7-6 おっさん、森を守る
「クヌート殿!?」
次の瞬間、俺の目の前には、エルヴァンが驚きの表情で立っていた。
「どうしてここに? 先に向かったのでは」
「その話は後だ。それより、集団暴走の原因が分かった」
「なんだと?」
「森の主、エントが魔力酔いを起こしていた」
「まさか…エントが」
エルヴァンは信じられないといった表情で、黙ってしまう。そんな彼を前にして、俺は貰った魔力回復薬を飲んで、魔力を回復させて、まず体調を整える。そしてエルヴァンに、掻い摘んで俺が見てきた状況を説明した。
「それで、森の主とはどういう存在なんだ」
「森に精霊を生み出す。エントは魔樹でもあり、また木の精霊だ。生み出された精霊が、この森に魔力を満たしているからこそ、森の恵みが生まれる」
「なら、エントを倒したらどうなる?」
「森の加護は無くなり、ただの森となる。そうなれば、ルーンベルグは間違いなく攻めてくるだろうな」
「そんなに違うのか」
「ああ。エルフの秘術である精霊魔法は、この森の中でしか、真の力を発揮できない。それは森の加護があるからだ。それが無くなれば、我らは蹂躙されるだろう」
「なら、森から出ていったエルフたちはどういう存在なんだ」
「彼らは変化を望む者。ジョブによって別の力を得た者たちだ」
「そうか…それで、対策はあるのか?」
俺がそう問いかけると、エルヴァンは悲痛な表情で何やら考え込んでしまった。彼の考えがまとまるまでの間、俺は俺の身に起こった現象の理由を探ることにする。
俺が自分のステータスを見てみると――
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クヌート(タケシ・クヌギ)
42歳 男
ジョブ:剣士(侍)
レベル:29↑
力:290 (420+290)
技:300 (420+290)
速:300 (420+290)
体:290 (420+290)
魔:280 (420+290)
抗:280 (420+290)
運:280 (420+290)
スキル
剣技5、危険感知5
(剣術8 、抜刀術6 、忍術9、投擲術6、格闘術6、偽装9、隠密8 ↑、慧眼6 ↑、危機察知7 ↑、毒耐性7、精神耐性9、剣舞9 、魔力回復7 ↑)
称号
なし
(『侍マスター』『忍者マスター』『巻き込まれし者』)
(忍術)
[火遁][水遁][土遁][雷遁][風塵][風遁][空蝉][縄抜け][開錠][息吹][身体操作][物見][暗目付][影縛り][影渡り] ↑
(剣舞)
[いノ型][ろノ型][はノ型][にノ型][ほノ型][へノ型]
[暗器]:皎刀・酸毒牙
[空蝉]貨幣、保存食、衣類、魔物素材、重要書類
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[影渡り]
魔力を纏わせて影を操り、自らの影と対象の影を繋ぐ事で、その影に移動できる。対象とは一度対面して、相手の魔力を受けていなければ、影を渡る事は出来ない。移動距離によって、魔力の消費量は変わる。
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(これは…)
それなりの数を倒したことでレベルが上がっていたが、何よりも[影渡り]の方が重要だった。これはつまり、一度会ったことのある人間の前になら、いつでも行けるようになったという事だ。
ただし、森からオルダ・オーハまでの距離で魔力枯渇を起こすくらいなので、今の俺では他国に行く事はとてもじゃないが無理だろう。それでも、もっと魔力が上がればそれも夢ではない。
またエンリコたち知人に危機が迫った時、移動手段が増えるのは有難いことで、また一つ、レベルを上げる理由ができたのだと、前向きに捉えておく。
「クヌート殿」
考えをまとめたエルヴァンが、俺の目を真っ直ぐ見据えて口を開いたので、俺も思考を頭の隅に押しやって正対する。すると、重々しい口調でエルヴァンが続けた。
「方法は、あるにはあるが、その為には問題がある」
「問題とは?」
「精霊による浄化の秘術。その魔法陣に、エントを入れた上で、儀式の完了まで魔法陣から出さないのが条件だ。しかもその間、術師は無防備となる」
「食い止める者と、護衛が必要ということか」
「ああ。出来れば、エントを狂わせた原因を取り除ければいいのだが、それを探る時間はない」
「それで、その魔法陣は何処にある?」
「今から作る。術師を総動員しても一晩はかかるし、その間、防衛の手も減る事になる」
そこで俺を見るエルヴァンの目には、迷いがあった。
「それで、俺はどうすればいい?」
俺の言葉に、目を見開くエルヴァンだったが、直ぐにその目が真っ直ぐと俺を射抜いた。
「可能な限りの群れの足止めと、エントの力を削いで欲しい」
「分かった」
「いいのか」
「ここまでくれば、一蓮托生だろう?」
「…恩に切るぞ、勇者よ」
「勇者じゃない、俺はただのおっさんだよ」
俺が戯けてそう締めると、エルヴァンの肩から少し力が抜けたようだった。
「じゃあ、行ってくる。説明は頼んだ」
「ああ」
俺はエルヴァンの部屋から飛び出して、再び森の奥へと一目散に向かった。
森の上は、まるで血のように紅く染まり始めたところだった。
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「ふっ!」
息を吐きながら、血狼を斬り捨てて森の奥へと向かう。
エルヴァンと話が出来たことで、まずは数を減らす事に方針を定めた俺は、本隊目掛けて突き進んでいった。
一度戻った事により、少し時間が経ち、移動速度の合う同系統の魔物が揃うようになっている。魔樹は移動速度が遅いほうなので、本隊の最後尾に近づいていた。
「雷遁」
巨大な蟷螂を内部から焼き尽くし、今度は人食い花の群れに飛び込んだ。
「へノ型"変幻"」
空中で三段突きを放ち、目の前の三匹の花弁をそれぞれ貫くと、そのまま切っ先を下に向けて振り向く。
「ほノ型"焔"」
背後から鎌を振り上げていた蟷螂を、斜め上に斬り上げて、その躰を両断すると、その勢いのまま刀を振り続ける。
次々と敵を斬り捨てていくが、先程までと同じ厳しい状況でも目標がはっきりしている今は心境はまるで違い、何の迷いもない。
――それが、更に剣先を鋭くさせていく。
まるで、躍るように魔物の群れを中を進んでいると、今度ははっきりと、先程感じた嫌な魔力の気配を感じた。
(あそこか!)
既に空は暗くなり、木々の枝の隙間から淡い月光が差し込む森の中。
よく見れば騒ぎの元凶であるエントの天辺に近いところに、黒いフード姿の人影があった。その姿はまるで、エントの頭を撫でているようであったが、その手から放たれる魔力からは、とても嫌な感じがする。
「雷遁」
俺は問答無用でフード姿の人影を指差し、雷を放った。だが、それはいとも簡単に、エントの枝に弾かれてしまう。
それで漸く俺の存在に気が付いた人影は、驚きの声を上げた。
「何故こんなところに人間が! しかも一人だと!?」
人影か慌てて立ち上がると、風でフードが捲れて、その顔が月光に晒された。そこにあったのは、黒い肌をした耳の長い顔だ。
(エルフ…いや、ダークエルフか)
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レウィス・ネブレー
88歳 男性
ジョブ:魔術師
種族:ダークエルフ
レベル:83
力:440
技:440
速:440
体:440
魔:990
抗:830
運:440
スキル
火魔法6、土魔法7、詠唱短縮5、闇魔法4
称号
『闇の神官』
邪神に信仰を捧げ、堕ちた者。他のステータスと引き返えに、邪神に捧げる為の魔力が増加する。
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(邪神!?)
ローランド帝国の初代皇帝であり、初代勇者ハルトが日本語で書いた手記以外の資料がほとんどないという、邪神ヴォイドグラム。その関係者が、今まさに目の前にいた。
エントの上で狼狽する男に、俺は冷静に言葉を返す。
「そうだ。何が目的で集団暴走なんか起こしたが知らないが、止めさせてもらおう」
「貴様には分かるまい…エルフの閉ざされた世界を! 精霊に愛されなかった者の末路を! だから私が粛清してやるのだ! 神の声を聞いた私が!」
(神の声、だと?)
俺の挑発に反応する男だったが、その狂ったような言動とは違って目には理性の光が宿っている。『慧眼』なら状態異常にかかっていれるなら、それが視れる筈だが、それがない。どうやら事は単純な話ではなさそうだ。
レウィスは立ち上がると、俺に向かって手を翳す。その中指には、黒い指輪が妖しく光っていた。
「やれ! エントよ、あの人間を殺せ!
『土の精霊よ! 我が敵の足を止めよ!』
土の蔦」
エントの枝が俺に向かって伸びる最中、足元の土が茨となって足に絡んできたが、触れた瞬間に崩れていった。
それを見た男が驚きの声を上げるが、構わずに伸びてきた枝を斬り払う。
「我が魔術が効かないだと! 何をした人間!」
「さあな」
「くそ! 貴様も私を見下すのかぁぁぁ!!」
ムキになった男は、もう一度同じ魔術を使って足止めをしてくるが、俺はあっさりと抵抗した。その隙に男を拘束しようと近づこうとしたが、やはりエントの枝に阻まれる。
(どうしたものか)
邪神の信仰者が何を企んでいるのかは知らないが、碌なことではないだろう。正直、聞きたい事は山程ある。
出来れば確保したいが、欲張れば碌なことにならないのは、身を持って経験してきている。今はエントを足止めするのが先決であり、邪神の事は二の次だ。
(全力で行くしかない)
俺は魔力を巡らせて[身体操作]を発動させて、一度納刀した。そして、狙いを枝葉に定める。
「いノ型"稲妻"」
抜刀からの斬り上げ、袈裟、横一文字と、今の俺の最大の威力を誇る「いろは」の型の連携を使い、大量の枝葉を切り払うが、直ぐにそれらは再生していく。
だが、何度かそんな攻防を繰り返していると、俺はある事に気が付いた。
(縮んでいるな)
少し、ほんの少しではあるが、エントの巨体が小さくなっていたのだ。おそらくは大量の再生を繰り返したからだろう。
こちらにも負担はかかるが、今までで一番手応えがある。他の手を探している内に、元に戻られてしまうくらいなら、このまま押し通す方がマシだろう。
だが、俺がそう覚悟を決めた時、エントの上の男が騒ぎ立てる。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な! たかが人間一人にエントが押されるはずはない! これならどうだ!」
ダークエルフの男がまた、両手をエントの幹に押しつけて、魔力をエントに注ぎ始めた。先程までとは違い、男の身体を赤黒い魔力が巡るのを視認出来くらいの勢いで、指に嵌められた指輪が、妖しく光っている。
だが、一瞬指輪がカッ、と強い光を放つと状況は一変した――
「ば、馬鹿な…止まらない!」
――男の絶叫が、夜の森に木霊する。
「ぎゃあああっっ…」
俺の目の前で、悲鳴を上げながらもどこか恍惚としたものに男の表情に変わっていく。やがて、まるでミイラのように干からびたダークエルフは、そのまま灰となって風に散る。その手の指輪がエントの幹に吸い込まれたように落ちていき――
(なんだと)
――次の瞬間、エントの全身が、赤黒い輝きに包まれたのだった。




