている。魔力による強化限界を超えているのか、身体中が軋むがお構いなしだ。
「はああああっ!」
「うおぉぉぉっ!」
同時に雄叫びを上げながら、俺たちは間合いを詰めた。
更に激しくなった攻防により、二人の身体に傷がどんどん増えていく。
(保ってくれよ)
軽い魔力枯渇の症状が出るくらいまでになっていた。もはやどちらが先に魔力が尽きるかという勝負になっている。恐らく強化を失えば、その瞬間に負けるだろう。
――だが、身体への負荷とは裏腹に思考は、集中力は研ぎ澄まされていく。
(どう隙を作る? 影縛りを使うには魔力が足りない。だが、このままでは、多分押し切られる)
身体から流れる血の量は増えていく。
夢の世界とはいえ、痛みも出血による脱力感も現実のように感じている。
(こちらから仕掛けるしかない。一瞬でいいから、隙を作らなければ…)
息を吐かせぬ連撃の前に、お互いスキルを使う余裕もなかった。
どうしてもスキルを発動する瞬間には、一瞬だけ”溜め”のようなものが生まれる。この剣速の間では、その一瞬すら致命的だった。なのでトールもまたスキルを使っていない。
(ならば…)
「にノ型――」
「はっ!!」
――俺の刀が跳ね飛ばされた。トールは返す刀で俺の首を狙ってくる。
「雷遁」
言いながら俺は間合いを詰めた。そのまま肩を斬られるが刃の根本の部分なので、それ以上は斬られる事はない。
その刃を手で掴み、剣に向かって紫電が迸る。
想定外の雷撃でトールの動きが一瞬止まり――
「がはっ」
――渾身の力を籠めた掌底が、トールの意識を刈った。




